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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第一章  三匹の見た目詐欺 とある少女と出会う  の話
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05  『それは 脳筋には難しすぎたやり取り』

10/01 誤字修正

 ギルドからの帰り道。傾いてきた日の光の前で、三人は少し早めの夕食を取る事にした。


 目抜き通りにある広場の一角は、屋台で売られた食い物を飲み食いする為の、簡素なテーブルが並んでいる。

 そのうち一つを占拠した三人は、それぞれが好みの夕食を買い求め、テーブル一杯に広げている。



 やけに塩味のきつそうな鳥の串焼き、甘ダレに絡めた獣のハラ肉。そして今なおジュウジュウと食欲をそそる音を聞かせてくる脂身の多い獣の鉄板焼きなど……。いずれも高カロリー高コレステロールを主張する料理を前に、濃いビールの大ジョッキを掲げたツルギ。

 並んだ食い物はツルギと変わらぬ肉々しいラインナップではあるが、冷たいお茶とどんぶりいっぱいのムギ粥を抱え込んでいるのがギョクだった。


 そんな肉食獣二匹はさておき、カガミの前に並ぶのは、キノコを湯でた和え物や軽く炙った温野菜の盛り合わせと乾酪(チーズ)。そして、小さな木のグラスに注がれた安物のワインだけである。


 確かにこの場は人目に付く場所であり、コイツ等の見た目からすれば正当ともいえるラインナップだが、実際この、恵比寿のOLかよと言いたくなるカガミのチョイスは純粋に彼の好みだ。

 コイツの肉食系は、下半身のみに適用されている。




 油でテカった唇を、艶かしくもぺろりと舐めて口を開いたのは、ギルドの話し合いでは終始無言を貫いていたツルギであった。

 そんなコイツの仕草に、人目を引く三人娘にこっそり目をやっていた数人の男たちが思わず生ツバを飲んでいる。外見詐欺の生きる見本、ツルギ。その中身はおっさんだというに、実に哀れとしか言いようがない。



「それにしても、だ、二人とも。先ほどの依頼についてだが、本当に受けてしまって良かったのか?」


「フラグか? ……じゃなくて、お前も聞くだきゃ聞いてたんだな。あんまり動かなかったから、てっきり似た形の置物とすり替わったかと思ってたぜ」


「それは流石に言い過ぎですわ、ギョク先輩。……それにしても、ツルギ先輩は本当に相変わらずですわねぇ。そこまで苦手なんですの? 普通の女性とお話しするの」


「言ってやるな、コイツの素人童貞っぷりは鉄骨入りだ。ナリがこうなっちまおうと、そうそう変わるもんじゃねぇよ」


 ムスッと形の良い眉をしかめるツルギに、からかうように言葉をかける二人である。



 そう。「女なんぞ、力ずくよ」が身上なこの男は、そのくせ一般の女性の前では緊張で口も聞けなくなってしまうのだった。商売女の前では堅くなるギョクとは、まるで正反対の性質である。


 男の姿をしていた頃から、キャバ嬢、クラブのママ、風俗店のお姉さんなどなど……。並の男では耐えられぬほどの色気を撒き散らす女性を相手取っても持ち前の豪傑男児を発揮してきたツルギだが、一般女性の前では借りてきた猫以下の萎縮っぷりを披露する。

 例えそれが居酒屋の店員であろうと、ちょっとでもスレてなさそうな相手ならばもうダメである。マトモに注文すらできなくなる。


 まぁ、それでも水商売の女性達には人気があり、一夜の相手に事欠かない生活を送っていたのであるから、帳尻は取れているのかもしれないが。


「オレ様は別に、あの職員が苦手なのではないわっ。ただ、その……今日はちょっとお腹の調子が良くなくてだな……」


 あからさますぎる言い訳を口にするツルギを前に、思わず肩をすくめた二人の昔なじみだった。




「ま、お前のヘタレはどうでも良いとして、今日の依頼は受けとくのが正解だ。あのねぇちゃんも、こっちに引き受けさせる気満々だったしな」


「どういうことだ。そんな素振りあったか?」


「それでは、ツルギ先輩にもわかるように、説明いたしましょう」


 純情可憐な乙女というイメージを死守するカガミが、『脳に栄養の足りてないツルギ先輩にも』と小声で交えつつ口を開く。



「まず、話の状況から、護衛対象が第三者に狙われている危険があるのはわかりましたでしょう?」


「お前の言った『依頼主以外の親族』の存在だろう? それはわかる。というか、それがあるが故、今回は断わるのではと思っておったぞ」


「だがな、あのねぇちゃんはこうも言った。そういう立場の人間を認識しており、更に『詳しく話す事が出来ない』とな。こいつがどういうことかというとだ――」


「どういうことかというと。既に、娘を害したい何者かから冒険者ギルドに依頼が入っているということですわ。ギルドの規定で、依頼主の詳細は本人が希望しない限り他言致しませんもの」


「台詞を取るなよ、カガミ。……でだ、絶対、依頼に関わってくるはずのそいつ等の情報を、肝心の俺達に寄越せねぇ。その時点で、そいつらはギルドに依頼を出した立場だって言ってるようなモンだろ?

 恐らく、俺達が請けた依頼とは別口で、娘の暗殺依頼が入ってるんだろうよ」


 十二歳の少女を殺めるなどという悪逆極まる依頼が、冒険者ギルドに受理されているという事実を、ギョクはあっけらかんと言い放った。




 これは、この世界では珍しくもなんともない現実である。


 確かに殺人は犯罪である。である以上、それを采配するがごときギルドの所業は、決して法に則ったものではない。だが、よほどの豪商や文化人でもない限り、平民の殺害程度でこの世界の司法は動かないのだ。


 貴族階級にある者の殺害や高価な物品の強奪などの、いわゆる『注目度が高い』内容であれば、いくらギルドとて自衛のために動きはする。だがそれも、依頼を受けた証拠を完全に抹消する程度の対処である。

 例えそれが犯罪の片棒を担ぐ依頼だったとしても、躊躇わず冒険者を斡旋するのが、この世界の冒険者ギルドというモノだった。



 もし、冒険者の犯罪行為が明るみに出たとしても、仲介したギルドは全くの知らん顔を貫き通す。依頼人に捜査の手が入ったとしても、やはりギルドは善意の第三者を装うだろう。

 彼らは冒険者と依頼人を引き合わせはするが、具体的な依頼の内容は知らなかったと言い張り続けるのだ。そして、それでやり過ごせるだけの公的な影響力を、この世界の冒険者ギルドは有していた。


 結果として冒険者ギルドでは、町の善良な薬屋が駆け出し冒険者に薬草の採取を頼んでいる隣で、薄暗い評判の耐えない豪商が、ゴロツキ崩れにライバル店の孫娘を誘拐する依頼の打ち合わせをしているなどという、ある種混沌とした状況が出来上がっているのである。




 そんな、世界の明暗が入り混じるギルドの依頼に染まりきったギョクたち二人を前に、イマイチ理解の追いついていないツルギは訊ねる。


「なるほどのぅ。だが、それではオレ様たちにも危険があるという事実に変わりはなかろう? わざわざ危険な依頼を受けたのか?」


「まぁな。お前が考えてるように、戦闘含めた危険はあるかも知れねぇ。っても、大した相手は出てこないと思うけどな」


「何故そう言い切れる。例えばだが、相手の依頼主が圧力でもかけていて、ギルドも我等を失敗させようと企んでおるのかも知れぬぞ?」


「お前にしちゃ良くそこまで考えたと褒めてやりてぇが、それも無い。言ってたろ? 『ギルドの天秤はどっちにも傾いてない』って。ありゃ、俺達の依頼主と妨害者の依頼主、どっちにも加担してねぇって事だ」


「それに、本来であれば依頼人から受けるはずの依頼の詳細説明を、伝言という形であったとしてもギルドが代わりに行った時点で、むしろどちらかと言えば私達よりなのかもしれませんものね」


「……うぅむ。やはり、そういうせせこましいやり取りは肌に合わんな」


 しちめんどくさいやり取りに嫌気が差し、目の前の肉に噛み付きながら不満を洩らすツルギである。



「ま、脳筋様はそれで良い。簡単に纏めると、確かに危険はある。だが、それでも請ける価値のある依頼なんだよ、これは」


 既に考えることを半ば放棄して飯を食うことに専念し始めたツルギに対し、あくまで自信満々に言い放つギョク。


「そうですわね。それに、そのお嬢さんをむざむざ危険な目にあわせるというのは、神の愛に殉じる私には捨て置けないことでしたもの」


 そんな魔女っ子美少女に追従するカガミも、


「……それにコレ、絶対美味しい話ッス」


 と周囲に聞こえぬ小声で付け足しつつも、敬虔な神官乙女の顔で答えていた。




 その後も二、三の応答がありはすれど、最後には、


「……ふむ。まぁ込み入った話は置いておくとして、お前達がそう判断したのであればオレ様とて文句はない。それに、だ。そもそもどんな敵が現れようと、このオレ様がついている限りは万が一など起こりようもないのだからなぁ」


 と、相も変わらず豪快に言い放ち、手にしたジョッキを空にするツルギなのであった。

 実に男前である。見た目は乙女だけれど。

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