09 『それは 求められている方向性の違い』
一部修正済
「冒険者として登録をすると、最初は誰もが初級冒険者として認定されるわ。そして一定数の依頼を成功させて、ギルドからその資格ありと認められれば、中級冒険者になることが出来る」
カガミは、あえて周囲の誰にも聞こえるほどの大きさで話し始めた。
「その後、更に中級冒険者として活躍をしていけば、ギルドから上級冒険者に昇格する為の試験を受けるか問われるの。その試験に合格すれば、晴れて上級冒険者と名乗れる、という仕組みなのよ」
「えと……カガミさん。それってつまり、上級冒険者の方が凄いってことじゃないの?」
「そうですわッ。上級への昇格試験に合格すると言う事は、それに相応しい実力を持った冒険者に違いありませんわ」
カガミの話に首を傾げるスズと、そこに乗っかってくるテスラの姿があった。片手で顔を覆ったギョクは、苦笑いと共に深いため息をついている。
そんな周囲の反応に、見ようによれば優しげに見えるかもしれない微笑を浮かべて、聖女のごとき神官乙女はなおも話を続けた。
「そうね……確かに、ある意味では凄い人達なんだと思うわよ。ただ、今スズちゃんが考えているような凄さとは全然違うの。だって上級冒険者になるための試験って、礼儀作法の実技試験と、貴族法についての知識を問われる筆記試験だけなんですもの」
「へっ?」
「ギルドから名指しで指名された場合を除いての話なのだけれど……初級冒険者が受領可能な依頼は、ギルドの常駐依頼だけ。中級からは普通の人達の依頼や、職業組合などの団体からの依頼までならば斡旋してもらえるようになる。けれど貴族の方たちからの依頼や国が提示した依頼なんかは、上級冒険者だけしか引き受けることが出来ないの」
「あのな、スズ。俺達見てりゃちょっとはわかるかも知れねぇが、冒険者ってのは基本的に礼儀知らずの荒くれ者だ。そんなんを、ギルドにとっての大事なお客様であるお貴族様にほいほい引き合わせられると思うか? 間違いなく問題起こすぞ」
何かを諦めたようなギョクが、小振りで形の良い頭をボリボリ掻きながら口を挟む。ここまでうち明けられてしまえば、もう最後まで説明した方がマシだと考えたのである。
「だから冒険者ギルドでは、その冒険者が礼儀作法に煩い貴族を相手にしても問題がないか、キッチリと試験を行うの。上級冒険者と言うのは、例え大臣の前に立ったとしても失礼の無い振る舞いが出来るということを、ギルドがしっかりと見定めた人物なのよ」
「それだけ……なの?」
「それだけ……ですの?」
語尾を除けば異口同音で訊ねてくる少女たちである。
とはいえ、この手の勘違いは珍しいものではなかった。そもそもが、上級、中級などと、あたかもそこに実力での違いがあるかのような名称で区分しているのだから。
そしてその勘違いを充分に理解しつつ、それでも改めようとしないのは、ギルド側のこすっからい意識の結果なのである。金払いの良い貴族に廻す冒険者を、あたかも自分達の最強戦力であるかのように見せかけているのだった。
ちなみに、国の重鎮や冒険者を頻繁に利用する貴族たちは、もちろんこのからくりには気が付いており、力量の高い冒険者に話がいくよう、大金を積んで指名依頼になるようにしていたりする。こんなしょうもないやり口に引っ掛かっているのは、冒険者ギルドを下等な平民主体の組織と侮っている、一部のお高くとまった貴族達だけなのである。何処の誰、とは言わないが。
この、突然打ち明けられた事実を、どう消化してよいものかと黙り込んでしまうスズである。カガミは、そんなスズとその後ろにいる誰かさんに向かって、実に爽やかに笑顔を返していた。
単体で見れば、思わず心を奪われてしまいかねない美少女の微笑であるが、話の前後を知ってしまうと、これほど底意地の悪いものは無いだろう。
そして、そんな友人の姿を横目で見つつ、ギョクは最後のダメ押しを入れるのであった。
「スズだって何度か見てたろ? あのギルドの姉ちゃんが『そんな態度ではいつまでたっても上級冒険者になれませんよ』って説教してくる姿。ありゃつまり、俺やツルギの言葉遣いじゃ、貴族様の前に出せねぇって事なんだよ」
現在のギルドの評価で言えば、チンピラ同然の振る舞いをするギョクや、男勝りのも程があるツルギの二人を上級冒険者にするなど、到底ありえないという判断が下されている。依頼主の前ではそこそこキチンとしているようではあるが、それでも外見の乙女っぷりからのギャップが酷すぎると言わざるを得ない。
三人の中で唯一猫かぶりを体得しているカガミだけならば、何時でも上級に上がる事は可能なのだろうが、生憎コイツは単独で依頼を受ける事はほとんどないのである。
三人の実力が、かなり高い水準にあると見抜いているあのギルド職員が、口煩くギョクたちの立ち振る舞いに注意をしてくるのもそういった理由からなのであった。この三人の力量と外見ならば、難易度激高な貴族のパーティへの潜入依頼だって容易にこなせるはずなのだから。
「そそそ、それでも! 上級になるまでの暦を重ねた冒険者ならば、中級以下の者たちよりも高い実力を有しているのに違いはありませんでしょう!? 強さと礼節を兼ね備えた者が上級冒険者になる。それは正しいはずではございませんかッ」
思いもよらない冒険者の内情を詳らかにされたテスラお嬢様は、花のかんばせに嫌な感じの汗を掻きつつ訴える。
ギルドの試験内容がどんなものだとしても、冒険者としての実力がそこに比例するのであれば問題は無い。普通の上級冒険者が中級よりも強い存在であれば、先ほど自分が口にした言葉も間違いではなくなるはずなのだ。テスラお嬢様、必至の抵抗である。
だが現実とは、やっぱり残酷なものなのである。
「んや。お姫さんには悪いが、純粋な戦闘技量で言えば、中級冒険者を長くやってる奴の方が圧倒的に実力は上だ。なにせお貴族様からの依頼ってのは、基本的には護衛や諜報、対人の仕事がほとんどだからな。凶悪な怪物退治を現役でやってる中級と比べれば、二、三枚はランクが落ちるんじゃねぇかな」
「私達がいつまでも上級に上がらないのは、貴族様からの依頼が街中での物ばかりという理由もあるのよ。私たちは、できれば遺跡や迷宮にもぐって探索するような仕事がしたいの」
もちろん貴族からの依頼にも危険はあるし、どこまでいっても荒事は付きまとう。とはいえそれでも、一歩進むごとに魔物の影に怯えなければならない遺跡探索の仕事などとは比べ物にならない安全度である。
それになにより、単純な戦闘バカでは処理しきれない、その場の状況を多角的に判断せねばならないような、頭と社会性が問われる依頼がほとんどなのである。
その為、純粋な戦闘に自信のある者は中級に留まり、ある程度経験をつみそろそろ体に無理がきかなくなってきた冒険者達が上級に上がるという流れが存在している。その頃には人間としての角も取れ、様々な人生経験をつんだ冒険者も多いのだから、結果として依頼の成功率も上がっている。
また、戦闘技能に不安があるが為に、さっさと上級に上がることを望む者も中には居るが、これとて意識して依頼主に合わせる努力をしている者たちなので、そうそう失敗ばかりには陥らないのであった。
「えと……。冒険者のランク付けは、中級までなら経験が問われるけど、上級になるのはお行儀が良いかどうかって事だけ。しかも上級冒険者の受ける依頼は、そんなに危険なものばっかりじゃあない。こういうことなの?」
「そうだな。簡単にまとめちまえば、そういう話になる」
「それじゃ、冒険者の強さとそれぞれのランクは、まるっきり関係ないんだね! それなら中級冒険者のギョクちゃんがだれよりも凄い魔術をつかえたって、ぜんぜん不思議な話じゃない。みんなが馬鹿にされる理由なんて、一つも無かったんだね」
「だから言ったろ? 誰かに冒険者のランクのことでなにか言われても気にするなって。平民の依頼と貴族からの依頼とじゃ、そもそも冒険者側に求められてる能力自体が違うんだ。あったかい目で見守ってやっときゃあそれで良いんだよ」
一方向に目線を向けないようにしながら、ギョクはスズに語り聞かせた。
そんな二人の側で、遠まわしに物知らずとコケにされた形になったアマテラ家ご令嬢はわなわなと震えている。
確かに、これまでのテスラの記憶で見知っている冒険者たちは、目の前の少女よりもはるかに年配の者たちだったように思う。その事実が、更にこの、口汚い言葉遣いの冒険者の力量を下方向に捉えてしまった理由でもあったのだ。
テスラの父親が依頼を出し、屋敷に冒険者が訪れた事は多々あれど、自分自身で冒険者に依頼を出した経験は無い。だから、上級、中級という区切りを耳にして、単純に力量の違いによるものだと思い込んでしまっていた。彼女付きの執事であるアメノにしても、運悪くこれまで、冒険者の実情についての正確な知識を得ることができなかったのであった。これを不幸な巡り会わせと言わずしてなんと言おう。
そしてギョクも、大方そんな感じでテスラたちが勘違いをしているのだろうと推察したからこそ、先ほどのテスラの話に口を挟まなかったし、スズに対しても話題の焦点を変えて誤魔化そうとしたのであった。まぁ、結局ぶっちゃけてしまったのではあるが。
とはいえこのまま恥を掻かせただけで終わらせるのも心苦しい。せめてものフォローくらいは入れておこうかと、遅まきながらもギョクは口を開いた。
「えぇと、テスラさんだったか。あんま気にすんなよ? さっきのは、良くある勘違い――」
「それでもぉ! それでもそれでもッ、魔術に対して魔術具が重要だと言うワタクシの意見は間違ってなどおりませんわッ。いくら凄腕の冒険者と言えど、凡百の魔導具を使っているようではたかが知れるというもの。優れた魔術師足らんとするならば、相応の魔術具を持つべきなのですッ!」
テスラは最後の拠り所を胸に抱き、ギョクの慰めをぶった切っては高らかに吼えた。流石は何処まで落ちてもお嬢様。この程度の逆風で、視線を落とすなどありえないのである。いやはや、その高潔な心意気だけは、実に立派なものであった。
……お察しのとおり、更にけちょんけちょんにやられる前フリでしかないのだが。
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※※短編※※
トイレでアレする花子さん
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※※完結済み※※
つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~ (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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