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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第三章  イロイロあった少女 新しい生活を始める  の話
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第三章 エピローグ  ~戦う者と戦えない者と、あえて戦わない者たち~

 王都イズクモの貧民街。雑多な小道が入り組んだ裏通りを、一つの人影が歩いている。目深にすっぽりとローブを被り、鼻先まで布を巻いたその装いは、隙を見せれば身包みをはがされてしまいかねないこの貧民街においても、いささか過剰に映る。

 時折立ち止まっては、手元の地図で現在地を確認しながら進んでいるその人物は、それでも足早に、この危険に満ちた区域を通り抜けようとしていた。


 瓦礫の山を越え、増改築された建物の隙間を通り抜けていくと、やがてちょっとした広場が現れた。割れた石畳の隙間から、好き勝手に芽吹いた無数の雑草に覆われたそこには、一件の朽ちかけた建物がある。

 かつては教会と呼ばれていたその建造物こそが、危険を犯してここ貧民街に入ってきたこの人物の目的地であった。


 フードの端を少しだけ持ち上げた人影は、ボロボロになったレンガ屋根や、所々穴すら開いている聖域の末路をまじまじと眺めては、


「フッ……」


 っと自嘲気味に笑った。そして、足音すら立てぬよう慎重に、荘厳であったはずの扉の隙間から、建物の中へと入っていった。



 外の荒れ模様から一変して、廃教会の内部は意外なほどに片付けられていた。確かに、石張りの床は所々土が露出しているし、通路の隅には良くわからないガラクタが積まれてはいる。

 だがそれでも、どこも人が通るには充分な隙間が確保されており、この場所を今でも利用している誰かが存在していることを主張していた。


 やがて、遠い昔には、人々が神への敬虔な祈りを捧げていたはずの礼拝堂へと続く扉の前にたどり着くと、中から数人の話し声が聞こえてくる。

 聞こえる声色から判断するに、恐らくは男性。それもまだ年若い少年達の話し声であることを確認した人影は、納得したように一つ頷いては、目の前のドアノブに手をかけたのだった。



§§§§§


§§§


§



「ねぇボス~。いい加減に機嫌なおしなって」


 一人の少年が、先ほどからずっと自分達に背を向けて、何やら作業をしている様子の少年に向かって声をかける。

 同年代の少年達に、ボスと呼ばれている少年。そんなルナルドは、仲間のからかい混じりの言葉に振り向きもせずに返事をした。


「……別に不機嫌になんてなってないだろ。お前の気のせいだよ」


「ウソだぁ。ボス、さっきあの子が帰ってから、ずっとイライラしちゃってるじゃん」


 ルナルドのあからさま過ぎる言い訳に対し、『猫の手団』古参の団員である少年は、なおも軽口を続ける。そこに、ついさっき仕事から戻ってきたばかりの別の少年が口を挟んできた。


「えっ、なになに? オレ、その時居なかったんだよね。もしかして……ボス、フラれちゃったの?」


「だから違うっての! アイツは学園に通うことになったから、オレ達の仕事を詳しく教える必要がなくなったってだけだよ。さっきも、わざわざ謝りに来ただけなんだって!」


「えと……つまり、ボスに仕事を教わるより、学園に行って冒険者になる道を選んだってコトだよね。そういうのをフラれたって言うんじゃないの?」


「バッカ、お前。そこは誤魔化されてやろうよ。これまでどんな娘に誘われても顔色一つ変えなかったボスが、初めて自分から気になった相手なんだぜ? お前だって、昨日までのボスの様子見てただろ?」


「あぁ……。確かに、気持ち悪いくらい浮かれてたね。でも、考えてみればこれでよかったんじゃない? 学園に通って冒険者になれるような娘なんじゃ、地味な仕事してるオレ達じゃ相手になんないよ」


 二人の団員たちはルナルドの消沈を思い、生暖かい視線を送っていた。なおも、


「別にフラれたわけじゃない。そもそも、オレはそんなつもりでアイツと話してワケじゃないんだから」


 などと繰り返すルナルドであったが、彼を良く知る団員達からすれば、強がりもほどほどにしろと言うべき態度であった。



 そんなやり取りを繰り返していた少年達のところへ、別の団員が慌てた様子で駆け寄ってくる。無法者達の襲撃に備える為、二階の窓から見張りを行っていたその団員は、息を整える間すら惜しんで口を開いた。


「ボス! 誰か来た。真っ黒なローブを被った……オレ達より背の高いヤツ!」


「――ッ!? 見たことあるヤツか?」


「わからない。でも、多分だけど始めての相手だと思う。一人だったし、武器とかも持ってるようには見えなかったけど……どうする?」


「単純に客なのかもしれないな。もっとも、オレ達のトコまでわざわざ足を運ぶ客なんて初めてだけど。……とにかくみんなに知らせてくれ。いつも通りに、女の子と小さい連中達は逃げる準備を」


 ルナルドの号令と共に機敏に動き出す団員達。危険の多いこの街で生きている以上、こういった場合の行動に迷いは無い。日頃から最悪の状況を想定し、逃げ出す準備は怠っていないのである。



§


§§§


§§§§§



「はじめまして。貴方が『猫の手団』のリーダーでしょうか?」


 数人の団員に囲まれるようにして現れたその人物は、まだ年若い女性であった。被っていたローブのフードを外すと、肩より少し短めに切りそろえられた浅黒い髪が、動きにつられてサラリと流れる。


「あぁ、オレがルナルドだ。……あんたは?」


「私は単なる冒険者ギルド職員です。特に名乗るほどの者ではありませんよ」


 ギルドの職員を名乗ったその女性は、特徴的な切れ長の瞳でうっすらと微笑む。笑顔を向けられているにもかかわらず、ルナルドは不思議と、冷たい何かを押し付けられたような印象を受けた。



「……それで? そのギルド職員さんが、何の用事でこんな所までやってきたんだ? 生憎こっちには、冒険者ギルドに話なんてないんだけどな」


「まぁまぁ、そう目を尖らせないでくださいな。私は別に、貴方達に文句があって足を運んだわけではないのですから。……もっとも、ここで無警戒に胸襟を開くような相手なら、私が来ることも無かったのですが」


 そういうとギルド職員は、目を細めてはクスリと笑う。


 ここはルナルドたち『猫の手団』の本拠地で、更に今は、複数の団員で一人の女性を囲んでいるような状況だ。だがそれでも、この場の主導権は、ギルド職員の手中からピクリとも動かないように思える。荒くれ者の大人とすら商売を行うルナルドたちは、しかし、相手のかもし出す雰囲気に飲まれっぱなしであった。

 まさに、役者が違うのだろう。



「実は……とある冒険者達から、貴方達の活動を耳にしたのです。彼女たちはしきりに褒めていましたよ、『まだ年若い連中なのに、随分堅実な仕事をしている』と。私も直接お会いして、あの人達の言葉が買い被りではなかったと安心しているところです」


「そりゃまぁ、お褒めに預かりましてなんとやらだよ」


 警戒心も露にそう答えるルナルドは、その胸中も当然穏やかではない。とうとうその時が来たと考えていた。


 彼らの仕事は、冒険者や旅人を主な客層として、買い物の代行をすることである。それは言ってしまえば、客となる者たちからのちょっとした頼まれ事を……依頼を引き受けるという事である。

 更にそれ以外にも、街の清掃や下水施設の掃除など、普通に求人をかけたのではなかなか人が集まり辛い類の街中の仕事を、ちょこちょこと引き受ける場合すらあったのだ。


 一般の認識から言えば、街の人達の様々な依頼を受け付けているのが冒険者ギルドなのだ。自分達のこうした仕事が、ギルドに目を付けられるのではと恐れたとしても無理は無い。

 だからこそルナルドたちは、例え顧客の大半が冒険者達だとしても、冒険者ギルドの建物には近づかないように心がけていたのだった。



 だが、動揺を隠せないルナルドたちの肩を空かすかのように、この職員は思いもよらなかった話をし始める。


「皆さんの行っている、冒険者達への買い物代行という仕事を、ギルドは非常に高く評価しているのです。貴方達の活躍で、冒険者たちはより楽に、より質の高い買い物を行うことが出来ている。そしてそれが、依頼を受けるに対して、きちんとした事前準備を行うことに繋がっています。王都の冒険者達が近年非常に優秀な損耗度を誇っていることに対し、貴方達の仕事が無関係とは言えないでしょう」


「オレ達の仕事が、目障りじゃなかったのか?」


「むしろ逆です。ギルドは、貴方達にもっと活躍して欲しいと考えています。その証拠に、ギルドの一角に買い物代行の窓口を設置しないかと提案に来たのですよ。冒険者が最も集まる場所は、間違いなく冒険者ギルドです。そこに常設の受付を置くことができれば、皆さんのお客はもっと増えると思いませんか?」


「本当にそんなことが……」


 信じられないと呟くルナルドであった。周囲の少年達も、この仕事でもっとも大変なのは、買い物を頼んでくれる客を探す事だということを、骨身に染みてわかっている。

 だからこそ、今行われた提案に、興奮の色を隠せない様子である。


「もちろん、完全に無料という訳にはいきません。毎月ごとに、一定の施設使用料を納めていただきます。コレはあくまで、ギルドと貴方達との業務提携のお話なのですから。それでも、これまでとは比べ物にならない売り上げが見込めることに変わりはありませんし、開設してしばらくは、ギルドの使用料も控除させてもらう予定です。……どうでしょう、悪くないお話だと思いますが」


「たしかに、聞く限りだとその通りだと思う。もちろん、その使用料がいくらなのかや、毎日の人の流れを見させてもらってからじゃないと返事は出来ないけど、概ね良い話だってのもわかる。むしろこっちからお願いしたいくらいの話だよ」


 ルナルドは頭の中で、これまでの売り上げとかかってきた労力を考え、この提案に前向きに検討することを伝える。

 だがそれでも……どうしても払拭しきれない疑問を、目の前でうっすらと唇の端を持ち上げている女性ギルド職員に対してぶつけた。



「貴方達冒険者ギルドは、みんなの頼まれ事を行うのが仕事なんだろう? それはオレ達と競合しているといっても良いはずだ。それなのに、どうしてわざわざ協力するようなことをするんだ? 自分達でやってもおかしくは無いはずだ」


 それを聞いた彼女は、これまでと少しだけ違う表情を浮かべる。


「ギルドとしては、冒険者はあくまでも魔物退治をして欲しいのですよ。冒険者達には、出来るだけ魔物と戦い続けていただきたい。これはあくまでも個人的見解ですが……それ以外の依頼など、魔物を倒すことが出来ない者たちで処理すれば良いのです」


 まだ冬の足音すら聞こえない暖かな日差しが差し込む、この廃教会の朽ちた礼拝堂にて、それでも少年たちは、自分達の口から白い吐息が漏れ出る幻を見る。

 そして少年達の真ん中に君臨するギルド職員は、最後にこう付け加えて、やはりにっこりと微笑むのであった。


「もしくは……今さら魔物との戦闘経験なんて必要としない、絶対強者達に任せるべきなのですよ」

お読み頂きありがとうございました。

以上で、第三章の終了です。


今章は、今後に向けての伏線張りと、

世界観の説明に費やさせて頂いた章でした。

街中でじみ~に右往左往するだけという、

動きに乏しいお話になってしまったにもかかわらず、

お付き合いいただいて本当にありがたく思います。


次章は、満を持して遺跡に向かう予定です。

あらゆる悪徳が武装する異世界の迷宮。

ここは古の何かが産み落とした、幻想世界の吹き溜まり。

三人の躰に染みついた硝煙の臭いに惹かれて、危険な魔物が集まってくる。

次章「お出かけ」。ギョクが飲む、王都のオレンジジュースは苦い(果肉入り)。

……的な感じのお話になる可能性が微粒子レベルで存在しておりますので、

どうぞお楽しみに。



いつものインターバルを挟みますので、

三章のまとめは、木曜日ごろに投稿致します。

第四章は、現時点では10/15(土曜日)から開始する予定です。

(前作の書籍化作業の推移によっては、一日程度前後するかも)


お気に召しましたら、ブックマーク等いただけると嬉しいです。

皆様の一票に、この作品は支えられております。


もし宜しければ、

ここまでのご意見、ご感想などもいただけると嬉しいです。

今週中にありがたくお返事させて頂きます。




↓↓宜しければこちらもどうぞ↓↓

 ※※短編※※

トイレでアレする花子さん

http://ncode.syosetu.com/n5439dn/


 ※※完結済み※※

つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)

http://ncode.syosetu.com/n2278df/

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