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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第三章  イロイロあった少女 新しい生活を始める  の話
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02  『それは 若き聖なる乙女達』

「そいえば……その話し方、やっぱりなんかヘンだよカガミさん。お外だとそうなっちゃうの?」


 いくつかのやり取りの後、スズは目の前の美少女に対し、その見目に合う穏やかな口調を指してそう言った。

 これまでの異世界生活において、カガミのこのたおやかな振る舞いに対し、違和感を覚えるという意見があがったことはない。せいぜい昔なじみの先輩二人から、


「気持ち悪ィから俺達だけの時はヤメロ」


 と、言われる程度だった。

 にもかかわらず自分にこんな言葉を投げてくるスズに対し、カガミは自分達のやり取りを聞くような誰かが近くに居ないことを確認し、口を開いた。


「そんなにおかしいッスか? これでも、お淑やかな神官乙女って評判なんスけどねぇ」


「う~ん。なんでかな、最初はぜんぜんおかしくなかったんだけど、今じゃさっきみたいに女の人っぽい話し方だと、なんかぞわっとするっていうか……」


 首を傾げながらスズは言う。その性根の捻じ曲がりっぷりをつぶさに見てしまったからなのか、コイツが他二人の同業たちと交わす、頭の悪い会話を聞きすぎてしまったからなのか……。

 今となっては、この下っぱくさく情けない口調の方こそが、


(不思議としっくりくる……)


 のであった。



「ま、スズちゃんがそれが良いってんならこっちで話すッス。でも、人前では勘弁してくださいね? オレにもキャラってモンがありますから」


「別に、ずっとそっちじゃなきゃヤダとは思わないよ。でも、私と二人の時も、みんなと一緒なのが良いなって思ったの。……今は誰も聞いてないし、良いでしょ?」


「そういうことならお望みどおりにするッスよ。

 ……で、スズちゃんはナニをお祈りしてたッスか? えらく真剣だったッスけど」


「えっと……やっぱり秘密っ。なんだか言うの恥ずかしいんだもん」


 はにかんだ笑顔を見せるスズに、カガミも聖女の微笑むを返す。教会という厳粛そのものといえる場所にあっても、どこかほっとする温かさを見せる二人の姿だった。少なくとも、見た目だけは。



「秘密にしたいならそれで良いッス。なんだとしても、お祈りするのは悪いコトじゃないッスからねぇ」


「そうなの? ……でも私、あんまりマジメな信者じゃないかも。神様ってホントにいるのかなとか考えちゃう」


 少女の呟きに、カガミはこれまでの過酷だったであろうスズの暮らしぶりを思う。


「それは、これまでのスズちゃんを助けてくれなかったからッスか?」


「うん。私、これまで何度もこの教会に来て、お救いくださいってお願いしてたんだ。でも、やっぱりお祈りだけじゃ何にも変わらなかったよ。ギョクちゃんが言ってたみたく、私の運が悪くて神様にも見落とされちゃったのかもしれない。けど……」


「納得はできない、ッスか?」


「だって、ここってヤーアトの街にあった神殿と同じで、何でも知ってる神様なんでしょ? それなのに私のことを見落としちゃうのって、なんだか違うなって思ってた」


 カガミは、少女の言葉一つひとつに頷きながら話を続けていた。そして、教会の正面に鎮座する、荘厳な神の像に視線を送る。


 そこにあるのは、この教会の崇めるオモウカと呼ばれる神。知恵と知識を司るとされるその神は、聖典を紐解けば全知であるとすら謳われている。全てを知りうるその神が、自分の足元である教会で、少女の悲痛な叫びを見過ごすというのは……確かに、道理に合わない。

 彼女のこれまでが、神に捨て置かれるような不道徳な生き方でなかったことからも、救いの手が降りなかった事に疑念を抱くのは当然かもしれなかった。




 するとカガミは、黙ってその場に立ち上がり、突然の行動に自分を見つめるスズの手を引いては、教会の祭壇前へと足を運ぶ。


「ちょっと口調変わるけど、気にしないで欲しいッス」


 おもむろにその場に膝をつくと、目を丸くするスズの隣で祈りの姿勢をとった。一瞬前までのお茶らけた雰囲気は一変し、敬虔な聖女の空気を纏うカガミ。


(カガミさん……綺麗……)


 ため息をつくほどに美しい祈りの姿に、スズは息をするのも忘れて見入ってしまう。そして、


「……スズちゃん。神は、いったい何処におわすと思うかしら?」


「えっ? どこって……そこに……」


「違うわ。それは、単なる木と鉄の塊。確かに、神様の姿を(かたど)ったありがたいお姿だけど、本質的には物でしかないの。私達が祈りを捧げるのに便利だからそうしてそこにあるけれど、言ってしまえばただそれだけの物よ。だから、それは神様じゃない」


 少女は、目の前の乙女が口にする、ある種過激とも言える発言に耳を傾ける。それはこれまでも何度か耳にした余所行き神官少女の口調ではあるが、それでも単に繕った何かではない、不思議な圧力を感じる言葉だった。


「神はね、どこにでも居るし、どこにも居ないの。そして神は、私達一人ひとりに具体的な何かをしてはくれない。ただどこにでも居て、そして私達を見ていてくれる。……ただそれだけの存在よ」


「それだけしか、してくれないの? 神様は、私達を助けてくれるんじゃないの?」


「いいえ、それも違う。何故なら、私達の全部を知ってくれているという、ただそれだけで充分に救いなのよ」


「何もしてくれないのに?」


「何もしなくても。ねぇスズちゃん……もし、もしもよ。スズちゃんが道を歩いてたら、目の前に誰かのお財布が落ちていたとする。もちろん、貴女が拾ったところは誰にも見られてはいないわ。けれどその時に、向こうで財布を無くして困っている、裕福そうな誰かを見つけたとしましょう。その時スズちゃんは、どうするかしら?」


「それはもちろん! ……でも」


 スズは、すぐに財布を渡しに行くと言いかけ、そして口をつぐんだ。もしも自分が渡そうとして、相手は素直に受け取ってくれるだろうか? もしかすれば、ただ拾ったのではなく、自分が盗みでもしたのではと疑われるかもしれない。これまでの蔑まれる生活から、スズはそのように考えた。

 それに、相手は裕福な姿だという。財布一つ無くしたくらいで、生活に困りはしないだろう。むしろ苦しい暮らしを強いられていた自分の方こそが、その金を有意義に使うことが出来るというものだ。


 そこまで考えてから、それでもスズは顔を赤くする。今の自分は、これまでとは比べ物にならない幸せの中にいる。それなのにこんな卑しい考えをしてしまったことが、恥ずかしくなってしまったのだった。



 そんなスズに両手を伸ばし、カガミは柔らかく包み込む。そしてどきまぎする少女の耳元に、穏やかな声で続けた。


「良いのよ。迷ってしまった自分を恥じる必要はないわ。誰だって、ちょっとくらいは考えてしまうことなの。自分が拾ったことを誰も見ていない……誰にも気が付かれないちょっとした悪事なら、魔がさしてしまうこともあるものよ」


 乙女は美しく整ったその顔に、神聖なる慈愛を浮かべた。


「誰にも見られていないと知った時、人は、自分でも驚くほどの悪を行ってしまうことがある。それは、人の持つどうしようもない弱さなのかもしれないわ。けれど神の存在を知った人は、決してその弱さに流されてしまうことはないの。何故なら――」


「神様は、私達を、見ているから?」


「そう。賢い子ね、スズちゃん。神は私達の全てを見ている。そして見てもらっているという事実が、私達が間違った道に進んでしまう事を防ぐの。決して、神が私達を動かしているわけじゃない。けれど見守られているという思いで、私たち自身が正しい生き方を選ぶことが出来る。それこそが神の救いでなくて、一体なんだというのかしら」


「……そうするのは、自分。……でも、神様はずっと見ていてくれてる。そっか、そういう事なんだ」


 スズの中で、これまでかけられてきた言葉達が結びついていく。

 どんな救いだとしても、最後に手を動かすのは自分だ。そこに実をつける為には、やっぱり自分で動くしかない。助けを求めることも、そこに誰かの手が差し伸べられることも、等しく自分の行動の結果なのだ。

 神はただ、そこにあって見守るだけのものなのだ。


 その考えに至ったスズは、改めて深く感謝を覚えた。そして、そんな少女を見守るカガミも、やはり穏やかな微笑を向け続けるのだった。




「とても素敵な教えでしたわ」


「えぇ。聖典の言葉とは違いますけれど、それでもスッと、私達の心に染みてまいりました」


 そんな二人の後ろから、やや遠慮がちな声がかけられる。驚き振り返るスズの前に居たのは、この場に相応しい、濃紺のローブを纏ったシスター達であった。

 言葉を無くすスズをよそに、立ち上がったカガミは少しだけ彼女達に近づくと、首を傾けては口を開く。


「聞いてらしたのですね。……恥ずかしいわ」


「何を仰います。今のお話は、神に仕える者としてとして素晴らしい内容でした」


「そうです。それに、貴女が如何に神様に対して真摯に向き合っているかの証明でもあります。もしもよろしければ、もっとお話を聞かせて欲しいくらいでしたわ」


 一人のシスターの洩らした呟きに、あちこちから賛同するため息が漏れる。多柱の神を抱く宗教ゆえの寛容さからか、遍歴の神官が訪れた先の教会で別の教義の説法を行うというのは、この世界では珍しく無い光景なのだ。

 そして気が付くとカガミは、このシスター達にすっかりと囲まれてしまっていた。



「えっ? あの……えっ?」


 何処から沸いてきたんだと思わざるを得ない神殿乙女達の襲撃に、スズは思わずたたらを踏む。ほんの数歩離れた目の前で、一人の神官冒険者を、まるで憧憬する女神が光臨したかのようにもて囃すシスター達の姿がそこにあった。


 ちなみにだが、純粋な神官とは決して言えないカガミは、当然のごとく一般的な魔法の技術も使用できる。それゆえに、普通の冒険者パーティでは索敵に向かぬとされる神官の立場でありながら、魔力を使用した周囲の探索も行えるのである。

 つまり、気をつけてさえ居れば、自分の周りに人の気配が近づいてきていることなど用意に察知できる。


 これを踏まえ、先ほどのスズに語って聞かせた話の真意が何処にあるかを想像すると……。いや、これは語らぬのが花というものだろう。




「もし宜しければ、貴女の知る、神様への祈りを説いてくださいませんか?」


「素敵っ! 私達、これからしばらくは時間があるんです」


「そうねぇ。どうしましょうかしら……」


 カガミは一瞬だけスズに視線を送る。その刹那ともいえる視線のやり取りで、少女はカガミと、


(ゴメン、スズちゃん。そういうことなんで、先に帰ってもらって良いッスか? 俺はこれから、この娘達と大事なお話があるッスよ)


(えと……かまわないんだけど……)


 と、言葉を交わす。


 思わず言い澱んでしまったのは、カガミの口調になんとなく胡散臭いものを感じてしまったからである。

 流石に三人の中身がオッサンだとまでは気付いていないものの、それでもスズは、この美少女たちがいわゆる普通の『オンナノコ』ではないとは見抜いているのだ。まぁ、アレだけ頻繁に下世話な会話を繰り広げれば、誰でも感付くかもしれないのだが。


 一つだけ確かなことを述べるなら。……やっぱりこのカガミという元中年男は、社会と公序良俗の敵である。

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