03 『それは 誤解とすれ違いと黙認と』
「武を競う……ですか?」
向かい合ったソファーに座したまま平民である自分達に頭を下げるテスラに対し、カガミは思わず顔色を変える。先日はじめて顔を合わせた時の態度からは、考えられない行動だからである。いやそれ以前に、コイツ等の知りうる一般的な貴族としてもありえないのが今のテスラなのだ。
この国において絶対的な格差である貴族と平民の間柄で、よりによって貴族の側に頭を下げられるという非常事態。迂闊に人目につけば、それだけで三人が投獄されたとしても不思議ではない光景だ。このまま頭を下げ続けられれば、それこそどんな無理難題だって呑まされかねない。
カガミが困ったように眉尻を下げて視線をやれば、テスラの後ろに控えていたアメノも目を丸くしている。
「とりあえず頭を上げてください。貴女の様な方にそんな真似をされてしまえば、私達もどうして良いかわかりません」
「そそ、そうだよテスラさん。いつもの貴女らしくないよ? 学園で一緒にいる時は、いつだって偉そうにふんぞり返ってるじゃない」
驚き以上に危機感に囚われたカガミが声をかけると、日頃のテスラを知っているスズもそれに続いていた。
――だが、両腕を組んで目の前の貴族令嬢を見ていた魔法少女は、大きく一つ頷いてパシンと膝を叩く。
「よっしゃ。その心意気、気に入った。なんだか知らねぇが、この俺が引き受けてやろうじゃねぇか」
「いやいやいやいや。ちょっと待ってください先輩。せめて、もうちょっと詳しく話を聞きましょうよ!」
「何言ってやがんだカガミ。うら若い娘さんが、これだけ必死に頭ぁ下げてんだぞ? これに応えなきゃ漢がすたるってぇモンだろうがよ」
「違うよね? ギョクちゃん男じゃなくて乙女だよね? いつも思ってたけど、なんでそうギョクちゃんってばこういう時は男らしいのよ! そんなに可愛いのにッ!」
竹を割ったような気風の良さを見せるギョクに、両脇に座った二人から怒涛のツッコミが入る。話の枠組み程度しかわかっていないこの時点で安請け合いをしてしまうなど、どう考えてもマトモな判断だとは思えない。まぁ……スズの発言に関しては、微妙に的を外しているようにも思えるのだが。
それでもこの、昔気質を地で行く元三十台独身男は、愛くるしいゴスロリドレスの腕をグイッと捲くりあげる。
「あのな、スズ。男だろうが女だろうが関係ねぇ。義理と人情秤にかけりゃ、義理が下がるのがこの世の中。だからこそ、通せる時には通してやるのが世の情けってなモンだ。……こいつは理屈じゃねぇ、人としての生き様ってぇヤツなんだよ」
目の前のテーブルに片足を上げて言い放つ同郷の昔なじみに、カガミは頭を抱えている。誰にも通じないのがわかっているから口には出さないが、神官乙女の皮を被った中年男は、それでも言わせて貰いたかった。
――お前は、何処の渡世人だ。
§§§§§
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「……とにかく。私達もできるだけ前向きに考えさせてもらいます。ですのでもう少し詳しいお話を聞かせてもらえませんか?」
しばし後、ようやく頭痛の収まったカガミが切り出した。よくわからない世界に浸りきっている魔法少女をどうにか黙らせ、少しでも建設的な話し合いを進めようという態度である。ほんとにもぅ、色々と痛み入る。
「え、えぇ。もちろんお話するつもりですわ。ワタクシも、まさかアレだけで引き受けていただけるとは思っておりませんでしたし……」
なおもモゴモゴと何事かを言いたげなギョクに視線をチラチラ送りつつ、テスラは改めて話を始めた。ちなみにギョクがマトモに喋らせてもらえていないのは、カガミに命じられたスズが両手で口を塞いでいるからである。流石のコイツも、自分の被保護者を力ずくで振りほどけはしないようだ。
「先ほどお話しましたように、現在オサノ家では、有力な冒険者を手の内に抱えているようなのです。ご当主様は、先日のパーティでもえらくご自慢になさったようなのですわ。その話の流れで、同席していたお父様に、こんな事を言ってきたのです……」
貴族たるもの、いざという時に備えて然るべき。そしてそれは、それに適う冒険者を抱えているかどうかということであろう。
現在オサノ家が擁している冒険者は、その実力もさることながら、名門貴族が迎え入れるに相応しい優美さも持ち合わせた、まさに比類する者なき逸材と言える。
そんな冒険者と縁を結べたことは、大貴族として日々精進を重ねてきたオサノ家だからこその天運。逆を言えば、国を憂う貴族としての責務を全うしている者であれば、それ相応の冒険者を身内に有していて当然ではないだろうか……と。
「そしてオサノ家ご当主様が自慢すればするほど、お父様に注目が集まってしまったのですわ」
「なるほど読めました。オサノ家様にそれだけの人材が居るのであれば、これまで比較され続けてきたアマテラ家ではどうなのか……そんな流れになってしまったのですね?」
「その通りですわ。引くに引けなくなってしまったお父様は、自家でも相応の人材を抱えていると言わざるをえなくなってしまったのです……」
「それって、つまり嘘ついちゃったってこと? テスラさんのお父さん、なんでそんなことしちゃったの? そんな嘘、すぐバレちゃうじゃない」
悲痛に語るテスラに、思わずスズは口を挟む。率直な少女の問いかけに、生粋の貴族であるテスラはため息をこぼした。
「……貴女にはわかりませんわ。貴族には、引けない場所というのがございますのよ」
「そんな言い方――」
「スズちゃん、わかってあげましょう? もしテスラさんのお父様が正直なところを口にしてしまっていたら、その場で貴族としての格付けが決まってしまっていたの。それは一つの家を背負う者として、絶対に受け入れられない事なのよ」
これまでに刻んだ年輪で世情を知るカガミは、素朴に育った養い子を諭す。貴族の世界に詳しいわけではないが、世間の波にそれなりに揉まれてきたカガミには、テスラの父が追い込まれた状況がよく理解できるのだった。
「……とにかく、それで話の想像がつきました。テスラさんのお父様は、ご自分の所にも有力な冒険者がいるのだと言わざるをえなくなった。そしてそのままの流れで、では両家の抱える冒険者を競わせようという話に転がってしまったのですね?」
「仰るとおりですわ、カガミさん。聞いていた通り、聡い方なのですわね」
「恐縮です。それで、具体的にはどのような事を?」
「先ほどは武を競うと言いましたが、何も剣を取って立ち会えという話ではありませんの。皆さんも腕に憶えのある冒険者なら、演舞の心得はございますでしょう? 次に当家で行うパーティにて、件の冒険者と共に、一指し舞っていただきたいのです」
「舞う、のですか?」
「えぇ。貴族の家に出入りする冒険者の優劣を競うのに、演舞の舞い比べは相応しき題目ですもの」
多数の神々を抱くこの国において、神官達が舞を奉じるのは一般的である。そして武芸や勝負事を司る神々の中には、武芸者達が剣を神具に持ち換えての舞を好むとされる神も何柱か存在する。
故に、血を流す事無く互いの技量を比べる勝負として武に通じる者たちに演舞の舞い比べをさせるのは、この世界の上流階級では、やはり常識的な催しなのであった。
「……どう思います? ギョク先輩」
テスラの説明を受けたカガミは、ようやくスズに開放されたギョクに水を向ける。ここまでの話に置いてけぼりを食らった魔法少女は少しだけ唇を尖らせながらも、それでもうんうんと頷いていた。
「良いんじゃねぇか。別に俺達が困るような内容でも無さそうだし……。それに、演武ならツルギのヤツに任せりゃお手の物だろ。アイツも伊達に道場通いしてたわけじゃねぇ、演武の一つくらい、きっちりやりおおせるだろうよ」
「ツルギさん……とは、貴女方のお仲間でしたわね。その方なら演舞に心得がおありなのですの?」
「俺は途中で通うのやめちまったが、アイツはガキの頃からずっとやってたからな。ツルギの演武なら、お貴族様に見せても恥ずかしくないモンだと思うぜ」
長年付き合ってきた友人を、我が事のように語るギョクである。
決定的なところに差異が生じている事に気付かぬまま、自信満々なギョクの表情に希望の光を見出したテスラは、天を仰いで喜びの声を上げた。
「あぁッ! それでは、是非お願いいたしますわ。これでお父様にも、明後日のパーティを安心して迎えさせてあげられますッ!」
……が、ここに来てギョクは、少しだけ顔を曇らせる。
「……ん? ちょい待ちテスラさん。今、明後日って言ったか?」
「えぇ、明後日ですわ。急な話になってしまったのは申し訳ないのですが……何分私が、塞ぎこんでいるお父様から事の次第を聞きだしたのも、つい先日のことでしたのよ」
魔法少女モドキの言葉に、申し訳無さそうに応えるテスラであった。
ギョクが引っかかってしまったのは、もちろん期日が差し迫っているからなどではない。心臓に剛毛が生えたコイツ等なら、たとえ今すぐ本番だと言われても動じることは無いのである。
しかし……。
「ソイツはちぃっとおいしくねぇな。生憎その期日じゃあ、肝心なツルギの野郎が帰ってこねぇんだ。よくは聞いてねぇが、武術指南がらみで泊り込みらしくってな。確か、戻りは明後日以降だったはずだ」
「そんなッ! 何とかなりませんの?」
「そう言われてもなぁ……」
先ほどの喜びから一転、サッと顔を青くしたテスラである。腰掛けていたソファーから、思わず身を乗り出してしまうほどだ。
悲痛な面持ちの貴族令嬢を救ったのは、彼女の喧嘩友達といっても良い少女であった。
「ねぇ、ギョクちゃん。ギョクちゃんが代わりにやったらダメなの? ギョクちゃんも、ツルギさんと一緒に鍛錬してた時、何度か演武を見せてくれたことあったじゃない」
「俺か? ……そりゃあちょいとカジっちゃあいるが、ヒトサマにお披露目できるようなモンじゃあ――」
「私には、ツルギさんもギョクちゃんも凄いって思ったよ? 確かにツルギさんの方が迫力あったけど、ギョクちゃんのだって捨てたものじゃないと思うけどなぁ」
「そうでしたの!? それならば、是非ギョクさんにお願いいたしますわ。ワタクシ、スズさんの武術の腕前は、学園の授業で良く存じていますもの。そのスズさんが言うのであれば、きっとオサノ家の女騎士に勝るとも劣らない演舞を見せていただけるに違いありませんわッ」
ギョクたち同様肝心のところで勘違いをしているスズではあるが、なんだかんだで、このクラスメイトを認めているテスラである。事実スズも、学園の授業に加えて三人の埒外な保護者達からの手ほどきを受けているため、武術に関してそこそこの腕前に成長しはじめているのだ。
そして。
「……しょうがねぇ。いっちょ、恥かかせてもらうとするか」
二人の少女からキラキラとした眼差しで見つめられたギョクは、照れ隠しに頭を掻きつつも、やがてため息混じりに首を縦に振るのだった。
盛り上がる三人の少女達の側。先ほどテスラが洩らした一言で、眉間に皺を寄せるカガミの姿がある。
(今、オサノ家の女騎士って言ったよな……)
女性の冒険者で、貴族が思わず自慢したくなるほどの力量の持ち主。更に美貌の女騎士とくれば、否が応にも頭をよぎる人物がいる。しかも思い描いたその人物は、先日からどこかの貴族のもとで武術指南を勤めており、その上明後日まで仕事先の貴族宅に泊り込みだという。
「どうしたの、カガミさん。なんか考え込んじゃってるけど……」
首を傾げるスズに、カガミは小声になって答えを返した。
(なんでもないよ、スズちゃん。俺の勝手な思い込みで、みんなを混乱させるわけにはいかないしね)
「面白いことになってきたなぁと思っただけッスよ」
……本音と建前が逆である。
お読み頂きありがとうございました。
ここ数話、文字数が多くなってしまっております。
プロットで話数割りをしてしまっている弊害でした。
次話からはいつも通りの量になってくると思います。
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※※短編※※
トイレでアレする花子さん
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※※完結済み※※
いやいや、チートとか勘弁してくださいね (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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