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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第三章  イロイロあった少女 新しい生活を始める  の話
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05  『それは 女教師の愛した数字』

「掛け算と割り算まで出来るの? 本当だったら凄いけれど……そうねぇ、ちょっとだけ試しても良いかしらぁ?」


 シャロンはそう言うと、部屋の前方に立てかけてあった板を手にした。一抱えほどあるそれは、表面につやつやとしたニスが塗られており、色つきの石膏で何度も書き消しが出来るようになっている。もし板の色が深緑色に塗られていたら、二人の保護者ならすぐに黒板だと気付いたであろうその板に、乾いた音を立てて文字が刻まれていく。

 この国で一般に使われている、棒を組み合わせたような数字で、二桁の足し算と引き算。そして一桁の掛け算と割り算の問題が記された。



「入学することになったら、もう一度きちんとしたテストを受けてもらうことになるけれど、今は気楽に答えてもらっても良いわよぉ?」


「えと……。はい、それじゃあ……」


 もともとの生活で、足し引きの計算は行えていた。そこから掛け算、更には割り算を仕込んだのは三人の教育の賜物だが、これほど短い期間で習得できている理由は、スズ持ち前の理解力の高さだろう。最近では、この程度の問題ならば暗算で計算することも出来るようになってしまっている。


 今日始めて会った人の前ということで少しだけ緊張していたようだが、それでも、つかえる事無くすらすらと答え始めた。


(スズちゃんは、いっぺん教えたこと忘れないッスからねぇ。これくらいなら楽勝ッスよ)


 そんなスズの様子に、カガミもご満悦である。こと勉強の分野においては、カガミが教育係をかってでることが一番多かったのである。他二人が他者に勉強を教えるに適さない性格をしているからという、実に消極的な理由からの教師役ではあったけれど。


 ちなみにこの三人の異世界出身者たちは、自分達でも覚えていない隙に、この世界の文字を習得していた。

 コイツ等が元の日本語だと思って喋っていた言葉が、いつの間にかこの国で一般的に話されている言語に入れ替わっていたのである。今となっては、きちんと日本語を発音することすら難しくなってしまっている。


 文字に関しても同様で、覚えたはずの無い文字を読み書き出来るようになっていた。本人達が意識せず文字を書こうとすると、思い浮かべたはずの日本語が、頭の中で自動的にこの世界の文字に替わっているのだ。

 そしてそれは、元の世界で日本語と英語を日常会話レベルで使うことの出来たカガミの場合、この国の公用語と、近隣の国の言語とにそれぞれ入れ替わっていたのだった。




 スズが賢い子だという事はわかっていても、それでも少しだけハラハラしつつ見守っていたギョクの心配も杞憂に終わり、全ての問題の答えを間違う事無くスズは口にした。

 最後の一つも正解だと告げられ、ほぅ、とため息をついている少女の前で、シャロンは満足げな笑みを浮かべている。


「本当に出来るのねぇ。これなら、最初の方のクラスは飛ばしちゃっても大丈夫だわぁ」


「飛び級ってことか? そりゃすげぇな、流石はスズだ」


 我が事のように喜ぶギョクであるが、これは別に珍しいことでもなんでもなかった。

 そもそもこの学園は、全ての子どもが一定年齢になった時点で一律に通うようになる現代日本の学校とは違う。それぞれの家庭環境に応じ、一桁年齢で入学する子どももいれば、成人間近になって初めて通い始める者もいるのだ。

 その為、学年というものは年齢ではなく学習の到達段階で大まかに振り分けられているだけで、自主学習の進み具合によっては、次の学年を飛ばしてしまうということもまま有るのであった。


 本日始めてこの学園を訪れた一行では知らぬ事だが、この学園における教育内容は、現代日本で言えば小学校卒業程度の難度にすぎなかった。それ以上の高度な学問は、市井で暮らす者達には無縁のものであり、専門の学府にでも行かなければ目にすることは無いのである。

 とはいえ、卒業資格を得るためには、それ以外にも細々とした技術や知識を身につける資格はあるのだが。



「うんうん。本当に良く出来ました。これって、ウチの学園なら三つ目のクラスでやる内容なのよぉ」


「そうなんだ……カガミさんが毎日教えてくれてたおかげだね」


 シャロンのお褒めの言葉に対し、二人の保護者に向かって無邪気に微笑むスズである。三人からの教えを大切にしたいと考えている少女にとって、学習の成果がきちんと身になっていることを確認できた事は、とても嬉しい事実だったのだ。


(少しだけ、みんなに近づくことが出来たかな)


 緊張から開放されたことも相まって、年相応の朗らかな子どもらしさを見せるスズ。いつもの、どことなく背伸びをしているようにも見える様子もなりを潜めていた。

 だが、そんな緩い空気の中にあって、次の一言が女教師の顔色を一変させることになる。


「最初は、いつも使ってる数字と違ったから戸惑っちゃったけど、落ち着いて考えたらちゃんとわかったよ」


「いつもと違うって……もしかしてスズさんは、新数字もわかるの?」


「えっ? その、どっちも教わりました。いつも使ってるのは新数字のほうですけど……」


 顔色を変えたシャロンに、スズは少しだけ体を引いて答えた。



 この国で一般的に使われている数字は、現時点で二つの種類が存在している。

 ひとつは先ほどシャロンが板書に使用した、直線主体で描かれた神聖数字と呼ばれているもの。そしてもう一つが、丸みを帯びた図形のような新数字という数字である。これらは、三人のイメージでは、ローマ数字とアラビア数字の違いのように捉えられていた。


 スズに対し、まだまだ使用されている場所の少ない新数字を教え込んだのは、単純にそちらの方が自分達にとって見慣れていたからというそれだけの理由だ。某大作RPGのナンバリングのおかげで、ローマ数字に良く似た神聖数字も読めなくは無いが、それでも計算に使うには不便に感じたのである。


 そんな何の気なしに使っていた新数字だったため、シャロンのこの反応には、ギョクたち二人も面食らってしまう。


(なんか驚かれてるッスけど……やっちゃいましたかねぇ?)


(いやぁ……こっちの世界にあったモノなんだし、問題はねぇだろ。現に、ギルドの書類なんかでも使ってるの見たぜ?)


(ッスよねぇ……)


 過去にやらかした、異世界の産物の持込みによる騒動を思い出し、思わずそんなやり取りを交わす二人である。しかし目前の女教師は、そんな保護者二人に対してやや興奮気味に食いついてきたのだった。



「これも、貴方達が教えたの? お二人は冒険者さんなのよねぇ?」


「そうですけれど……。何か問題でもありました?」


「問題なんてないわよぉ! むしろ逆、素晴らしいわぁ。新数字がこの国に伝わってまだそんなに経っていないんだもの。お役所なんかじゃ徐々に切り替わってるけれど、それでも皆が使ってるって程には切り替わっていない。それなのに新数字で教えてるなんて、最近の冒険者さんってスゴイのねぇ」


「あ~、いや。単純にこっちのが便利かなぁって思っただけなんだが……」


「そこなのよぅ! 確かに神聖数字は美しい文字だけれど、それでも便利なのは圧倒的に新数字だわ。先生もそう思って、生徒達に新数字を教えたいって言ってみたんだけど、ぜんぜん取り合ってもらえなかったの。辛いわぁ」


 しみじみと語る女教師であった。

 テンションが天元突破したかのようなシャロンの姿に、愛想笑いを返す元異世界人たちであるが、これも無理もない話かもしれない。何せコイツ等は、生まれてずっとアラビア数字に慣れ親しんでしまったが故、それがどれほど画期的なシロモノであるのかを理解せずに使っていたのである。



「あのさ、先生さん。その数字ってそんなに凄いものなのか? 確かにちょっと便利だとは思うが、言っちゃえばそれだけだろ」


「んま! わからずに使ってたの? それはだめよ、ちびっ子冒険者ちゃん。この新数字の考え方は、まさに革命といっても良いくらいの大発明なんだから!」


 そしてシャロンは、学園の説明や、スズの学力の話もそっちのけで、新数字という新しい技法についての話をし始める。既に成人済みである事は伝達済みであるのに、それでもちびっ子扱いされてしまったギョクですら、この勢いには圧倒されてしまう。


 確かに、このアラビア数字に良く似た新数字が、この国の知識層にもたらした衝撃は小さくないのだろう。図形と密接に結びついた新数字は『ゼロ』という途方も無く利便性に富んだ概念を含んでいる。それは、これまで想像もされていなかった、負の数という概念や、幾何学の土台ともなりうる考え方なのだ。


 とはいえ、完全に引きっぱなしのスズたちを前に、それでも新数字の素晴らしさを熱弁しているのは、やはりやりすぎというものであろう。


「――ね? すごいでしょう? 新数字ってすごいでしょう!? あ、他にもね……」


「カガミさん、ギョクちゃん……。こんなこと言ったらダメかもだけど。私、ちょっと怖いかも」


「安心しろ、スズ。俺もだ」


 苦笑を通り越し、乾笑にすら到達した表情を浮かべながら、尚も続く数学談義を聞き流す三人。

 その後、聞かせる相手によっては有意義なものになったかもしれないこの話は、三人が昼食時の空腹に絶えられなくなるまで続いていくのだった。馬の耳に……とは、よく言ったものである。

お読み頂きありがとうございました。


感想のお返事が滞ってしまっておりますが、

近日中に時間をとりますので、

もう少々お待ちいただければと思います。

誤字等の修正も、その時に纏めて行いますので、

ご了承くださいませ。



お気に召しましたら、ブックマーク等いただけると嬉しいです。

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