14 『それは 誰かの偽らざる気持ち』
カガミが地上に戻ってきた時、仲間たちはみな沈痛な面持ちで座り込んでいた。
唇を真一文字に結んだギョクが、消えかけていた焚き火をひっくり返して新しい薪を放り込んでいる。
神官乙女が戻ってきたことに、誰もが気付いているのだろうが、それでも誰一人口を開こうとはしない。カガミは車座になった一同をサッと見渡し、ギョクとアカザの間に腰を下ろした。
「……どうだった?」
パチパチと音を立て始めた焚き火を見つめながら、ゴースがようやく口を開く。自分に話しかけているのだと悟ったカガミが、一つ呼吸を入れてから答える。
「とりあえず、ここの階段の下に居てもらっています。それ以上は、私にはちょっと……」
「そう、か。……すまなかった、辛い役割を任せてしまったな」
「いいえ、神に仕える身として当然の仕事です。それに、モネーさんとしても、あんな姿を皆さんに見られるのは本意ではなかったでしょうから。……それで、今はどんなお話を?」
「アカザから事情を聞いていた。どうやら、あの仕掛けを解きにいこうと誘ったのは、モネーの方だったらしい」
「モネーさんが?」
ゆっくりと頷くゴースは、これまでの時間にアカザから聞いた経緯を説明する。
今夜、二番目の不寝番を担当していたのは、モネーとアカザの二人だった。寝静まった仲間たちから少し距離を置いた場所で話していた二人だが、会話の内容が、自然と今回の依頼についてになったそうだ。
そして、あの隠し部屋を放置することにどうしても納得が出来なかったモネーが、これから二人で仕掛けの解除を試してみないかと提案してきたとの事。
「ボクは、止めようとしたんです。こんな抜け駆けの様な事は良くないって。でも、モネーに押し切られてしまって……」
モネーは、自分達はより多くの金を必要としているハズだと主張したらしい。確かにいろいろな事情から、自分に金銭的余裕がない事は確かなのだ。その為アカザも、他のみなに悪いとは思いつつも、結局はモネーに従ってしまったそうである。
「あの仕掛けの部屋でも、本当はボクも一緒に居るつもりだったんです。だけどモネーが、万が一時間がかかってみんなが追いついてきたときに、ボクに足止めをして欲しいからって……」
「それで、アカザさんだけが扉の外に居た、という訳なのですね」
相槌を打つカガミに、アカザは思わずといった体で俯く。両膝の上に置かれた手のひらが、さっきから小刻みに揺れている。
青年冒険者は、喉の奥から搾り出したような声で話を続けた。
「ボクがもっと強く止めていれば……彼女はあんなことにならなかったんです……。全部、ボクの――」
「それは思いあがりというものだ、アカザ。冒険者というものは、結局は自己責任で動いている。たとえどれだけ長く一緒に行動していようと、そいつが死んだのは、そいつ自身が判断を誤ったからだ。お前の気持ちがどうあれ、な」
震えるアカザに被せるように、ゴースの低い声が響く。口ではそう言う大男も、やはり厳しい表情は崩さない。
そして、苛立つ自分を何とか押さえ込もうと膝を叩いていたメイズが後に続いた。
「だがよ、アカザ。男として言わせてもらえば、お前の女が死んだのはお前の責任だ。危険と利益を天秤にかけて、自分の女に利益を選ばせてしまったのは、どう考えたって男の責任なんだよ」
「メイズ……」
「止めるな、ゴース。俺は何度だって言うぜ。モネーを死なせたのはお前の責任だ、アカザ。お前が、モネーを殺したんだ!」
叩きつけるように話すメイズに、アカザは俯いたまま顔を上げない。僅かにしゃくり上げるような声が聞こえた。
だがそれでも、感情を露にするメイズはまくし立て続ける。それは誰よりも皆の安全に気を使っていた、この男だからこその怒りであった。
「例え抜け駆けを言い出したのがモネーだったとしても、それでもお前は止めなきゃならなかった。それこそが、自分を『相棒』なんて呼んでくる相手に対する義務ってモンだッ!」
「メイズ……。気持ちはわかるがそれくらいに――」
「いいや、やめないね。ここで俺達が言わなきゃ、誰がコイツに言ってやるんだ。コイツが骨の髄まで自分の馬鹿さ加減を思い知らなけりゃ、誰よりモネーが浮かばれないだろうがッ!」
「それでも、そのくらいで抑えてください。貴方の気持ちは、きっとモネーさんにも届いていると思いますから」
「カガミッ、お前も言うのかッ!? …………カガミ?」
思わぬ方向から入った静止に、メイズは厳しい視線を向ける。そして怒りに満ちていたその顔が、すぐに怪訝なものへと変わった。
「この依頼が始まってからずっと、メイズさんが誰よりも皆に気を配っていたのはよく知っています。だからこそ、それ以上言う必要は無いのですわ」
俯き続けるアカザを除いた、全員の視線が集まる。その中心にいるカガミは、普段の穏やかな笑みとはうって変わった、見る者の背筋を凍らせる笑みを浮かべていた。
思わずいいよどんでしまったメイズどころか、ゴースまでもが、聖女のかもし出す冷徹な雰囲気に言葉をなくしている。
「何故なら、どれほど貴方が言葉を重ねたところで……この男には一切響いていないのですから」
そして美しき神官乙女は、隣に座る青年冒険者を横目で見ながら、表情同様に寒々しく言い切るのだった。
§§§§§
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§
時は、一行が最初に打ち合わせを行ったあの日より、更に十日ほど遡る。その日三人の元中年たちは、王都の外れにある一件の集合住宅に来ていた。
部屋の中にいるのは、三人の他に女性が一人。見ればその女性は、体のあちこちに包帯を巻いている。
「なるほど……。お前さんの話が本当ならとんでもねぇヤツだな、その男は」
「疑われるのもしょうがないと思います。でも、真実を知りたいと思っているのは私も同じなんです。だからこそ、皆さんにお願いしたい」
女は、苦々しい思いで唇を尖らすギョクに向かって頭を下げる。
「確認するぞ? お前さんの話じゃその男は、女冒険者を狙っては二人で組むように誘い、程よく信用させた後、依頼先で見殺しにする。そして、女と共有にしていた財産を奪い取る。そういう手口を、もう何回もやっているかもしれねぇってんだな?」
「はい。はっきりと確認したわけでは無いですが、私の前に何人かが、彼の誤誘導で命を落としてる。私は運よく命を拾えたけれど、それでもこの有様です。……もう、冒険者は続けられない」
そう言うと女は、自身の左腕を掲げようとする。その腕は、肘の先から全てが欠損していた。依頼途中の怪我が元で、切り落とさざるを得なかったらしい。
彼女の顔は薄っすらと笑みを作っているようではあるが、誰の目から見ても、それが自分自身を嘲る類の笑いであることは明白だった。
「私の勘違いだったらそれでも構わないんです。もしかしたら偶然私を見殺しにするような状況になって、それと同時にバカな私に愛想が尽きただけなのかもしれない。でも、あの人が私と一緒に貯めていたお金を、全部持ち逃げしたことは確かなんです。しかも、それまでに聞いていた彼の身の上話は、全部ウソだった」
「両親が重い病気で……ってやつか?」
「はい。だから私は、本当のことが知りたい。あの人は最初から私を利用するつもりで近づいてきたのか、それとも単に魔が差してしまっただけなのか……。お願いです、この依頼を受けてもらえないでしょうか?」
女は改めて、三人に対し頭を下げる。痛々しく血で汚れた包帯が、はらりと零れた。
三人は頷きあい、そしてカガミが、そっと女の肩に手を乗せる。
「お顔を上げてください。この話、お受けしますわ。ですが私たちは、貴方の復讐の刃になることは出来ません。もしも貴方の話が本当でその男に殺意を抱いたのだとしても、ここまで話を聞いてしまった以上は、私達が報復を代行することは出来ません。それは……ご理解いただけますか?」
「大丈夫です。私も、彼の死まで願っているわけじゃないですから。……もし本当に、私を利用するだけだったのだとしたら、確かに憎いです。でもそれでも……憎みきれないところもあるんですよね。同じ女性として、この気持ち、わかってくれますか?」
「えぇ、良くわかりますとも。でも、こうも思います。貴女はまだお若いのです。心に負った傷を癒すには、それなりの時間が必要でしょう。でもいつか、前を向いて生きられるようになって欲しい。私は、貴女が生き直すきっかけを掴む為に、今回の依頼を引き受けたいと思います」
「カガミさん……」
「その男、アカザの調査。そしてもしも本当に、女性を利用するだけ利用して、頃合を見て謀殺するようなマネをしているのならば、二度とそんなことが出来ないようにしてさしあげます。この王都で貴女と同じ苦しみを抱く女性が生まれないように、しっかりとお仕置きしてきますわ」
そしてカガミは、すがる様な目で自分を見つめる女性冒険者の両肩を支えながら、聖女もかくやと言わんばかりの微笑を送る。
「だから今は無理をせず、思い切り哀しみにその身を預けてくださいませ。その涙が枯れるころ、私たちはきっと、確かな結果を持って帰ってきますわ。そうすれば貴女は、そんな人の道に外れる男のことなど、きっぱりと振り切ることが出来るでしょう」
「…………」
「貴女の様な素敵な女性を、悲しみの淵から引き上げる為でしたら、私たちはいくらでも力になりますわ。えぇ、同じ女同士なのですもの」
そう言ってカガミは、女性の肩に置いた手をそっと引き寄せる。聖女のふくよかな胸に抱き寄せられた女性は、小さく声を洩らしはじめ、やがてそれは大きな慟哭へと変わっていった。
疑念と怒りと、そして何よりも一度は心を許した相手への悲しみで零れる涙を、カガミは神官服の袖口で受け止める。子をあやす母のように、女性の背中を撫で続けるのであった。
そんな二人の姿に、ツルギは両腕を組んだまま天井を見つめ、ギョクは窓際に腰掛けて煙草に火をつけている。
女のすすり泣きが続く部屋の中で、三者三様の思いを浮かべながら、時間だけがゆっくりと過ぎていった。
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