07 『それは 理解の範疇を超えたひとびとの営み』
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緊張で体を硬くしながら、揺れる荷台でドナドナされる少女は、今なお全くもって混乱していた。
この、世間知らずの自分ですら一緒に居ることを恥ずかしく思ってしまうほどに美しい三人は、何故ここまで大金を出して自分にモノを買い与えてくるのであろう?
わざわざ自分達の財布からお金を出してまで、どうして自分の身を綺麗に改めようとしたのか?
その理由に、これっぽっちも思い至らなかったのである。
(私が汚い格好をしているのがイヤなの?)
まず、少女はこう考えた。確かに金持ちと呼ばれる人種には、自分の身の回りの人間までもが、汚れた姿をしているのを嫌う考えの者が居ると聞く。
だが、そんな金持ち達に特有の貧乏人を見下すような言葉を、この三人は使ってこなかった。
(お金持ちだっていう、私の親戚に気を使っているのかも……)
詳しくは知らないとはいえ、確か自分の父親はそこそこの金持ちだったと聞く。である以上、残された親戚もそれなりの資産家なのだろう。
けれどそれならば、そんな自分の旅費も親戚から出ているはずである。わざわざ彼女達が、自分の懐を痛めてまで買い揃える必要はないはずだ。
(……だとすると、もしかしたらこの三人は、私を誰か他の人と間違ってるのかな?)
最終的に、少女はそのように考えた。貧乏暮らしに慣れきった自分を、何故だかどこぞのお嬢様だと勘違いし、それ故に、ここまで過保護な旅の準備をしてくれたのであろう。
話に聞くお嬢様というものは、キラキラ光る絹で出来た服を纏い、柔らかな絨毯の上を歩いて暮らしているという。自分をそんなお嬢様だと思い違いをしたからこそ、普通の旅路には耐えられないと考えたに違いない。
そうでもなければ、こんなにも大荷物での旅など、野外の生活に慣れているはずの冒険者が行うはずがない。少女は当然の判断として、そのように考えたのである。
(私だって、別に今まで旅をしたこと無いわけじゃないもん。ちょっと位キツくっても、文句なんて言わないのにな……)
元が引っ込み思案なこの少女は、自分に対する過保護なまでの扱いに恐縮し、それでも異を唱えることも出来ず、ますます馬車の中で身を丸くするのであった。
そんな少女の考えは、もちろん、まるっきり的外れである。
少女に買い与えた様々な衣類は、単に風邪でもひかれた日には面倒になるからという判断でしかない。むしろ、直前で用立てた為この程度しか準備出来なかったことを、申し訳ないとすら思っている。
自腹を切って買い与えたのも、求めた品の全てが中古の物で、大した出費ではなかったからだ。この程度の出費で、わざわざ購入証明を取って依頼主に捻出させたのでは、そっちのほうが面倒だ。
そもそも、これまでの冒険者家業でそこそこの蓄えはあるうえ『貯蓄? ナニそれ美味しいの?』が信条の三人。前準備にかける金銭を惜しいとは思わなかった。
更にこの三人にとって、普通の冒険者が行う旅路とは『自ら苦行を行う被虐愛好家のそれ』であり、一般の旅人が考える旅の装いも、準備不足を根性で誤魔化す『無駄に気合の入った精神論の産物』でしかなかったのである。
三人は、野外の活動に必ず馬車を使う。いつ雨が降るかわからないのに、屋根もない場所で寝るのがイヤだからだ。毛布に包まって眠る野宿も、それどころかテント泊も嫌う。寝ているところに虫が入り込んできたんじゃ、目覚めた時にゾッとするからである。
三人は、保存食だけで乗り切る旅程を嫌う。肉を食わなきゃやってらんないからである。
しかも、通常、肉を食べたい冒険者は、旅の途中で狩りを行い賄おうとするが、この三人はそれすらしない。魔法と卓越した身体能力のおかげで、獲物を狩るのに苦労はしないが、狩ってもマトモに捌けないからである。
故に、独自に冷蔵貯蔵の魔具を開発してまで、肉類を買い込んで旅に出る。
三人は、体調に人一倍気を使う。以前、慣れない長旅で風邪を引いたり、悪くなった水を飲んでお腹を壊したりしたからである。三人揃って体調を壊し身動き取れなくなるのも、自分だけがやられて他の二人から馬鹿にされるのもゴメンだ。だから清潔には気を使うし、必要以上の薬を用意して旅に出る。
この世界の人々は、野に生える草花などからある程度の薬草の類をその場で調達できるよう、体験によって学習しているものだが、そんな下地のない三人は、当然の結果として一抱えある薬箱を持って行くのだった。
つまり、少女の考えではまるで王様のように豪華なこの旅路すらも、特殊すぎる冒険者三人組にとっては、それでも不自由のある旅でしかない。
なら、一生、街の中に引っ込んでろよと言いたくなるような感性ではあるが、それでもこの三人、野外での活動が嫌いではなかったりするからタチが悪い。
事実この世界に来る前も、休みが合えばアウトドアレジャーに行ったりしていたのである。もちろん泊まるのは、設備の整ったコテージかレンタルしたキャンピングカーであったのだが。
(理由はやっぱりわかんないけど、それでも見た目だけでも良くしようとしてくれてるのは違いないもん。どうせすぐ辛い目にあうんだろうけど、それでも今だけは喜んでおこう)
三人の外見詐欺達が持つ価値観と、一人の少女の常識は、その溝を一ミクロンも埋める事無く旅路は続いていく。
そしてそんな四人に、この旅、最初の夜が訪れようとしていた。
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「さぁて、今日はここまでにしとくか」
御者席に座るギョクが洩らした一言に、誰よりも胸をなでおろしたのは、他ならぬ護衛対象の少女だった。
彼女のこれまでの経験から言って、既に空に赤いものが混じりつつあるこの時刻からでは、野営の準備を行う充分な余裕があるとは思えない。一般の旅人達は昼をすぎたあたりで宿営地を探し始め、この時間には、既にテントの一つも立て終わっているのが当然なのだ。
だというのにこんな遅くまで移動を続けていたという事は、普通の常識的旅の知識を持つ彼女からすれば、徹夜で行軍します宣言に近いものがあったのである。
(私の準備で出発が遅れた。でも、やっぱり一晩中の移動は辛いもん)
旅程に遅れが出ている原因が自分にあることを理解しているからこそ、ここまでの強行軍に文句の一つも口に出せなかった。だが、それでも夜通しの移動は堪えるものがある。
(きっと、出発を手間取らせた私に罰を与えるために、わざと準備不足で一晩明かすつもりなんだ。……でも、良い。それでも眠れないよりは良いもん)
だからこそ、ようやく発せられた野営の宣言に、幼い彼女は無言のうちに安堵していたのであった。例えそれが満足に焚き火を起こすことすら出来ない寒さに震える夜だとしても、それでも静かに体を横たえられるだけマシだ。
一冬ごとに幾人もの貧民が路上で冷たくなってしまうような、過酷な現実の中で生きてきた少女。きっと辛く当たられるであろうこれからの夜を思い、それでも身を休める猶予が与えられた事を喜んでいたのである。
もちろんこの三人には、そんな彼女の葛藤なんぞ知ったこっちゃあ無かった。
三人にとっては、これくらいからキャンプの準備を始めるなど、それこそ規定路線であったのである。
通常、キャンプの準備を始める時には、薪となる枯れ枝を集めるところからスタートする。わざわざ時間をかけてまで乾燥した小枝を選び集めるのは、水分の多い生木では、例え魔法を用いて火起こしをしたとしても、煤が出るばかりで中々燃え移らないからだ。
だがカガミは、荷車の隅に纏めておいた木材を無造作に取り出すと、それを適当な大きさに切り出すだけで薪集めを終わらせる。探して集めるなんて面倒くさいことをするくらいなら、最初から水分の抜けた材木を買っておけば良いという判断である。
どうせ使っていれば最後には無くなるのだから、日を追うごとに荷物は少なくなる。また、一日に使う分量を計算しておくことで、予めどれだけの薪が必要かの予定も立てやすい。万が一薪が足りなくなったならば、その時改めて薪木を探せば良いだけなのだ。
補給のたびに毎回大荷物を抱えることにさえ目をつぶれば、実に合理的な判断といえよう。
更にカガミは、木材と共に置いていた黒っぽい塊を一カケ手に取ると、乱暴にくみ上げた薪の下に投げ込む。おがくずにまみれたそれに火口に着いた火の粉を落とすと、小さな火の元は瞬く間に燃え上がり、あっという間に焚き火が完成した。
これは、元の世界で頻繁に利用していた文化炊き付けを見よう見まねで再現した物である。材木屋からこっそりかき集めてきたおがくずに安い油を染み込ませ、溶かした蝋で纏めただけの着火剤だが、普通に火起こしをする何倍ものスピードで焚き火を作ることが出来る。
出来うる限り荷物を減らす事を念頭に置く通常の冒険者達は、こういった作業に魔法を使うのが一般的であり、グループに一人はいるマジックユーザーがその任につく。
魔法で火起こしを行うには、焚き火に対して大きすぎる攻撃魔法で消し炭にしないよう調整をしながら、しかもいつもは一瞬で消える魔法の弾を維持し続け、きちんと燃え移るだけの炎を持続させる必要がある。そのため世の魔法使い達は、この繊細にして面倒くさい作業に舌打ちしながらかかり切りになるのが普通である。
だが、前もって行っていた用意をフル活用する三人の場合、誰がやっても同じだけの労力しかかからないのである。
こうしてカガミは、一般的な旅人が野営の準備を始めてから一時間近くかけて行うここまでの作業を、ものの数分で終わらせたのであった。