12 『それは 早とちりとか早合点とか』
時は少しだけ戻る。
三人は既に、王都イズクモの中心街近くに戻ってきていた。一行が部屋を取っている宿は、此処から更に半刻ほど進んだ場所にある。
もうしばらくすれば夕方の買い物客で賑わうであろう中央道を避けて、三人は、人通りの少ない裏通りをのんびりと歩いていた。
その人物を最初に見つけたのは、意外なことにスズであった。保護者二人の不甲斐なさを責めるべき場面であろうが、メインの大通りからちょっとだけ離れた通りというモノに、果たしてどのような店が並んでいるのかを考えれば納得もいくというものだ。
けばけばしい色使いの看板や、布地の少ない衣装に身を包んだお姉さん方がそこかしこに並んでいる道を進んでいるのだ。ついつい余所見をしてしまっているのも、どこまでいっても中年男なコイツ等の精神を考えればしょうがない……はずがあるまい。
いくら人通りの少ない道を進む為とはいえ、子連れで色町通りを進むなど、良識のある大人ならば圧倒的にありえないだろう。この辺りの常識のズレこそが、家庭を持つ事無く年を重ねてしまったコイツ等の、一番ダメな部分と言えるのかもしれなかった。
まぁ幸い、スズはこれまでの生活環境から、街の日の当たらない部分に対しても耐性があったため、そこまで気にしてはいないのであるが。
なんにせよ、酔客の一人も見当たらない歓楽街を三人は進んでいた。そして通りの向こうに、誰かと立ち話をしている、鎧姿の戦乙女の姿を見つけたのであった。
「あっ! ツルギさん。どうしたの、こんなところで」
「おぉ、スズでは無いか。おぬしこそこんなところで何を……っと、二人も一緒だったか」
躊躇なく声をかけたスズに、ツルギはいつもの快活な返事と共に大きく手を振り返す。
だが、そんな二人を見つめるギョクとカガミの二人は、恐ろしく深刻な表情を浮かべていた。まるで信じられないものを見ているかのようなその視線の訳は、今現在もツルギの隣に立っている人物にあった。
ここは、言うまでもなく色街である。金銭を対価に、一夜の夢を見せる嬢様たちが待つ夢空間だ。そんな場所にツルギが立っていて、しかも誰かと話をしているというだけならば不自然でもなんでもない。むしろ、ツルギの基本的習性の一つといえる。
だがこの場所は同時に、ベクトルは違えど同じような仕事に従事する、ある種の男達が店を構える空間でもあった。世の女性達に金を貰って多種多様なサーヴィスを行う男娼たちも、この場所でしのぎを削っているのである。
そして今、ツルギの隣に立っている年の頃十代前半と思しき人物は、性別的に男と呼ばれる生物に他ならない。ボーイッシュな女の子という可能性は、この世界に来て強化された視力によって判別された、喉仏の膨らみによって否定されている。
いや、確かに肉体的性別で言えば、今のツルギが男娼を侍らしたとしてもなんら不思議ではない。というか、コイツ等の見目麗しい外見で言ってしまえば、男の一ダースも引き連れて街を歩いたとしても、何一つ違和感は生じないのである。
だがそれでも。ギョクとカガミは、十年来の友人がよもや男に走ってしまったのかと考えただけで、ドでかいハンマーで頭を殴られたような衝撃を感じてしまったのであった。
「ツ……ツルギ……。お前、とうとうそっちにまで手を伸ばしたのか……」
「しかもショタって……。先輩、どんだけ重い十字架背負うつもりなんスか……」
ギョクとカガミは、知らず震えてしまっている自分の体を押さえながら、やっとの思いでこんな言葉をひねり出したのである。
だが、自分の仲間たちが何を言っているのか一瞬以下で理解したツルギは、まさに鬼のような形相となって二人に詰め寄った。
「待てぃキサマ等ッ! その発言は二重三重にもオレ様を愚弄しているッ。オレ様は、まごう事なき女好きだッ!!」
そうして、幸いにもいまだ人気の少ない歓楽街に、そんな何一つ自慢にならない怒声が響いたのであった。
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「んだよ。びっくりさせてんじゃねぇよ、紛らわしい」
「勝手に人様のことを誤解しておいて、その言い草はどうかと思うぞ。……とにかく、オレ様は単に、この少年に営業をかけられていただけなのだ。断じて男色に走ろうとしていたのでは無いわッ」
しばし後。ひとしきりぎゃいぎゃいと騒いだ三人の元中年現美少女とその被保護者は、騒ぎの原因となってしまった哀れな少年を引き連れて、歓楽街の外れへと移動していた。この少年には何一つ悪いところの存在しない騒ぎではあったのだが、それでも無駄に衆目を集めてしまったことを考慮し、一緒にこの場まで着れて来たのであった。
「それはそうと、営業……ですか? ツルギ先輩。こんな場所でかけられる営業というのは、そういうお店への客引きくらいしか思い当たらないのですが……」
先ほどは、余りの衝撃にいつもの下っ端口調が出てしまっていたカガミも、今ではキッチリと余所行きの猫を被りなおしている。今のカガミの言動は、どこからどう見ても敬虔な修道女のそれである。
「いや違うぞ? コイツはポン引きの類ではなくてだな。その、買い物の話をしてきたのだ」
「買い物? 何か売りつけに来たのか?」
「いやいや。買うのは確かにオレ様達なのだが、物を売るのはコイツではなくてだな……」
「あぁもぅ、埒があかねぇ。おい少年、何か俺達に買ってほしいのか? 生憎押し売りなら間に合ってんぞ?」
いつもの要領を得ないツルギの説明に痺れを切らしたギョクの台詞で、みなの視線が少年に集まる。
これほどの美少女たちに囲まれるという、何も知らないものからすれば垂涎モノの境遇にいる少年であったが、ツギハギだらけのボロボロな服をパタパタと払ってはいても、不思議と舞い上がったりといった様子は見られなかった。それどころか、どこか険しい表情をしているようにも見受けられる。
(……なんだ? ツルギ相手に詐欺でもするつもりで、それがバレタとでも思ってんのか?)
少年の様子に、思わずそんなことを考えてしまったギョクである。
だが、場末の古着屋ですら値をつけることは無いであろう彼の服装は、それでも何処かしら清潔感が感じられ、身だしなみに気を払っていることが窺わせられた。恐らくは貧困層の暮らしぶりなのだろうが、非合法な世界に身を染めている者たちに特有のすえた空気は感じられない。
「あの……その前に一つお聞きしたいんですけど」
そして、ただ一人張り詰めた空気をまとっている少年が一行に向かって口を開く。そこらの無教養な男の子とは思えない礼儀正しい言葉遣いが出てきたことに、ギョクたち三人はちょっとした驚きを感じた。
「皆さんは、最近この街に移ってきたばかりだって聞きました。それで……ソイツとは、どういう関係なんでしょうか?」
少年の視線の先には、三人の陰に隠れるようについて来ていたスズの姿があった。年上の男の子からの鋭い視線に射抜かれたスズは、思わずビクッと体を震わせる。
「どんな関係ってお前……。ってか、なんでそんなこと赤の他人のお前に言わなきゃなんねぇんだよ」
「大事なことなんです。もしソイツに買い物任せてるんなら、横取りするわけにはいかないですから。……例え、相手がこっちに筋を通してこない奴だったとしても、オレ達にも仁義ってもんがあります」
「えっと……それって、もしかして私のことを言ってるの? 私、なにか貴方たちを困らせるようなことをしちゃったの?」
チラチラと自分を見ながら話をする少年に、スズはおずおずとした態度で尋ねた。だが少年は、そんな自分より年下の少女に向かって、なおも硬い言葉を投げかける。
「しらばっくれなくても良い。俺達は、お前がここ数日の間、何度も買い物に走ってるところを確認してるんだ。とはいえ、別に俺達のシマを荒らすなって言ってるわけじゃない。お前がこの街で仕事をする分には文句はないんだ。……ただまぁ、新参なら一言ぐらい挨拶があっても良いだろうとは思ってるけどな」
「……あのよ。なんか勘違いしてるみてぇだが、スズは別に、俺達から頼まれて買い物してるわけじゃねぇぞ? あぁいや、確かに色々頼まれては貰ってるが、お前の考えてるようなヤツじゃね。俺達は、スズの保護者みてぇなモンだからな」
「えっ? でもその子って、皆さんのうち誰かの姉妹とかじゃないですよね。顔もぜんぜん似てませんし。それなのに、みなさんが保護者なんですか?」
「別に、血が繋がっていなければ共に暮らしてはならないという決まりもないでしょう? 私たちとスズちゃんとはちょっとした縁があってね。今は生活を共にしているのよ」
「一緒に暮らしているのだから、買い物を任せたとしてもおかしくは無かろう? まぁあれだ、子どもにおつかいを頼んでいるようなものだ」
まったく心当たりのないまま責められたスズを庇うように、元中年たちは口々に、自分達とスズとの関係を口にする。そんな美少女三人の言葉にしばし呆然としていた少年は、少しだけ何かを考え、やがて納得するように大きく頷いた。
そして改めて、一行に向かって頭を下げるのだった。
「……スイマセン。なんか、勝手に早とちりしていたみたいでした」
その素直な態度は賞賛すべきだと思うのだが、誰にも聞かれぬほど小さく洩らしたした、
(だよな……。女の人だとしても、趣味は色々あるんだよな……)
という台詞はいかがかと思う。
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『オネショタの王道は経験豊富でゆるふわな感じのおねえさんが無垢な少年を色んな感じで手ほどきするところにあるのであってツルギみたいなマッスル系漢女が相手ってのはなんか違うんじゃねぇのかオラァン!? いやでも考えてみれば色事に長けた姫騎士と貧民街の少年ってのもそれはそれで美味しくいただけちゃったりするシュチュエーションかもしれないから今回に関しては不問に帰す!』
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※※短編※※
トイレでアレする花子さん
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