06 『それは 栄養不足の結果などではなく』
何時終わるとも知れなかった数学談義から開放されてしばらく、今の三人は学園の食堂に来ている。
生徒や教師のほとんどは、弁当持参で通っているのだが、様々な事情からそれが困難な者たちもいる。そんな学生、および独身者男性教師などの為に、安価で空腹を満たす食事を提供しているのであった。
既に学生達の昼休憩の時間は過ぎており、現在の食堂に人の気配は無い。先ほどまで一緒に居たシャロン女教師も、ここまでの道案内をした後は、自分に割り当てられた研究室へと戻ってしまっていた。
給仕の職員に金を払い、食事の乗ったトレイを持った三人は、広々としたこの部屋のすみっこを陣取って、少し遅い昼食をとり始めたのだった。
こういう場所の食事と言うものは、どこも似たようなメニューである。
豆のスープに、黒パン。ついでに蒸かしたイモあたりが付けば御の字の、簡素な献立となるのが一般的だ。この学園の食堂も、その例に漏れる事は無かった。
とにかく味の濃い、空腹を満たすことだけに焦点を絞ったスープにさじを入れつつ隣を見れば、面白くも無さそうな顔で、大振りな豆以外の具を探そうとしているギョクの姿がある。
スズは、自分とほぼ同じ高さにある可愛らしく整った魔法少女の横顔を見ながら、今しがた交わされた食堂のオバちゃんとのやり取りを思い出していた。
(気持ちはわからなくもないけどねぇ……)
先ほど、給仕を頼んだ年配の女性達に学園の見学に来た者であることを告げると、案の定、入学を検討しているのは自分とギョクの二人だとみなされた。
そこまでであれば、シャロンの反応でも既に通った道なのでなので、ちみっこい魔法少女が後ほど一人でいじいじ不貞腐れるだけで済んだはずだったのだが、自分が既に成人済みの大人であるとギョクが告げてからが不味かった。
「えぇ!? アンタ、そんなナリでもう大人だって言うのかい。そりゃ良くないよ」
「ありゃま、ホントだねぇ。そんなんじゃ立派な子どもの一つも生めやしない。ちゃんと食べなきゃだめだよ!」
「しょうがないねぇ、これはオバちゃんたちのサービスだ。たっくさん食べて、大きくなるんだよ」
などと、本人置いてけぼりの一方的な会話が繰り広げられ、あれよあれよと山盛りの食事が提供されてしまったのである。
同じ値段で沢山食べられるのだから得をしたと思えばよかろう話ではあるが、それでもこの豆スープをどんぶり一杯に渡されてしまえば、見ているだけでお腹一杯になってしまう。しかも特別美味しいわけでもない、ただただ喉が渇くばかりのスープなのだ。
とは言えそれでも、せっかく用意された食事を残してしまうわけにはいかない
「スズちゃん、良く見るッス。一方的な思いやりってのは、時に悪意よりもタチが悪くなるモンなんッスよ」
「人付き合いって難しいんだねぇ」
遠くでこちらに向かってにこやかに手を振るオバちゃんたちに乾いた笑いを返しながら、善意百パーセントの豆スープを流し込む魔法少女なのであった。
「ところで、これまでの感触はどうだ? 少しは興味が出てきたか?」
長い苦闘の末、ようやく全部の食事を平らげたギョクが、ぽんぽんになったお腹をさすりながらスズに問いかける。もともとイカっぽい体系をした少女モドキであるが、これほどまでにお腹一杯ご飯を食べると、ゴスロリドレスの上からも窺い知れるほどのぽっこり具合になってしまう。それでもみっともないと言うより微笑ましいと感じられてしまうのは、本人にとっては、かえって屈辱的な事実かもしれないが。
「う~ん。正直なところ、まだピンと来ないかなぁ」
「まぁ無理も無いッスね。午前中は、説明受けてただけッスから」
「それにあの先生、最後の方はちょっと怖かったかも」
「安心しろ、ありゃあ俺達でもちょいと恐怖を感じた。……いや、むしろ狂気か?」
「どこの世界にもいるもんッスね、マニアってのは」
「でも、これまで勉強してたことを褒めて貰えたのは嬉しかったなぁ。ちゃんと答えられて、本当に良かったよ」
スズはにっこりと微笑む。自分が問題に正解を導き出せたことも嬉しかったし、それをあの女教師に褒めてもらえたのも嬉しい。けれど何より、そんな自分の姿を、目の前の二人が喜んでくれたのが何よりも嬉しかった。
今の自分を保護してくれている三人。この三人の事を、スズは他の誰よりもスゴイ人達だと考えている。
だから、その三人から教わった様々を自分がきちんと身につけていること、そしてそれを第三者に褒められるというのは、翻っては、三人の教えが正しいのだと確認できるという事でもあるのだ。
自分が褒められれば、それは即ち、姉のように慕っている三人が凄いという事に繋がる。そんな風に考えてしまうスズは、やはりどこまでいっても良い子なのであった。
「まぁアレだ。あの先生の事は置いておくとして、午後からは実技の見学だって話だったよな。実際の授業の内容を見りゃあ、いろいろわかってくるだろうさ」
「そうすれば、自分が此処に通う時のことも想像できるッスね。その後でまた、キッチリ考えると良いッスよ」
「うん。私、頑張って見学してくるね!」
学園に入学するかどうかは別として、他の子ども達がどんな勉強をしているのかは気にかかる。それすらも今の自分で充分にこなせる内容なのであれば、更に三人が凄いという事に繋がるはずである。
二人の保護者達の思惑とはかけ離れた方向ではあるが、スズは意気込みも新たに、力強く返事を返すのだった。
その後しばらくすると、先ほどのシャロンが一行を迎えに来た。自室で食事を取ったらしい女教師に連れられ、学園内の施設を見学して回るのだと言う。
「ここまでの建物が、生徒の皆に座って授業を聞いてもらう一般棟なのぉ。それでぇ、これから行くのは特別棟。魔術の実技だったり、戦闘の訓練を行ったりしているところよぉ」
「それって、希望者だけの授業なんですよね? そこも見学するんですか? 普通の授業のほうが見たかったんですけれど……」
「あららぁ、ゴメンなさいねぇ。座学の授業は、基本的に午前中で終わっちゃうのよぅ。この後見られるのは、全部特別棟での実習だけなのぉ。あっ、でもでも。いっつもやってる座学の授業だって、今日のお昼前に先生とお話してたみたいな、あんな感じなのよぅ。ちゃんと体験できてるから大丈夫大丈夫」
「えっ? いつもあんなんなのか?」
「そうよぉ。みんな、お行儀よく聞いてくれてるわよぉ」
朗らか高らかに笑いかけてくるシャロンである。三人は、昼前の一方的に数学の素晴らしさを語り続けるこの教師の姿を思い出し、
(きっとみんな、死んだ魚の目で聞いてるだけなんだろうな……)
それでも胸に浮かんだ不安要素を飲み込んだ。いやはや、空気の読める三人である。
特別棟と名づけられたこの建物は、それまでの普通の校舎と違い、様々な施設の集合体のようになっているらしい。薬物を扱う実権施設や、格闘訓練の為の屋内練習場などが、この大きな建物に含まれているとの事だ。
幾つかの施設を見学した後、さて次は、といった所で、
「いい加減飽きましたわッ。もっとおもしろいトコロはございませんのッ!?」
前方から甲高い少女の声が一行に届いた。
おそらくはスズたちと同年代と思われるその声に、シャロンはこれまでにない、少し困ったような表情を浮かべている。
「先生さん。浮かねぇ顔だが、どうかしたのか?」
「あぁ、ゴメンなさいねぇ。……実は今日、皆さんの他にももう一組見学者がいらっしゃってるのよぅ。多分、今のはその子たちだと思うのぉ」
「今の話し方からすると、いずれ高位の方のご息女様ですわね。……先ほどのお話にあった、建前の為に見学にいらしている方達なのでしょうか?」
「詳しくは先生も知らないんだけれどぉ、多分、青い血の方々だったと思うわぁ。でもでも安心してね? 皆さんとはかち合わないように日程を組んでいるから、面倒に巻き込まれることも無いわよぉ」
「だと良いんだけどな」
先ほどとは違い、作ったような笑顔を浮かべるシャロンに対し、ギョクとカガミはどうしても嫌な予感を感じてしまう。例え自分達が近寄ろうとせずとも、こういう厄介ごとは向こうの方から巻き込みに来るものなのだ。
「さ、次は魔術の訓練場に行くわよぉ。丁度、実習で使っているクラスがあるから、皆さんにも体験してもらっちゃいますからねぇ」
何事も無かったかのように先を促す女教師に続き、一向はなんとも言えない不安を感じながら、魔術の訓練場である、半野外の施設へと向かうのであった。
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