01 『それは 邪気一つ無い静謐の中で』
お待たせいたしました
本日より、第三章開始いたします
その日スズは、早朝から街の教会を訪れている。
彼女が三人の冒険者達と一緒に、ここ王都イズクモで暮らすようになり、既に何日かの時が過ぎていた。
朝日差し込む薄暗い教会の中で、スズは両手を組んで瞳を閉じる。教会にしつらえられた長椅子のあちこちには、同じように祈りを捧げる人々の姿があった。その誰もが彼女と同様に、静謐な神との対話に努めているようだ。
(神様、私はコレまで、マジメにお祈りしてきませんでした。ゴメンなさい)
少女は祈る。
これまでの浮浪孤児としての生活の中でも、協会でお祈りをする機会は幾度となくあった。けれどそれは、定期的に街の孤児達に炊き出しをしてくれる教会に対し、アピールするためのポーズでしかない祈りだったのだ。
(いくらお祈りなんてしても、神様は助けてくれない。私はそう思ってたの)
いくら自分の苦労を訴えても、救いの手を求めても、今までのスズが報われることはなかった。だからそんな彼女が、神なんて居ないと決め付けてしまうのもしょうがない事なのかもしれない。
けれど今、スズは真剣に神への祈りを捧げている。それは、彼女の中に自然に湧いたナニカに対する感謝の気持ちが、この場におわす神以外には、向ける先を持たなかったからである。
――神様。あのとっても素敵な三人のお姉さん達は、私がどれだけありがとうって言っても、スズが自分で掴んだ事だって言うの。だから代わりに聞いて欲しい。私を、あの三人に会わせてくれてありがとうございます。
私はこれまで、すっごく生きるのが辛かった。死にたいとは考えなかったけど、それでも、何時死んじゃっても良いって思ってた。でも今は、あの三人と一緒にずっと居たいなって思えるんです。だからこれまで辛かったのが、今の幸せに繋がってるなら、それで良かったんだって思えるの。
やっぱり私は、神様が本当に居るかどうかなんてわかんないけど、それでも、誰かにありがとうって聞いてもらいたかった。だから、こんなのちゃんとしたお祈りじゃないのかもしれないけど、それでも言わせてください。
私を、これまで生きさせてくれてありがとう。あの人達と、会わせてくれてありがとう。
時折側を通り過ぎる教会のシスターは、そんな少女の姿に微笑ましいものを感じ、瞼を閉じる。静々と、物音一つ立てずに去り行く神の乙女達は、神に向ける少女の思いが、果たしてどんな内容であるかなどと問いただすことはない。
ただそこに、神に対するに相応しい姿が存在していることに対してのみ、彼女達は喜びを覚えるのだった。
しばらくの時が過ぎ、先ほどまで少数だが存在していたスズ以外の参拝者達は、それぞれの祈りを終えて姿を消した。そして、それまで長い間閉ざされていたスズの瞳が、差し込む光の眩しさにようやっと慣れてきたその時、
「随分、熱心だったわね」
隣から、柔らかな乙女の声がかけられる。
「カガミさん……」
「朝早くから出て行くから、何処に向かったかと思っていたけれど……此処で会うのは初めてね。スズちゃんがこの教会の信者だったとは知らなかったわ」
「ゴメンなさい、なんだかとっても来たくなっちゃって。でも、どうしてカガミさんも教会に?」
「あら、この私が教会に来るのは、そんなにおかしな事かしら?」
片目を閉じてそんなことを言うカガミの姿を改めて目にし、スズは、
「あっ……」
っと、思わず口にする。いつの間にか隣に腰掛けていた清らかな乙女の姿は、何処に出しても恥ずかしくないほどの、美しい神官乙女のソレだったのだ。
納得したように頷いているスズの姿に、カガミは目を細める。だが、コイツがこの場にいるのは、何も神への祈りを捧げる為ではなかった。
とりあえずの住まいとして、一行が泊まっている宿屋の一室。早朝の空気の中、微かな物音に目覚めたカガミは、三人の冒険者達を起こさぬようこっそりと部屋を出るスズの姿に気が付いた。
今さらこの少女が、自分達に害する何かを企んでいるなどとは思わない。それでもこんな風に黙って行動しようとしているスズの姿に興味をそそられ、こっそりと後をつけてきたのである。
結局その行き先は、自分の行動範囲内であるこの教会。少しだけ拍子抜けを感じながらも、カガミは一心に祈りを捧げる少女の隣にこっそりと腰掛け、少女の神との対話に付き合っていたのだった。
まぁあれだ、なんだかんだいって面倒見は悪くないのだ、この元中年チャラ男も。
§§§§§
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そもそも、カガミが日頃から足繁く教会に通っているのは、コイツ自信の思惑があってのことだ。その大きな一つは、三人がココに存在している理由、元の日本から異世界に飛ばされてしまった原因を探る為であった。
(オレの使える神聖術って力。これこそ、その謎を解くカギになるかもしれない)
カガミはそう考え、今もって神を信じておらず、それどころか元の暮らしでは完全無欠の無宗教であったにもかかわらず、暇を見つけては神々を奉じる教会に通っていたのである。
カガミが神官乙女の姿をしているのは伊達ではない。先日スズの体を癒した時にも使用した、神々への祈りによってもたらされるとされている、体の傷を癒し精神へ平安を与える『神聖術』。
名実共に神官乙女として知られるカガミは、ご存知の通り、この神聖術という魔法的な力の使い手である。
(だけどオレは、この世界の神を知る前から神聖術を使えた。これが一番の問題だ)
この地に連れてこられた直後。
コイツ等三人は、目の前の友人達が美少女に変貌していることにひとしきり笑い転げ、その後、自分も同じような可愛らしい姿をとっていることを絶望した。それからの、
「これは夢だ夢に違いない早く起きろ目覚めろって嘘だ嘘だろ頼むから嘘だと言ってくれマジで……」
という葛藤の一晩を経た後、三人はようやく現実を受け入れ、自分達の現状を確認することにしたのだった。
その時カガミは、自分の見た目が神に殉じる者のソレであることに気付き、傷を癒す魔法的何かが使えないかと試してみた。そして唱えられたデタラメとしか言いようのない癒しの呪文は、充分すぎるほどの効果を発揮し、カガミは自分に備わった謎の力を自覚することとなったのだ。
しばらくの冒険の日々の中で、三人はカガミの力が神聖術と呼ばれるものであることを知り、それを使う者たちが神官を名乗っていること知る。故に、今に至るまでカガミは、自分自身を神官冒険者と自称しているのである。
そしてだからこそ、カガミは自分のこの力が謎でしょうがない。なぜならば、最初に神聖術を行使した時も、その後の冒険でも、カガミは一度として神に祈りを捧げたことなどなかったのだ。
なにせ、今でこそこの世界の様式に合わせた祈りの言葉を口にしているが、コイツが使おうと思いさえすれば「ホ○ミ」でも「ケア○」でも「デ○アラハン」でも「ファース○エイド」でも、仕舞いには「まんき○たん」と唱えたとしてでも、神聖術は発動してしまうのだ。
最後の一つで効果が出たときには、思わず全員で大爆笑してしまったくらいだ。
だが、多種多様な神々への祈りでしか神聖術を使えない普通の神官達を前にした時、ようやくカガミは自分の異質さに気付く。そしてそれが、自分達をこの世界に送り込んだナニかへの手がかりになるのではと考えたのだった。
この世界に、恐らく神と呼ばれる何かは存在する。そしてそれらが、神聖術という不可思議な力を司っているのは間違いないだろう。だが、神々に一切の祈りを捧げていなかった自分にも神聖術に似た力が使えるという事は、この世界の常識から言って道理に合わない。恐らくは三人をこの世界に連れてきた原因が関係しているはずだ。
自分の力と神聖術との違いを明確に出来れば、自分の存在がどういうシロモノなのかが判るかもしれない。そうすれば、元の体を取り戻すことや、いずれは元の世界に戻ることにすら繋がる可能性がある。
カガミはそう考え、その手がかりとなるであろう教会に足を運んでは、この世界の神について調べているのだった。
(ま、こんなこと考えて教会に通ってるなんて、二人には……特にギョク先輩には言わないけどね)
自分のようなちゃらんぽらんな人間が、仲間の望みをかなえるために動いているなど、決して知られたいとは思わない。そんなの、どう考えても恥ずかしい。
それに、もっと三人でこの世界を楽しみたいと思っているカガミでは、もしも元の世界に帰る手がかりが見つかったとしても、じゃあ今すぐ帰ろうかとは考えられない。コイツの目からすれば、ツルギも、そしてギョクすらも、口ではなんと言っていようともこの世界を満喫しているようにしか見えないのだ。
もうしばらくこっちに居たって良いだろう、それがコイツの結論だった。
だから当分は、自分が教会に足を運ぶのが、神殿の乙女達とゆりんゆりんなやりとりを楽しみに来ているのだと思われていてもかまわない。カガミはそう思い、折につけては教会を訪れる。
決して、その建前が本心ではない。自分を「お姉さま」と慕ってくる神官乙女達と、イチャコラするのが目的ではないのだ。
きっと、多分。……恐らくはそうであると祈りたい。
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