02 『それは ありきたりと言えばありきたりな一幕』
数日前。文字通りの意味で麗しの乙女の皮を被った元中年三人組は、揃って冒険者ギルドを訪れていた。
ギルド一階の広間に設置されたテーブルの一つに着いた三人の前には、コイツ等の同業と思しき一組の男女が座っている。
顔立ちの整った優男と、勝気そうな短髪の女性。年の頃二十歳そこらに見えるその男女は、存在感抜群の三人を前に所在無げに周囲を窺っている。ギルドに入ってきたその時から、場の注目をかっさらっている連中と同席しているのだから、正常な反応と言えなくも無い。
両腕を頭の後ろに組み、つまらなさそうに椅子ごとゆらゆら揺れていたギョクが、
「……チッ」
と、チラチラ自分を見てくる周りの視線に舌打ちをこぼし始めたた頃、一行が占拠していた丸テーブルに向かって歩いてくる二人の男の姿が在った。
一方は筋肉に覆われた肉体を惜しげもなく晒した大男。隣にいる目つきの悪い男はかなり小柄で、手足ばかりがひょろ長い。そんなデコボコなコンビの凸の方は、微妙な緊張感を漂わせた同業者達を見て、少しだけ面白そうに口の端を持ち上げる。
「遅れて済まない。待たせたようだな」
大男は、外見にマッチしたバリトンでそう声をかけると、連れの小男と共にどっかりとテーブルに着く。どうやらこの男が、この場にいる全員を招集した模様である。
「早速だが、自己紹介させてもらおう。俺はゴース、見ての通り前衛だ。この依頼の取り纏めをさせてもらっている。いつもはこっちのメイズと二人でやっている」
「メイズだ。偵察と探索、それと速度重視の戦闘」
にっかりと笑い、わりと丁寧な話し方をするゴースと違い、メイズは何処かの魔法少女を彷彿とする、吐き捨てるような荒っぽい口調であった。話しながら、先にテーブルについていた五人を値踏みするように睨みつけている。
そんな二人の話を皮切りに、それぞれが自分達の名前と戦闘スタイルを口にしていった。
「私はモネー。武器は見ての通り弓です。いつもは探索も担当しているけど、今回は必要ないみたいね」
カップルの女性の方。モネーはそう言うと、所々金属で補強された弓を掲げる。身につけた皮製の胸鎧といい、一般的な軽戦士の装備であった。
「えと……ボ、ボクは――」
「そしてこっちが、相棒のアカザ君。いつも前衛を守ってくれてるの」
続けて口を開きかけた男を遮るように、モネーはアカザの分まで紹介を続ける。おどおどと相方を見るアカザの視線は頼りなげだが、頑丈そうな金属盾をはじめとして、身につけた装備はキッチリと手入れが成されており、それなりの実力を持った戦士であることが窺えた。
三人もその後に続いて、それぞれの名前と戦い方を告げていく。
だが、ツルギ、ギョク、カガミと続いていくにしたがって、だんだんメイズの顔が険しく曇っていった。
「ゴース。お前の見立てを疑うわけじゃないが、本当にこのメンツで大丈夫か? アカザとモネーは良いとして、ツルギが連れてきた二人。どう見ても戦闘ができるとは思えんぜ。今回は遺跡の討伐任務なんだぞ」
以前に暮らしていたヤーアトの街ではそこそこ名も売れていたが、ここ王都では全くの無名に等しい三人である。その外見の美少女っぷりから、力量に疑問符を付けられるのも仕方がない。
そしてギョクが、半眼に開いた瞳で小男を射抜きつつ、つまらなさそうに口を開く。
「口でどうこう言ったところで、相手の実力なんざ計れやしねぇだろうよ。少なくともこっちは、ギルドに認められた冒険者の資格を持っている。ソイツで信用できねぇって言うんなら、お前さんの方がこの依頼を降りるべきだな」
「ガキが、減らず口を利きやがる……。ギョクだったな。魔術を使うとかほざいていたが、火球くらいはマトモに出せるんだろうなぁ? ちょいとお湯を沸かす程度なら、さっさとお家に帰った方が身のためだぜ、チビスケ」
「ンだとコラ。テメェ程度なら、纏めて十人は丸焼きにできるヤツを出してやる。なんだったら、今この場で体験してみるか? あぁ!?」
目つきの悪い小男に、真っ向から喧嘩をふっかけるギョクがそこに居た。この世界につれてこられて早一年。この手の反応にも既に慣れっこになっているはずなのだが、よりにもよって身長を揶揄するような単語を出されてしまってはしょうがないのだ。
そもそも、何度も体験したからといって、それだけでコイツの短気がなおるハズがない。
バチバチと火花を散らす小柄な二人組みに、ツルギが軽く頭をかきながらフォローを入れる。
「ギョク、ちょっと抑えろ。メイズも、オレ様たちを疑う気持ちがわからんでは無いが、ここは一つ信用してくれんか。……ゴース。お前からも言ってやってくれ。それとも、お前もコイツ等が信用できんのか?」
「俺はお前の仲間たちを疑ってはいない。メイズ、お前もこないだツルギの力を見ただろう? あれだけの戦闘をこなせるヤツがつれて来た冒険者だぞ、そこらの娘っ子と一緒にして良いワケがないだろうが」
「そ、そんなに凄かったの? 失礼だけど、私にも普通の可愛いお嬢ちゃん達に見えちゃってたんだけど……」
メイズを嗜めるゴースに対し、横合いからモネーが口を挟む。どうやら先ほどチラチラと三人を見ていたのは、冒険者には不釣合いなほど可憐な三人組が、どんな理由でこの場にいるのかわからなかったのが原因のようだ。
まぁそれ以前に、ギョクやツルギの純真可憐な乙女の姿と、そこから発せられるあんまりな態度とに肝を抜かれていただけかもしれないが。
「アカザ達は、掲示板を見ての参加だったな。実はツルギたちは、俺が直接誘ったのだよ。先日、そこのツルギと一緒に討伐任務に出たことがあってな。その時の活躍といったらそら恐ろしいほどだったぞ。俺も長くこの家業をやっているが、素手で魔物を殴り殺す冒険者など初めてお目にした」
「素手で!? このお嬢ちゃんが?」
「応ともよ。まぁ、相手は草原のコボルドだったが、それでも十匹からの群れの中に単身飛び出して行ってな、こちらが心配する間もなく片付けた」
「コボルドだとしても凄すぎよ、そんなの……。私達なら、二人でも五匹以上の群れは相手にしないのに」
目を丸くしているアカザとモネーに向かって、ゴースはツルギの勇猛な戦闘を語って聞かせる。
小型とは言え、普通の人間にとっては充分に危険となる魔物を素手で撲殺する乙女というのは、普通に考えれば荒唐無稽が過ぎる話である。怪訝に眉を寄せていたモネーだったが、なおも続けられるツルギの活躍話に、眉にツバを塗りつつも頷いていた。
「とは言え前回とは違い、今度の依頼は中型の魔物も標的だ。ツルギ、今度は武器を置いてくるようなマネはよしてくれよ? 流石に中型ともなれば、刃物無しでは太刀打ちできんからな」
笑い事のように語るゴースに、一方のツルギは曖昧な返事を返している。
賢明な諸兄ならばお気づきだろうが、こいつは別に、余裕をかまして素手で戦った訳ではない。そもそも徒手空拳こそがコイツの戦闘スタイルなのだ。それに、話に上ったコボルド討伐の時も、キッチリと鋼手甲を身に着けていた。取り外し可能な鋼の刃に関しては、重いからという理由で置いて出たのではあるが。
「安心しろ。今度はちゃんと刃も付けっぱなしにしておくつもりだ。走り回らねばならない、野外の依頼では無いのだからな」
「本当に頼むぜ。……ったく、素手で戦う剣士なんて聞いたことねぇぜ」
「何を言う。拳士であれば、アレくらい当然であろうよ」
「そりゃ一体、どこの世界の常識だよ」
口を尖らすメイズに、ツルギはかんらと笑い返す。二人の台詞が微妙にかみ合っていないことに、ギョクとカガミだけが気付いていた。もっとも、訂正を入れるような二人ではなかったが。
「まぁ、チビガキの方は納得してやるよ。使えねぇとわかったら、すぐにでも叩き返すがな。で……そっちの嬢ちゃんは神官と名乗ってたが、本当に神聖術がつかえんのか? いくら美人でも、ちょっとツバつけて『お手当てしました』じゃあ誤魔化しきれんぜ?」
「ご安心を。ちゃんと使えますわ。流石に命を取り戻すことは出来ませんけれど……それでも私の手が届く範囲なら、手足の二、三本程度はすぐに繋げて差し上げます」
今度は自分に向けてきたメイズの矛先を、カガミは余裕の微笑で受け返す。チンピラまがいのギョクとは違い、コイツは例え相手が挑発してきても、真正面から組み合うような受け答えはしないのである。
もっとも相手の側としても、カガミのふんわり受け流すような雰囲気を前にしては、キツイ言葉を投げつける事を躊躇ってしまう。この辺りが、互いに見た目で侮られやすいギョクとカガミの一番の違いと言えた。
馬鹿にしてきた相手をぶちのめす所までヒートアップし、最終的には拳でわかりあうことの多いギョク。なんとなく無碍に出来ない雰囲気をかもし出し、結果として無言の内に制圧してしまうカガミ。以前ヤーアトの街に拠点を置いていた時、それぞれについていたファン達の層の違いは、こういうところにも理由があるのだろう。
ちなみにツルギは、例え自分を侮ってきた相手だとしても、高笑いで済ますだけである。幼少より格闘技の世界に身をおいていたツルギ故の、強者の余裕なのだろう。
「それは凄いわねっ! 切断された手足の修復なんて、大神殿の司祭様くらいじゃなきゃできないわよ?」
カガミの言葉に興奮を抑えきれない様子で答えたのは、先ほどから何かと口を挟んでくるモネーの方であった。とはいえ、神聖術の使い手が珍しく、滅多なことでは冒険者に身をやつすような者など居ないのも確かな事実。思わず椅子から立ち上がる程の勢いを見せたのも無理はないだろう。
「バカなことを言ってやがるぜ……。手足が併せて三本しかないならさっさと引退するべきだし、手だけで三本あるんなら、ソイツは冒険者なんかやめて、別の何かで稼ぐべきだろうがよ」
だが、そんな周囲の様子にも、メイズはぶっきらぼうに言い放っていた。
その後。二、三の細かな打ち合わせを済ませ、一同は一旦解散する。
なにかと不安要素がないではないが、とにかくこの七人で、今回の依頼を引き受けることが決まったのだった。
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