第四章 エピローグ ~日陰者たちを称える唱~
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第四章16話に加筆修正がございます
本筋は変わっていませんが、今話の流れを少しは理解しやすくなったかと思います
気になった方は、さかのぼってお読みいただけると幸いです
「それで!? それでその後はどうなったの?」
昼前の冒険者ギルド。朝方から詰め掛けていた人々の波もようやく落ち着き、少しずつ空席が目立つようになった受付カウンターの一角から、興奮した少女の声が聞こえる。
「その後も何も、それでおしまいだよ。あんにゃろ、ちょろっとこっちが脅かしただけで気ぃ失いやがったからな。仕掛けの部屋まで引きずっていくのも面倒だってんで、そのまま身包み剥いで放置してきた。あそこまでビビらせてやりゃあ、二度と王都に立ち寄ろうなんて気もおこさねぇだろうしな」
「えぇ~、それだけなの? じゃあ今頃は、どこか別の街に逃げて行っちゃったって事じゃない。……なんだかなぁ」
カウンターの椅子に腰掛けた少女、スズは、傍らの魔法少女の言葉に不満を鳴らす。そんな二人のやり取りを、書類にペンを入れながら聞いていたギルド職員が、いつも通りの無表情で口を挟む。
「スズさんは、その男を殺してしまった方が良い、と考えているのですか?」
「そこまでは思わないけど……でも、もっと厳しい罰を与えた方が良かったんじゃないかなとは思います。だって、ギョクちゃんいつも言ってるもの。世の中の男なんて、そのほとんどは腐れ外道かド阿呆。そうでなければ、腐れ外道でありかつド阿呆だ。だからそういう生きてる粗大ゴミを見かけたら、遠慮なく最大威力の攻撃をぶっ放せ! ……って」
「そ、そこまで言ったっけか?」
「言ってるよぅ。私にはまだ、どの男の人が悪い人なのかイマイチわかんないけど……でも、そのアカザさんは絶対悪い人だよね! だったら、ちゃんとぷちっとしなきゃダメなんじゃないの?」
悪びれず言い切ったスズをチラリと見やり、ギルド職員は正面に座ったギョクの顔をじっと見つめる。おともだちパンチですらないのかという突っ込みは、ギルド職員の心の中から漏れる事はなかった。
それでも半眼になったその瞳は、「お宅は娘さんに、一体どういう教育を?」と問いただしているように見える。
二方向から種類の違う糾弾を受けた魔法少女は、軽く頬を掻いた後、スズが真正面に見えるように座りなおす。そして、少しだけ真面目な顔で切り出した。
「確かにあの男には、もう少し厳しい罰を与えた方が良かったのかもしれねぇ。本心で言ったら、俺だってあの場でぶちのめしてやりたかった。……でもな、スズ。俺達には、モネーの前であの男を殺してしまうことが、どうしても出来なかったんだよ」
「モネーさん? でも、モネーさんもアカザのことを憎んでるんじゃないの?」
「その通り、今だって憎らしく思ってるだろうぜ。なにせずいぶん手酷く騙されてたんだからな。……でもそれでも、一度は将来を望んだ相手だ。そんな男が惨たらしく息を引き取る姿を見せられれば、モネーの心に傷が残っちまうかもしれねぇ。例え自分で手を下さなかったとしても、アカザの死に様は、モネーの頭にずっと刻み付けられるんじゃねぇかと思ったんだよ」
「そう……なの、かな?」
「誰かを憎いって思う気持ちは、誰かを好きだって気持ちの反対じゃない。方向が変わっただけで、相手に執着し続けちまうのは変わらないんだ。そんな相手の死に様は、どうやったって心地良く思い出せるもんじゃねぇ。一時はザマ見ろってスカッとするかもしれねぇが、そんなモン一晩もすれば無くなる爽快感だ。後に残り続けるのは、後味の悪い陰鬱な記憶だ。……わかるだろ?」
「…………」
「それにな? コイツはカガミが言ってた事なんだが……下手に目の前で劇的な罰を与えてしまうと、今度は逆に、直接手を下した俺達を憎んでしまうこともあるんだとさ」
「えぇっ、なんで? だって憎い相手を懲らしめるのを、手伝ってくれた人達なんだよ?」
「その通りだ。でもな、スズ。その辺は理屈じゃあねぇんだよ。カガミが言うには『例え殺したいほど憎い相手でも、目の前から居なくなって欲しいとは思わないもの』なんだそうだ。……意味がわかんねぇだろ? 俺だってわかんねぇ」
「わかんないよ。……私には、難しすぎる」
「難しいのさ、男女の仲ってのはな。だからあの時の俺たちにできたのは、とことんまでアカザの無様な姿を見せて、モネーを心底呆れさせてやるくらいだった。そうしてモネーが『アカザなんてどうでも良い』って思えるように仕向けてやるのが、精一杯だったんだ」
とつとつと語るギョクは、スズの瞳から視線を逸らさない。
「なにより、俺たちは別の依頼人の頼みであの場に居た。依頼人は、吹っ切る為のきっかけが欲しくて俺達を頼ったんだと思う。それなら、ぶっ殺してきましたと言うより『ヤツはちょいと問い詰めただけで、座りションベンかましながら命乞いするクズでした』って終わらせた方が良いんじゃねぇかって思ったんだよ。どうせあんなクズ野郎は、ほっといてもどこぞで野垂れ死ぬ。二度と王都にゃ立ち寄らせねぇようにしたから、すっぱり忘れることですってな」
「そっか……。ねぇ、ギョクちゃん。みんなは、ちゃんと吹っ切ることが出来たのかな?」
呟くように洩らすスズの頭に、ギョクはそっと自分の手を載せる。滑らかな少女の髪を、優しい手つきで撫でていた。
「さぁな……ソレばっかりはなんとも言えねぇ。時間が解決してくれるのかもしれんし、別の何かで吹っ切れるのかもしれねぇ。それでも少なくとも言える事は、あそこでアカザの息の根を止めていたら、帰りしなのモネーが笑顔を作ることは出来なかった。たとえ強がりのやせ我慢だったとしても、バカ話で盛り上がれはしなかっただろうって事だ」
ギョクは、影が出来るほどに長いまつげをそっと伏せる。そして自分達の養い子に向けて、やんわりと諭すのだった。
「人の心に関わる仕事は、それっくらいで充分だと思わなきゃならねぇ。それ以上は背負い込んじゃいけない領分なんだよ。俺達は、神様なんかじゃないんだから」
§§§§§
§§§
§
しばし後、ギョクは少女を掲示板の方へと送り出した。ギルドの常駐依頼を確認する為、今もツルギとカガミがそこに並んでいるはずだ。
ちなみに、先ほどまでスズとこの場所に座っていたのは、スズに付き添っての事だった。準冒険者を希望している事を証明するため、ちょっとした手続きが必要だったのだ。書類に文字を書き込んでいる少女を待っていた途中、ひょんなことから、先日の依頼について話が及んでしまったのだ。
ぽりぽりと頬を掻きながら、柄にもなく真面目な話をしてしまったことを少しだけ後悔しているギョク。すると、カウンターの向こう側からジッと自分を見つめる視線があることに気が付いた。
そのいつもと変わらない冷静な瞳が、それでもどこか違うように感じられる。
しばし無言で視線を交し合った後、先に口を開いたのはギルド職員の方だった。
「ずいぶんと、お優しいんですね」
「なんだよいきなり」
「貴女方が依頼の中で、時に非情なまでに苛烈な判断を下してきたのを、私は知っています。だから少しだけ意外でした。もう少し、厳しい現実を直視させるものだと思っていました。スズさんに対しても……それから、あのモネーという女性冒険者に対しても」
「全部を詳らかにすることが、必ずしも正解とはかぎらねぇだろうが。真実なんざ、それこそ人の数だけ在りやがるんだ。それに俺達だって、始終全方位にケンカ売りながら生きてるワケじゃねぇ。こっちに余裕がある時は、穏便に済ませようって気にもなる」
「なるほど。今は、その余裕が出来た……ということなのですね」
「見透かしたような口、利いてんじゃねぇよ。たまたまだ、たまたま」
チッ、っと。あからさまな舌打ちをした魔法少女は、ふてぶてしくも椅子の背に片肘をかけながらそっぽを向いた。動きにつられたスカートが、空気を含んでふわりと揺れる。
「そうですか。まぁ皆さんが落ち着いた暮らしを送っているというのなら、それはそれで良いのでしょう。ところで、あの遺跡の再調査に、私も少し関わっていたのですが……いささか気になったことが」
「気になること?」
「えぇ、隠し部屋の仕掛けの件です。例の、謎解きが出題されていた……」
そしてギルド職員は、既にギルド主体で行われた『ムーテン遺跡』の再調査について話をする。
ツルギのバカ力で発見されたあの小部屋で、問いの答えとして用意されていた選択肢は二つ。
一つは『見捨てた男を信じられなくなったから』で、モネーの話ではこちらが正解に間違いないとの事。そしてもう一つは『逃げ遅れた男が旅を続けることを諦めた』という内容だった。
「ですが、実際に正解だったのは、二つ目の選択肢だったのですよ」
「なんだと!? それじゃ、モネーが間違えてたってことなのか?」
「いいえ、それも違うでしょう。少し調べたのですが……あの謎かけの元となった話は、モネーさんの記憶と同じ内容でした。間違っていたのは、出題者の方だったのです」
「……はいぃ?」
「ムーテン師が存命の頃、彼を指示していたという人が居まして、その方に話を聞いてみました。どうやら師は、元となった話をよく知らなかったのだそうです。そして何かの折りに弟子達からあの謎かけと同じ問いを出され、その時答えた内容が『逃げ遅れた男は、おおかた自分の力量に限界を感じるでもして、旅を続けることを諦めたのだろう』だったのだそうですよ」
「なんだそりゃ。それじゃ、正解なんか出せっこねぇじゃねぇか」
「いいえ違います。あの問題、最後の一文はこうなっていました。『その理由を問われた時、私はなんと言うだろう?』と。私、つまりはムーテン師がなんと答えたかを問うているのですから、二つ目の選択肢で正解なのですよ」
「なるほど。つまりあの問題は、回答者が自分の教えを受けた者かどうかを篩いにかける為だったのか。自分の話を覚えている人間であれば、きちんと正解を出せると……」
御明察です。そう言いたげに、ギルド職員はうっすらと笑みを洩らした。
「問題に正解した先には、石属性魔術に対する研究資料が保存されていました。自分の研究を託す相手として、師は、過去に同じ時間を過ごしてきた弟子達を望んだのでしょう。ムーテン師の弟子達は、彼の生前から王都を離れた者たちばかりでした。もしかすると、自分の死後あの地下室を探索するよう、手紙くらいは出していたかもしれませんね」
「かもしれねぇな。だが生憎、最初にあの地下道に立ち入ったのは、縁もゆかりも無い俺達だった。上手くいかねぇモンだな」
「そうですね。ですからもし、貴方達の脅しに自暴自棄になったアカザが、言われるがまま二つ目の選択肢を選んでいれば……彼は、本当の意味で九死に一生を得ていたのかもしれなかった。本当に、上手くいかない物です」
「ハハハッ。確かにソイツは、最近聞いた中じゃ一番に皮肉な話だな」
「その通りですね。……そもそも、たとえ不正解を出したとしても、あの仕掛けで誰かが死ぬ様な事はありませんでした。長い時間誰にも見つからなかったことで、仕掛けられていた毒が無害化してしまったのでしょう。まぁ、もともとムーテン師は悪戯好きの明るいお人柄だったとのことですし、始めから強い毒など仕掛けられていなかったのかもしれませんがね。……なんにせよ、実際に再調査で不正解を出したギルドの人間は、無事に戻ってきましたよ」
「マジかよ? そんじゃアカザは、本ッ当に最後の最後まで大間違いをかましてたってワケだ。……まったく、何度思い返してもハタ迷惑なヤローだったぜ」
余りにも、な真相に、思わず笑い声を上げるギョク。椅子の背もたれにどっしりと身を預け、天井に向かって笑顔を見せている。
そんなハスっぱな姿を晒す美少女に、ギルド職員はなおも言葉を続ける。
「確かに迷惑な話です。もしアカザがそうしていれば、遺跡の再調査を行う必要もなかった。自然、それに同行した私が、あんな物を見ずに済んだのですから――」
「元の人相がわからぬように生きたまま顔を焼かれ、全ての歯を抜かれ。うめき声すら上げさせないと喉を潰され、更に両手足の腱まで切られて。そのくせしっかりと止血が行われ、簡単には死なないような治療が施されている。……そしてそのまま、人気のない林に放り出されて衰弱死した男の死体など、今思い出しても気味が悪いです」
「…………へぇ。そんなヤツが居たのか、大変だったな」
「大変でしたよ。あそこまでやられては何処の誰かもわからなくなっていましたから、そのまま荼毘に付してきましたが……。まったく、ああいうのは、ちゃんと責任持って最後まで処理して頂きたいものです。まぁ、同行していた他の冒険者にばれない様に痛めつけたのでは、時間的余裕がなかったのでしょうけれどね」
「なるほど、な。……ま、一応憶えとくよ。俺達には関係ない話だがな」
「そうしてください。それと、最後に一つ」
さて、と、立ち上がりかけたギョクの後ろ髪を引くように、ギルド職員は少しだけ声を大きくして話を切り出す。
立ち上がったギョクの周りに、今は他の冒険者達の姿は無い。それまで隣のブースに座っていた職員達も、今は不思議と、全て姿を消していた。
「悪人を殺すことは、決して非難されることではありません。少なくともこの世界は、自分達の手に負えない何かを、他の誰かに裁いてもらいたいと望んでいる人間が大多数です。……それでも貴女たちは、表立ってそれを行おうとは思わないのですか?」
音が消えたように静まり返ったカウンターの中で、ギルド職員の問いかけが魔法少女の耳を打つ。真正面から見つめてくる女性の瞳に、ギョクは身じろぎ一つとることが出来なかった。
やがて、何事かを口にした元三十台独身男は、それでもいつも通り、面白く無さそうに唇をへの字に曲げたまま、ボリボリと頭を掻きつつその場を去っていった。
残されたギルド職員は、先ほどから何一つ変わらぬザワザワと人の声で溢れた冒険者ギルドの一角で、絶世の美少女の後姿を見つめていた。
何時までも、その後姿を見つめ続けていた。
「――そういうのは正義の味方や英雄の仕事で、自分達は単なる日陰の冒険者……ですか。ふふっ……それではなってもらいますよ、英雄に。アナタたちはいずれ、この世界を救う偉人として、全ての人間に称えられる存在なのですから……」
お読み頂きありがとうございました。
以上で第四章が終了です。
近日中に四章のまとめ。
第五章は、今週末くらいに開始の予定です。
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※※短編※※
トイレでアレする花子さん
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※※完結済み※※
つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~ (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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