13 『それは 強く逞しい者たち』
「改めて自己紹介させていただきます。オレはルナルド。この街で、猫の手団っていう小間使いのしてる連中のボスをやってるんです。みなさんはこの街に来たばかりだって言うし……まだ色々と詳しくないでしょうから、ぜひお手伝いさせてもらえないかと思いました」
ルナルドと名乗った少年は、実に折り目正しい挨拶を言ってのける。その堂々とした様子は、日頃から年上の者たちの前で話すことに慣れている者のそれであった。
「小間使いかぁ……。なるほどな、だからスズが、テメェらのシマを荒らしてる新参じゃねぇかと疑ったわけか。確かにコイツにゃ、俺達の代わりに色々買い物任せてたからな」
「そういうことでした。改めてすいません。なんか、一方的に勘違いしちゃって」
ぺこぺこと頭を下げるルナルドであったが、スズはいまいち理解が届いていない。隣にいたツルギの裾を引っ張っては、不思議そうな顔を浮かべていた。
「ねぇ、ツルギさん。小間使いってなんなの?」
「ぬっ? スズは知らなんだったか。そういえば、前にいたヤーアトでは見かけなかった気もするな。あの街もそこそこに大きかったのだから、あっても不思議ではなかったのだが……。まぁ良い、小間使いとはな、オレ様たちのような冒険者や街を行き来する旅人の代わりに、買い物を代行する仕事のことだ」
「私がいつも、みんなの代わりにお買い物に行ったりするみたいなこと? ……それって、お仕事になるの?」
スズは首をかしげながら言葉を続ける。確かに、ちょっとした買い物を誰かにやってもらえるのならば便利ではあろうが、わざわざ金を払ってまで行う者がそんなにいるとは思えない。それで商売が成り立つとは考えられなかった。
だが、そんな素朴な疑問を口にするスズを、ルナルドを含めた四人は微笑ましいものを見るような目で見ていた。
「そうね。単なるお使い程度ならば、わざわざお金を払って人を雇うものはそこまでいないわ。でも、彼らの仕事はそんな単純なものじゃないのよ。……ねぇ、ルナルド君だったわよね。よければ、この子に貴方達の仕事がどんなものなのか教えてあげてくれないかしら」
そしてカガミは、ルナルド少年の手をそっと両手で握りながらそう言った。
「えと……。流石に詳しく話すのは、オレ達の飯のタネでもあるんでダメですけど。簡単な概要の話でも良いですか?」
ルナルドは、神殿乙女の真っ白な指に包まれた自分の手にチラチラと視線を落としながら、美人なお姉さんキャラをフル活用しているカガミに向かって答える。
とはいえこれは、純朴な少年が年上の色香で良い様に操られている姿ではない。カガミによって包まれたルナルドの手の中には、しっかりと銅貨が握りこまされていたのである。これだけあれば、二、三日は晩飯の心配をしなくて済む。話の代金としてはいささか多すぎる金額の為に、思わず目線をやってしまっただけの話であった。
まぁ、一方のカガミは、自分の容姿がどのように働くかを充分に理解しているので、あわよくば代金以上の情報を引き出してやろうくらいは考えているのであるが。
「それじゃ簡単にだけど……。お前、スズだっけか。お前も皆さんと一緒に、ちょっと前にこの街に来たばっかりなんだろ。この間お前が買い物をしてるところを見かけたけど、アレじゃぜんぜんダメだぞ?」
「えっ? 私、何か間違ってたのかな?」
「お前のやってたのは、単に必要なものを見つけた端から買っていってるだけだ。俺達がやる買い物ってのは、それとは全然違うんだよ」
ルナルドは、自分達の仕事と、その必要性について語る。
この王都では、例えば獣肉を扱う店舗だけで数十の店が存在する。そこには貴族の為に念入りに育てられた肉を裁く高級店や、そもそも何の獣であるのかすら定かでは無い怪しげな店まで、貴賎入り混じるさまざまな店舗があるのだ。
そしてそんな多種多様な業種の店舗に対し、彼ら小間使いの少年たちは常日頃から入念に情報を集め、そして共有している。
その結果、自分達に買い物を代行させる者たちが求める商品を、より安く仕入れることが出来るのである。
「お前がこの間、市場通りに入って六軒目の露天で買ってたハクライ草。あれはあの日なら、もう十軒行った先の八百屋で買ったほうがズイモ銭貨で五枚は安く済んだはずだ」
「えっ? そんなに違うの?」
「それどころじゃない。あの日のお前の買い物全部まとめれば、オレ達なら銅貨四枚は安く買ってこれたはずだ」
銅貨が四枚もあれば、自分一人なら十日は食べていける。思っていた以上に大きな金額が出てきたことに、スズは驚きを隠せなかった。
「それにな? 例え同じ値段だったとしても、売ってる物の質は毎日変わるんだ。同じ店でも、前の日とは比べ物にならないくらい悪くなった物を売りさばいてることもあるし、その逆だってもちろんある。オレ達はその辺を毎日調べて、より良い物を買えるようにしてるんだよ」
「そっか……。毎回おんなじトコで買っちゃってたけど、それだけじゃダメだったんだ……」
技術の発達していない世界だからこそ、店頭に並ぶ品物の質は、時と場所によって驚くほどに変わる。流通に大きく左右される生鮮食品の類はもちろんのこと、手工業製の日用品を扱う店も、毎日同じような品を並べているとは限らないのである。
だが、海千山千の商人たちは、それでも安定した値段で提供する為の手段を、それこそ星の数ほど持っている。グレードの落ちる品であっても、いつものそれと変わらぬように見せかける知識と技術があるのである。
だから普通に買い物をしている限りでは、そんな商品の質の揺らぎを見極めることは中々難しく、店側の良いように買わされてしまうことがままあるのだった。
数多の知恵でしのぎを削る商人たちの戦場の中で、果たしてどの店が、今日一番の品を一番安く店頭に並べているのかを知る。それは十数人の子ども達による入念な調査と、情報の共有によって初めて行える技である。そんな子ども達を纏め上げているルナルドの手腕は、年齢以上に相当のものであった。
「オレ達は、頼んでくれたお客さんに絶対に損をさせない代わりに、毎回きっちりお代を頂戴してるんだよ。そんじょそこらの子どもが、母親のおつかいを頼まれてるのとは訳が違うさ」
「貴方たちは、そうやって自分達で稼いで生活をしているんだね……。本当に、凄い事だよ」
「オレ達の仲間は、親に捨てられたり、親が早くに死んじまったヤツラばっかりだからな。子ども一人じゃできることもたかが知れてるが、十数人って集まればそれなりの力になるんだ。オレはそんなヤツラを纏めて、この街で食っていけるように仕切ってる。まぁ、みんなに助けられてってところが大きいけどな」
「小間使いがしっかり機能してる街じゃ、店の連中もそいつ等に変な所を見せないようにってしっかり商売をする。コイツ等にどうしようもねぇ店だって判断されたら、他の客にまで逃げられちまうからな。お前さん達が十人以上を食わしていけるだけ稼げてるって言うなら、ある程度以上は認められてんじゃねぇのか?」
ギョクの言葉に、まだまだですけどね、と頭を掻くルナルドであった。先ほどカガミに手を握られた時には平然としていたにもかかわらず、魔法少女からの褒め言葉には頬を朱色に染めていた。
ひとしきり自分達の仕事について説明を終えたルナルドは、
「まぁそんなわけで、オレ達はそういう商売をやってるんだ。……皆さんには使ってもらえそうにないですけど、もしこの街で買い物に困ったことがあったらいつでも声をかけてください。格安で相談に乗りますよ」
最後にこう締めて去っていくのであった。しっかりとした足取りで街中を行く少年の背中からは、自分の力だけで生きている者の力強さが感じられた。
「なんつうか、大したモンだよな。逞しいっていうか、したたかって言うか」
「オレ達があの位の頃は、毎日遊びほうけてたッスからねぇ」
「まぁ、文字通りの意味で世界が違うのだ。オレ様たちと比べても仕方があるまいよ。人それぞれ、与えられた環境で生きてゆくしかないのだからな。とはいえ、あの少年が大したものだということに変わりは無いが」
元の一文字が付くとはいえ、中身は立派な三十台の男達である。自分よりもはるかに年下の少年が見せた人としての大きさに、それぞれの言葉で賞賛を示す。
それはともすれば、若干の羨望すら混ざった呟きだったかもしれない。コイツ等の精神は、未だ若者の成長を純粋に喜べるような年齢には達していない。
「ところで……オレ達がスズちゃんの予定に付き合ってたってのに、一人でこんなトコに来てた説明がまだッスよ? ツルギ先輩」
「そういやそうだな。オウコラ、ツルギ。おめぇ、まさか仕事と偽って一日遊びほうけてたんじゃねぇよな」
「何を言う。キッチリ一仕事終えてきたわ! 嘘だと思うなら、ギルドで確認して来ればよかろう。オレ様、ちゃあんと討伐依頼を片付けてきたのだぞ」
「そりゃ感心ッスね。んで、標的は何だったんスか? この街の常駐依頼って事は、遺跡の豚モドキあたりッスか?」
「流石に日帰りで遺跡は厳しかろうよ。肩鳴らしついでだったからな、マガハラ草原に出る犬っぽいヤツラを狩って来た。おり良くすぐに群れと遭遇してな、あっという間に片付けてきてやったわ」
ガッハハと笑うツルギであるが、ギョクはそんな騎士少女の腰にがっしりと腕を廻す。
「ほほぅ。マガハラ平原って言やぁ、こっから一時間くらい進めば着く場所だ。しかも、マトはすぐに見つかったってか」
逆側に立ったカガミも、ツルギの肩にやんわりと手を伸ばす。二人のたおやかな少女の腕には、見た目以上の力が込められていた。
「捜索に一時間、戦闘で一時間取ったとしても、往復あわせて四時間ッスね。あれあれ~、確かツルギ先輩が出発したのは朝っぱらでしたよねぇ。おかしいぞぅ、どう聞いても午後の時間がまるっと空いてるように聞こえるッスよ~?」
「あ、いや……それはだな。本日の勝利を祝おうと、ちょっとした祝賀会をだな……」
「結局、午後一杯遊びほうけてたって事じゃねぇかッ!」
未だ人通りがないのを良い事に、二人がかりでツルギを小突き回すギョクとカガミであった。色々と胸によぎったナニガシかを吹き飛ばす為ではあろうが、良い大人が天下の往来で何をやっているのだか。日々を懸命に生きているルナルド少年のツメの垢でも煎じて飲ませるべきであろう。
そんななんとも情けない保護者達を他所に、スズは先ほどから、深刻な顔つきで考え込んでいた。そして、何かを決心したような強い光を灯した瞳で、三人に向かって叫ぶのだった。
「ゴメンなさい。みんな、先に宿に戻ってて。私、さっきの人にもう一度会ってくる!」
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