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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第五章  三人と一人のはねっかえり娘 とある貴族達と関わる  の話
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06  『それは 大手家電量販店販売員(当時29歳独身女性)のもたらした知恵』

 テスラがこの部屋にいた時の楽しげな印象から一転。現在の応接室には、身を切られるほどに張り詰めた空気が漂っていた。

 鏡の正面に腰掛けるアマテラ家当主の男は、顔の前に組んだ両手越しに美しい神官乙女を睨みつける。周囲に控えている使用人達も、みな一様に、剣呑な気配を(かも)し出していた。



(あちゃ……。確かに、考えてみりゃ当然だよなぁ)


 ここに来てカガミは、自分の失態を自覚した。

 そもそもがスズ経由で来た話で、しかもあれほど正確に状況を説明できたテスラだったのだ。二人の少女に流され、そのまま受け入れてしまっていた。だが考えるまでもなく、肝心のアマテラ家当主に話を通しておくという段取りを抜かしていたのである。


 目の前に座る男の心情を鑑みれば、家の一大事に対し、一番の当事者である自分の頭越しに話を進められてしまっては、何事かの策略を疑うのは当然の話。世情に疎い娘を(たぶら)かし、大貴族宅に取り入ろうとしていると思われるのも当たり前の流れだ。


 今の自分の立ち位置は、アマテラ家に敵対する人間と捉えられているのだろう。

 恐らくだがこの場に残った使用人たちは、当主が信頼を置く古参の者達。貴族宅におけるそういう人物とは、時に主人の為に血を流すことすら厭わない人間だったりする。


 そして事実、


(やっぱりか……。ここにいる全員が、服の下に刃物を隠し持ってやがる)


 反射的に周囲を探ってしまったカガミは、自分が既に、武装した集団に取り囲まれていることを悟った。


 当主に対する返答次第では、この場で自分を始末するつもりだろう。それどころか、現在バラバラの場所にいるギョクたちも、同じような窮地に陥っているのかもしれない。

 自分よりも遥かに修羅場に慣れているギョクならば、武装メイドの数十人に取り囲まれたところでどうとでもなるだろう。だが、今はテスラと共にあるスズにいたっては、果たしてどんな目にあわされるかわかったものではない。


(上手いこと切り抜けなきゃ、かなり面倒な事になるな。ったく……なんで今回は、オレばっかりこんな目にあうんだよ)


 カガミは、自分が今から行う当主とのやり取りが、これから先の色々な出来事の分水嶺になるのだということを理解し、誰にも悟られぬようにツバを飲み込んだ。




「答えられぬか? 図星を突かれたからといって往生際の悪い……。これだから平民というヤツラは――」


「御当主様」


 数秒で方針をまとめたカガミは、話し続けていた男の言葉を遮るように呼びかける。その顔は、先ほどまでと寸分変わらぬ穏やかな微笑を浮かべたままである。


「御当主様。お言葉を返すようで申し訳ありませんが、生憎私たちは、金銭を目的としてこの場にいるわけではございませんわ」


「くだらぬ。どうせつくなら、もっとマシな嘘をつくが良い。キサマ等は金銭で仕事を請け負う冒険者であろうが。だのに、金以外の何を目的とすると言うのだ」


 吐き捨てるように言い放つ貴族の男。カガミを視界に入れたその瞳は、既に処刑台にすすむ罪人を見るそれである。


 だが、逆転の目がないではない。本来であれば、これほどの大家の当主を務めるているような男が、こんなにも明け透けに敵意を表すはずがない。貴族の(さが)は苛烈よりも陰湿。真綿に毒を仕込んで、そっと首に巻いてくるのが常なのだ。

 この男を追い詰めているのは、今回の問題がそれほどの大事であるという事実もあるだろう。けれどもそれ以上に、アマテラ家当主を逼迫させている要因があるのだ。


(確証は無い。でも、さっきのテスラちゃんとのやり取りが演技だとも思えない。今はそこに賭けるしかないか……)


 それは恐らく、愛娘であるテスラが、目の前の冒険者達に取り込まれているように映っていること。この男の娘に対する情念の深さゆえ、冷静な対処を取れなくなってしまっているのだと予想する。

 今は、そこに漬け込むより他は無い。


 カガミは考える。

 今、自分がやみくもに金銭を目的としていない事を訴えたとしても、言葉を重ねれば重ねるほど、何かの裏があるのだろうと勘繰られるだけの結果に終わるだろう。

 それはこのアマテラ家当主が、自分達のことを冒険者だと見ているからだ。金を稼ぐことを主眼に置く冒険者と話をしていると思われている以上、カガミが口にするどんな言葉も、貴族を騙す為のペテンにしか映らないはずだ。

 ――だから先ずは、互いの立場を変える。




テスラさんのお父様(・・・・・・・・・)、お気持ちは良くわかりますわ。この家を……家族を守るために、よく知りもしない他人を疑ってかかるのは当然のことですもの」


「……何が言いたい?」


「私がテスラさんとお会いするのは、今日で三回目でしかないのですが、いつもスズからテスラさんのお話を聞いているのです。あの子、口ではなんだかんだと言っていますが、テスラさんとは本当に仲良くさせて頂いているようなのです。だからこそ、テスラさんの頼みを無碍にすることが出来なかったのでしょうね」


「キサマ等は、そのテスラの思いに漬け込み、我が家の問題に首を突っ込んできたのだろうが!」


「とんでもないことですわ、お父様。どうして私達が、自分の娘とも思う少女の友人を、そんな下らない(はかりごと)に巻き込もうなどいたしましょうか。私たちは、今、養い子であるスズの友人に頼まれ、この場にはせ参じているのですよ?」


「なにッ!?」


「スズの保護者である私とギョクの両名がこの場にいるのは、娘の友人からお願いをされたからです。それ以上でも、それ以下でもありません。もちろん冒険者として依頼を請けさせて頂きましたが、それはいわば、私達がこの家に立ち入る為の方便の様なものですもの」


 カガミは、自分達がスズの保護者という立場であると強調する。この家の子女であるテスラが、学園で懇意にしている平民の娘……スズの親代わりであるから、親として娘の友達の窮地をほうっておくことが出来なかったのだと。



「それを信じろというのか? キサマ達、金に卑しい平民が、娘の友人の為に善意で行っているのだと」


「……貴方様にもございませんか? 自分の可愛い子ども達の為なら、少しくらいの苦労は買ってでも背負いたいという気持ちが」


「それは……むろんの事だ。私とて愛するテスラの為であれば、いかな艱難辛苦であろうと甘んじて受け入れるであろう。それゆえ今回の件も、オサノ家の当主に私自ら頭を下げるつもりであった。たとえ私個人が軽んじられる結果となろうと、テスラに累が及ぶような事態は絶対に認めん」


「私たちとて同じでございます。確かに私達と貴方様では、生まれの貴賎はございますれど、子を思う親の気持ちに変わりはございませんもの。……スズがよく言っているのです。テスラさんと共に過ごす学園の生活は、本当に充実しているのだと。そんな仲の良いお友達が家の事で塞ぎこんでしまっていたら、どうしてウチの娘は、日々を楽しくすごすことが出来ましょう? 私たちは、私達の養い子がより良い学園生活を送るためにも、今回の一件に微力を尽くそうと決めたのですわ」


 二人の人間が話をしている時、どうしても互いの意志が通じ合わない時がある。それは、互いが話題の主眼としている考えが食い違っている時にこそよく起こる。

 例えば何かのセールスを行う時、『売る側』と『買う側』であることを意識させてしまうと、妙な物を売りつけられるのではないかという警戒が先に立ってしまうものだ。その為、先ずは客の抱えている問題を聞き出し、それを一緒に解決していこうというスタンスを強調することで、ある種の共感を植えつけるやり方が存在する。


 カガミは、自分がスズの親代わりであると殊更に強調し、テスラの父親であるアマテラ家当主と同じ立場にいる事を主張した。同じ目線に立って話をすることで、共に問題の解決を図る協力者なのだと言い張ったのである。

 依頼主と冒険者であれば、間にあるのは金銭的契約だけだ。娘の親同士であると認識させて始めて、それ以外の関係性を主張することが可能になる。


 もちろん、究極的には貴族と平民。立場を同じに出来るはずは無い。だがそれも、


「うちのスズは、学園で毎日、テスラさんと勉学を競わせて頂いているのです。本当に恐れ多いことですが、テスラさんのことを好敵手とも、目指すべき目標とも思っているようなのですわ。そういう相手がいることは、娘の成長にとても良い影響を与えさせて頂いていることでしょう。本当に……本当に感謝しているのです。どうか、このご恩をお返しする機会を与えてはいただけませんでしょうか?」


 自分から身分の違いを口にし、貴族に擦り寄る姿勢を見せることで誤魔化そうと試みるのだった。



 神殿乙女による、長時間に及ぶ説得は続いた。そして、いつしかこの男も、


「確かに。テスラにとっても、スズさんの存在は小さからざるものだと見受けられる。初めは平民や下位貴族しか居らぬ学園などに通ってどうなるものかと案じていたが……スズさんと机を並べるようになって、うちの娘の勉学に対する意識は、より高い水準を保っているようだ」


「まぁ! それは嬉しいお言葉です。やはり、どのような立場にいようとも、互いを高めあう相手という者は、子どもの教育に欠かせぬものでございますわね」


 貴族の当主という立場から、一人の少女の親という立場で話をするようになっていた。なおも自宅での娘の様子を口にする男の言葉に頷きつつ、カガミは自分が賭けに勝ったことを確信するのだった。



§§§§§


§§§


§



「なるほど。子ども達の教育には、そういった実例もあるのか……」


 いつの間にやら二人の話は、テスラの学習内容についてにまで及んでいた。

 貴族における教育といえば、厳格な家庭教師による、鞭を手にした詰め込み教育が主流である。そんな生粋の大貴族であるアマテラ家当主に対し、脳科学や生物学を下敷きにした、現代的高効率な教育法を伝授していく。カガミは過去に聞きかじった知識を総動員し、目の前の大貴族に教育論をぶつのだった。


 先ほどまで、袖口に仕込んだ暗器を手にカガミの動向を窺っていた使用人たちも、今ではすっかりコイツの話に聞き入っていた。

 この場にいる者達はみな、一定以上の年を重ねた男女。きっと子どもの一人もいるのだろう。



「――いや、なかなか有意義な時間であった。確かにそなたの言うとおり、娘の教育方針についてはまだまだ改善の余地が残っているようだ。特に、座学学習における小休止の有効性などは、正に目から鱗という思いだ」


「恐れ入りますわ。私の生まれた国では、教育に対する研究も進んでおりました。この程度の助言でよろしければ、またいつでもご相談受けさせて頂きますわ」


 にっこりと微笑み、カップに淹れられたお茶で喉を潤すカガミ。話の途中で、既に二回もおかわりが注がれている。もちろん毒などが仕込まれている形跡は無い。

 長時間に及ぶ論説は成果を挙げ、この元中年男は、アマテラ家における一定の評価を獲得していた。コイツを不審な冒険者だと見る者は、今や当主をはじめとして一人も存在していないようである。


 もうそろそろ、本題である今夜のパーティについて話を戻しても大丈夫だろう。きっと、自分達が協力することを受け入れてくれるはずだ。


(塾講師のエミちゃん……保育士のミドリちゃん……。それから、学年主任までやってた中学教師のヨシエさん……。今さらだけど、マジでありがとう……)


 カガミは、元の世界に居たころに関係を持っていた女性達に心の底から感謝を告げる。あの時々の彼女達の話を聞き流さず、きちんと応じていた経験が役に立った。そして何より、


(先生って単語にハマっていたあの頃のオレ! 実にグッジョブだ。あの頃、教育系に片っ端から声かけてて、本当に良かった)


 と、感慨深げなため息をつくのであった。

 ちなみにだがコイツ、当時関わっていた女性達に関して、既に一人ひとりの顔すら思い出せないでいたりする。……雷でも落ちれば良いのに。

お読み頂きありがとうございました。



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