突然の
楽しんでもらえたら嬉しいです!
一生関わることのないと思っていた、閉ざしたわたしの世界に、あなたは簡単に入り込んで、
そして、わたしの世界を変えた。
中村みやび、高校一年生。
県内の私立高校に通う16歳。
入試当日、風邪を引いて第一志望校に不合格、この高校にやってきた。
よくある話だし、よくある話だと自分で言い聞かせて入学初日。
「派手な人たち」と勝手にくくりつけた人たちの中で、わたしは浮いた。
髪染め、ピアスは当たり前。
制服をちゃんと着ている人はまぁ少ない。
わたしはピアスはおろか、化粧もしていなかった。
しょうがない。卒業までの我慢。
わたしは入学初日で、自分の高校生活を諦めていた。
そして、入学から1カ月経った頃。
クラスの担任、内宮先生が、残酷な告知をした。
「えーっと、今週から1週間、毎年恒例校内特別美化委員会が発足します!で、うちらのクラスからも、男女1人ずつ出すんだけど…」
そこで、みんな一斉に下を向く。
そりゃそうだよね、なりたくないもん。
「よし、じゃあ、幸田と中村!よろしく!今日からだからな!絶対行けよ!」
はい。
そうかなと思ってました。
でも待って、今あたしと誰って言った。
「翔太〜どんまい!」
「うわ最悪!先生!俺やだ!」
「やだじゃない!もう決めた!」
「えーーーーー!」
幸田翔太、このクラスの人気者。
周りにはいつも人がいて、笑ってて、
つまり教室の隅で本ばかり読んでるわたしとは正反対の、
…最悪だ。
よりにもよって。
…学校辞めたい。
一気に突き落とされた私を無視して、チャイムがホームルーム終わりを告げた。
その日の放課後。
幸田くんの姿は見当たらない。しょうがないから1人で行こうかしら。
委員会がある場所に行こうと教室を出ると、
「わっ」
ドアの外で人にぶつかった。
「あ、ごめん」
謝られた方を見ると、
「こ、幸田くん」
幸田くんが立っていた。
「委員会、行くんでしょ」
「う、うん…」
「行こ」
スタスタと歩き始める彼を慌てて追いかけて、わたしも歩き出した。
あんなに嫌がってたのに来てくれた。絶対来てくれないと思ってたのに。
来てくれた、それがただ嬉しくて、少し頬が緩んだ。
※
委員会の仕事は、思ったよりも簡単だった。
クラスの美化状況を日誌に報告、花壇の世話、最終日にはワックスがけだ。
委員会の先生の説明の途中、幸田くんが、私の肩を叩いた。見ると、幸田くんが小声で、
「紙、ある?」
と聞いてきた。
ルーズリーフを一枚出して渡す。
すると幸田くんは、わたしのペンを勝手にとって何やら書き始めた。
委員会飽きたのかな、と思ってまた前を向くと、目の前にヒラ、と紙が。真っ白。
裏返す。
〈幸田翔太です。委員会よろしくー〉
と書いてあった。え、何。
自己紹介?
幸田くんを見ると、口パクで、
「返事、書いて」
と言っている。
うんうん、と頷いて、文を書こうとするけど、何て書いたらいいかわからず。授業中でさえ、こんなことしたことない。
うーん、うーんと唸って、
〈中村みやびです、よろしくお願いします〉
とだけ書いて渡した。受け取った幸田くんは、明らかに顔をしかめた。
え、何なんか変なこと書いた?!と思っていると、また紙が返ってくる。
〈名前は知ってる!もっと中村さんのこと教えてよ好きな食べ物とか趣味とか〉
思わずドキ、と胸が鳴る。
わたしのことって言われても…
〈好きな食べものは、わりとなんでも…趣味は読書です。〉
〈なんでもって、なんでも?どんな本読むの〉
〈ほんとになんでも…恋愛小説がメインで〉
〈俺はね、ピーマンが嫌い!ピーマン食べれる人?〉
〈昔は苦手だったけど今は大丈夫〉
委員会中に、クラスの人気者とお手紙のやり取りをしている。
それだけでその日は私にとって非日常だった。
気がついたら委員会は終わっていて、解散の声がかかっていた。
「あーー終わった。委員会だるいけど頑張ろうね」
「う、うん…!!」
幸田くんはカバンを持ってさっさと教室から出て行く。残された1枚のルーズリーフは、なんだかとても特別に思えて、わたしはカバンにそっとしまった。
すると、幸田くんがドアの横から顔を出して、
「帰らないの?」
と行ってきた。
「か、帰ります…」
「じゃ、帰ろうよ」
「え…」
帰ろうよって…一緒に??
いきなりの展開に頭がついていくことはなかったけれど、ほら、と先に行ってしまった幸田くんを、あたしはただ黙って追いかけた。
*
例えばあたしに恋愛経験があれば、こういう時に話題を振ることもできるんだろうけど、そういう能力は持ち合わせていなかった。
「ねぇ」
「は、はい…!」
「はいって」
幸田くんはくくっと笑う。その笑い方が、飼ってる猫に似てて、思わず笑ってしまいそうになって、慌てて頬を締める。
「幸田くん、うちの猫に似てるね」
「猫?」
「そう、猫。笑い方が、そっくり」
へぇ、と幸田くんがわたしを見る。
あ、話すぎた。慌てて顔をそらす。
「…」
幸田くんはわたしから目を離さない。
頼むから見ないでください。
「…猫の名前なんていうの」
「え?」
「だから、猫の名前」
それは…言っていいのか。少し迷った後、わたしは意を決して答えた。
「…ナカムラ」
「え?」
「…ナカムラなの」
ナカムラは捨て猫だった。まだ子猫だったころ、お母さんが拾ってきた。飼うことに同意してくれないと思っていたお父さんが、飼うことに同意してくれて、名前を決める時。
『ナカムラがいい』
とお父さんが言ったのだ。
『うちの猫なんだからナカムラだろ』
『え、意味わかんないもうちょっとこう』
『良いわね!』
『はい?!』
お母さんも乗り気になってしまって、多数決で子猫の名前はナカムラになった。
そのことを幸田くんに言うと、幸田くんは、その話をずっと爆笑して聞いていた。
「あはははは!やばい!猫の名前がナカムラって!!センスが!!」
「そんな笑う…?」
思わず笑ってしまって、すると幸田くんが笑うのをやめた。そしてじっとわたしを見る。
「な、何でしょう…」
思わず構えて聞くと、ふっと幸田くんは笑って、言った。いつの間にか、駅に着いていた。
「今日、やっと笑ったなと思って」
「え?」
「今日はさ、どうしたら中村さんが笑ってくれるかなって、いろいろ考えてたんだけどね〜いやぁ〜なかなか笑わないね!」
「え…」
「でも笑った。よかった。改めてよろしくね」
そうして、幸田くんはまた笑って、駅の中に消えていった。
「…待って」
自分の顔を覆う。
待って待って。こんなのじゃ5日もたない。
こんなんじゃ、5日も経たないうちに、わたしは…
彼を、好きになる。
*
猫のナカムラは、友達の飼ってるハムスターがスズキだったところからアイデアをもらいました(笑)
どんな名前だよ〜って思ったけど、スズキ元気かな〜