15 『それは 世の男達に共通の』
「ただいまッ。ごめんなさい、少し遅くなっちゃった」
三人が待っていた部屋のドアを開けると、スズは開口一番そう言って頭を下げた。
「すぐに晩御飯の準備するから、ちょっとだけ待っててね!」
肩に羽織っていた赤銅色のケープを外すと、スズはいそいそと壁のフックに吊り下げていたエプロンと取り替える。本来であれば部屋着に着替えてから作業に移るべきなのだが、これ以上三人を待たせてしまうのが心苦しかったのである。
「あっ、いや……そんなに慌てなくったってかまわねぇぞ? スズも、帰ったばかりで疲れてるだろ」
「ううん、大丈夫だよ。それに、お外で運動してきたツルギさんは、お腹すいちゃってるでしょ? 我慢させちゃったらかわいそうだよ」
努めて平静を装ったギョクが一息入れるように促すも、スズはにっこり笑って食事の準備を始めた。
「オレ様のことならば気にせずとも構わないぞ? ちょっとやそっと待ったからといって、文句を言うほど子どもではないのだからな」
もう一人の保護者であるツルギも、急ぐことは無いと訴えている。確かにツルギは多少なりと体を動かしてきていたのではあるが、どちらかというと、午前中の討伐任務より、午後のごにょごにょの方が体力を使っているのだ。腹の一つや二つ鳴らせたところで一切気にする必要は無いだろう。
だが、先ほどのルナルドとの話で少しばかり高揚してしまっているスズは、それでも、
「そんなこと言って、ぐーぐーお腹なっちゃっても知らないよ?」
と、テキパキと食事の準備を続けるのだった。
そんな少女の様子を、オッサンを宿した美少女たちはさりげな~く窺っていた。はっきり言うとコイツ等は、一体スズが、どんな用事があってあの少年の後を追いかけていったのか気になって仕方がないのである。
だが、ギョクにしてもツルギにしても、面と向かって問いただすような度胸は無い。もしもコイツ等にとって最悪の結果が返ってきてしまえば、それこそどんな顔をして良いのかわからないからだ。ちなみにあの場で即座に追いかけようとしたバカ二人は、カガミの手によって止められていた。
ある日突然この世界に連れてこられ、幾つもの死線を超え、人々の薄暗い陰謀の数々を潜り抜けてきたコイツ等ではあるが、それでもスズに「カレシできたの?」と問いかける勇気は持ち合わせていない。それは、白刃の下を潜り抜けていくソレとは、全く毛色の違う勇気なのである。
不甲斐ないオッサン達は、決定的な一言を口にする役割を、目と表情だけで押し付けあっている。一見すると美少女二人の微笑ましいにらめっこに見えなくもないが、要は醜いガンの飛ばしあいをしているのであった。決定的なまでに、チンピラ気質の抜けない二人である。
だが、そんな言語以下のやり取りなど意にも介さぬ存在が、此処には一人だけ存在している。
「で、スズちゃん。あの男の子とは、いったいなんの話があったんスか?」
事も無げに言い放ったカガミに対し、ギョクとツルギは思わずハッと振り返った。二人のその目は、まるで宇宙人でも見たような色を宿している。
「コ、コイツ……俺達が出来ないことを平然とやってのけやがった……」
「なんともいともたやすく……えげつない行為を……」
「へたれッスねぇ。気になるなら、さっさと聞けば良いじゃ無いッスか」
「それができれば苦労はしておらんのだッ!」
「大体、もし『私、彼の事が気になっちゃったの。アナタには悪いけど、私は真実のアイに生きるわ』とか言われたらどうすんだ!」
「恐ろしい……。もしそんな事を言われてしまった日には、オレ様も殺意の波的なアレに目覚めてしまうやもしれん」
「真性のバカッスか。スズちゃんだってお年頃なんすから、気になる男の子の一人くらい居たっておかしくないでしょよ。みんな、そうやって大人になってくんスから」
「ザッケンナッ! テメェのやりチンな世界観でモノゴト語ってんじゃねぇッ。テキトーこいってっと仕舞いにゃスッゾコラ!?」
仲間二人が見せる余りにも醜い現実逃避に、思わず額を押さえるカガミであった。
一方、そんな三人の保護者達の姿ですら『いつもながらに不思議だなぁ』くらいにしか感想を抱いていないスズは、ゴマ粒程度にも気にせず夕食の準備を続けている。
ちなみに今夜のメニューは、昨日買い置きしていた露天の煮込み。コイツ等には珍しく、肉より野菜がベースの料理である。これにチーズを入れて暖めなおし、黒パンと一緒にいただこうというのが本日の献立だ。
スズは厚手のミトンを嵌めた手で、小ぶりの鍋を、部屋の一角に設置された暖房器具の上に置いている。
一部分だけ金属で作られたその器具の正体は、宿の一階に設置された暖炉へと続く排気管。基本的には熱を通しにくい素材で作られた排気管だが、随所に金属が使われていた。暖炉で生まれた排気を通すこの管を、壁沿いに這わせながら外へ流すことで、客室のほとんどを温める仕掛けとなっているのであった。
水を湯に変える事すら叶わない暖房器具ではあるが、ちょっとした暖めなおし程度ならばこれで充分なのだ。なにより、既に日も傾き始めたこの時間、酔客でにぎわう一階の広場に行かずにすむというのが大きい。
鍋にお玉を突っ込んでゆっくりとかき混ぜていたスズであるが、塊だったチーズがゆっくりと輪郭を失ったところで、満足げにひとつ頷く。そしてようやっとひと段落が着いたのか、三人の方に顔を向けた。
「えっと……ゴメンなさい。ちょっと聞き逃しちゃってたんだけど、さっき私に何か言った?」
「いや、何にも言ってねぇ――」
「何の話をしてきたのかなって事ッスよ。先輩達二人とも、気が気じゃないみたいなんで」
往生際悪く誤魔化そうとするギョクを遮り、カガミはにこやかにそう訊ねた。そしてスズも、同じく笑顔を返すのだった。
「あっ、そういえば詳しく言ってなかったね。私、あの人達がやってるお仕事について、もう少し詳しく教えてもらうお願いをしてきたんだ」
「へぇ……そりゃまたどうして。まさか、スズちゃんも小間使いの仕事をやりたくなったんスか?」
「そこまでは考えてないよ。でもあの人たち見てたら、私も何か自分でできる仕事があるんじゃないかなって思ったの。だからもっと詳しく教えてもらって、参考にしたいんだよ」
「ってことは……学園に行くのはイヤか?」
ようやく話の方向が想像していたモノと違う事に気付いたギョクが口を挟む。その口ぶりからは、やはり、という感情が透けていた。
そんなギョクの言葉に、スズは少しだけ申し訳無さそうに答える。
「今日色々見てきて、楽しそうだなって思ったのはホントだよ? 色んなことを教えてもらえるのは嬉しいし、先生も面白かった。今日は見られなかったけど、学園でやってる戦闘訓練とかにも興味あるもん。……でもよくよく考えてみたら、読み書きも計算も、みんなに教えてもらうので充分なんじゃないかなぁって」
「そういや……そうッスね。ぶっちゃけあそこでやる内容くらいなら、オレでも充分教えられるッス」
「格闘戦闘はオレ様が教えられるし、魔術に関してもギョクがいる。……確かに、そう言ってしまえば不要だな」
「俺達で教えてやれないのは、この世界の歴史くらいのもんか。ってもこのご時勢じゃ、歴史の授業なんざ、どこまでしっかりやるかわかったもんじゃねぇしなぁ」
改めて考えてみると、学園に通う理由がほとんどないことに気が付いた一行であった。単なる固定観念から『子どもは学校に通うもの』と考えてしまっていたのだが、生活に必要な知識のみならば、自分達だけで家庭教師たりえるのである。
「だからやっぱり私は、何かお仕事を探すことにするよ。少しでもお金を稼いで、それ以外はおうちで勉強をする。それを、冒険者になれるまで続けようと思う。わざわざお金を払って、学園に通う必要なんてないよ」
それ故、スズが改めて口にした宣言を聞いた三人の保護者たちは、大きく頷いては納得したのである。
家風を守るため、家庭教師を招いて教育を行う貴族に習うわけではないのだが、何処の誰とも知れない教師達にスズを任せるくらいならば、自分達で直接教え込んだほうが安心できるというのも確かな事実なのだ。
自分達が冒険者としての依頼を受けている間は一人で街に残すことになってしまうが、安全な地区に自宅を用意し移り住んでしまえば、そこまで心配することも無いだろう。
「ま、そうと決めちまったんならしょうがねぇよ。今までどおり俺達が色々教えてやるさ」
「っても、これまで勉強を見てたのは、ほとんどオレッスけどね」
「俺は魔術担当だから良いんだよ。……近いうち、スズの魔道具も見繕ってやんねぇといけねぇな」
「オレ様は物理戦闘担当であるからな。スズ、これまでどおり、オレ様と共に美しい筋肉を目指そうではないか!」
などと、口々にこれからの予定を語る美少女三人組なのであった。
お読み頂きありがとうございました。
次で今章はおしまい。
その後、エピローグとまとめを更新して、
また二・三日お休みをいただく予定です。
あとがきに関して、思った以上のご反応を頂きありがとうございます。
概ね、残しといて欲しいというお声が多かったように思います。
とりあえずは、このまま残せていただくことにいたしました。
ご意見頂いた方々に、この場を借りて御礼申し上げさせていただきます。
ちなみに感想のお返事ですが、
お休み中に纏めて返させていただきます。
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