06 『それは ある冒険者の健気な努力』
翌日、まだ夜も明けきらぬうちに活動を始めた冒険者たちは、テキパキと身の回りを整える。とはいえ、屋根のあるこの庵での野宿であった為、体を冷やさぬよう巻きつけていた厚手の布を畳み、火の始末をする程度の後片付けである。
「今は適当で良いぞ。かさばる荷物はここに置いていくし、もしも討伐が長引けば、帰りにもう一泊するかもしれないからな」
朝食代わりの干し肉を咥えたゴースがそう指示を出すと、きっちり荷造りをしようとしていたカガミが、慌ててきつく縛りすぎた背負い袋の口紐を緩めている。この辺りの慣れていない感じが、何時までたっても「お嬢ちゃん」扱いされてしまう原因だろう。
その様子を微笑ましく見守っていたゴースだが、やがて全員の準備が整ったことを確認すると、改めて顔に力を入れなおした。
「さぁ、それじゃあ出発するとしよう。隊列は昨日と同じで行く。中の仕掛けはほとんど解除されていると言う話だが、それでも放置されている罠の一つもあるかもしれん。皆、不用意な行動は避けてくれよ」
「もしもなにかあれば、先頭の俺が必ず気付く。知っての通り、罠ってヤツは触らなきゃ発動しないモノがほとんどだ。俺の断り無く、好き勝手にあちこち触るんじゃないぞ。特に今回は、落ち着きの無いヤツが混ざってそうだからな」
メイズがそれに続き、鋭い目線で同業者達を見渡す。その視線が一瞬、自分のところで止まったように見えたのは、ギョクの自意識過剰だけでは無いかもしれない。
とはいえ、一晩眠ったことで少しだけ余裕を取り戻した魔法少女は、そんなメイズのイヤミも何処吹く風と、隣のツルギを肘でつついている。
「オイ、ツルギ。言われてんぞ?」
「バカを抜かせ、オレ様が落ち着きが無いなどと言われるハズがない。……たぶんアレだな、自分に対する戒めと言うヤツであろう」
「なるほど。ぴぃちく囀る自分に対して、もっと落ち着こうと戒めてるってワケか。なかなか殊勝な態度じゃねぇか」
「そこの二人ィ! くっちゃべってんじゃねぇぞ!!」
ギョクとツルギの軽口に、青筋を立てて怒鳴るメイズ。そんな前途多難な仲間達の様子に、ゴースとモネーはそろってコメカミを押さえるのであった。
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長い階段を下った先には、意外なほどに広い空間が広がっていた。カンテラの灯りに照らされた壁には罅一つ見当たらず、卓越した魔術の使い手によって成形された地下道であることが窺える。地面にうっすらと積もったホコリさえ見なければ、ここが十年以上前に破棄された場所だなどとは、とても信じられないくらいだ。
鎧を着込んだゴースとアカザが二人並んで歩けるほどに余裕のある通路には、所々にわき道が作られ、ある種の迷路めいた体を成している。
事前に確認済みの地図に基づき前を行くメイズは、それでも腰をかがめて目線を落とし、自分達の行く先の安全を確認していた。
「……こっちだ。この先の角を曲がって、もうしばらくは道なりに進む」
通り過ぎたわき道を覗いてみると、元の世界で言う学校の教室ほどの小部屋がある。この地下室の主が生きていた頃は、きっと様々な物で溢れかえっていたであろうそんな小部屋の入り口を、一行は幾つも横切っていった。
「どこかに空気穴が開けられてるみたいだな。これなら毒が溜まってるってことも無いか……」
「ど、毒……ですか?」
独り言のようなメイズの呟きに、カンテラを手にすぐ後ろを歩いていたアカザが反応した。相変わらず、わざとらしいほどにオドオドとした態度である。
「あぁ。こういう地面の下ってのには、たまに悪い空気が溜まっていることがある。坑道なんかでは、それが原因で人が死ぬこともあるんだ。だが、ここのように空気の流れがある場所ではそういう心配も無い。ここを作ったムーテンとかいう爺さんが、その辺もしっかり考えてたんだろうな」
「ほぉ……。顔に見合わず中々博識じゃねぇか。たいしたもんだぜ」
前方から目線を外さず説明を続けたメイズに、ギョクは少し感心したように洩らした。だが、そんな後方からの声にも、小男は面白くも無さそうに言葉を返す。
「一言余計だ、ガキ。……こっちは伊達で偵察担当名乗ってるワケじゃない、これくらい知ってて当然だ。こういう知識の積み重ねがあってこそ、冒険者ってのは稼いでいけるんだよ」
「はいはい、お偉いこって。……ったく、何かにつけて金、金、言いやがる」
「あはは。……でも、私はわからなくないかなぁ、メイズさんの言葉」
前衛集団に聞こえないように洩らしたギョクのボヤキを、隣を歩くモネーが小さな声で拾った。前を行く男達に遅れないよう足を動かしながら、モネーは前を見ながら口を開く。
「結局さ、冒険者を続ける一番の理由って、ヤッパリお金だと思うのよね。危険も多いし、やってられないような依頼を受けなきゃなんないこともあるけど、それでも普通に働くより何倍も稼げるんだもん」
「その点に関しちゃ俺だって否定しねぇよ。小型の魔物から出る魔石だって、モノによっちゃあ銀貨五枚くらいにはなるんだ。街中でそれだけ稼ごうとすりゃ、それこそ城の学者にでもならなきゃ無理だしな」
「だよね。何時までも続けられる仕事じゃないけど、だからこそ稼げるうちは少しでも稼ぎたい。メイズさんがあんなにお金のこと言う気持ちもわかるもん。……まぁ、私はあそこまで露骨にはなれないけどさ」
少しだけ声を落として話す女性冒険者の横顔には、ただの苦笑いとも言い切れない複雑な感情が窺えた。そしてモネーは、前方の男達が自分の会話に注意を払っていないことをチラリと確認し、更に声量を落として話し出す。
「それにさ、私、アカザ君のためにも沢山稼ぎたいんだよね」
「アカザのため?」
「彼のご両親って、とっても重い病気に罹っちゃってるんだって。高い薬を使わなきゃならないみたいで、依頼のお金も全部そっちに使っちゃってるみたい。だからアカザ君、いっつもお金が無いって困ってるんだ。私も少しは負担してあげてるんだけど、生憎そこまでの余裕はないし……。だから、出来るだけ一緒に依頼を受けて、彼がもっと楽になるようにしてあげたいの」
「……そういう事だったのか」
「私ってバカだからさ、街中で沢山稼げるような仕事には就けっこないじゃない。それでも腕には少しだけ自信あるから、冒険者なら普通の男の人以上に稼げる。だから、二人の未来の為にも頑張って稼ぎたいってワケなのよ」
思わぬ場所でモネーの胸のうちを明かされたギョクは、一瞬だけ後ろのカガミに視線をやり、そして少しだけ申し訳無さそうに口を開いた。
「すまねぇ。立ち入ったことを聞いたな」
「気にしないで。私が勝手に話しちゃったんだもん」
「そんじゃ立ち入りついでに聞くんだが……アカザは知ってんのか? お前がそんな風に考えて冒険者をやってるって事」
「どうだろ? 改まって気持ち打ち明けては無いからなぁ……。でも、気付いててほしいな。二人でお金貯めてるのは、彼も承知してる事なんだし」
「そんなことまでしてんのか!?」
「長く組んでる冒険者同士なら珍しくも無いわよ。貴女たち三人だって、依頼の為のお財布は同じでしょ? まぁ私の場合は、いずれ結婚資金にって考えての事なんだけどね」
ニシシっと意味ありげに笑うモネーの姿に、ギョクは苦笑いを浮かべている。言ってしまえば運命共同体でもある自分達と、今のモネー達を一緒にされるのはちょっと勘弁願いたい。
とはいえ、こんな状況で深いところまでツッコミを入れるわけにもいかない。ギョクは隣の夢見る乙女に気がつかれぬよう、こっそりと肩をすくめるのであった。
と、そこへ。前を歩いていたアカザがくるりと振り返る。少しだけ怪訝な表情を浮かべたこの色男は、自分のパートナーであるモネーに向かって首を傾げる。
「今、何かボクのコト話してた? 名前を呼ばれたような気がしたんだけど……」
「ううん。何にも話してないわよ。……まぁ、ギョクちゃんにちょっぴりだけ、アカザ君は頼りになるって話をしてたかもしれないけどね」
「…………お前等。頼むからもうちょっと真剣にやりやがれ」
すかさず桃色のオーラを放とうとするモネーに、同じく前を進んでいたメイズが地の底からの様な怒声を放つ。
一人真剣に仕事をしていたこの男にとって、至極最もな怒りだといえる。とはいえ、基本的には男だらけの冒険者業界で生きてきたメイズなのだ、単純にモネー達バカップルが癇にさわったと言う線も無くは無い。……真相は、言わぬが花であろう。
そんなメイズに、申し訳無さそうに片目をつぶり、モネーは首をすくめている。そして同じく反省の色を示すギョクに耳打ちをした。
「怒られちゃったね。まぁ、私が悪いんだけど」
「今のは俺も同罪だ。ま、もうそろそろ本番だろうし、気を引き締めようぜ」
「だね。さぁて……頑張っちゃうわよぉ!」
気合を入れなおす二人の冒険者。そしてモネーは、思い出したように付け加えるのであった。
「っと、そうだギョクちゃん。さっきの話、アカザ君には内緒にしててね? 彼、自分のご両親のコトおおっぴらにしたくないみたいでさ、親しいギルドの人にも打ち明けてないみたいなんだよね。それに、もし将来の約束の話をするんなら、やっぱりあっちから言ってもらいたいじゃない」
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※※短編※※
トイレでアレする花子さん
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※※完結済み※※
つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~ (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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