15 『それは 一組の男女の結末』
「ど、どういう事なんだ……」
突然打ち明けられたもう一つの依頼の内容に、ゴースは戸惑いを隠せない。そんな大男の肩をポン、と叩き、ツルギが口を開く。
「つまりだ、オレ様たちは、もう一つ別の依頼を受けていたという事だ。今オレ様たちの前でうな垂れたフリをしている男、アカザの動向を見定めるという依頼をな」
「俺達はしばらく前から、コイツがどんな風に冒険者をやってんのか探っていた。だが、肝心の部分がハッキリとしなかったんだよ。流石に他人の依頼にまで付いていくわけには行かねぇからな。そうこうしていたら、アカザがこの依頼を受けようとしていることがわかった。んで、面識のあるツルギを経由して潜り込んだってワケだ」
「それじゃあ、俺達が追加の人員を探していたところにツルギが通りかかったのも……」
「もちろん、それを見越してのことだった。もしそっちから話を持ってきてくれなければ、オレ様が参加させてくれと切り出すつもりだったのだ。騙す形になったのはスマンかったと思う。だが、うっかり話してコイツに悟られでもしたら厄介だったものでな」
「なんという型破りな手段をとるんだ……このお嬢様たちは……」
呆然と呟くゴース。人の良い冒険者たちを利用する形をとってしまった三人は、少しだけ申し訳無さそうに片目をつぶっている。
だが、そんな美少女然とした仕草に、メイズは誤魔化されはしなかった。ハッと何かに気付いたように顔を上げ、三人に向かって食って掛かる。
「ちょっと待て……それじゃお前等、最初からコイツが、モネーを利用しようとしているのを知ってたって事だよな? 百歩ゆずって俺達に話を通さなかったのは良い。そんな依頼を受けてたんなら仕方ない事だ。だが、それならどうして事前に止めなかった。お前達の話が本当なら、モネーを見殺しにしたってことだろうが!」
「そ、そうですよ。そんなのめちゃくちゃじゃないですか。それ以前に、ボクが女の人を利用するだなんて……皆さんは勘違いをしてる、ボクはそんなことしていない! だいたい抜け駆けをしたのだって、モネーの方からボクを誘ってきたんですよ!?」
吼えるメイズに便乗するように、アカザも自分の潔白を主張する。さっきまでの打ちひしがれていた姿から一転、全ての責任はモネーにあるのだと訴えていた。
そんな青年冒険者の姿に、当然ながら、ギョクは冷ややかな視線を送る。そしてアカザを無視し、メイズに向かって口を開いた。
「事がここに至るまで追求できなかったのは、確実にコイツを追い詰める証拠が無かったからだ。口先で問い詰めても、なんのかんのと言い逃れをしやがるだろうコトは予想が付いてた。だから、絶対に言い逃れが出来ない状況を作らなきゃならなかったんだ」
「だからって仲間を見殺しにして良いワケが無いだろうがッ!」
「その通りだ。いくら依頼の為だといえ、一緒に行動している冒険者を犠牲にしたんじゃ仁義に悖る。いくらヒト斬りいくらの商売やってるからって、外道に落ちちゃあおしまいだ。……そうだろう? アカザ」
「そ、そうですよ? だから、ボクだってそんなことは……」
「オマエ言ったよな? 抜け駆け誘ったのはモネー、仕掛けの部屋に一人で入ったのもモネーの判断だって。なぁオイ、そいつはここにいる全員が聞いてるし、今も間違いなくそう言った。そこんとこどうなんだ?」
「何度も言ってるじゃないですか! 全部、モネーが言い出した事だ。ボクが彼女をハメたんじゃない!」
「……だ、そうだぜ?」
そしてギョクは、チラリと横に目線を送る。
魔法少女の視線の先には、地下へと続く階段の入り口。そしてその場所から、今、一人の女性がゆっくりと姿を現した。
「最低だね、アカザ君。信じてたのに……」
「お前ッ!?」
真っ先に反応したのは、他でもないメイズだった。勢いあまって立ち上がった小男は、死んだはずの女の姿に、かくかくと首を動かしている。
「い、生きてたのか……。良かった……」
「ごめんね、心配してもらっちゃって。カガミさんに言われて、ずっと下に隠れていたんだ」
「いや、そんな事は構わない。生きてたんなら充分だ。……だがちょっと待て、それじゃあ、あの時の悲鳴は……?」
「もちろん私の演技。あの小部屋の扉を閉めた後もしも私が一人なら、悲鳴を上げるようにって言われてたの。その人も一緒だったら、何とか時間を引き延ばすようにとも言われてたけど……そっちは必要なかったわ」
申し訳無さそうに眉を下げるモネーに、ゴースたちは揃って安堵のため息を洩らしていた。だが肝心のアカザは、未だ信じられないとばかりに両目を見開くのみであった。
「さて……。せっかく生き返ってもらったところ悪いが、ちょいと聞かせてやってくれ。今日の一連の行動は、お前がアカザを誘ったのか?」
「そんなわけないでしょ? むしろ逆よ、私は何度も止めようって言ったわ。仕掛けに挑戦するにしても、せめてカガミさんだけでも説得してからにしようって。彼女の神聖術があれば、危険は少なくなるんだから。……でもその男は聞かなかった。二人だけで発見すれば、それだけ分け前は大きくなる。自分には、そのお金がどうしても必要なんだって……」
「仕掛けの部屋に一人で入ったのは?」
「それも、そいつが言い出したことよ。理由はみんなが追いついた時に足止めをするからって事だったけど、心の中じゃどう考えていたのかしらね。夕食の後、カガミさんに呼び出されてこの話を聞かされた時は、半分も信じられなかったけれど……本当に、一字一句貴女達が言ったとおりの展開だったわ」
「夕食の後……? あぁ、あの時女性陣だけでどこかに行っていたのは、そういう理由だったのか。てっきり、体を洗いにでも行っていたものだと」
「んなわきゃねぇだろうが。だいたい、女と一緒に風呂なんざ入れるか!」
ゴースの呟きに、若干頬を染めたギョクが斜め上のツッコミを入れていた。発言の不自然さに首を捻る人間が若干名居はしたが、どうやら聞かなかったことにしてくれたようだ。まぁ、改めて説明を求められたとしても、上手い良い訳など思いつかなかっただろうが。
さておき。そんなちょっとしたやりとりも、この場の雰囲気を破壊するには至らない。アカザは必至になって口角泡を飛ばす。
「う、嘘だッ! ボクはそんな事していないッ!! ……そうかわかったぞ、モネーもその三人の仲間なんだな? 三人と結託して、ボクを陥れようとしているんだッ。騙されちゃいけませんよ、ゴースさん。そもそも、今になってこんな話を始めたのからして怪しいじゃないですか。そうは思いませんか? メイズさん!」
追い詰められたアカザは、起死回生の手をゴース達に求める。確かにこの男からすれば、ここでギョクたち三人と信用勝負をする以外に生きる道がない。
アカザからすれば幸いな事に、ギョクたちには、別の依頼を受けていた事実を秘密にしていたという負い目がある。その僅かな不信感に付け込めば、どちらも信用できずにこの場は保留するという結論に至らしめることも可能なはずだ。
――だが、両目を血走らせてまでツバを飛ばすアカザを、二人のベテラン冒険者は苦々しく見つめている。彼らがアカザの言葉を信じるに値しないと判断していることは、誰の目から見ても明らかだった。
「ど、どうして……」
「そりゃあハッキリしてるだろ。テメェが自分のことしか考えねぇヤツだってのを、二人とも身を持って知っちまってんだよ」
「ギョク、それじゃあコイツには伝わらんぞ。どうせならはっきり叩きつけてやれ」
ツルギが促すと、ギョクは未だ地面にへたり込むアカザの前に片足を踏み込む。そして立てた右膝の上に腕を乗せると、そのままグイッと上体ごと近づけた。
ギョクは、ちょうど同じくらいの高さになったアカザの顔を、斜め下からあごをしゃくりあげるようにして睨みつける。
「なぁアカザ。昨日の魔物との戦闘、途中でテメェが矢面に立つことが一度だけあったろ。あん時テメェ、盾役のクセに吹っ飛ばされたよな? そのせいで、ゴースとメイズはあわや死ぬところだった。憶えてっか?」
「あ……あぁ。でもそれは――」
「仕方なかった……か? ふざけてんじゃねぇぞ。吹っ飛ばされたんじゃなく、自分から壁に向かって飛んだんだろうが。そもそも金属盾ってのは、地面と体でカッチリ固定するモンで、盾と持ち主がバラバラに飛ばされるなんざあるわけねぇんだ。テメェはあん時、リザードの動きに併せて盾を手放した。んなモン、間近で見てた全員がわかってんだよ」
「……俺もメイズも、あの時のお前が逃げたのはわかっていた。だがお前はまだ若い。とっさの時に、腰が引けてしまったのも仕方のない事だと思っていた。だから今まで追求はしなかったし、いずれゆっくり前衛について教えてやらねばと考えていたんだが……」
「それとは逆に、ギョクもツルギも、自分を危険に晒してでも仲間を助けようと動いてたぜ。それは俺達も良くわかっている。だから、そんなコイツ等がお前を陥れようとしているというのは……悪いが、信じられるものじゃない」
二人のベテラン冒険者達は、ゆっくりとした口調と共にアカザから距離を取る。彼らがこの青年に向ける瞳は、既に敵対者に対するそれであった。
「モ、モネー! お願いだ、もう一度僕を信じてくれ! 確かに、ちょっとした行き違いはあったかもしれない。でもそれは、ほんの少しすれ違ってしまっただけじゃないか。こんな些細なことで、ボクたちがこれまで築いてきた絆は消えてしまわないだろう!?」
それでも、コレまでの長い年月を口先だけで渡ってきた男は、未だ諦めようとはしなかった。自分に対する糾弾者へと変わってしまった一行から目線を外し、モネーに向かって訴える。
一度は死んだと思っていた相棒に対し、アカザはすがるように手を伸ばした。
だがモネーは、実にきっぱりとその手を払いのける。
「ふざけないでくれる? お金欲しさに罠を踏ませようとしてきた相手を、なにをどうやったら信じられるって言うのよ。……絆? そんなもの、アンタが嘘泣きしてる間に、綺麗さっぱり消えうせたわよ」
「長い時間云々で思い出したのですが……モネーさん。王都に帰ったら、一緒に貯めていたというお金、すぐに検めた方が良いですよ。さっきもお話しましたが、私たちはこの男をずっと調べていました。コイツに、重病の両親などおりません」
「それどころか毎日遊びほうけておったぞ。モネーには縁が無い場所だから知らなかったのだろうが、色町界隈では、結構な太客として顔が売れておったわ」
「それじゃ、私と一緒に貯めてたお金も!?」
「恐らくは使い込んでいたでしょうね。モネーさんがどれだけ貯蓄していたのかわかりませんけれど、たぶんほとんど残っていないのでは無いかと……」
口々に真相を明かすツルギとカガミに、モネーは言葉をなくしていた。
この国には、民事だろうが刑事だろうが、そこらの庶民を裁く司法はありえない。これほどはっきり金を騙し取られたとしても、訴える相手など存在しなかった。
もちろん、だからと言って報復すら出来ないという訳では無い。むしろそんな情勢だからこそ、私刑が横行している世の中でもあるのだ。
そしてそんな時代に生きるモネーは、当然の結果として、背に背負った弓に手をかける。昼間の戦闘から慌しくここまで来た彼女の武器には、未だ弦が張られたままだった。
モネーは暗い輝きを浮かべた瞳で、ほんの半日前までは特別な感情を抱いていた男を見つめていた。
「ゴメン……みんな……。私、ちょっとこの男を許せそうにない。……止めないでくれるかな?」
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予定通り進めば、明後日にはエピローグの予定です。
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