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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第四章  三匹の黙ってれば美少女 暗い闇の中に潜る  の話
71/80

16  「それは 一人の男の末路」

11/1 一部改定

本筋は変わっていませんが、

状況の解説・一部キャラクター(主にカガミ)の心理描写を加筆してあります

 ゆらぁり、弓に矢を番えるモネー。昼間朗らかに笑っていたその顔は、今や能面すらに例えられるようだった。度を過ぎる怒りとは、時として感情そのものを凍らせるのかもしれない。

 絶対零度の視線がアカザを射抜き、


「死んで後悔すると良いわ」


 拍子抜けするほどアッサリと、モネーは矢を打ち放った。



 ――だが。


「…………どうして?」


「……すまんな。だがモネーさんよ、コイツは、お主が手を汚すほどの相手では無いと思うのだ。お前さんが死を背負わねばならぬほど、大した男ではあるまい」


 至近距離から放たれたその矢は、様子を窺っていたツルギの手によって掴み取られていた。

 女性の力で引かれたものだとはいえ、それでも初速に近い速さの矢を空中で掴まえたのだ。事も無げに行われたツルギの神業に、ゴースたちは、一時状況を忘れる程に目を丸くしている。


 しかしモネーは、そんな人外の技にすら感情を動かす事無く、もう一度矢を番えようと動いていた。そして今度は、ギョクの小さな手がそれを止めた。


「モネー。今のお前さんの気持ちを、俺達は決して『わかるぜ』なんて言いはしない。どれだけ辛いのかなんて、他人の俺達には絶対わかりっこないんだから。だがよ……それでも、苦しんでるって事はわかるんだ。お前さんが、相手を殺してしまいたいほど辛いってのはわかってる」


「だったら殺らせてよッ! こんな男、死んだ方が世の中の為じゃないッ!!」


「そこに関しちゃ同意見だ。例えコイツが死んだって、世界の重みはちぃっとも変わりゃしねぇだろう。だがここでお前さんが直接手にかけたとしても、それでお前の辛さが楽になるとは思えねぇんだ。俺達はコイツなんざどうだっていい。だが、お前さんはこれからも前を向いて生きてかなきゃならねぇ。その為にも、ここで手を汚しちゃダメだ」


「…………」


「別に、殺しがダメだって言ってるんじゃないぜ? そんな甘い世界で生きてるわけじゃないんだから。……それでも、自分の感情に振り回されて、衝動で手を染めるのはヤメとけって言ってるだけなんだ。そいつは一回でもやっちまうと、いずれ歯止めが利かなくなる。欲のために他人を殺すことに、躊躇ってモンがなくなっちまうんだ。そうなったらお前……それこそソイツと同じになっちまうぜ?」


 そっと置かれたように見えるギョクの手は、それでも強く握り締める。少女の体温が、冷え切ったモネーの腕にじんわりと伝わっていく。

 感情と同じ温度にまで下がっていたモネーの体が、少しずつあたたかさを感じていた。




 ……長い沈黙が続き。やがてモネーは、矢の切っ先を地面に下ろす。

 そしてその場にいる誰もが、長く深いため息を洩らした。


「モネーさん。さっきも言ったように、私たちは別の依頼を受けてここに居ます。この男をどうするかは、私達の依頼の範疇でもあるのですよ。どうか、私達に預けてもらえませんか?」


 最初に口を開いたのは、未だアカザの隣にいるカガミだった。先ほどアカザに向けていたのとはまるで違う、聖女の憂い顔でモネーを見つめている。


「どう、するつもり? 貴女達が、私の代わりにコイツを裁いてくれるの?」


「そうですね……。私達が受けた依頼は『アカザに王都の女性冒険者を食い物にするような行為を止めさせる』というものです。制裁や報復を頼まれたわけではありません」


 カガミは、思いつめた表情のモネーに、言葉を選びながら話す。

 予め三人で話し合った結果、アカザに対する最終的な決断を下す役割は、この神官乙女が担う事になっていた。そもそもが男女間の繊細な問題であったため、ギョクやツルギでは対応し辛いと判断したためである。

 ここまでの流れで、モネーが直接手を下すという事態は回避できた。これほど酷い裏切りを受けて、そのうえ相手を殺めるという業を背負わせてしまったのでは、余りにもモネーが哀れだ。それを回避できただけでも自分達が介入した意味はある……と、この元中年男は考えていた。


(っても、問題はここからなんだよな……)


 カガミはじっくりと考える。

 このまま、自分達がアカザを処断してしまうことは容易い。そもそもカガミは、女性とは互いに身も心も気持ちよくなってナンボ、という信条を持っているのだ。女を一方的に利用するアカザのような男にかける情けなど、それこそ微塵も存在しない。


(だが、オレ達が手を下すのもそれはそれでマズイ……)

(この場はなんとか、モネーさんがアカザを見限る程度で誤魔化さないとな……)


 カガミが知りうる男女間の問題において、自分たちの様な第三者が、当事者達の目の前で断罪を行うのは問題があった。

 安易にそれをやってしまうと、肝心のモネーの心にしこりを残してしまいかねない。いずれアカザを始末するにしても、モネーを傷つけるような事態だけは避けねばならないと、カガミは一人、この場をどう収めるべきか考えるのだった。



 だが、そんな後輩の葛藤などいざ知らず。脳みそ筋肉の騎士乙女と、直情型の魔法少女は、震えるアカザに向かって過激な発言を繰り返していた。


「今カガミが言ったように、俺たちの仕事は、テメェが二度とこんなふざけたマネが出来ねぇ様にするって事。具体的な方法も俺たちに一任されてんだ。正直さっきまでは、両手足の腱をぶった切って、二度と満足に動けないようにしてやろうかと思ってたんだが、どうにもそれだけじゃ足らなさそうだな」


「こういう手合いは、言葉を喋らせるだけでも害悪だからな。いっそ、喉も潰してしまった方が良かろう。でなければ、何時また別の誰かが舌先三寸で丸め込まれんとも限らん」


 次々と語られる残酷な対処に、アカザはみるみる顔から血の気を失っていく。


「あぁ、ついでに二度と悪さが出来んよう、股の間にぶら下がったソレも潰しておくべきだな」


 なんて台詞が飛び出した辺りでは、様子を窺っていたゴースやメイズまでもが、思わず引きつった笑みを浮かべるほどだった。




 ギョクたちが語る、単純に殺されるよりもなお辛い暗闇の明日。殊更丁寧に描写される地獄絵図に、アカザは必死になってすがり付いてくる。


「待て! いや、待ってください!! お願いだ、どうか許してくれ。僕にできることならなんだってするからッ!! ……金か? 金ならいくらだって払う。だから頼む、命だけは見逃してくれッ」


「テメェ……。この期に及んでそんな言い訳が通用すると思ってんのか? だいたい、その金だってテメェ一人で稼いだものじゃないだろうが」


 醜くも足掻き続ける青年に、ギョクは冷たく吐き捨てた。これ以上アカザの言葉を耳にするだけでも嫌になり、さっさと喉だけでも潰してしまおうかなどと思い浮かべている。

 だがそこで、必死の抗議を続けるアカザから、こんな台詞が飛び出してきた。


「そうだ、君たちは依頼でここに来たんだろう? だったら『盾の裏』だ! 依頼の報酬に足りるだけの金を払う。君たちも冒険者なんだ、この話に応じる必要があるはずだろう!?」


 その単語を出されたことで、モネーたちはおろか、ギョクやツルギの顔色までもが一変する。

 それは実際、アカザにとって起死回生の一手と成り得る発言であった。


 例え相手が人の道を外れた最低男であろうと、冒険者である以上は『盾の裏』を要求する権利がある。誰かの依頼の内容で不利益を高じる可能性がある時、『盾の裏』を主張し金銭でカタをつけるのは、この世界の冒険者達にとって唯一の不文律なのだから。


 一度『盾の裏』を提示され、なおも無視して事を進めようとするば、逆にこちらが仁義に外れた冒険者とみなされる恐れがある。

 もちろん、ここでアカザの口を封じてしまえば、その事実が他の同業者達に漏れることは無い。だが、これまで真っ当な冒険者としての人生を歩んできた者たちだからこそ、アカザの出した逆転の手札を無視することが出来ないのだった。




 苦々しく奥歯を噛み締めるメイズ。感情のままモネーに殺しをやらせてしまう事には抵抗を感じていたこの小男だが、それでもこんな話になるくらいならばいっそ……と、考えなくもない。

 勝ち誇るように『盾の裏』を主張するアカザに向かって、思わず武器の柄を握り締めていた。


 だがそこで、まるでアカザに同調するかのごとく、明るい声でカガミが口を開いた。


「なるほど! 確かに『盾の裏』は大切ですものね。わかりました、では、条件次第であなたを見逃して差し上げましょう」


「オイ……カガミ。お前、マジか?」


「本気ですよ、ギョク先輩。そうですね……迷宮で新規の区画を発見した者達には、確か、一律で金貨五枚が支払われるのでしたよね? その上、完全な調査まで済んでいれば、追加で金貨五枚。これは、そこで発見した財宝とは別途でギルドから支払われる報酬のはず。メイズさん、そうでしたわよねぇ?」


「あっ? あ、あぁ。確かに規定じゃ、そうなってるはずだ」


「では、私達が要求する金額は、金貨五枚です。そのお金が私達の元に入るのであれば、アカザさん。貴方を見逃して差し上げますわ。後は王都から出て行ってさえくれれば、私たちは文句を言いません」


「ちょっと待ちなさいよ、カガミッ! 私はそんなので納得なんて――」


「黙ってろモネー!! い、言ったからな? あぁ良いだろう。金貨五枚くらい、すぐにだって払ってやるよ」


 カガミの提案に非難を浴びせるモネーを、アカザは怒声を上げて押し留める。思わぬところから生きる希望を見出した男は、すぐ側に立つ神官乙女に、血走った目を向けていた。

 だが、カガミの次の台詞で、もう一度地獄に叩き落されることになる。


「あ、言い忘れていましたが……。今の貴方が持っている装備、街に残したお金。それから、今着ている服以外の全ては、モネーさんの物ですからね? 当然ですわよね、これまでさんざん騙してお金を巻き上げてきたんですもの。貴方が権利を主張できるはずはありません。丸裸にしないのは、せめてもの温情ですわ」


 にっこりと笑うカガミの横顔に、ギョクとツルギも、自分達がよく知る後輩の思惑を悟る。とたんにいやらしい笑みを浮かべ、神官乙女に同調し始めた。


「なるほど、確かにその通りだ。となるとアカザ。お前さんがオレ様たちに『盾の裏』を支払う為には、あの仕掛けを解いて来るしか他にないなぁ。その結果ギルドから支払われる報酬を当てなければ、オヌシに金のアテなどありはしないんだから」


「もちろんだが、それ以外のどこかで調達してくるって方法はダメだぜ? そんな口約束を待っているほど、俺達だって暇じゃねぇんだ。さぁ……ちゃっちゃと毒が吹き出る、あの仕掛けを解いて来てくれよ。テメェがモネーを送り込んだ、あの仕掛けをな!」


 口々に畳み掛ける三人の美少女達。アカザが口を挟む余裕など、一切与えない。



「ところでモネーさん。あの部屋、たしか扉を閉めれば、答えを示す為の何かが出てくるというお話でしたわよね? それってどんな内容でしたの?」


「えっ? あぁ……私が見た限りだと、扉を閉めたら二つのでっぱりが出てきて、正しいと思う方を押せって……」


「ならば話は簡単です。やはりこういった場合、闇雲に正解を選ぶより、先に間違いを潰すのが順当と言うもの。ということですわ、アカザさん。私達が間違いなく報酬を手に入れられるように、予め間違いと思われる方を選択してきてくれません? 良いですわよねぇ、そうすれば確実に、私たちは『盾の裏』に相当する金貨を手に入れられるんですもの」


「そっちから『盾の裏』を主張してきたんだ。そのテメェが、受け入れられないなんて言い出すはずは無いよなぁ?」


「当然お前が、間違っても(・・・・・)正解を選ばないよう、見張りを立てさせてもらうぞ? なぁに、ちょっとやそっとの毒でオレ様たちはやられはせんし、何より予めカガミの近くに居れば、神聖術の守りをかけることも出来るでな」


 薄ら寒い笑みを浮かべたまま、アカザに詰め寄る三人の美少女達。じりじりと詰め寄られる距離の前に、男はもはや、身の震えを止めることすら叶わなかった。




 この場で誰かに殺されることは無い。死すら生ぬるいような地獄の未来に叩き落されることもない。けれど残ったのは、自らの手で自分の息の根を止める選択肢だけだった。

 それは、我が身可愛さで人を騙し、女を食い物にして生きてきた男にとって、到底受け入れられぬ選択だ。

 このアカザという人物は、他の全部を犠牲にしてでも、自分を生かすことを選び続けてきた男なのだ。そんな人生の最後が、自分で自分の命に刃を振り下ろすようなものになるだなんて……。

 当然のことながら、受け入れられようはずがなかった。


「ここにいる私達。その誰一人、貴方の死を背負ってなどあげません。貴方は自分の選択によって、貴方自身の手で死に至るのです。これまでさんざん人を喰って生きてきたんですもの、そんな最後になるのも、当然の結果ですわよねぇ?」


 耳元で呟かれる聖女の囁きに、アカザの目の前は暗く染まっていく。もはや何処からも、光が差し込む猶予など存在していなかった。



 やがて一連のドタバタ劇は、ようやく終わりを迎える。

 そして同時に、一人の悪辣極まる男の人生も、そっとその幕を降ろすのだった。

お読み頂きありがとうございました。



次話で本章のエピローグ。

その後はまた、数日お休みを挟まさせて頂きます。



お気に召しましたら、ブックマーク等いただけると嬉しいです。

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ご意見、ご感想などもいただけると嬉しいです。

基本的にはその日の内に、

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(スイマセン、今日は特にお題ナシです。お、思いつかなかったわけじゃないんだからね!?)



↓↓宜しければこちらもどうぞ↓↓

 ※※短編※※

トイレでアレする花子さん

http://ncode.syosetu.com/n5439dn/


 ※※完結済み※※

つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)

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