10 『それは 魔法少女達の競演』
「アメノッ! ワタクシの杖をお出しなさい!」
テスラのその指示で、斜め後ろに控えていたアメノは、何処からか取り出した一本の魔導具を差しだす。両の手でうやうやしく捧げられたそれをむんずと掴んだテスラは、自慢の魔法杖を天に向かって突き上げた。
「ごらんあそばせッ。この、天下の名品がお目に入りますかッ?」
テスラの手にした魔導具は、タイプとしては一般的な杖タイプの魔導具である。だが、この学園が生徒の実習用にと揃えた魔導具が、それぞれ片腕程度の長さしかないのに比べ、テスラのそれは大人の腹ほどの長さを有していた。
先端部分にはめ込まれた発動体は、一目で値打ち物とわかる大降りの宝石が使用されており、その輝きを殺す事無く刻み付けられた魔術の文様から、歴戦の老師を思わせる威厳すら感じさせられる。
テスラは、自分の胸元まであるその杖を両手で持ち、頭の上でクルクルと廻す。そのまま、トン、と軽くステップを踏むと、彼女自身もまわり踊りながら、新体操のバトンを扱うかのように魔導具を振り回しはじめた。
円を描いたその軌跡から、ぼんやりとした光のような跡が空中に残り、やがて輝く粉のような魔力の残滓が零れ落ちる。その輝きの中でステップを踏むテスラの姿は、彼女自身の美貌と、身に纏う華やかな衣装も相まって、何者かに捧げる奉納の舞にすら見える。
普段、見た目だけは抜群な三人の冒険者達と接しているせいで、そんじょそこらの小町程度では驚きもしなくなってしまっているスズですら、華やかさの中に気品があり、それでいて高揚した頬の赤さからある種の色っぽさすら感じるテスラの姿に、息をするのも忘れてしまうのだった。
やがて、ヒュンヒュンと風を切っていた魔導具の動きはゆっくりになり、根元の部分で地面を軽く突いた所で、テスラの舞は終わりを迎えた。身動き一つ取れぬほど魅入ってしまっていた一同に向かって、テスラは息一つ乱していない口調で口を開いた。
「如何です? これは名工の誉れ高き、ゲルルグ・ドルガーが自ら手がけた一品。ドルガー師の工房の名を天下に知らしめた名作、ドルガー・アーティラリー・ロングをベースに、メインとなる素材は硬質処理を成されたドリアドネンの古木! そこに高魔力伝導率を誇る、アダマン、ルビディア、サフィンといった希少鉱石を贅沢にあしらっておりますわッ。一般的すぎる杖の形状は、師の実用重視の精神を体現するかのごとく、あくまでも太く! それでいて使用者であるワタクシの手のひらにしっくり来る、神業的絶妙の重量調整なのですッ。……そして更にッ」
言いつつ、この魔術訓練場の向こう側に設置された人型の標的に向かって、腰溜めに構えた魔導具の先をピタッと狙い定めるテスラ。
――カッ!!
っと目を見開いたかと思うと、気勢の乗った掛け声と共に、大人の四、五人くらいなら容易に丸呑みに出来るほど巨大な水球を生み出す。内部にいくつもの激しい渦を孕んだ水の弾は、一直線に標的へと飛来し、轟音と共に着弾した。
そして辺り一面を水滴で濡らしたその後には、幾多の生徒達の魔術を受け続ける為、かなり頑丈に作られているはずの標的人形が、原型を留めぬほどぐにゃぐにゃに捻じ曲げられて立っていたのだった。
「す……凄いわぁ……」
十代前半にしか見えぬテスラの放ったド派手な魔術を目にし、学園の教師であるシャロンまでもが、テスラの腕前に感嘆を洩らしてしまっていた。
得意絶頂のテスラは、そんな周囲の反応に鼻を鳴らしつつ皆に向かって向き直る。
「如何かしら、平民風情では想像も出来ないほどの魔術でしたでしょう? 高伝導な魔術素材の組み合わせは、これほどの魔術すら一呼吸で発動できるほどの高い魔術適性を持ちますの。更に、お得な複列回路を収容したシメナワ式フィードバックシステムは、ほんの少しの魔力ロスすら起こしませんわ。現に今の私の残存魔力なら、今と同じ程度の魔術ならば、後十回くらいは使えますのよッ!」
なおも自慢の魔導具についての説明を続けるお嬢様である。周囲のほとんどは、テスラの口にする専門用語に関して、半分すら意味がわかっていない。まぁそれでも、今しがた見せ付けられた魔術の威力に、口を挟むこともできずに立ち尽くしているのだが。
だが、そんなノリノリのテスラに見咎められぬよう、カガミはこっそりとギョクに耳打ちをする。突如囁かれた悪魔の提案に対し、こちらの魔法少女は一瞬嫌な顔をし、けれどカガミの視線の圧力に押されて頷いた。
そして、魔道具をふりふり解説を続けるテスラの側に、ため息交じりで近寄ると、
「そして更に、肝心要の発動体は、マン・ストッピングに優れるというには余りにも絶大な破壊力の魔術を使用可能とする、タカマガハラ・カスール仕様! 只でさえ協力無比なその素材を――」
「そうは言うがな、お姫さんよ……」
その場に立て掛けてあった廉価品の杖型魔導具を手にすると、杖の先端に施されている発動体を標的に向けたまま、杖の根元を右肩の根元に当てた。
「貴女……?」
「確かにさっきの魔術はたいしたもんだった。もちっと訓練すれば、魔物退治専門の冒険者にも引けをとらねぇ使い手になるのは間違いねぇよ。その魔道具は抜きにして、お前さん自身の力量も、立派に自慢して良いレベルだと思うぜ」
「あ、あら……ずいぶんと素直にお認めになりますのね。とはいえワタクシの魔道具は――」
「だからこそ! 魔術使いの先輩として、一つ教えといてやるが。こんなもんはな……?」
そしてクイっと頭を傾けると、両手で水平に構えた魔道具の発動体越しに、遠く向こうの標的に狙いを定め、流れるような動きで水平にスライドさせた。
――パパパッパパパパパパッ
その動きに併せ、何かを弾いたような破裂音が立て続けに起こる。一瞬の後に、連続的な衝撃が全員の肌を叩いた。
ギョクがこちらに向き直ると、目の前の光景に、テスラを含めた全員が、再度言葉をなくしてしまう。
五十メートルほど離れた先にある、一線級の魔術を受けたとしても小さな穴一つ開かぬはずの人型標的。何重にも魔術耐性を重ねがけされた素材で作られたそれが、振り返ったギョクの背後で、人体でいうところの頭の場所を打ち砕かれていた。
しかも。全部で十体あるはずのそれのうち、先ほどテスラが捻じ曲げた一つを除いた九体全てが、一つ残らず頭の部位を失っていたのであった。
「――こんなもんは。撃てて、当たりゃあいいんだよ」
§§§§§
§§§
§
その後、ギョクが放ったとんでもない魔術を目にし、あっけに取られたテスラの隙を突いた三人は、シャロンを連れて魔術訓練所を抜け出した。
いち早く我を取り戻したアメノに声をかけられてからは、なおもギャンギャンと騒ぎ始めたテスラだったが、既に三人は影も形も残っていなかったのである。
一通り学園施設の見学も終わっていた事だし、そのまま一行は学園を後にすることにした。既に学園の授業も終了の時間であったし、なにより、またあのお貴族様に絡まれるのは勘弁願いたかったのだ。
そして今は、のんびりと宿に向かって歩いている三人である。
「しっかし、あの先生にゃ悪いコトした気がするな」
両手を頭の後ろに組み、ギョクが道端の石ころを蹴りつつ呟く。
あの場から解放してもらったことに関しては有り難くもあるが、高位貴族の娘に対しなんとなく遺恨が残りそうな対応をされてしまったシャロンは、去り際まで微妙に恨めしそうな視線でギョクたちを眺めてきていた。
「シャロン先生だよね。……確かに、ちょっと困った顔してたかも」
「二人とも気にすること無いッスよ。シャロン先生だって、あの場から逃げたそうにしてたんッスから」
学園に残してきた女教師を思い、少しだけ顔を曇らせるスズ達に向かって、カガミはあっけらかんと答えた。
「それにあのままお嬢様のお話に付き合ってたら、それじゃ今度はこっちの魔道具を見せろって話にならないとも限らなかったッス。ギョク先輩だって、そうなったらマズイっしょ?」
「……まぁな。だからこそ、あんなパフォーマンスやっちまったわけだし」
「あれ? ギョクちゃんの魔道具って、人に見せちゃいけないものだったの?」
「そういう訳じゃねぇんだ。ただまぁ、俺のはちょいと特別なんでな。おいそれと人前に出すのは憚られるんだよ」
「あっ、わかった! 一流の冒険者は、自分の武器を他人に見せびらかしたりしないってヤツでしょ? 私知ってるよ」
数歩だけ先に進み、くるりとスカートの裾を翻しては、訳知り顔で片目を瞑るスズであった。
そんな生意気にも可愛らしいスズであったが、ギョク達が魔道具を見せたくなかったその理由は、コイツの魔道具が来歴不明の謎アイテムだからに他ならない。ギョクが使用している魔道具は、衣服同様、この世界に降り立った時に身に付けていた物なのだ。
ちなみにだが、その当時のコレは、先っぽにファンシーな丸っぽい星が付いたステッキの形をしていた。もちろん、スイッチを入れると、リボンやハートをかたどった飾りが意味不明にクルクル回ったりするシャランラな奴だ。ゴスロリ魔女っ子の見た目にはぴったりハマるアイテムなのだろうが、三十男の持ち物としては破壊力が高すぎだろう。
幸い、持ち主のギョクの意識に応じて自在に形状を変えることが出来るという謎性質を持っていたため、現在ではまったく別の形……異世界人の記憶から言うと、自動式拳銃と呼ぶのが正解な形をとっている。
この、ギョクの趣味丸だしな形をしている魔道具を、三人は戦闘以外で人前に出したいと思っていなかった。絶対に隠し通す必要があるとまでは言わないが、その道に詳しい人間に調べられればどんな秘密が出てきてしまうかわからない。そもそも、何処で手に入れたのかをすら上手く説明できないのだ。
その為ギョクは、テスラに恨まれる恐れを考慮しつつも、あえてあの場に用意されていた訓練用の魔道具を使用して、派手に魔術を使って見せたのであった。
まぁ「よくもウチのスズを涙目にさせやがって」という、かな~り大人気ない性格の悪さが本当の理由だろと言われてしまえば、それもやっぱり否定はできないのであるが。
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※※完結済み※※
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