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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第三章  イロイロあった少女 新しい生活を始める  の話
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03  『それは 例えるならば賢者のおくりもの』

 結局、スズが宿に戻って来たのはお昼近くになってからのことだった。

 あのまま真っ直ぐ帰っても構わなかったのだが、なんとなく思い立ち、皆の昼食の買出しを先に済ませることにしたのだ。


 まだ慣れぬ王都の町並みではあるが、これまでに培ってきた浮浪孤児としての経験はある。危険な匂いのする場所を避けて買い物をするくらいならば、今のスズでも充分にこなせた。

 ヤーアトとは比べモノにならぬほどの人ごみにもまれつつ、いくつかの食材と、足りなくなっていた消耗品のアレコレを買い求めたスズ。常に携帯している布袋が一杯になる程の荷物を捧げ持ち、買い物客でにぎわう目抜き通りを歩いていく。


 途中、幾つかの少年達からの視線を浴びていたのは、なにもスズが、人目を引く美貌の持ち主だからというワケではない。この王都では貧しい子どもたちの日々の糧として、他者の買い物の代行をするという仕事が存在しているのである。

 生き馬の目を抜く暮らしを余儀なくされている者たちは、この見かけない顔の少女が、自分達のテリトリーを荒らしている余所者か、それとも単に家族からのお使いを頼まれただけであるかを図っていた。

 もしも自分達に断わりなく仕事の横取りをしているのであれば、それは即座に制裁の対象。見つけ次第、徹底的に痛い目をみせてやらなければ、自分達の生活が立ち行かなくなる。



(なんとなく、嫌な感じ? ……早く帰ろう)


 そんな剣呑な視線に監視されているとは露とも知らないスズではあるが、それでもなんとなくむずむずするもの感じては、足早に帰路につくのであった。



§


§§§


§§§§§



「ところでスズ。どうするか決めたか?」


 三人での昼食の途中、最近めっきり食の太くなったスズにギョクが声をかけた。

 真っ先に食べ終えたツルギは、早くもベッドに横たわり食休み。この場に居ないもう一人に関しては、何時まで待っても帰ってこないので放置である。今頃ナニをしているのかは、ご想像にお任せしたい。



 黒パンに鳥の串焼きを挟んでもぐもぐしていたスズは、ギョクの言葉に慌てて口の中を空にしようと飲み込む。


「あぁ、慌てんなって。……ホレ、水飲め。水」


 大きすぎた肉の塊に咳き込むスズに、ゴスロリ服の魔法少女は苦笑いを浮かべながら背中をさする。長い貧困生活の結果なのだろうが、ケホケホと可愛らしい咳をしているこの少女は、口の中一杯に食べ物を入れる癖があるのだ。


「ん……くっ。……っと、もう大丈夫だよ。ありがと、ギョクちゃん」


「んにゃ、食ってる最中に話しかけた俺も悪かった。……で。さっきの話だが、そろそろどうするか決まったか?」


「それって前に話してた、学校に通うってお話だよね? ……正直、まだ迷ってるんだ。私はみんなみたいに冒険者になりたいだけだし、それなら別に学校なんて行かなくっても平気なんだもん」


「そうは言うがな、時間が経てば他にやりたい事が見つかるかもしれねぇんだ。一度きちんと勉強する時期を作っとくのは、悪くねぇと思うぞ?」


「それは……わかるんだけど……」


 両腕をくみながら自分を見つめるギョクを前に、スズは手にもった黒パンを膝の上におろしながら答えた。微妙に歯切れの悪い返事である。




(みんなは、私に冒険者になって欲しくないのかなぁ……)


 スズは考える。冒険者になるために必要な条件は、一定年齢に達しているという事だけ。この世界での成人である十六歳になりさえすれば、冒険者ギルドはすぐにでも資格を発行してくれるのだ。

 それほど広く門戸を開いている冒険者を目指しているのだから、わざわざ学校なんぞに通う必要性を、スズは感じていなかった。


(それに……学校ってお金がかかるって聞いたもん。これ以上迷惑なんてかけられないよ)


 自分がこうしてみんなと同じ宿に泊まっているだけですら、日々の生活費はかかってしまっている。これ以上の負担を背負わせるのは、いくらなんでもワガママが過ぎるというものだ。


 自分が冒険者の資格を得るまで、あと五年とちょっと。それまでの期間を、ただ養われるだけの存在に甘んじるなど、常識的に考えてありえないとスズは考えていた。

 今すぐに金を稼ぐ術は思いつかないけれど、これだけの都会なのだ、子どもでも金を稼ぐ手段はきっとあるだろう。たとえ見つからなかったとしても、それでも学校に通うよりは出費を抑えられるはずだ。

 勧めてもらっている有り難さは身にしみてわかるが、それでも学校なんかに行っている時間があるならば、何かしらの仕事をしていた方がよっぽどみんなの為になるのではないだろうか。


 ……でも。その考えを直接ぶつける事はスズにはできない。

 きっと金銭的理由を提示しても、いつもの優しい笑顔を浮かべて『心配いらない』と言われるだけなのだ。なにせ、以前の仕事でスズが手にした金貨を生活費として使ってくれるよう頼んでも、それすら受け取ってくれない三人なのだから。



(……なんて、考えてんだろうなぁ。コイツは)


 そんな少女の考えなどお見通しの大人二人は、食事を続けるのも忘れて思い悩むスズを前に、苦いものを含んで笑いあう。二人からすれば、今のスズがやってくれている食事の片付けや、日々の洗濯だけで充分に助かっているのだ。


 たとえこんな姿になってしまったとしても、女物の下着を干している時などは、無性にどこか遠くに行きたくなる。しかもその装飾過多な薄い布が包んでいるのは、互いに何歳の時に童貞を捨てたかすら知っている男友達なのだ。気恥ずかしいやら気まずいやら、消化しきれないもやもやが付きまとう。

 そういった日々のストレスから開放してもらっていることが、三人の精神にどれほどのプラスとなっているか。スズはもちろんわかっていない。



 更に言えば、自分達の仕事の面で考えても、スズが毎日学校に通う事には意味がある。


 一緒に生活することを決めた時には自分達と行動すれば危険が伴うなどと忠告しもしたが、現在の三人に、スズを連れて冒険者としての仕事に行くつもりなど無かった。とはいえ、根が真面目なこの少女である。理由も無しに留守番を言いつけても納得してはくれないだろう。

 そこで学校に通わなければならないというお題目があれば、充分に残留を命じる理由になる。学校があるから付いて来てはだめだと言えば、流石のスズも折れてくれるはずだ。


 後は、安全な住居と何かあった時に頼る相手さえ見繕ってやれば、多少は安心して仕事に行くことが出来るだろう。子どもを学校に通わせる事を保護者の視点から見れば、少なくともその時間は、比較的安全な場所にいるはずだと安心できる側面もあるのである。



 そんな理由から、ギョクの中でスズを学校に通わせる事はほぼ本決まりである。だが同時に、提案以上の誘導が出来ないのも事実であった。

 自分達に養われているという負い目がある以上、自分達が学校に通うように強く言い含めれば、きっとスズは学校に通うことを拒否しない。だが、どうせ通うならば自分の意思で通って欲しいとも考えているのだ。


 こと学習というモノに関し、自分から望んで学びに行くことと、誰かに強制されて行くのでは雲泥の差がある。ギョクはそのことを、元の世界で高等教育まで受けた体験から知っていた。義務教育なんて言葉が存在しないこの世界だからこそ、知識や経験は意図的に掴みに行かねばならない。そうでなければ、単に時間を浪費させるだけになってしまうのだ。

 だからこそギョクも、自分達の都合だけで学校に行けとは口に出せなかった。




 互いが互いのことを考えているが故、決定的な理由を口に出せないまま、答えの出ない話し合いは続いている。歯切れの悪いやり取りが交わされ、お互いの胸中が申し訳なさで飽和してしまいそうになったあたりで、様子を窺いながら口を閉じていたツルギが口を開いた。


「とにかく、だ。スズには今のところ、すぐに始めたい何かがあるというワケではないのであろう?」


「う、うん。でも、だから学校に通いますって決めちゃうのも……」


「それはわかる。一度決めてしまえば、他に何かが見つかった時に難儀するからな。だが、スズにしてもギョクにしても、この世か――ではなく、この国の学校がどんなところかをきちんと知っているわけではあるまい?」


「そういやそうだな。一応、あのギルドの姉ちゃんから資料は見せてもらったが、ぶっちゃけて言えばそれだけの知識しかないな」


「うむ。であればここは一度、この国の学校とやらを見学してきてはどうだ? 実際にどんなところなのかを自分の目で見て、それから判断するのでも遅くは無かろう?」


「そんなことできるのかな。通ってる人達じゃなきゃ、中も見せてもらえないんじゃないの?」


「あ……いや、確か大丈夫だぞ、スズ。きちんと申し込めば、実際の授業内容なんかも見せてもらえるって、見せてもらった資料に書いていた気がする」


「そうなんだ。……それじゃ、一回行ってみようかな」


 それでもなお必要が無いと言えば、みんなだって諦めてくれるはず。心の中で呟きながらスズは頷くのであった。



 そんな少女の姿を満足げに眺めるツルギだが、コイツがスズを学校に通わせることに賛成なのは、もちろん先に述べたギョクの理由と同じである。

 だがそこに付け加えて、非常に切実な理由もある。


 三人で少女の保護者を担っている以上、スズの世話を他二人に任せっきりにするわけにはいかない。だから今のように、四六時中一緒にいる状況では、自分ひとりがふらっと出かける事は難しい。だがスズが学校に通うとなれば、少なくともその時間は自由に行動出来るようになるだろう。


(大人の男というものは、自分のためだけの時間がある程度必要なのだ……)


 時に孤独を求めるのは、男の本能ともいうべき習性。それは抗うことの出来ぬ、雄としての矜持なのだから。



 決して一緒に行動するのが嫌なわけではないのだと、心の中で言い訳をしているツルギ。そんな姫騎士少女モドキの脳裏には、肌色成分の多い衣装に身を包んでは自分を手招きする、夜の蝶たちの艶姿が浮かんでいるのだった。

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