04 『それは なんともきな臭い話』
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明くる日の昼過ぎ。冒険者ギルドを訪れた三人は、そのまま奥の小部屋へと通された。
一般的な依頼の受領を行う入り口正面のカウンターではなく、事前に依頼人との顔合わせが必要な場合などに使われる個室である。
防音の処理が施された室内には、質素なわりに手入れの行き届いた調度が据え置かれており、貴族を相手取った密議においても一歩も引くところのない、ギルドの偉容を表しているかのようであった。
そんな冒険者ギルドの本質を示しているかのような応接室の中に居ても、三人は欠片も緊張せずにくつろいでいる。
どんな場所で誰を前にしていても威風堂々と背筋を伸ばす姫騎士然としたツルギや、余所行きのお上品な美女の微笑を張り付かせたカガミはさておき。いつもと変わらずふてぶてしくソファーに腰掛けているギョクは、自分自身の外見に対して他者が向けるであろうイメージというものを完全に無視しきった態度である。
だが、世間とは上手くしたもので、ギョクのこのような傍若無人な言動すら「ちょっぴり背伸びをしたナマイキさん」程度にしか捉えられていなかった。それどころか、愛らしい顔を歪にゆがめたこの少女に罵倒されることにこそ、ある種の幸福を感じているツワモノまで居る次第である。なんとも深い業を背負っているものだ。
まぁ、ギョクのそのような態度に眉をしかめる、常識と良識を兼ね備えた人物も居ないではないのだが、街でこの者たちを知る者の中では、やはり極一部であることは否めなかった。
そんな少数派の一人である、三人には顔見知りの女性ギルド職員がこの部屋に入ってきたのは、堪え性に乏しいツルギが、そろそろじっと座っているだけに耐えられなくなってきた頃のことだった。
つまり、時間で言うと五~六分後である。もうちょっと何とかなれよ。
「――今回みなさんにお願いしたいのは、いわゆる護送です」
キッチリとした趣意の、ギルドの制服に身を包んだ二十代後半の女性職員は、手にした書類を並べながらそう告げた。
「護送……ねぇ」
彼女が訪れるまで、実にフリーダムに部屋のヌシを気取っていたギョクであったが、この目元のキツイ女性職員の前では、妙に尻のすわりが悪そうに答えていた。
ありていにいって、堅物を絵にかいたようなこの女性が苦手なのである。相手が風紀委員タイプならしょうがないのだ、根っこがチンピラなのだから。
「はい、護送です。要人と行動を共にし、目的の場所まで安全確実に身辺を警護する。それが、貴女方三人に依頼したい内容です」
「概要は承知しております。受けるかどうかはさておき、今の時点でお話いただける内容をお聞かせ願えませんでしょうか?」
ふわりと春風が吹くような声で返したのは、餌の要らないタイプの猫をダース単位で被ったカガミである。他二人とは違い、己を偽ることに何一つ抵抗を感じないカガミは、人前に出た時には躊躇いなく女性らしい言動を取る。
ちなみにツルギはというと、ソファーの一角で両腕を組んだ姿勢のまま、あさっての方向に視線をやっていた。迫力のある美人ギルド職員を、ギョクとは別ベクトルで苦手としているのであった。
そんな若干名の挙動不審者を意にも介さず、女性職員は書類に指をなぞりながら話しはじめた。
「護送対象はとある貴族の娘、依頼主はその親族です。さる事情から、今日まで消息のわからなかった娘を親族側が発見、そして自分達の元に呼び寄せることを望みました。ですが、それまで街中で生きていた娘に、街道の旅など危険が多すぎる。自分達で迎えを出すことも出来ず、我が冒険者ギルドへ護衛の依頼を出した……以上です」
「ではこちらの仕事としては、そのお嬢様の現在地から親族様の住む街までの安全を確保する、ということで宜しいのでしょうか?」
「娘の現在地は、ここヤーアトです。そして目的地はアウーシマの街。貴女方の足ならば、護衛対象を連れながらでも十日とかからない距離でしょう」
「開始地点がこの街ならば、拘束されるのは往復で二十日程度ですわね。ちなみに報酬は?」
さらりと拘束時間を倍に伸ばすカガミ。実際、帰りの旅程は自分達の好きにできるのだが、それでも帰るまでを仕事に含めることで、報酬交渉を優位に進めようというハラであろう。地味にあくどい。
だが、虫も殺さぬ顔をして阿漕なマネを行う相手にも眉一つ動かさず、ギルド職員は報酬金額を提示する。
「前金で金貨五枚。ミースミ金貨などではなく、ズイモ聖王金貨で五枚です。さらに恙無く終了すれば追加で五枚。もちろん、三人まとめてでこの金額です」
「成功すればズイモ金貨で十枚? そりゃ随分豪快だな、依頼主はよっぽどのお大尽か?」
やり取りを聞いていたギョクが、形の良い眉を寄せつつも口笛を吹く。この世界の金銭感覚で言えば、贅沢をしなければ一家族が優に一年以上暮らしていける金額である。
十日そこらの労働としては法外な報酬に、思わず顔色を変えてしまうのも無理はなかった。
「依頼人については、当然ながら詳しく申し上げることは出来ません。規定ですので。
……ですが、私たちは貴女方がこの依頼に最適だと思っています。もう少しだけ情報を渡しましょう」
「そもそもこの娘は、依頼人である男性の父親が残した私生児なのです。父親にも秘密にされ、母親の女手一つで生まれ育った娘は、当然認知される事もなく、長くその存在が知られてすら居ませんでした。
ですが、それなりの身分にあった父親が老衰し、その遺産の詳しい調査を行っている最中、一夜の情事を結んだこのメイドが、十年前にこっそりと子どもを生んでいたことが明らかになったのです」
「なんともありがちな話だなぁ。……って、オィ。今、老衰って言ったか? そんで、娘が生まれたのが十年前?」
「えぇ、十年前。つまり護送対象は十歳の少女ということです。主の屋敷を出奔した元メイドは旅先で娘を出産。その後、親子で各地を点々としていたようですが、数年前に母親を亡くしてからは、この街の浮浪孤児に混ざって生活をしていたらしいですね」
「浮浪孤児、ですか……。正直、良くぞ今まで生きながらえたと言うべきですわね。嘆かわしいことです」
「いやいやソイツはどうでも良い。それよか、十歳の娘を持つ男が老衰って……一体いくつの時の子どもだよ?」
「没年齢は八十七歳ということですから……七十七歳の時の子ども、ということですね」
「マジかぁ……。いや、マジかぁ……」
ぺらぺらと資料をめくりながら答える女性職員に、ギョクは呆れたような感心したような呟きを洩らす。
この世界の平均寿命は六十歳前後、富裕層でも七十を過ぎればそろそろ棺オケの準備を始めるのが普通である。
九十歳近くまで生きたというだけでも驚きなのに、その上そんな年の子どもが居るというのは、それこそ酒の席の笑い話で出たとしてもおかしくないレベルのゴシップであった。
坦々と話を続けていた職員も、ギョクの示した驚きにより、改めて今は亡き男の成した偉業に気づいたようである。すました表情はそのままだが、微妙にその頬を染めていた。
「ギョク先輩。そちらの方こそどうでも良い話ですよ? そんな事よりも大事な、聞かねばならぬことがありますわ」
余所行きモードのカガミは、大好物であるはずのシモい話をスルーして続きを口にする。
「それだけご高齢の方が亡くなったという事は、残された家族もそれなりの数いらっしゃるのではございませんか? そう……例えば、そのお嬢様を迎え入れる依頼主とは別に、ご兄弟やご子息などが」
「そうですね。詳しくは申し上げられませんが、そういった立場に当たる方を、私ども冒険者ギルドでも若干名存じて居ます」
あくまでも丁寧に訊ねるカガミに対し、職員は少しだけ抑揚を付けた返事を返す。
それを口にした者、聞いた者。この部屋の全員に、わずかばかりの緊張が走った。ちなみにだがこの『全員』に、先ほどから一切口をきかず、天井の隅を凝視するだけのツルギは除かれる。
鼓動の音が三つほど続くだけの時間を空けて、なおも柔らかな笑みを保ったカガミが、隣に座るギョクに視線をやりながら口を開いた。
「なるほど、存在は知っている、と。……どういたします?」
「そこまで聞けりゃあ、充分考慮に値すらぁな。ところでねぇちゃん、さっきアンタは俺達がこの依頼に最適だと言ったが、こんなクソ美味しい話をわざわざ振ってくれるってのはどういう了見だ?」
「相手が十歳の少女ですので、女性冒険者の方が良いという点が一点。そして何より、向こうの提示した条件が、中級以下の冒険者を三人までの編成で、ということでした。身内のことゆえ、あまり目立つ行動は避けたいとの希望です。
これらの条件に合致し、現在この町を拠点にしている冒険者で最も適当なのがアナタ方だったというだけです」
「……それだけかい?」
「それだけです。……今もギルドの天秤は、いつもどおりの均衡を保っておりますので」
そう最後に付け加えた職員は、ここにきて初めて、一筆でなぞられた様な口元を少しだけ緩ませた。
そしてギョクとカガミも、美しく整ったその顔を、それぞれの仕草でにんまりと歪ませるのだった。