01 『それは とある少女の学園生活』
お待たせいたしました?
これより、第四章の開始です。
「さて始めてこの授業を受ける者が数名いるようなので、改めて話すのだが。……君たちはこれから、多種多様な魔物の生態について学んでいかねばならない。一生この王都から出るつもりのない、魔物になど縁もゆかりも無いと考えている者もいるだろうが……それでも、今この世界に生きる人間として、魔物について学ぶのは悪いことではないのだ」
十数人の生徒達を前に、教師はつらつらと語る。幾人かの生徒からすれば初めて耳にする話だが、彼にしてみればこれまで何度も語ってきた内容だ。淀みなく続くこの授業の前置きに、今さら感じ入るものなどありはしなかった。
「まず勘違いして欲しくないのだが。一概に魔物と言っても、何が魔物でどれがタダの獣であるのか、目で見ただけで判断するのは容易ではない。……そこ、今、意外そうな顔をしたな? 確かに、わざわざ魔物と区分している以上、そこには明確な違いが在って然るべきと考えるのが当然ではある」
ここオオシロ学園の特別クラスにおいて、魔物学の授業を担当する男性教師。恐らくは三十台前半と思われるやせぎすな男は、神経質を感じさせるしかめっ面で生徒を一瞥した。そして、このほど特別クラスに編入されてきたばかりである一人の少女を差す。
「スズ君だったね。例えば君が、魔物と聞いて一番に思いつく特徴は何かね?」
「えと……。人を襲う事だと思います。街の中で飼われているような家畜は、人間を襲ったりしません」
「ふむ、それだと六十点というところだ。言うとおり、魔物は例外なく人を襲うが、一般に穏和とされている動物たちも状況によっては人に害を与える場合がある。例えば馬などが良い例だな。もし彼らを不用意に刺激すれば、たちまち強靭な後ろ足の餌食となるだろう。例え飼いならされた生き物といえど、絶対に安全な動物などほとんど存在しないと言って良い」
自信のある答えではなかったが、それでも教師による指摘を受けてしまったスズは、思わず俯いて顔を赤く染めてしまう。
そんな少女の様子を横目に、教師は一つ鼻を鳴らして言葉を続けた。
「だが根本的なところでは、スズ君の答えは正鵠を得ている。魔物は、例外なく人を襲う存在だ。逆を言えば、能動的に人に牙を向ける生き物、それを魔物と呼んでいる。つまりどんな獣でも、人を襲えば魔物である可能性があるのだ。つまり魔物とは、特定の種の生き物を指すのではなく、人を敵とみなす生物全般を指すという事を、君たちは第一に知らなければならない」
「どんな動物も、ですの? ……それでは、誰かが飼ってる家畜であっても、人を襲えば魔物になるのでしょうか?」
教師の言葉に、スズの隣の席に座っていた、豪奢なドレスを纏った少女が手を挙げる。とても学園で授業を受けるに適した服装とは思えないが、これが彼女の普段着なのだから仕方があるまい。
きちんと挙手をして質問をするその態度には、この少女が施されてきた、誰かから教えを受ける立場としての教育の成果が感じられる。この高位貴族の令嬢が、何を考えてこの学園に入学してきたかはまるで想像もつかないが、それでも自分達教師を敬う気持ちがあることを見て取り、教師は彼女の質問に答えを示した。
「先の例で言った馬のように、どうして人を襲ったのかがはっきりとしている場合は、そうではない。何らかの原因があって人に危害を加えたのであれば、それは単なる事故の可能性があるからだ。対して魔物は、人が近くにいるというただそれだけでこちらを襲ってくる」
「そうでしたのね……。ジュロウ先生に感謝を。ちょっと安心しましたわ」
「それは結構。まぁ、少しばかり爪で引っかかれたからといって、それで君の飼っている生き物が魔物とされるわけでは無いという事だ。それは単に、君がかまい過ぎたせいで機嫌を損ねただけなのかもしれないからな」
「ち、違いますわッ! うちのアマちゃんは、ちょっとわんぱくが過ぎて牙が当たっただけでしたわ。ワタクシが撫ですぎてしまったからではありませんもの」
からかい混じりに説明を続ける教師に、テスラはムキになって言葉を返す。そしてすぐに、周りの生徒達からの生暖かい視線が集まっていることに気付き、唇を尖らせては黙りこんだ。
「話を戻すが……魔物の中には、体内に特殊な鉱石を有しているモノがいて、これを我々は魔石と呼んでいる。魔石があるから魔物となるのか、魔物になる性質を持つ生き物だから魔石を生み出すのか……。この点に関しても、未だ研究の余地がある分野だ」
そして教師ジュロウは、隣同士で目線を落としている少女二人をそのままに、なおも授業を続けていく。
「それでは次に、王都近辺で見られる代表的な魔物について知る為、まずはその生息域に沿って分類していこう。魔物の出没地域は多岐に渡るが、中でも代表的なのが、遺跡や洞窟といった特殊な環境で――――」
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しばらく後、学園の食堂には沢山の生徒達が集まっていた。育ち盛り食べ盛りの生徒達の食欲を、安価でしっかり満足させる、この学生食堂を利用する者は非常に多いのだ。
空席を探すのが困難なほど大盛況な食堂の一角に、スズの姿を見ることができる。彼女は本日の定食と名づけられたメニューを載せてたトレイを手に、自分のスペースを探しているようだった。
そんな少女の姿を目にし、女の子の一団が声をかけてくる。彼女たちは、スズが所属する『特別クラス』の生徒達。昼前の授業が終わったタイミングで、教師に呼び出されていたスズの為に、席を確保してあげていたのだった。
スズはそんな少女達の呼び声に気付くと、パッと顔を綻ばせて近づいていった。
学園に通う生徒は様々だが、スズ達特別クラスの生徒たちは、とりわけ勉学に熱心な者が多い。そんな彼女達の昼食の話題も、自然と先ほどまでの授業内容が話題に上る。
「でも、さっきの魔物学だけど……。やっぱりちょっとわかんないんだよねぇ」
「さっきのって……。あぁ、魔物の特長について? なにかおかしな話あったっけ?」
食事を続けながらスズが洩らした一言を、隣に座る女生徒が拾う。スズは一つ頷くと、自分の考えを口にした。
「うん。どんな生き物でも魔物になる可能性があって、それは人を襲うかどうかでしか判断できないって言うけど、本当にそれだけなのかなぁって……」
「確かにねぇ。ジュロウ先生も、魔物についての研究はまだまだ未知の部分が多いって言ってたもんね」
「なにか、普通の生き物と魔物とを区別する、絶対な違いが存在するんじゃないかなって思うんだ。じゃなきゃ、普通に街中にいる動物とかも、魔物になっちゃう危険があるって事になっちゃうじゃない」
「実際、何処かの村で飼われてた家畜が、魔物になった事があったらしいわよ。多分、次の授業でやる話だと思うけど、そういう記録が残ってるんですって。私、あの授業受けるの今年で三回目だから、前に聞いたことあるんだ」
少女たちは思い思いに、自分達の知る魔物についての知識を披露していく。
基本的には、きちんとした仕事につくまでの繋ぎとして、二、三年で卒業することがほとんどの学園生だが、特別クラスに入る生徒達の中には、五年近く在学して学業にのめりこむ者たちもいる。学年、という概念の無いこの学園において、そんな生徒たちは、全く同じ内容の授業を複数回受講することがままあるのだった。
教師たちは、そんな全く進行度の違う生徒達に対しても、あえて一律の授業内容を講義する。それにより、新しく入ってきた者達には新しい知識を、そして従来の生徒達には、自分達で学びを求める姿勢を育んでいるのだった。
その為この学園の教師たちには、生徒からの授業外の質疑を、絶対に断わらないという不文律が存在する。
「魔物についての具体的な話が聞きたいのであれば、スズさんならば簡単なのではなくって?」
食事そっちのけで議論を交わし続けるスズ達に、背後から誰かの声がかけられる。そして、その特徴的な話し方から、即座に相手を特定したスズ以外の全員が、一様に苦笑いを浮かべた。
「どういう意味? テスラさん」
「あら、お分かりになりませんの? 案外鈍く出来てらっしゃるのねぇ。……貴女の保護者は、現役の冒険者。魔物を目にする機会も多いはずですわ。まぁ、木っ端冒険者程度が、学術的見解を持ち合わせているとは思えませんけれど」
「テスラさんは、すぐイヤな言い方をする……。でも、その案だけは良いかも。生憎私のお姉さんたちは、魔物についてもちゃんとした考えがあるはずだもんね~だ」
「あ~らそうですの? でしたら早速、今夜にでもお聞きあそばせ? そしてその結果を、明日披露してもらおうではありませんか。あの粗野な娘達が、果たしてどんな考えを持っているものか、私とっても楽しみでしてよ」
周囲の視線を集めていることに露ほども意識を払わず、バチバチと火花を散らす二人。
側で肩をすくめる少女たちは、ほぼ同時期に入学してきた二人のしょうもないぶつかり合いを、既に飽きるほど見させられているのであった。
普通は絶対に入学してこない高位貴族出身の令嬢と、そんな彼女と真っ向から口げんかを交わす平民の少女。彼女たちは、入学してさほど時間が経っていないにもかかわらず、既に学園の名物コンビに近い扱いを受けてしまっていた。
貴族であるテスラは当然として、入学試験でほぼ満点の結果を叩き出したスズも、入学後いきなり特別クラスに編入されている。そのうえ二人とも、ちょっと人目を引くほどの風貌とくれば、噂にならないはずが無い。
「あっ、でもダメだ。今夜聞くのは無理だよ」
「あ~ら、どうしましたの。まさか、この期に及んで怖気づきまして? まぁ、素直に負けを認めるというのであれば――」
「違うよッ! というか、これって別に勝ち負け関係ないよね。テスラさんはすぐそうやって、私と勝負しようとするんだから」
「貴女がッ、素直にワタクシの凄さを認めないからでしょう!? ……で、どうしてあの冒険者達に話を聞けませんの?」
両腕を組んで不平を鳴らすテスラに対し、スズは、少しだけ寂しそうに……そして、どこか不満げに答えるのであった。
「だってみんな、今はお仕事に行っちゃってるんだもん。今夜も泊まりで、帰ってくるのは早くても明後日だって。……それまで私は、一人で留守番してなきゃならないんだよ」
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