16 「それは いつか思い出す始まりの日」
翌日、一向は四人揃って冒険者ギルドを訪れていた。今回の話を持ちかけてきてくれた例のギルド職員に、一言謝罪を入れに来たのである。例え当初と違う方向に進むとしても、それでも筋は通しておくべきだと考えたのだった。
夕方前のこの時間は、何処の冒険者ギルドもある程度は余裕がある。ちょっと視線をめぐらせれば、人気の少ないカウンターに座り、なにやら書類に目を通している顔見知りの姿を見つけられた。
「――そうですか。入学はしない、と」
イヤミの一つも覚悟してこの場に立った一行だったが、件のギルド職員は、拍子抜けなほどいつも通りの声色を返してきた。
「本当にゴメンなさい。せっかく見学の手配までしてもらったのに……。でも私、成人するまでの間、ずっとみんなのお世話になりっぱなしは我慢できないの。だから冒険者になれるまでの間、少しでもお金を稼ぎながら頑張っていくつもり」
「なるほど、そう決めたのでしたらしょうがありませんね。私には、頑張ってくださいと言うだけしか出来ませんが、応援していますよ。……それにしても、あと五年も遠回りする道を選ぶとは、貴女を含めて随分な決断をいたしましたね」
「遠回りなんてしないよ? どっちみち十六歳になるまで後五年以上待たなきゃならないのは変わらないんだもん。それまでの時間を、できるだけみんなに迷惑かけないようにしたいだけなの」
「そういえば、貴女はまだ十歳でしたね。……ん? おかしいですね。貴女はわざと、冒険者として活動をするまでの期間を後回しにするのではないのですか?」
そう言うと彼女は、スズに向けていた視線をついっと横に滑らす。そしてほぼ同じ高さにある魔法少女の顔を見ると、両眉を寄せながらこう言った。
「ギョクさん? あのオオシロ学園は冒険者ギルドも一枚噛んでいる場所で、在学中の申請が通れば、十六歳未満でも冒険者に準ずる資格を授与される場合があるという話。私、貴女にしましたよね?」
「…………えっ?」
「冒険者でなければ、ギルドは依頼を授与することはありません。ですが準冒険者の資格を持った者ならば、ギルドの常駐依頼に限り依頼に参加させることができます。もちろん、実際の仕事をする時には正式な冒険者と一緒に活動してもらうことになりますが、それでも依頼を受けられることに変わりはありません。この話も、貴女に見せた学園の資料に、確かに書いてあったはずですが」
それは、ここイズクモのギルドが独自に行っている、人材確保の為に掲げられた方策である。どうしても離職率の高い冒険者を補填する為、未成年のうちから囲い込む為の決まりだ。
繰り返すようだが、この世界の冒険者ギルドの存在意義は、魔物と呼ばれる人類の敵を冒険者達に対処させ続けることにこそ存在する。それ以外の頼み事的依頼を引き受けるのは、その手の依頼が大半を締める現状であったとしても、あくまで余剰項目でしかないのだ。
だからこそ、例え高位貴族からの依頼であっても、その成否に気を使わないし、犯罪性の高い依頼を無頓着に仲介したりもする。ギルドの資金源として一定の評価はしているものの、根本的には誰かの頼みごとなどどうでも良い。それが、此処冒険者ギルドが設立した当初からの基本的な精神なのだ。
もちろん、各支部で働いている職員によって意識に差異は存在するし、支部ごとの特色というものもある。けれどギルド全体を俯瞰して見た時には、やっぱり魔物討伐の常駐依頼にこそ力を入れているのである。
そんな魔物討伐をさせ続けるために、一番に必要なのは数であると考えられている。そこそこの力量であれば対処可能な魔物討伐の為に、冒険者達の支援をするつもりなどは更々無いが、それでも絶えず一定数確保しておく必要はある。何せ相手は、未だ根絶させる方法が確立されていない魔物たちなのだから。
一昔前までは、冒険者など放っておいても向こうからやってくる消費資源としか捉えていない冒険者ギルドであったが、微量ではあるもののに右肩下がりになりつつある冒険者の登録数を維持する為、各支部で独自の対処をおこなっている。
そしてここイズクモ支部においては、王命で設立されたオオシロ学園の運営に資金投与をすることで、在学中の生徒を魔物討伐要員として借り出す仕組みを作っているのだった。
当然ながら志願した者以外を無理やり派遣することはできないし、学園側からの強い要望もあり、一定の技量を持っていると学園が認めた人材以外には依頼を受けさせることは出来ない。それでも、まだ未成年の少年少女たちを冒険者という仕事に染めるという点では、一定の成果を挙げている。
冒険者達へのサポートはやらないくせに、それでも人材は集めようとする。しかも、自分達の屋台骨を支えているその他の依頼に関しても、右から左に流すように処理をしていくだけ。
それでも多くの人間の依頼が舞い込んでしまっているが故に、王ですら迂闊に手を触れることを躊躇うほどの情報が蓄積してしまっている組織。
中で働いている職員や、そこを利用している冒険者達。更には異世界の知識を持った人間達ですら正確に把握していない事実ではあるが……この世界の冒険者ギルドという巨大な組織は、明らかに歪んでいる。
そんなギルドの本質には一切触れないまま、ギルド職員の話は進んでいく。
準冒険者の存在とオオシロ学園の奨学金を得るための具体的な方法が語られるに連れ、一同の目はギョクの顔に集まっていった。
そして、普段街中を歩いている時とはとは全く違う意味で、みんなの視線を釘付けにしている魔女っ子冒険者は、可愛らしいお口を半分あけたまま、視線を宙に泳がせている。
「あ~その……えっと、だな?」
「……ギョク?」
「……先輩?」
「スマンッ! ぶっちゃけあの入学説明の書類、ちゃんと読んでなかった! だってなんか細かい字でいっぱいたくさん書いてあって、途中まで読んだだけでもぅなにがなにやら――」
「知るかッ! それでも読むのが保護者の役目であろうが!」
「ゴメンで済んだら民事訴訟は起きないッスよ!」
とたん、二人の仲間に小突き回されるギョク。主に腹の辺りを殴られながら、なおも平謝りを続けていた。顔に拳が飛んでこないのは、人目につくと色々厄介だからという、加害者側の理由である。
とはいえここが、ギルドのカウンター前という公共の場所でなければ、決して小突く程度では終わっていなかっただろう。何せコイツが始めから全ての情報をしっかりと渡していれば、ここ数日みんなが頭を悩ませる必要などなかったのだから。
この急展開に戸惑いを隠せないスズは、助けを求めるようにギルド職員に顔を向けた。ツルギやカガミに話を聞きたくとも、二人とも魔法少女への折檻で手一杯だった。
「えっと……。話が急すぎて良くわかんないんだけど、結局どういうことなの?」
「もしあの学園に入学して、準冒険者になることが出来れば、貴女はそこの三人と一緒に依頼を受けられるようになる、と言う話ですよ。もっとも、お渡しできるのはギルドが出している常駐依頼だけですし、その中でも、日帰りも可能な依頼のみになるとは思います。学園の授業も受けなければなりませんからね」
「えぇっ!? じゃあ、すぐにでも冒険者になれるの? まだ十歳なのに?」
「あくまで『準』冒険者ですよ、スズさん。それに資格を手に入れるには、学園内での試験である程度の成績を残す必要があります。今すぐに、とは行きませんね」
ギルド職員の話によれば、一般教科で平均以上の成績をとることと、魔術か物理戦闘のどちらかの試験で、そこそこの腕前と認められねばならないようだった。
「それと、先ほどお金の話もしていましたね。恐らくはこれもギョクさんは伝え忘れているのだと思いますが、例えば特別クラスに入れるほど優秀であれば、学費は全額無料になるはずですよ? 所謂、特待生という扱いです」
「それって、私がすっごい頑張れば、タダで学園に通えるってこと!?」
「その通りです。もちろん、成績を落とした時点で取り消しになりますから、準冒険者との両立は難しいかもしれませんが……」
ギルド職員が補足を入れている間、スズのピンクの脳細胞はフル回転で計算を行った。
このまま行けば、冒険者になれる成人となるまで、後五年とちょっとの時間を待つ必要がある。
その間ずっと、冒険者として活動を続ける三人を見送り、自分は一人街中で働きながら毎日の生活費くらいは稼げるであろう日々。
方や、もうしばらく三人に養ってもらう必要はあるが、学園には無料で通い続ける生活。そして頑張り次第では、みんなの仕事に大手を振るってついていける日が本来よりずっと早く訪れる。その場合の収入は、街中の賃仕事とは比べ物にならないだろう。
それぞれの未来を思い描き、そこから導き出された答えを、スズは三人に向かって言い放つ。
「みんな、お願いッ。私、出来るだけ早く準冒険者になれるように頑張るから、学園に行かせてください! きっと特別クラスにも入れるように勉強して、できるだけお金がかからないようにするからッ!」
その真剣な瞳を前に首を横に振る者など、この場には一人として存在しなかった。
――そして。
少女の言葉に三人の仲間達が笑顔で頷いたその時。この数日、あちらこちらへと揺らいでいたスズのこれからが、ようやっと確かな未来に向かって固まった。
それは同時に、この場にいる複数の人間の明日が、何処かの少女の未来へと重なった瞬間であり……そしてまた、別の場所にいる少年とは違う軌跡を描く道となる。
それが今、この瞬間に決定したのであった。
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