03 『それは 出発前の簡単な儀式』
打ち合わせからの帰り道、三人は誰とは無しに口を開く。もちろん話題は、先ほどの冒険者たちについてだった。
「――それでギョクよ、どう思った? 戦力としてはまあまあだと思うのだが、オレ様ではそれ以外はちょっとわからんでな」
「俺も同じく、だな。……とは言えあの目は気になった。ありゃあ他人を、自分の役に立つかどうかだけでしか見てねぇ目だ。なんつうか、ゾッとしたぜ」
「なるほどな。確かにそう言われると、思い出すだけで気分が悪いな。長く付き合う相手というワケではないにせよ、しばらくは不愉快な思いを我慢せねばならんか……」
「ったく……やってらんねぇぜ。あの姉ちゃんの口利きとは言え、妙な依頼を受けちまったもんだ」
「まぁまぁお二人とも、そいつは言いっこなしッスよ。キッチリ成功すれば、今後オレ達がこの街でやりやすくなるってのは間違いないんスから。……それより、魔物退治に関してはどうですかねぇ?」
口を尖らしながら、道端の石ころを蹴り飛ばしつつ歩いているギョクに、カガミは宥めるように話をずらす。コイツとしても、あの場に居た男の態度には不愉快なものを感じていたのだが、他の二人よりはマシだったのだ。
(そもそも……あの場であんな視線を向けられるだろうってのは、前もって予想できてたからねぇ)
心構えが出来ていたが為、ギョクやカガミに比べれば受け流すのも容易だ。それに、この程度の事で二人にやる気を失ってもらうワケにはいかない。依頼はまだ、始まってすらいないのだから。
そんなカガミの思いが伝わったのか、二人の仲間たちも意識を切り替えたようである。
「確か……あの遺跡に出る魔物ってのは、最悪でも化けトカゲがせいぜいって話だったよな? 少なくとも、ゴースに関しては心配ないだろ」
「装備の問題で、メイズも相性が良いとは思えんな。ヤツが好むのは、懐にもぐりこんでの小剣を使った戦いのはずだ。もっとも、だからこそオレ様たちに声をかけたのであろうが」
「モネー達に関してはなんとも言えねぇ。担いでたエモノを見た限りじゃそこまで不利とも思えねぇが、生憎あの二人に関しちゃ力量がさっぱりだ。まぁ、わざわざ志願してきたくらいだし、そこらの冒険者くらいにゃつかえるんだろうけどよ」
「それもそうッスね。じゃなきゃ仕事になら無いんスから、その程度の実力はあると思っといた方が良いっスッか」
それでも、自分達にとっては脅威とはならないだろうが。後に続くであろうそんなセリフは、互いの顔を見れば言わずとも知れていた。
なんとも人の悪い笑顔を浮かべながら、三人は歩みを進めている。
いやはや、行き違う誰かが居なくて本当に良かった。何せ今の三人ときたら、どう見たってたおやかな婦女子がやってはいけない表情を浮かべている。せっかく極上の美少女をやっているのだ、せめて見た目だけでも取り繕って欲しいものである。
そんな荒くれ者の本性をむき出しにした三人だったが、ふと思い出したようにギョクが口を開く。それは先ほどまでの犯罪者予備軍の顔ではなく、新しいおもちゃを発見した子どもの様な……。つまりは、新しい刺繍の運針を教わった深層の令嬢が浮かべる、瞳を輝かせた少女の笑顔だった。
「そういや、アレ……お前等も驚かなかったか? こないだツルギが殺ったって犬の化け物、まさか『コボルド』って呼ばれてるとはなぁ」
「あっ、確かにちょっと笑ったッス。この世界の動物は大体が元の世界とは違う名前だったから、ああいう化け物の類も、てっきり違う名前だと思ってたんスけどねぇ」
「だよなぁ。実際俺達も、もしかしたらと疑っちゃいたけどよ。まさかホントにそう呼んでるとは思わなかったぜ」
「そもそもオレ様たちは、名前なんぞ記号だとか言って、適当に呼んでいたのだからなぁ」
こんなところで、元の世界で慣れ親しんだファンタジー世界との共通点を見出した三人は、楽しそうに笑いあっている。
更に、ギョクが、
「まぁ、正式名称ってワケじゃねぇんだろうけどさ」
と、付け加えるように語った通り……ギルドからの依頼書ですら、魔物に関しての具体的特長は記載してあれど、それが巷でなんと呼ばれているかまでは書かれていなかった。その為コイツ等三人も、犬の化け物だの四足の狼モドキだのといった、曖昧な呼称を続けていたのである。
「しっかし、この世界はまっことおかしな所だな。モノの名前など殆どが別の呼ばれ方だし、生活のやりかたも元の世界とは全く違う。だのに所々では、こういった共通点があるのだからな」
「つったって俺達、昔の人間がどんな暮らししてたかなんざ知らねぇだろ? お前、日本史赤点ギリギリだったじゃねぇか」
「そういうお前も似たようなものだったろうが。もちろん、世界史もな」
「お二人ともバカっしたからねぇ。ま、そりゃそうと……アレがコボルドだって言うなら、今度の遺跡に出てくるトカゲっぽいのも、もしかしたら『リザード』とか呼ばれてるかもッスよ」
「確かにな。……こりゃもしかすると、どこかにアレもいるかも知れねぇぞ?」
「竜かっ!」
「ドラゴンッスね!」
興奮を隠せない様子で、額を付き合わせる三人であった。竜の名を抱いたゲームに少年時代を費やした経験もある世代なのだ、その期待も一入、と言うところだろう。
とはいえ、そもそも魔物が一般的になんと呼んでいるのかなど、日頃からきちんと他の冒険者達と関わってさえいればとうの昔に気付いていた事実である。
様々な理由から進んで同業者と組まないようにしていたり、もうちょっとだけでも自分達に気色の悪い視線を向けられることを我慢してさえいれば、こんな会話は、それこそ一年近く前に通り過ぎていた事だろう。
しかも、それでも他の冒険者達と仕事をすることを嫌がっていないのが、他人の話など右から左に流れてしまうツルギでなかったらば、今頃になってこんなやり取りを交わすことなどなかったはずだ。
まぁそれでも、ようやく他者と組んで仕事をするように考えを改めたのであるから、ちょっと位は進歩があったと言うべきであろう。その理由が、住居を移し心機一転はじめることに決めたからなのか、それともいずれ自分達と一緒に仕事をするであろうスズが、他の冒険者達に妙な目で見られないようにとの配慮であるのかは、あえて明言する必要のない事実であった。
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王都の中心街を抜けると、分岐のたびに道幅狭くなっていく。両脇に並んだ建物から、商家の掲げる看板が消え、代わりに玄関までを小さな庭園で彩った家が増えて来る頃、三人とスズが借り受けている小さな家にたどり着いた。
冒険者ギルドとオオシロ学園の丁度真ん中くらいに位置するこの家の門を潜ると、両隣と同じような猫の額ほどのスペースがある。今は雑草が生い茂り、かろうじて人が通る道だけ確立しているような荒地だが、いずれ時間を見つけては家庭菜園の一つも始めてみようかと考えているのはギョクである。こいつは顔に似合わず、そういった庭弄りの類が嫌いではないのだった。
建物自体も非常に小さい。一階にあるのは、水周りと火を扱える竈が設置されたキッチンと、食料などを保管する石造りの倉庫くらいのもの。ゆっくり寛げるようなスペースは、急な階段を上った先の二階にしか存在しないのだ。しかもそのリビングも、四人が腰掛けられる四角いテーブルと長いソファを置いてしまえばそれだけでぎゅうぎゅうだ。
ちなみに、リビングの扉を抜けた先にある寝室にも、四人分の衣類を押し込めた両開きの収納と、四人が眠る二組の二段ベッドが置いてあるだけである。
元の世界にいた頃の体格ならば、玄関を潜るだけでも難儀しそうなほどの小さな建物だが、それでもほっそりした少女の姿をとっている今ならば、そこそこゆったり過ごすだけの余裕がある。追々荷物が増えてしまえば話は別だろうが、少なくとも今の三人にとっては、十分過ぎる建物なのであった。
スズにしても、これまで一緒の部屋で眠っていたのを今日からは別の部屋で……のような、寂しい思いをせずに済んだこともあり、隣の人間との距離が近いこの家を気に入っていた。いくらしっかりとしているように見えても、彼女は未だ、十歳の少女でしかないのである。
その夜、そんな小さくも暖かい部屋の中は、とある魔法少女と姫騎士による『自分達が家を開ける間、如何にして日々を過ごすべきか』という一大講義が繰り広げられていた。
火の元の確認から、施錠の徹底。いざという時に家から逃げだす避難経路や、安全な場所までの逃走計画。更には、ここ数日で入念に調査を行った隣近所の人間の信用度合いと、助けを求めて構わない頻度に至るまで、二人は同じような話を何度もなんども繰り返している。
「良いか、スズ。なにかおかしな輩がいたら、迷わず冒険者ギルドの職員に訴えるのだぞ? あの女にはキッチリと、オレ様達がいない間のスズの身辺を頼んでおるのだからな」
「いや……それじゃ遅ぇぜ、スズ。おかしなヤツが居たら、じゃない。おかしくなるかもしれないとチラッとでも思うようなヤツを発見したら、その場ですぐに言いに行け。なぁに、もし勘違いだったとしても問題はねぇ。スズにそんな勘違いをさせた、相手の方が悪ぃんだ」
最終的には、こんな乱暴極まる護身まで植え込もうとする二人の保護者であった。ちなみに多少なりと冷静な神官乙女は、こんな有様を見せる旧友二人に軽く眉間を抱えながら笑っていた。
(そんなに心配するくらいなら、いっそ連れてってくれれば良いのになぁ……)
スズとしては、そう思わないでもないが、流石に口に出してせがむような事はしなかった。自分がついていったとしても足手まといになるだけなのはわかっていたし、何より、これから努力をしていれば、いずれ大手を振るって同行できるようになるハズだからだ。
(それに、私ももう小さな子どもじゃないんだもん。お留守番くらい一人で出来るよ)
そして、自分がきちんと恙無く日々を過ごせていれば、仕事から帰ってきたこの三人は、きっとそんな自分を褒めてくれるだろう。
ちょっぴり気恥ずかしい未来を予想していたスズは、だからこそ、
「大丈夫だよ、みんな。お昼は学園に行ってるんだし、何かあったらあのギルドの職員さんを訪ねる。時間の空いてる午後は、学園の先生達に勉強を教えてもらうつもりだし、夕方暗くなる前に家に帰るようにもするよ。私はちゃんと一人で待っていられるんだから……みんなも安心して、お仕事頑張ってきてね?」
こんな、いじらしくもしっかりとした返事で、三人の保護者達を安心させようと試みる。
そしてこれを目にした保護者達は、改めて。今回の様な微妙にきな臭い依頼から、極力スズを遠ざけるようにしようと心に刻むのであった。
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トイレでアレする花子さん
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