05 『それは 徐々に細く削られる一本の小枝のように』
一部険悪なムードを残しつつも、冒険者達の歩みは止まらない。
まばらに生えていた木々がだんだんと密度を増し、木漏れ日の暖かさを実感できるようになるほど覆い茂ってきた頃、一行の前に一つの庵が現れた。
あちこちが腐りかけた木造のあばら家は、ギョクたち三人がスズと暮らす家よりも更に小さい。怪訝な顔を浮かべるツルギを他所に、先頭を歩いていたメイズは、相変わらずの鋭い視線を小屋に向けている。
「着いたな。……特に変わった様子も無さそうだ」
「むっ? この小屋が目的地なのか? とても遺跡だなどとは呼べそうにないが……」
「オイコラ、ツルギ。てめぇ、まぁた事前説明聞いてなかっただろ。今回の目的地は此処『ムーテンの庵跡』で間違いねぇ。そんでもって、今見えてんのは上っ面だけ。本命は地下だ」
相変わらずの大ボケをかますツルギを、ギョクが後ろから叩く。イロイロとしょうがない部分があるとはいえ、今回の討伐依頼の詳細を、またしても憶えていなかったようである。
そんなドツキ漫才に舌打ちを隠さないメイズは、それでも三人に向き直り、改めて説明を始めた。
「ったく。……良いか、ここ『ムーテンの庵跡』は、過去に王都で活躍していた『ムーテン』という人物が実際に使用していた隠宅だ。ソイツの死後、数多い弟子たちが遺品の回収に訪れた時、結構な広さの地下室が存在していることがわかった。まぁ、武人としても鳴らしていたオッサンらしいから、地下に特訓場でもこしらえてたのかも知れないがな」
「なるほどなぁ。確かに、こういう人里はなれた場所で武に専念するというのは、オレ様にも憧れるモノがある。で、それがどうして魔物の住処になどなったのだ?」
「それが解明できてたら、この世に冒険者なんぞいらねぇんだよ! とにかく、あらい浚い遺品を回収して空洞のまま放置されていたこの場所に、しばらくたってから魔物が出没し始めたらしい。つまり此処は、出来て十年程度の若い遺跡って事だ」
そして入り口に近づいたメイズは、打ち壊された扉の隙間から中に入り、床にぽっかりと明いた地下への階段の前に立つ。その入り口は太い鉄の鎖が何重にも張り巡らせられており、厳重に封印されているようだった。封印の真ん中に記された文様は、ギョク達にとっても馴染み深い冒険者ギルドの紋章である。
「見ろ。……この通り、ギルドによって入り口は封鎖されてるから、中の魔物が湧き出てくることはない。この封印を解く為には、専用の魔法鍵が必要だからな」
「その辺りは何処の遺跡も同じだな。中から魔物がお出ましになるのを防いでいるんだろうが、逆に俺達冒険者ですら、ギルドを通さなきゃ遺跡の中に入ることは出来ねぇ。……しっかし、ホントどっから湧いて来るんだろうな。出入り口は此処だけなんだろ?」
個人的事情から遺跡に自由に入りたいと望んでいるギョクが、少しだけ不満を鳴らしつつも言葉を続けた。だが、常識的に考えれば当然起こりうるそんな疑問すらも、メイズは鼻を鳴らして一蹴する。
「知るかよそんな事。俺たちはキッチリ依頼をこなして、金を貰えりゃあそれで良いんだ。魔物がどうして出てくるかなんざ、それこそ城の学者にでも任せとけば良い問題だろうが」
「なんだよソレ。んじゃあ、テメェは気にならないっていうのか?」
「あぁ、全くならないね。そんなことを気にするぐらいなら、依頼の報奨金を引き上げる方法でも考えていた方がよっぽどマシだ。こちとら、暇つぶしで冒険者やってるようなお嬢ちゃんとは違うんでね」
「んだとゴラァ! 誰に向かって言ってやがんだ、テメェ」
そんなメイズを下からねめつける様に近づき、至近距離でメンチを切る元三十台男性の姿である。この気の短さでマトモな社会人生活を遅れていたのか、ワリと真剣に心配になる。
現状の美少女魔女っ子の絵面なら、多少はガラの悪さが緩和されそうなものであるが……残念ながら両目の大きさが変わってしまうほど目力の篭った表情では、いかに超絶美少女フィルターを通してでもおっかないという感想しか出てこない。額の辺りに血管が浮き出て、『ビキビキ』なんて文字が書かれそうなほどであった。
「二人とも、落ち着け。こんな所で争っても仕方がないであろうが」
一瞬即発な二人の間に分け入ったのは、またしてもツルギである。そしてそのまま、場の雰囲気を一掃しようと話題を変える。
「それにしても。個人で作った地下室と言うのなら、そこまでの広さは無いのだろう? 魔物が出没して難儀していると言うくらいなら、いっそ潰してしまえば良かろうに」
「……ムーテンは、石亀と謳われるほどの石魔法の使い手でもあったんだとよ。ソイツが念入りに作ったここの地下は、ちょっとやそっとじゃ壊れないくらい頑丈な石作りになってるそうだ。かと言って内部から破壊しようにも、結構な深さのあるこの場所じゃ危険の方が多い。結局、今のようにそのまま放置されてるってワケだ」
「例えば、何処からか土でも持ってきて埋めてしまうとか、やりようはあると思うんだが……」
「誰がそんな面倒な事をするんだよ」
「魔物の危険と比べればしょうがなかろう? オレ様たちの様な戦えるものであれば良いが、この林には一般の民も入るのだ。民衆の安全と比べれば、ちょっとやそっとの労力などには目を瞑らねばならぬこともあるだろうよ」
何時になく常識的な発言をするツルギ。とは言えコイツは、基本的には力の無い者の味方であろうとする精神の持ち主。一般論としてならば、これくらいの発言は珍しくも無いのである。
だが、そんな騎士少女の発言にすら、メイズはツバを穿き捨てながら口を開いた。
「俺はゴメンだね。ま、キッチリ見合った報酬を頂けるってんなら、話は別だがな」
「金、金、金! 冒険者として恥ずかしくねぇのかよ!」
「そんな素人考えなんて認めるかよ。……ったく、最近のガキはでかい口ばかり叩きやがる」
「はいはい。そこまでにしてくださいね?」
またしても争いに流れてしまいそうな一同を、今度はカガミが押しとめる。いつものやんわりした聖女の雰囲気はそのままに、それでもどこか呆れたような口ぶりである。
カガミは不満げに自分を睨むギョクの耳元に口を寄せると、誰にも聞こえないように言葉を続けた。
(気が立ってるのはわかりますけど、マジそのくらいにしてくださいって。これ以上はマズイッス)
(…………スマン)
自分を落ち着かせるように深呼吸をし始めたギョクを見て、カガミもようやく胸をなでおろす。
そもそも自分達だって、金次第で何でもやってしまう冒険者家業を続けているのだ。メイズの発言にも、同調こそすれ反発するような要素は何も無い。
その程度の事はギョクもわかっているだろうに、それでも此処まで苛立っているのには、やはりこの場のストレスもあるのだろうなとカガミは考えていた。気の強いギョクではあるが、決して鋼の精神という訳では無いのである。
落ち着きを取り戻そうとしている三人の側では、ゴースに注意されているメイズの姿があった。こっちはこっちで、年下の女の子にしか見えない三人に牙を向くメイズが、やんわりとではあるがしっかり嗜められていた。
一方モネーとアカザの二人組みは、顔に似合わぬ凶暴っぷりを露にしたギョクに驚いたのか、先ほどからずっと距離を取って眺めていた。
「とにかく、今日はもうそろそろ日も傾き始める。移動の疲れもあるだろうし、今夜はここで一泊しよう。明日一番で遺跡に潜り、そのまま中の魔物を討伐する。……異論は無いな?」
パンパンと手を打ち鳴らしつつリーダーであるゴースが宣言すると、それぞれの冒険者は背負っていた荷物を一塊に下ろし、野営の準備に取り掛かり始めた。
ちなみに今回の三人組は、いつもの様に物量にモノを言わせた野営を行ってはいなかった。自分たち三人ならばいざ知らず、他の冒険者にまで、同程度の金銭的負担を背負わせる訳には行かない為である。いくら金銭的に不自由していないとはいえ、同業者の分まで過剰な準備をしてやるほど、コイツ等はお人好しではない。
そもそもこの林の中は、コイツ等がいつも利用する中型の馬車を乗り入れられるような道が整備されておらず、いつもの荷物を持ち込むのが困難という理由もあるのだが。
常識的な冒険者に習い、周囲の林から薪となる枯れ枝を集めていたツルギは、隣にいるカガミに向かって苦笑いを浮かべる。そして同じく薪を集めているモネーたちと距離が離れていることを確認し、こっそりと話しかけた。
「しょうがない事とはいえ、やはり面倒なものだな。他のヤツラと一緒の仕事というのは」
「まぁ、今回だけと割り切りましょ。……とはいえ、確かにあそこで野宿はオレも嫌ッスけどねぇ。虫とか出そう」
「オレ様は、飯が微妙になるのがなぁ。どうせ今夜も、なんだか良くわからん塊だろう? 一昔前のプロテインでも、あそこまで酷くなかったぞ」
げんなりとぼやくツルギが思い浮かべているのは、昨夜の食事でも食べた携帯食料であった。
一般的な冒険者達の旅のお供であるこれは、パンを作る粉を水で溶いた物に適当な果物や肉、野菜の切れ端などを混ぜ込み、軽く煮込んで形を整えたシロモノである。頑張れば半年くらいは保存でき、しかも腹を満たせて栄養もあるという事で重宝されているのだが……一言で言うと、辛い味がする。
気心の知れた三人の旅ならば、熱々の肉入りスープに舌鼓を打つのが常なのだから、ツルギでなくとも不満を鳴らしてしまうのは無理もない。
(せめて、狩をする余裕があれば違ったのだがなぁ……)
そんな事を考えていたツルギに、カガミは振り返るように身振りで促す。
「っても、アレやらさせられてるギョク先輩よりはマシでしょう?」
「……たしかにな。おぅおぅ、眉間がプルプルしてるぞ」
苦笑いと共にそう溢した二人の視線の先には、モネーたちが集めてきた薪に、魔法で火を移らせようとしているギョクの姿があった。
いつか述べたように、誰もが嫌がる小さな火を出し続けるという作業をさせられている魔法少女は、先ほどにも増してヒトサマにお見せできない表情を浮かべながら、この非常にめんどくさい行為に集中しているのであった。
お読み頂きありがとうございました。
次話の投稿ですが、もしかすると明後日になるかもです。
明日は投稿する余裕があるか定かでないもので。
明日の昼頃に音沙汰が無い場合、「あぁ、明後日なんやなって……」
と、ご理解いただければ幸いです。
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※※短編※※
トイレでアレする花子さん
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※※完結済み※※
つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~ (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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