08 『それは いずれ謳われるかもしれない何か』
「馬鹿は放っておくとして……モネー。お前は自分の役割わかってるだろうな?」
「釣り出し、だよね? 大丈夫、前にもやったことあるから」
こんな所で露呈してしまった自分の阿呆さ加減に、思わず赤面している魔女っ子ギョクを他所に、頷きあう冒険者達。
そしてメイズが語った作戦は、次のようなものだった。
まず。角を曲がった先で、後衛のギョク、カガミ、モネーを除いた全員が迅速に広間の入り口脇まで移動する。首尾良く気付かれずに配置につけたら、モネーが広間の中に矢を放ち、中にいる魔物の注意を引く。
敵対種である人間の姿を発見した魔物は、確実に部屋の外まで追ってこようとするだろうが、スペースの問題で一匹ずつしか入り口は抜けられないはず。そこを、入り口両脇に待機していたツルギ、ゴース、アカザ、メイズの四人でタコ殴りにするという計画だ。
万が一、前衛部隊の移動中に気付かれてしまった場合は、モネーとギョクの遠距離攻撃で魔物の出鼻を挫き、ツルギたちが到達するまでの時間を稼ぐ。また、首尾良く一匹目をつれた後は、出入り口を塞いでいる個体の上から二匹目がよじ登ってこられないよう、魔物越しに牽制をし続けるという仕事が後衛部隊には待っている。
一匹目にトドメを刺したら、順番に二匹目、三匹目と同じように処理していく予定だ。残された魔物の死体は、可能であれば部屋の奥に押し戻してやれば良い。例えそのままにしておいたとて、どうせそれを邪魔に思うのは自分達ではなく、こちらを襲おうと広場から出て来る相手の魔物たちの方なのだ。
もしも死体で入り口が塞がってしまったとしても、その時改めて処理を始めても充分に余裕がある。大切なのは、一匹ずつを相手に出来る状況を作ること。それが全員の安全に繋がるのだ。
「わかってると思うが……一番肝心なのは、相手を完全にはこっちに来させないという事だ。出来れば胴の真ん中。悪くても尻尾まではこちら側に入り込まれないよう、相手の移動を止める必要がある。最優先で前足を攻撃して、前進を止める必要があるが……万が一の時には、アカザ。お前の出番だ」
「ヤツラの最大の武器は強力な噛み付きだが、その口だって、お前さんの盾より大きく開くわけじゃない。真正面からぶつかっても、しっかり構えていれば充分に止められるはずだ。頼んだぞ、その大盾が飾りじゃないって事を見せてくれ」
口々に声をかけるメイズとゴース。自信無げに眉尻を下げた青年は、それでも小刻みに頷いている。
そんなアカザの背を、バンッ、と大きく叩いて、ゴースはふてぶてしく言い放った。
「さぁ、仕事の時間だ。あの図体がデカイだけのゲコッタもどきに、冒険者サマの恐ろしさを教えてやろう。アレだけのエモノが四匹なら、魔石だけでも金貨に手が届く。豪華な晩飯が俺達を待ってるぞッ!」
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幸いなことに、前衛部隊は気付かれる事無く広間の入り口までたどり着いたようだった。周囲の仲間たちが所定の位置に着いたことを確認したゴースは、曲がり角から頭を覗かせていたモネーに向かって手のひらを差し出し、一呼吸置いてグッと拳を握る。
その合図でモネーは、通路の途中まで走りこむ。手にもった弓には既に矢が番えてあり、矢筈ごと掴んだ弦を引けば、すぐにでも放てる状態を保っていた。
モネーのすぐ後ろを追いかけていたギョクが、腰元のホルスターから引き抜いた魔道具を片手に声をかける。
「俺も同時に撃つか?」
「……ううん。ギョクちゃんは待機しといて」
予め予定していたポイントにたどり着いたモネーが、地面に片膝を付きつつそう答える。
矢筒に残った十数本の矢がある限り、自分はリザードの進行を押しとどめることが出来る。だが、個人によって残弾数の大きく変わる魔道士では、果たしてあと何発の猶予があるのかは、本人にしかわからない。
最初の打ち合わせで軽く十発は撃てると豪語していたギョクだったが、この魔法少女の力量をイマイチ掴みきれていないモネーは、ギョクの魔力を温存するべきと判断したのだった。
そして、キリキリと音を立てて引き絞った弓が、
「――フッ」
短い吐息と共に空気を裂く。軽く放物線を描いた矢は、そのまま魔物の居る広間の中へ飛び込み、こちらに背を向けていた一匹の背中に直撃した。
「あちゃ……やっぱりハジかれちゃうかぁ」
巨大なトカゲの化け物の、後ろ足の真ん中くらいに当たったはずのモネーの矢は、金属的な音を立て明後日の方向へと飛んでいく。分厚い皮膚と深緑色に鈍く輝く鱗の鎧で覆われたリザードには、いかな冒険者のモノとはいえ、弓矢程度の攻撃でかすり傷一つ負わせることが出来なかった。
「だが、目的は果たしたな」
いつもの二丁持ちではなく、一つの魔道具を両方の手で保持したギョクの視界には、こちらに向かって威嚇音を上げる魔物の姿が映っている。爬虫類を思わせる、縦に切れ目が入ったようなリザードの瞳から、人という獲物に対する確かな殺意が感じられた。
巨大な足音を上げ、一番近い場所に居たリザードが入り口を潜る。
――その瞬間。踏み出された右足にゴースとメイズが手にした剣を振り下ろし、逆の左足にはツルギが強力な蹴りを叩き込む。
メイズの小刀では僅かに皮膚を切り裂いた程度だったが、ゴースの得物は、彼の二の腕よりもなお太い大剣だ。
ガキリッ、と切っ先が地面を削った時には、リザードの前足は甲の半ばほどまで斬り裂かれていた。
「グギャァルルッ」
堪らずバランスを崩し、地面にアゴを擦るリザード。当初の予定通り、その体躯は中ほどまで入り口を抜けた辺りで留められていた。
「良し、今の内だッ!」
ゴースの合図がかかるやいなや、身動きの取れないリザードに向かって攻撃が加えられる。アカザも手にした剣を、魔物のぬらりとした背中に振り下ろす。
「ダメです! 硬くて刃が通らないッ」
「アカザ! 振り下ろすんじゃない、斬り上げろ。コイツの腹は柔くて薄い、上手く切っ先を入れれば腹から切り裂けるはずだ!」
冒険者としては標準的な片手剣を突き刺そうとし、リザードの皮膚に阻まれていたアカザが悲鳴を上げると、ゴースから攻撃の指南が飛んでくる。
未だ暴れまわるリザードの上半分では、深緑色の硬い皮膚が鈍くカンテラの灯りを反射しているが、体の下に行くにつれだんだんと色が薄くなっている。どうやら皮膚自体も薄くなっているようだった。
「コイツは腹が弱点なのか?」
「その通りだ! ツルギ、わかったらお前もさっさと武器を抜け! 何時までも丸腰で遊んでんじゃない!」
「馬鹿を言うな、遊んでなどおらん! 見ておれッ」
そして誰にも理解されない戦闘スタイルを貫く姫騎士は、何を考えたのか、入り口の壁辺り……ちょうどリザードの巨体の真ん中辺りに移動する。
そして、手甲に覆われた両の手を、リザードの腹の下に差し入れると――
「どっせぇぇえいッ!」
掛け声と共に、自分の体の倍以上に太いリザードの体をひっくり返した。
「…………は?」
戦闘中にあるまじき気の抜けた声を洩らす一同。その場でくるりと百八十度回転させられた、哀れトカゲの親玉は、白っぽい腹を晒してジタバタと足掻いていた。
ちなみに、天地が逆になったことでゴース達の目の前に来た左足は、生き物の関節としてありえない方向に曲がっている。最初に放たれたツルギのローキックで、根元からへし折られてしまっていたのだった。
「……えっ? 何アレ……何かの冗談?」
少し距離を置いた場所で弓矢を構えていたモネーは、目の前の光景に思わずそんな呟きを溢していた。
如何に円筒状の体躯をしたリザードとはいえ、丸太を転がすようなノリでひっくり返されて良いワケが無い。一体どれだけの重量だと思っているのだ。
しかもそんな馬鹿げた大技を繰り出したのは、自分とさほど変わらぬ女冒険者なのだ。確かに前衛職を名乗るだけあり、多少は筋肉質な腕周りをしているようにも見えるが、それでも所詮は女の体。そんな膂力が秘められているなどとは考えようも無い。
特に腰のくびれなんて、強く抱きしめたら折れるんじゃないかというくらいにキュッと締まっているのだ。
とりあえず、考えるのは後にしよう……。持ち直した前衛職の面々が、リザードの弱点である柔らかい腹を切り裂いている。
その様子を見ながら、ギョクはあっけにとられたままのモネーに向かって口を開く。
「まぁ、あんまり気にすんな。……ここだけの話だが、実はアイツにゃ、ゴリラの血が混ざってやがるんだ」
「ゴリ? なにそれ、すっごい美人の家系ってこと?」
「まるっきり違うが、大体そんな感じだ」
混乱に拍車のかかるモネーをおきっぱなしにして、断末魔の声が響く。恐らくは生まれて初めてであろう、掴んでひっくり返されるという稀有な体験をしたリザードが、同情すら感じさせる体勢のまま動きを止めていた。
何はともあれ、敵をしとめたのは嬉しい。だが、なんとも消化しきれないもやもやも残る。
そんな複雑な心境を抱えたモネーの語った噂話によって、近い将来、恐ろしいほど美人の生まれる家系『ゴリラ』の伝承が王都近辺に広まったかどうかは、今はまだ定かでは無かった。
残る魔物はあと三匹。戦いは、まだ続いている。
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