07 『それは 意外にも縦ロールではなく』
現代における魔術とは、特定の処理が成された魔術具に、各々の体内に循環している魔力を通すことで発揮される、自然現象を模した効果を発揮させる術のことを言う。
此処で言う自然現象とは、一般的には火、風、水、土の上位四属性。更に光、影の下部属性である。光と火の要素が含まれている雷属性や、水と影にまたがる毒属性なども存在するが、これらは全て複合属性と呼ばれており、純粋な属性では無いとされている。
魔術を行使する際は、一般的には杖の形状をとっている事の多い魔術具を手に持ち、発揮したい魔術を頭の中に思い描く。そのまま手のひら経由で魔術具に魔力を流すと、杖の先に設置されている発動体から任意の効果が発揮される、というのが最も基本的な魔術の使い方である。
魔術を使う時にイメージするのは、形状、性質、属性の三点。
例えば、他者に攻撃を行う際に最も基本となる炎の弾をぶつける魔術を例にとると、先ず最初に球という形状を纏わせることを決める。次に前方へ向かって飛ぶという性質を与え、最後に炎という属性を与える。形状、性質、属性の三つを設定することで、はじめて炎の弾が標的に向かって飛んでいくのだ。
この、意識のみで行われる魔術の操作を魔術具なしで行う事は、もちろん可能である。実際に過去の偉大な魔術師たちは、自らのイメージのみで魔術を扱っていたという事実が存在する。正確に、淀みなく、体内の魔力を一定の方向に集中することさえ出来るのならば、必ずしも魔術具が必要とは限らないのだ。
とはいえ、ただでさえうつろい易い人間の意識を、何がしかの運動を行いながら魔術の使用の為に集中させる事は、口で言うほど容易く出来るものではない。
ちなみに魔術具には、三つの要素が曖昧なままで魔術を発動しようとしてしまった場合、内部に施されたセーフティによって込められた魔力を体内に還元させるという機能が備わっていて、これにより不完全な魔術の行使を防いでいる。だが、肉体のみで魔術を使うとなると、うっかりいずれかの設定を忘れてしまった時に厄介なことになるのだ。
属性や形状の設定を忘れる程度ならば問題は無い。何物にも変換されていない魔力など、基本的には無害な何かでしかないため、たとえ勢い良くぶつけられたとしても、幼子に押された程度の衝撃も感じないはずだ。うっかり形状未設定で炎の弾を飛ばしてしまった場合も、纏まらない炎がたちまち霧散してしまうという単なる魔術の失敗で済む。
最悪なのが性質を未設定で行使してしまうことだ。もしも手のひらから炎の弾を出したとして、そこに前方に飛ぶと言う性質を乗せ忘れてしまった場合、至近距離で発生した高温の炎は、たちまち体中に燃え移ってしまうだろう。
そもそも、炎の塊を手のひらゼロ距離から発生させるという時点で、火傷不可避の暴挙と言える。事実、魔術具発展以前の魔術師たちは、自らの危険度が高い炎系統の魔術は、よほどでなければ使わなかったと言う。
そのうえ魔術具には、自然現象へ変換される際の魔力の無駄を減らす作用も備わっている。人間の意識だけではどうしてもロスが生じてしまう魔術への伝導を、魔導具を使用することによってある程度抑えることが出来るのだ。更に、先ほどの不完全魔術へのセーフティは魔力不足の場合にも同様に働き、込められた魔力が発動に満たない場合にも、術者の体内へと魔力を送り返す。
その結果、現代の魔術師たちは、過去の多くの魔術を使用する者たちの悩みのタネであった、戦闘行為中の魔力切れによる昏倒というリスクから解放される事となったのだ。
――つまり、魔導具を使用する利点は、例え激しく動きながらでも魔術の暴発を防ぐという事だけでなく、使用する魔術の回数を純粋に増やし、更には魔力切れにより一切の身動きが取れなくなる危険からも遠ざけてくれるのですわ。
魔術具の発展に伴い、自らの体一つで魔術を行使するスタイルが過去のものとなったのも当然と言えば当然ですわね。
今生の魔術にとって魔導具とは、切っても切り離すことの出来ない大切な存在。優れた魔術師たらんと望むならば、それ即ち、優れた魔術具の使い手であるということなのです!
「そして優れた魔術具とは、如何に魔力の消耗を減らすかという点に焦点が置かれておりますわ。優れた職人たちは、世に数多と存在する数々の素材の中から、もっとも魔力消耗度の低い組み合わせは何であるかという事を日夜研究しておりますの」
「えっと……う、うん。すごいんだねぇ」
「それに、一概に魔力伝導率の高い素材と言いましても、それぞれの使用者によっての相性というものもございますわ。術者にとって一番良い組み合わせでなければ、どれだけ上等の素材でも、充分に効果を発揮することはできませんもの」
「あのねぇ、お嬢さん。先生、そろそろ授業を再開させて欲しいなぁって――」
「お黙りください。お嬢様のお話はまだ終わっておりません」
「つまぁり! 優れた魔術の使い手は、自分だけの魔術具を一からオーダーメイドするものなのですわ。術者と職人が協力し合い、何度も試行錯誤することによって、はじめて十全な魔術具を作ることが出来ますの。材質、形状……いくつもの要素を試しながら、一人ひとりの特性に合った魔術具がこの世に生み出されます。そうして生まれた魔術具を手にする事こそが、魔術師が魔術師たる為の最低条件なのでございますわッ!」
「素晴らしい! 素晴らしいですお嬢様!! 流石は世に名高きアマテラ家のご息女。そこらの平民には決して到達できない真理でございますっ!」
何処かの魔法少女にも負けないほどのゴテゴテとした装飾にまみれたドレスで身を包み、腰に手を添えて高らかに言い放つ金髪の少女がそこに居た。その傍らで片膝をついて拍手を浴びせているのは、キッチリとした執事服を着込んだ二十台前後の女性である。
スズたち三人とシャロン女教師、そしてこの場で魔術の実習を行っていた十数人の生徒と男性教師の前で、この世界観の違う二人組みは、延々魔術について講義を行っていたのである。
言うまでもない事だが、スズたち含めた全員が、この迂闊に触れては不味そうな二人組みを遠巻きにして眺めていた。
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§
しばし時間を戻そう。
シャロンに連れられ、ここ魔術訓練場にやってきたスズたち三人は、学園の生徒達による魔術の実施訓練を見学していた。先ほどの話にもあったように、この科目は卒業の為の必須項目ではなく、特に希望した生徒達のみへの特別授業である。
受講しているのは様々な年齢の生徒達だが、基本的には将来魔術を使用する職業に就くことを望んでいる者たちである。魔術の研究をしている国営施設の他に、軍隊や地方の衛兵、更には冒険者などの荒事家業へ進むことを希望している生徒達が、この講義を受講することで魔術の基礎を身につけているのだ。
この場にいる生徒達の中には、学業成績優秀者と貴族の子弟による特別クラスの者たちも若干名存在するが、結局殆どが平民であるのがこの学園の実情だ。自前の魔導具を用意できるものなど滅多に存在しない。
その為、この授業を選択する者たちの基本的な目的は、魔術を使うために必要不可欠な魔導具を学校側から貸与してもらい、少しでも魔術を使う経験を増やすことにこそ存在する。
希少な素材を使用するという性質上、どうしても高価なシロモノになりがちな魔導具は、如何にこの学園が国が主体の施設だといっても保有数には限りがある。その為この授業は、選択授業にもかかわらず予約が殺到する、学園一の人気科目でもあるのだった。
そんな魔術訓練の授業を一通り見学し、それでは実際に魔術具に触れてみようかと勧められたところで、件のお嬢様が登場したのである。
ふわっふわのウェーブがかかった金髪を揺らしながら授業に乱入してきたお嬢様は、講義を行っていた男性教師が止める間もなく、用意されていた魔術具の杖を手に取ると、フンッと鼻で笑い飛ばしながらのたまった。
「所詮は平民の通う学園ですわねぇ。こんな貧相な規格品で魔術を使っても、ろくな訓練になりませんことよ?」
訓練用なので、と言い訳を始める男性教師だったが、そもそもこの場にいきなり登場したことを咎めるべきではないだろうか。
(っていうか、それ以前にこの人って一体誰なの?)
そんな思いが頭をよぎったスズの隣で、コメカミを抑えたギョクが、似たようなポーズをとっているシャロンに耳打ちをする。
「なぁ先生、アイツは一体……。いや、うん。正直言うと予想は付いてんだ、だが外れて欲しいと願ってもいる。だからまぁ確認するまでも無いとは思うんだが、念のため聞かせてくれ。あそこで高説たれてるお姫様は、一体全体何処のどなた様なんだ?」
「あはは~ですねぇ。ご推察の通り、あちらは今日この学園にいらしたもう一組の見学者。この国の高位貴族、アマテラ家のご息女様ですよぅ」
空虚な目をしてそう答えたシャロンの隣で、ギョクとカガミは本日一番のため息をつくのだった。やはりお約束というものは、ちょっとやそっとで回避できるものでは無いらしい。
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