12 『それは 徐々に顕在化する思想の違い』
「えっ……何でよ。確かに私、あんまり物覚え良い方じゃないけれど、それでも今の話に間違いは無いわよ?」
「誤解するな。記憶違いをしてるとか、お前自身が信じられないってワケじゃないぜ? だが、どうもこの部屋はきな臭い。罠の臭いがぷんぷんしてきやがるんだ」
そう言ってメイズは、天井の隅を指差した。
「あそこ。巧妙に隠されてはいるが、四箇所の隅全てに小さく穴が開いている。恐らくは毒霧でも出てくる仕掛けなんだろう。この石版にある『甘んじて死を受け入れろ』という文からして、相当強力な毒が仕込まれているはずだ」
「そういや……答えを示すにゃ、まず扉を閉めろともあるな。密閉させて、部屋を毒で満たそうってハラか」
魔力による探知のおかげで、何らかの仕掛けがあることまでは気付いていても、そこに毒ガスが封入されていることまではわからなかったギョクが続く。納得したように頷く魔法少女に、メイズも上下に頭を振っていた。
「そ、それでも! 答えを間違わなければ問題無いんですよね? モネーの話を信じられるなら、試しにやってみるのも一つの手だと思いますけれど……」
しかし、納得のいかないアカザは食い下がる。なにせ、自分を相棒とすら呼んでくる相手がもたらした情報なのだ、そこに信頼を置くのも、この青年の立場からすれば当然であろう。当の本人であるモネーも、アカザの主張にうんうんと同調していた。
これまで強い主張を何一つしてこなかった控えめな青年の言葉に、それでもメイズは、強い語調で言い返す。
「アカザ、お前の気持ちもわからなくもない。だが今回俺達が受けた仕事は何だ。この遺跡に蔓延る魔物の討伐だろう? そしてそれは問題なく片付いたし、しかも、未発見の通路を見つけるというオマケまでついてる。これをそのまま報告しただけでも、充分な報酬が約束されているぜ。お前はその上、更に欲を出そうって言うのか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「だったらどういう――」
「メイズ! 少し言いすぎだ。……だがな二人とも、悪いが俺はメイズに従う。これまで似たような状況はあったが、こういう時のコイツの判断は間違った例がない。その男が今回は見送るべきと言っているのだよ、ここは従ってもらえないだろうか?」
柔らかく諭すようなゴースの口調だが、それでも抗いがたい雰囲気をかもし出していた。青年冒険者たちは、自分達より遥かにベテラン二人の意見に、少しだけバツの悪そうな表情を見せる。
そんな一瞬澱みかけた場の空気をかき混ぜるかのように、ツルギはあえて気の抜けた声で口を開く。
「オレ様たちもそれで良いと思うぞ、ゴース。そもそもこの後には、馬鹿デカいリザードの素材を王都まで運ぶという労働も控えてるのだ。ありゃあ結構重いぞ? その上、更に荷物が増えたとあっては、流石のオレ様でも敵わんなぁ」
「何を言ってやがる、テメェの馬鹿力なら余裕だろうが。……さてはツルギ、今のうちにそんな話を出しといて、自分の分担を減らしてもらおうって魂胆か? オイみんな、騙されんじゃねぇぞ。きっちり均等にするんだからな!」
「均等……で良いのですか? そうなると、結果としてギョク先輩が一番苦労してしまいそうですよ? なにせその……体の大きさが、ねぇ?」
「んだとゴラ! 誰がお手軽手のひらサイズだってんだ!」
からかい混じりなカガミの言葉に、ギョクは拳を振り上げて殴りかかる。狭いこの部屋の片隅で、神官服の裾をひらひらと靡かせながら避け続けるカガミであった。サイズ的には全く逆だが、かの五条大橋の一幕を思い描かせる攻防である。
だんだんとスピードの上がってきた美少女達のじゃれあいに、思わず苦笑を洩らしながらメイズは口を開く。
「お前等、こんな狭いところで暴れるな。元気が有り余っているなら、それこそ運搬の分量を増やさせてもらうぞ? ……と、まぁそういうわけだ。アカザもモネーも、思うところはあるだろうが飲み込んでくれ。今回はこの七人で探索に来ているわけだからな」
「……しょうがないか。わかったわ、危険があるかもってのも確かなんだしね。今回は、新区画発見のお手当てが沢山付くことを期待することにするわ」
そして、同じように毒気を抜かれてしまったモネーも、やはり苦笑いとともに頷くのだった。
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ツルギが空けた大穴に設置していたロープを伝い、一行は、対リザード戦を繰り広げた広場まで戻ってくる。
既に必要な素材の分別は終わっているが、まずはそれを、遺跡の入り口付近まで持っていくことになった。
思ったよりも時間をとられてしまったため、王都への帰還は明日以降。今夜は昨日と同じく上の庵で夜を明かすことに決めたのが、明日の帰還に備え、必要な素材の数々を入り口近くまで運んでおこうという計画だ。
重くかさばる魔物の皮を、防水処理のされた袋に丁寧にしまいこむと、ギョクとカガミ、それからメイズの三人を除いた面々は、重い荷物を抱えて遺跡を戻っていく。
その様子を眺めていたカガミの前で、後発組のギョクが二人に向かって確認した。
「そんじゃ、そろそろやっちまうぞ。準備は良いか?」
頷くメイズとカガミを見て、ギョクは、半日前までリザードであった肉の塊に魔道具を向ける。軽く両目をつぶり黙祷をすませると、続けて三度引き金を引いた。
放たれた火球によって、たちまち燃え上がる肉の塊。いかに魔物といえど、生き物である以上は死ねば腐るし蛆も湧く。その為冒険者たちは、素材や魔石を取りきった魔物の死骸に、焼却処理を施すことを慣例としているのであった。
完全に燃えきるまで見届ける義務など無いが、それでもしばらくは炎の山に視線を奪われていると、メイズは、隣に立つカガミに向かって口を開いた。
「――さっきは助かった。実際、ああいう事態が一番面倒な事になるんだ」
「何のことでしょうか?」
「隠し部屋の事だ。お前等がはっきりと賛成してくれなかったら、まだもめていたかもしれない。ああいうのは、時間をかければかけるほどわだかまりが残る。スパッと決めてしまうのが一番なんだ」
独り言のように呟くメイズの言葉に、カガミは肯定も否定もせずに微笑んでいる。そして、そんな二人の会話を聞いていたギョクの方が口を挟む。
「別に気にすることねぇよ。俺達も、わざわざ危険を犯す必要はねぇと思っただけのこった。……つぅか、驚いたのはむしろこっちの方だぜ。なにせあれだけずっと金、金言ってたんだからな、テメェが引くとは思わなかった」
「確かに金は大事さ。俺達みたいなのは、大なり小なり金のためにこんな仕事をやっているんだ。だがそれでも、死んじまったらお終いだろうが。金と命を見比べて、分が良いときには金を取る。ただそれだけの話さ」
「下の小部屋に合った仕掛けは、そんなに危険でしたのでしょうか?」
「なにが……と、はっきりは言えないんだがな。まぁ一番に言えば情報が足らん。あんな石版の文字だけで勝負は出来んぜ。……情報が無いというのは、目隠しをされているのと同じことだと俺は思ってる。お前等は、探し物をする時、わざわざ夜中の暗闇の中で始めるのか?」
そんなふうに嘯くメイズに、ギョクは唇のハジを持ち上げながら答える。
「そいつはまぁ、時と場合によるな」
「フンッ。……だが、そのとおりだ。そしてさっきは、無理をする時でも無ければ、場合でもない。俺達全員の命を天秤にかけるには、割に合わない状況だった」
「なるほど、ですわね。納得がいきましたわ」
そして三人は、それぞれの仕草で頷いていた。
メイズたちのように、ベテランといわれる層の冒険者たちが重視しているモノがある。それは参加メンバーの身の安全。つまりは参加した全員が、出来る限り五体満足で依頼を完遂するという事だった。
もちろん、安全策をとり続けて依頼を失敗したのでは本末転倒だ。だが、失敗に至らない範囲では、安全の為のマージンを非常に大きく取っている。それが結果として不測の事態に対する備えにつながり、ひいては依頼自体の成功率も左右するということを、彼らベテランは長い経験から学習しているのだった。
そんなベテラン冒険者であるメイズは、まだ燃え盛る魔物の死骸に視線を合わせつつ、ギョクとカガミに向かって改めて口を開く。
「……初めて会った時の事だが。……悪かったな。正直、お前達を見くびっていた」
「な、なんだよ急に」
「言わせろ。はっきり言って、カガミが神聖術を使えるなんて眉唾だと思っていたし、ギョクに関しても大した技量は無いと判断していた」
こちらを見ずに続けられるメイズの言葉に、二人の元中年は思わず顔を見合わせる。
「だが蓋をあけてみればどうだ。リザードとの戦闘で、俺はギョクの魔術で命を救われた。今、満足に動けているのも、カガミがキッチリと治療をしてくれたおかげだ。俺の目が曇っていたとしか言いようが無い」
「いや……まぁ、なんつうかだな……?」
「私達も自分の仕事をしただけなのですから、お気になさらずに」
「それでも俺が助かったのに間違いはない。そして助けられた身としては、お前達に感謝をするのは当然だぜ。さっきも言ったろ? 誰しも死んじまったらお終いなんだ。お前達は、俺から感謝をされる権利がある」
「……わかりました。私も貴方の感謝を受け入れましょう。ですが、本当に気にやまれる事はありませんわ。同じ依頼を受けた仲間の命を守ることは、冒険者として当然なのですから」
「そういうこった。アレだな、もし恩にきるってんなら、王都に戻ってメシでも奢ってくれや。それで忘れろ、水に流せ」
愚直なまでの感謝になんとも堪えきれなくなったギョクは、尻の辺りをぼりぼりと掻きながら答える。忘れろだの水に流せだの、恩を売った方が口にする台詞ではないだろうに。どうにもコイツは、この手の感情を真正面からぶつけられるのに慣れていないのだ。
そんな見た目にそぐわぬ態度を見せた美少女魔道士の姿に、メイズは思わず鼻を鳴らす。
「ククッ……よしよし。じゃあ、俺のとっておきの店に連れて行ってやる。王都で一番の旨い酒を出す店だ。見た目はボロッちいが、味は保障付きだぜ」
「あっ。それはダメですよメイズさん。情けないお話なのですが、ギョク先輩ときたら、本当にこれっぽっちもお酒を飲めませんので」
「なんだよだらしないな。酒の一つも飲めないようじゃ、立派な冒険者にはなれんぜ。……というか、改めて聞くんだが。お前、ちゃんと成人してんだよな?」
「ったりめぇだろうが、このガキャ! だいたいなんだ、その『酒が飲めて一人前』見たいな偏見! これだから呑み助連中は度し難ぇんだよ。そんなにアルコールが呑みたきゃ、メチルでも飲んで失明してろッ!」
両腕を振り上げつつギャンギャン騒ぐギョクの姿を、新しいおもちゃを見つけたような顔で眺める二人の冒険者達であった。
だが――
(こっちはこれで良いとして、あっちはそろそろ、クギを刺しといた方が良さそうな状況だな。問題はタイミングだけど……)
笑顔の下でこんな事を考えていたカガミは、笑い続けるメイズの隣で、一人、不寝番のローテーションを思い浮かべていた。
お読み頂きありがとうございました。
昨日に引き続き、夕方のが投稿でございます。
もしかすると明日もこの時間になるかも……
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※※短編※※
トイレでアレする花子さん
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※※完結済み※※
つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~ (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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