07 『それは 古代の大帝国に勝るとも劣らない』
話は大きく変わるが、以前に述べたとおり、この王都は大きな河川沿いに作られた川岸都市である。
国内でも有数の推量を誇るこの河は、王都のいたるところへ水道を張り巡らせ、人々の生活に利用されている。
その恩寵は水道技術の発展にも関与しており、この町の上下水道の発展ぶりには目覚しいものがあった。
蛇口を捻ればいくらでも水が出るほどではないが、限りある井戸の前に順番待ちをして、日々の水汲みに汗を流さねばならぬ他の町とは比べものにならぬくらい、この街の水道事情は恵まれているのだ。
なにせ、近代日本の水道事情に慣れきっていた三人が、この王都に限ってはさほど不便を感じないほどの充実っぷりなのである。
さらにもう一つ。この街の水事情を語る上で、特に注目すべき要素がある。
実はこの土地、地下に肥沃な泉脈が通っており、そこそこの深さを掘ればいたる場所から温泉が湧く。
この世界の人々にとっては知る由もない事だが、この街からも天気の良い日には眺めることの出来る北の山脈は、季節ごとに取れる山の幸のみならず、湯の恵みまでも人々にもたらしていた。
とはいえ、流石に温泉に関しては国が厳しく管理をしているため、誰もが好き勝手に地面に穴を開けることなど許されてはいない。だがそれでもここ王都は、街中に幾つかの公衆浴場が建てられるほどの温泉の町でもあるのだった。
さて……ここまで口上を重ねればお分かりいただけるだろうが、この街には入浴という文化がきっちりと根付いている。
豊富な水資源と完備された上下水道に支えられたそれは、簡易にシャワーを浴びたり、狭い小部屋に蒸気を満たして汗を流す蒸気風呂の様なものではない。大きな浴槽になみなみと湯を張り、きっちり肩までつかる事のできる『お風呂』なのである。
もちろん、現代日本のそれのように、各ご家庭に内風呂が完備されているというわけでは無い。湯船を置くほどのスペースがある大きな家に住める者など少数派だし、なにより毎日大量の湯を沸かす事など、庶民には到底叶わぬ贅沢なのだ。
そのため庶民の多くは、公衆浴場に通っては、日々の汗や疲れを流す日々を送っている。
ちなみに元の世界における風呂大国出身の三人だが、実はあの四人暮らしの小さな家に、こっそりと内風呂を作っていたりする。
なにせこの国の公衆浴場は、きっちりと男女の別が分かれた仕組みになっているのだ。
その辺りをまったく気にしないツルギや、女性との入浴などご褒美でしかないカガミにしてみれば、女湯に入ることなどまったくもって抵抗は無い。だが最後の一人にとっては、見知らぬ女達と共に湯船に浸かるなど、到底耐えられるものでは無いからである。
だからといって今の姿で男湯に突貫しようとするほどコイツ等も馬鹿では無い。そんな事をしてしまえば、どれだけの大混乱が引き起こされるかわかったものじゃない。まぁ、とある魔法少女に関してだけならばギリギリ何とかなるかも――いやダメだな、うんダメだ。
なんにせよ、その為ギョクは、竈や食料庫がある一階の一角を勝手に掘り下げ、簡易な浴室を作ってしまっていた。体を洗う場所と、足を伸ばすことすら出来ぬ小さな湯船が置かれただけの風呂場だが、体の小さなギョクやスズであれば、充分に毎日のお風呂を済ますことが出来る。
水や湯沸しに関しても、無尽蔵な魔力を有するコイツであれば、幾らだって生み出すことが可能なので問題は無いのだ。
一般庶民の風呂事情は概ねこのような形だが、金と権力の有り余る特権階級……中でも高位貴族と呼ばれる者達にとっては、また違う様子を見せる。
選ばれし血族である貴族の邸宅には、当然のごとくに自分達の為だけの浴室が備わっている。
色とりどりのタイルを敷き詰めた浴室には、体を清める場所の他に、湯に疲れた体を横たえるスペースや、ちょっとした飲食を楽しむ専用のテーブルも置かれている。
壁を見れば大理石に彫られたレリーフが鮮やかで、随所に植物が植えられた大きな鉢植えも目に楽しい。空間全体が、のんびりとした時間を過ごせるようにと整えられているのだ。
肝心の湯船も見事なものだ。
成人した大人の男でも、数人がゆったりと足を伸ばせるほどの湯船は、同じ程度の大きさのものが三つも用意されている。基本的には温度によって違いを分けられているのだそうだが、日によっては薬湯や花、果実を浮かべたお湯を楽しむこともあるそうだ。
浴場の一角にある小さな小部屋は、ふんだんに湧き上がる蒸気を閉じ込めた蒸し風呂となっている。特に汗をかきたい夏の日などには、ここでたっぷりとサウナを堪能するらしい。
この国の貴族には、大切な客人を風呂でもてなすという風習がある。贅を尽くし、随所にもてなしの配慮を尽くした自宅の風呂をつかわせる事で、大切な客に心身ともにリラックスしてもらうのである。
長々と述べてしまったが……身を清め、心を清める風呂というものは、この国の文化を語る上で決して欠かすことの出来ない要素なのであった。
そして今。そんな、元の世界で言えば高級スパの様な豪華絢爛な貴族の風呂に、一人のイカっ腹が足を踏み入れていた。
§§§§§
§§§
§
「やっべぇなこれ。思ってた以上だ……」
初めて目にする貴族の浴室に、魔法少女は思わず目を丸くする。
元が風呂好きとして知られる日本人なのだ、ちょっとやそっとの大浴場であれば、これほど大口を開けて感嘆を洩らす様な事はなかっただろう。だが、温泉めぐりを好んで行っていたコイツにとっても、アマテラ家が誇る大浴場は賞賛に値するものだった。
とはいえ、もしもコイツが普通の心境でこの場に立ち入ったのであれば、これほどあっけに取られることはなかったかもしれない。少しばかり精神的余裕を失っていたところに、突如この贅沢な風呂模様を見せられたために、こんなにも衝撃を受けてしまったのだろう。
「いかがですぅ、ギョクさん。このお屋敷のお風呂、すっごいでしょう?」
「さ、いつまでもこうしていたら体を冷やしてしまいますわぁ。早く綺麗にいたしましょうねぇ」
背後からかけられたその声に、ギョクは手にもったタオル代わりの布を握り締め、目に見えて体をこわばらせる。そして、
「ま、まさか……中まで一緒に入るのか?」
言いつつ、ギギギッと音が出そうな程にゆっくりと振り返れば、にっこりと笑う数人のメイド達がそこに居た。
あの応接室を出た後。ギョクはメイド達に引きずられ、一直線にこの浴室へと連行されていた。
そして脱衣所と思しきスペースに着くやいなや、
「ちょぉ! 待て、ヤメロ! 落ち着けッ。ダメ……ダメだって! …………あっ」
っという間に一切合財をひん剥かれてしまっていたのだった。そうつまり、今のコイツは全身まるっとすっぽんぽんである。
せめてもの情けなのか、大き目の布で体を隠すことは許された。だがそれでも、元の三十過ぎの中年男の感覚からすれば、年下にしか見えない女性の集団に、文字通り身包み剥がれてしまったのである。特殊な性癖でもない限り、真っ先に感じるのは恐怖であろう。
とはいえ彼女達からすれば、まだまだ成人前の幼い女の子が、同性の前とはいえ肌を晒すことに恥ずかしがっているようにしか見えなかった。
「あらあらぁ……そんなに照れることはありませんわぁ。女同士なのですもの、もっと気楽になさって良いですよぉ」
などと、実に楽しげである。
しかも相手は、見た目だけならば超の上に極がつくほどの美少女である。そんなギョクが顔を真っ赤に染めて恥ずかしがっている様を目にしたメイドたちの中には、
(なにかしら……。ここまで照れられちゃうと、不思議に湧き上がるものが……)
同性の身でありながら、グッと来るナニカを感じている者まで出てくる始末である。
改めて言っておかねばならぬ事だが、どれだけ見目麗しい少女の姿をしていても、コイツの魂は三十過ぎの腐れオッサンのソレである。うら若い女性達に、自分の裸体を見られ続けることに耐えられる作りはしていない。
身につけていた衣装を剥ぎ取られてしまったギョクは、堪らぬとばかりに浴室の扉を開けた。いくらメイドとはいえ、プライベートスペースである風呂場の中まで着いてくることは無いだろうという判断だ。なんともまぁ、浅はかである。
そしてしばし後。小さな風呂用の椅子に座らされた元中年男の現在は、前後左右を妙齢の女性達に囲まれて、体の隅々まで洗われている真っ最中だ。
風呂場に同席しているとはいえ、メイド達まで衣服を脱いでいるわけではない。先ほどまでのメイド服は脱ぎ去っているが、きちんと湯着で肌を隠している。
だがそれでも、所詮は薄手の布一枚でしかない。この場に充満する高温多湿の空気の中では、彼女達の体のラインはしっかりと存在を主張している。四方から押し寄せる肌色成分過剰な曲線の数々に、根が純情気味なコイツの脳は混乱も一入といったトコロだろう。
こんなあられもない姿の女性達に囲まれて、果たして何処に視線を向ければ良い? 都合の良い謎の光も、部分的に濃さを増した湯煙もここには無いのだ。
(そ、そうだッ! こういう時は素数を数えてやり過ごすんだった! えっと……いち、に、さん――)
余りの非常事態に、初っ端から間違える元オッサンであった。
この場にいるメイドたちは、日頃からテスラの入浴に付き添っている者達である。貴族の肌に触れることを許された彼女たちは、絶妙の力加減でもってこの美少女の体を磨き上げていった。
先ほど応接室で宣言したとおり、まさに全身くまなくピッカピカに、である。
温泉独特のほっとする蒸気の中に、甘い蜜の様な香りが鼻をくすぐる。
ボディーソープなど、ディスカウントショップで大安売りしている物を値段だけ見て買っていたコイツにとって、今の自分にどんな薬剤が使われているのかなど想像もできなかった。
「ギョクさまったら、本当に瑞々しいお肌ですわぁ。ほんと、思わず食べちゃいたいくらい」
だがそれでも、メイドたちのたおやかな手が肌の上を滑る度に、言いようのない気持ち良さを感じているのは確かなのだ。
(やばぇよコレ……。俺……こんなの、はじめて……)
メイドたちの繰り出す超絶技巧の前に、いつしか一切の抵抗を諦めたギョクは、象牙の様なその肌をピンク色に染めていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
お気に召しましたら、ブックマーク等いただけると嬉しいです。
皆様の一票に、この作品は支えられております。
もし宜しければ、ご意見、ご感想などもいただけると嬉しいです。
基本的にはその日の内に、
遅くとも数日中には、必ずお返事させて頂きます。
(最近お返事が遅れがちですが、毎日欠かさず拝見させて頂いております。
本当にありがとうございます!!)
↓↓宜しければこちらもどうぞ↓↓
※※短編※※
トイレでアレする花子さん
http://ncode.syosetu.com/n5439dn/
※※完結済み※※
いやいや、チートとか勘弁してくださいね (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
http://ncode.syosetu.com/n2278df/