08 『それは 不条理と戦う一人の少女』
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(えっ? 何でもう焚き火が終わっちゃったの、冒険者ってこんなに手際が良いの? というか、何でこんな簡単に火がついちゃうの?)
あれよあれよと一番重要な火の用意が目の前で終わってしまった少女は、そんなツルギの行動に、感心よりも疑念が先に立つ。
(こんなに手際良く進むなんて……。あっ! ってことはもしかしてこの人達は、始めからこの時間まで移動を続けるつもりだった?)
少女は考える。もしもそうなのだとすれば、出発を遅らせたはずの自分に対する罰すらなくなってしまう。
ただでさえ、訳のわからぬまま色んなモノを買い与えられてしまった少女なのだ。前提として自分に厚遇を受ける理由がない以上、彼女の中では、いずれどこかで辛い目にあうはずだという思いは拭えない。
(……いや、そんなはず無いわ。野営の準備って、そんな簡単に終わるものじゃないもん。それに、肝心のテントの準備が終わってない)
更に少女は考える。こんな時間に始めたのに、場所の下見や地ならしなどの手間がかかるテントの設営までもが、日が落ちる前に全部終わるなどありえるワケがない。そしてきっと、間に合わなかった責任を自分が取らされるに違いないのだ。
この冒険者三人組はいずれも若い女性なのだから、それほど手荒な真似はされないだろう。それでも、一、二発頬を打たれる位はあるかもしれない。いや、痕が残ることは避けるだろうから、殴られるならお腹だろうか?
一年ほど前、汚い身なりが目障りだというだけで殴り飛ばされた記憶がよみがえり、少女は思わず自分のお腹を抱えて顔を背けた――――拍子に、自分を含めた四人が横になったとしても充分に余裕のある、幌付きの馬車が視界に入った。
(そうだった……。テント要らないじゃん。馬車で寝るんだもん)
だがッ! それでも少女は挫けない。まだ終わるはずが無い、もっと時間はかかるはずだッ。そしてきっと、自分は辛い目にあうに違いないのだッ!
あくまでもその思考に囚われ続ける少女は、目を皿にして三人の動きを見守る。そんな彼女の耳に、未だ余所行きの口調を保ったままのカガミの声が飛び込んできた。
「ギョク先輩、今日のお夕飯はどういたしましょう?」
(そうだっ! 食事の準備がまだだった)
今から狩りを始めれば、獲物を見つけるころには夜になってしまう。この人達だって、そんな危険は犯さないはず。だったら今夜の食事は、毒よりはマシという評判の保存食だけに決まっている。旅で唯一の楽しみとも言える食事が、自分のせいで貧相な内容になってしまうのだ。
荒っぽさに定評のある冒険者が、その日一番の娯楽を邪魔されたことに文句をつけないなんて事がありうるか? いや、無い。
つまりは今度こそ、自分に文句が付けられるに違いないッ!
少女は思わず、グッとその手を握り締めた。……彼女は、一体ナニと戦っているのだろう?
「そうだなぁ……っと、そうだ。嬢ちゃん、苦手な喰いもんとかあるか?」
「えっ? あっ。いや……とくに……」
「そっか。ならメニューはお任せで良いな」
思いもよらない自分の好き嫌いなどを問われ、驚きつつもぼそぼそとした返事を返す少女だった。そんな、心の声と乖離した反応しか返せない彼女の反応にも、三人は、
(きっと、人見知りするタイプなんだろうなぁ)
程度の感想しか抱いていない。現実は、時としてこれほどまで人に厳しいモノなのである。
「んじゃ、今夜もいつもの……ということで」
そう言ってギョクが手をかけたのは、これまた荷馬車の隅に縛り付けられていた箱の中身。両手で抱えるほどの大きさの箱は、一見してただの木箱である。
だが実は、定期的に魔法をかけることにより、二重構造の隙間を真空に近い状態に保つことが出来る装置であった。その結果、内部に施された冷気は逃げることが無く、中期間の冷凍保存を可能としているのである。
当然の話だが、これはコイツ等の自作である。そもそもこの世界において、真空断熱なんてシロモノは発想以前の問題だ。これこそ、狩りに頼らずそれでも安定して新鮮な肉を喰うための前準備という、明後日の方向を向いた努力を象徴する、まっことふざけた根性の産物だった。
木箱から取り出されたものは、親指の先くらいの大きさの小さな塊。ギョクはそれを一掴み水を張った鍋の中に放り込むと、かき混ぜながら火にかけた。するとどうだろう、水が湯になるほどの時間で、美味そうな肉の香りが少女の鼻先にまで届いてきたのであった。
(うえぇ!? なんでお肉のスープが出来上がってるの? っていうかさっきのアレは何?)
言うまでもなく、これもコイツら手製の携帯食である。
街で見つけた気に入った煮込み料理を大量に買い込み、水気が少なくなるまで煮詰める。それを魔法で急速に冷凍し、使いやすいサイズに切り分けているのだ。もう一度湯に溶かせば、手早く具入りのスープを完成させることが出来る。
煮込む段階で中の具はグズグズになってしまうが、そこまでの贅沢を言うつもりは三人にも無かった。
なにせコイツ等は、消費文明の極みとも言える現代社会で、長く一人ヤモメの男所帯を過ごしてきた者たちなのである。
日々の食事を自分で作ることがあっても、その優先度は一に手軽さ、二に時間。三、四が腹持ちで五は値段だ。クオリティなどという高尚な概念は更に下の下。このスープにしたって、要は肉が入っていればそれで満足なのである。
真に満足のいく食事がしたければ、それだけの対価を払って店で食べる。自分達の為だけの食事に毎回時間をかけるくらいなら、その分ほかの好きなことをして過ごすというタチだった。
である以上、この世界で野外調理の必要が出来たとしても、作る食い物はおのずとそういった類のモノになってしまう。結果として出来上がったシロモノが、どれだけこの世界で異端であろうとも、コイツ等には知ったこっちゃなかった。
(わけがわからないよ……。冒険者と一緒に旅をするのは初めてだけど、これが普通なの?)
だが、そんな内情などご存じないこの少女は、目の前で瞬く間に完成したこの食欲をそそる湯気をくゆらせるスープを、いつまでも信じられない物を見るような目で凝視し続けるのだった。
「さて、喰うか」
周囲の探索と称した散歩に出ていたツルギも加わり、四人での夕食が始まる。
何時の間にやら出来ていたムギ粥(当然こちらも、予め出来ていたものを解凍しただけ)と、鳥肉のスープをかき込む三人。目の前に置かれた自分専用の食器を前に、はたして手を付けて良いものか迷う少女である。
「どうした、喰わねぇのか?」
「あっ……。いや……」
「そうだ、遠慮せずに喰うが良い。メシの支度もオレ様たちの仕事の内だからな」
「そういうツルギ先輩は、食事の準備は何もしていませんでしたわねぇ」
「フンッ。『男子厨房に入らず』と言うであろう。オレ様のはソレだ、ソレ」
「バカかお前。ンなこと言ってたら、世の中の飲食店殆どが廃業するわ。調理師の男女比どうなってるか知らねぇのか?」
「そう言えばそうですわね。最近じゃ『料理の出来る男が~』などと持て囃されることもありますけれど、そもそも料理の専門家の数で言えば、男の方が絶対的に多いんですよねぇ」
「良くは知らねぇが、大方メディアのごり押しだろ? 家事を旦那に押し付けたい一部のアホ女どもに媚びてんだよ。……実際、男の方がテメェより上等な料理作った日にゃあ『男のくせに~』なぁんて文句タレやがるくせによぉ。いい加減なもんだぜ、まったく」
一方的な偏見と悪意に満ちた愚痴をこぼすギョクである。過去に何かあったのだろうかと疑わざるを得ない。
(というか……。何故に貴女達は、男の立場で話をするの?)
三人の交わすあまりに下らない会話にため息をもらしつつ、少女はいい加減にこれまで悩んでいたアレコレがどうでも良くなってきた。
手にした器にさじを入れると、立ち込める暖かい香りが鼻先をくすぐる。
(あっ……。おいし……)
久方ぶりに口にする暖かい食事に、我知れず笑顔がこぼれる。これまで、三人が何を話しかけようと無表情を貫いていた少女が、初めて浮かべた笑顔である。
それは十歳という幼さに相応しい、実に愛らしく、本当に自然な……見ている誰もが幸せを感じるような笑顔だった。
そして三人は、そんな初めての表情を浮かべる少女に――――やっぱり気づく事無く、相変わらず美少女の外見にそぐわない、アホな話を繰り広げているのであった。
イロイロと、台無しである。