04 『それは 裏方役のちょっとした意趣返し』
トントン拍子に話が進んでしまったが、根本的な部分で懸念が残っている。
一番の問題は、テスラからもたらされたこの依頼をギョクたちが請ける事が、制度上可能であるかという点だった。
確かにテスラは、厳密に言えばいまだ貴族ではない。この国の慣例として、貴族の家に生まれた者たちは、成人を済ませた後に貴族名鑑に名を連ねることが許されるのである。
だが、アマテラ家家人の代表と言う立場で公の場に出る以上、貴族の家からの依頼とみなされる可能性も充分にありえるのだった。
この問題を解決する為、カガミはアマテラ家の執事であるアメノを伴い、一階にある受付へと足を運んでいた。ギョクたち三人は、そのまま応接室でお留守番である。
本来であれば、貴族令嬢の護衛をかねるアメノをテスラから引き離すことなどありえないのだが、スズと共に部屋に残っているところからしても、ギョク達に対する信頼の高さがうかがえるというものだ。
(さて。なんと言って言いくるめますかねぇ……)
ミシミシと音を立てるギルドの階段を下りながらカガミは思案する。
先日ツルギが貴族宅からの依頼を請けた時のやり口が頭をよぎるが、全く同じ方法での横紙破りが可能になるとも思えない。説得の手段は幾つか思いついているけれど、それでも最悪、何らかのペナルティを課せられる可能性は充分にあった。
(いよいよの時は、ギョク先輩あたりに上級に上がってもらう必要が出てくるかもな。まぁあの人なら、それはそれでって受け入れちゃう気もするんだけど……)
三人が中級冒険者に固執するのは、遺跡や迷宮の探索を行いやすい立場であるからだ。
コイツ等がメインの目標としている元の世界への繋がりを確認する為には、世界の謎が潜んでいるといわれるあの場所への探索は欠かせない。この王都に移り住んでからも、既に幾つかの遺跡や迷宮を、中級資格で請ける事の出来る依頼にかこつけて探索済みなのである。
一度上級に昇格してしまえば、貴族階級からの依頼を受けるのがメインになってしまうため、これまでの様な頻度で遺跡や迷宮に潜る事は難しくなるだろう。
だがそれでも、今目の前で助けを求めてきた少女を蔑ろにすることは出来ない。なんだかんだで自分たちのことは後回しにしてしまうはずだ。
過酷なこの世界の水に慣れはすれど、それでも根っこのところでお人好し。そんな友人達を思い、カガミは聖女もかくやという美貌の口元を、うっすらと緩ませるのであった。
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「なるほど、仔細承知いたしました。そのままお受けになればよろしいのではないですか?」
あれこれ策を弄していたカガミだったが、話を聞いたいつもの女性ギルド職員は、実にアッサリと受け入れた。即座に依頼の申込用紙を取り出すほどの、まさに右から左に、であった。
「宜しいのですか? 私が言う言葉では無いかもしれませんが、ギルドの規約に触れる恐れがありません?」
拍子抜けしたカガミが問いただすと、ギルド職員はいつものように切れ長の目を細めて鼻を鳴らす。
「そんな書類上の事など、どうにだってできます。そちらの執事さんを依頼人に立てれば問題はありません。……確かにギルドは、中級冒険者が貴族の依頼を受けることを認めてはいませんが、実際の活動の場所までは縛っていないのですから」
「つまり……平民からの依頼で、貴族の邸宅で活動をしたとしても問題は無い、と」
「そういうことです。現に貴女方のお仲間のツルギさんも、同じようなやり方で依頼を遂行中でしょう?」
「ですが今回の依頼では、私達中級冒険者が、れっきとした大貴族であるアマテラ家の家人として扱われることになるんですよ?」
「私が今お聞きした内容ですと、今回の依頼内容は『アマテラ家のパーティで演舞を執り行うこと』、であると把握しました。たとえその結果、皆さんが貴族の家に連なる者たちだと判断されたとしても、それは依頼の外側のお話です。皆さんは『アマテラ家に仕えるように』、という依頼を請けるわけではない。……そうでしょう? 執事さん」
「え、あっ、私ですね? えっと、ハイ。そうですその通り。お嬢様のお願いは、皆さんにきっちり演舞を舞っていただいて、あのにっくきオサノ家の当主の鼻をベッコベコにしてもらうことです」
片や美貌の神官乙女、片や氷のギルド職員。才貌両全な二人に挟まれたアメノは、余所行きの礼儀正しさなど三軒向こうに放り投げ、言っちゃいけない本音まで口走っている。しょうがないのだ。歌って踊れる愉快な執事の本分は、お仕えしているお嬢様への太鼓持ちなのだ。
あからさまに挙動不審なアメノをよそに、カガミとギルド職員はなおも額をあわせる。
「……相変わらず、モノは言いようを地でいきますね」
「詭弁も弁の内。貴女も良く知っていると思っていましたが?」
「滅相もありません。私は、神に対しての誠実をもって善しとする神官ですよ? ……なんにせよ、今回はお言葉に従います。ギルド職員である貴女が、そのように仰ってくださったのですから」
「ご心配いりませんよ、カガミさん。この件は私がキッチリと処理します。何処からも問題にはされません」
極めて淡々と言い放つギルド職員は、そのままアメノに、依頼の申込用紙への記入を促す。ちなみにこの執事、この場に張り詰めた緊張のあまり、ついにはよくわからない踊りをはじめていた。
魔法的なポイントが吸われそうな踊りをやめ、慌てて書き物をはじめたアメノを横目で見ながら、なおもカガミに向かって口を開くギルド職員。
「……しかし、いい加減皆さんも上級に昇格されては如何です? そうすれば、今回の様なことで頭を悩ますなど無いでしょうに」
「生憎、私の仲間たちにその気は無いようですので。今しばらくは、中級のままで研鑽を積む予定です」
「そうですか……。ですが、覚えていてください。皆さんは、もっと多くの人々の助けとなりうる力量を持っている。それを十全に生かすには、今の中途半端な立場では限界があります。上級資格を有すれば、いずれはこの国の王から、直接の依頼を請けることだって可能となるでしょう」
そして冴え凍るような印象を与える瞳を真正面から向け、ギルド職員はカガミに向かって言うのだった。
「貴方達三人にはそれだけの実力が備わっていると、私は確信しているのです」
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「いやぁ……私、ギルドの人ってはじめて話をしましたけど、なんかおっかないですねぇ。やっぱり荒くれの冒険者とやり取りするには、アレくらいじゃなきゃやってらんないのでしょうか」
依頼の申し込みと受領手続きを同時に済ませ、ギョク達の待つ二階の応接室へ向かいながら、アメノは感慨深げにそう言った。この十数分でおもうさま神経を削られたようで、しきりとかいてもいない額の汗を拭っている。
「どうでしょうね。私たちは先ほどのギルド職員くらいしかきちんと話をした人はいませんけど、やっぱりあの人が特別に変わっているんだと思いますよ」
「ほへぇ……。っても、それもそうなんでしょうね。みんながみんなさっきの人みたいだったら、どんだけギスギスした職場だよってカンジですもん。私なんかにゃ、絶対務まらないですよぅ」
毛先に緩いクセのついた黒髪を短く切り揃え、折り目正しい執事服に袖を通しているアメノだが、いつの間にかゆるゆるの本性をむき出しにしてしまっている。
たとえ平民の出だとしても、大貴族の邸宅に籍を置いている者にはそれ相応の所作が求められるはずなのだが、どうにもこの執事も一般の枠に収まらない人物のようだ。主人が主人なら部下も部下、ということなのだろうか? まぁ、アマテラ家自体が特殊なのかもしれないのだが。
「なんにせよ、うまくいきそうで良かったですよ。お嬢様、旦那様からお話を聞いてからこっち、夜も眠れないくらい悩んじゃってましたからねぇ」
「まぁ! それほど悩んでたのですか」
「えぇえぇ。だから昨晩、スズさん経由で皆さんに相談することを思いついた時は、まさに天啓を得たりってカンジでした。夜中に突然『ワタクシ、思いついちゃいましたわッ』とかって踊りだしてましたからねぇ。……いやぁ、アレはいつもに増して可愛かったなぁ」
「お、踊りだすほどでしたか……。まぁなんにせよ、私達が引き受けた甲斐もあったということなのでしょうね」
「ですねッ! 実際に演舞を舞って頂くのはあのちっこいお嬢さんってことでしたけど、貴女とスズさんもパーティに招待する事になると思いますよ。ウチからのお礼みたいなモンですから、気軽に参加しちゃってくださいな」
主人であるテスラを差し置いてパーティへの参加を促す時点でどうかと思うが、ド平民のカガミ達に、貴族の催しへ気楽に参加しろと言い出す執事である。……アマテラ家、やっぱりどこかズレているのかもしれない。
突拍子もない申し出を受けたカガミが笑顔を引きつらせながら頷いている横で、アメノは軽い足取りで主人の下へと階段を上っていく。
「皆さんのお召し物も、こっちで用意することになると思いますよ。せっかくの機会なんですから、バッチリ着飾っちゃってくださいな」
「あら、ドレスの用意までしていただけるので? ……でも残念ですけど、私に関しては必要ありません。宗教上の理由で、この神官服以外を身に纏う事は許されていないんです」
「えぇ~!? そりゃまた残念ですねぇ。カガミさん、女の私でもうっとりしちゃうくらいの美人さんですのに。……んじゃあ、用意するのはギョクさんとスズさん二人の分だけですかぁ」
「あっ、ギョク先輩の分も――」
必要ない。と言いかけて、言葉を止めるカガミ。そのまま少しだけ頬に手を当て、やがてにんまり微笑んだ。
「ギョク先輩のドレスは、なるたけ豪奢なものにしていただきますようお願いいたします。最低でも、随所にレースやリボンをあしらった豪奢なモノでなければいけません。スカートはパニエで膨らませて、ふわっふわのシルエットになるよう注意してください。基調となる色はやはりピンクが望ましいですが、フリルの量次第では緑というのも宜しいでしょう。靴は編み上げのブーツ。こちらは指し色で赤や青などを使っても面白いと思います。もちろんドレスとの調和が第一ですよ? それと、言うまでもありませんが、あくまでも可愛さを基本の路線とすることを忘れないようにしてください」
「えっ? ちょ、待って! メモ取ります!」
「今の服装をご覧いただいてもわかると思いますが……うちのギョク先輩は、とりわけ華美な装いを好みます。そのこだわり方ときたら、中途半端なドレスでは思わず気分を悪くするくらい徹底しているのです。もしも判断に迷った時は、迷わず私に仰ってください。私が責任持って承ります」
「わっかりました! ギョクさんのドレスに関しては、貴女に相談すれば良いんですね? いつもお嬢様の衣服を管理している、メイド隊のみなさんに話を通しておきます」
「えぇ、乙女の晴れ舞台ですもの。是非とも可愛らしく仕立て上げてくださいな」
ここ数日で、一番の笑顔を浮かべたカガミがそこにいた。
先ほどのテスラとの話をはじめ、今のギルド職員とのやり取りなど、今回の一件は自分の胃が痛くなる展開の連続なのだ。これくらいの仕返しは許されるだろう。
それに自分やツルギとは違い、ギョクの服装の縛りはそこまでキツいものではない。これだけキッチリ指定をしておけば、ギョクが例の呪い的何かで体調を悪くしてしまうこともないはずだ。何も問題は無い。
(あれだけお嬢様たちの前で啖呵きったんだ……。流石の先輩も、派手なドレスが嫌だから、いち抜けたとは言い出せないはずだしな)
たとえ今はビスクドールの如き美少女の姿をしているとはいえ、三十過ぎのむさっ苦しいオッサンが、フリフリのドレスを身に纏って貴族のパーティに出席するのだ。
内情を知るカガミからすれば、これほど大笑いできるイベントは早々無い。
「あっ、そうだ! ドレスの件、くれぐれもギョク先輩には秘密にしておいてくださいね? どうせなら直前で素敵なドレスをお披露目して、あの人を驚かせてあげたいじゃないですか」
念には念を入れ、逃げられないよう布石を打つ。
そうしてこの神官乙女は、神をも魅了する満面の笑みを浮かべるのであった。
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おかしい……文字数が減ってない……。
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※※短編※※
トイレでアレする花子さん
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※※完結済み※※
いやいや、チートとか勘弁してくださいね (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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