第二章 エピローグ ~どこかで誰かがにやりと嗤う~
根無し草のような生活を主とする冒険者でも、何処かの街に住み着くという事はある。
それはどこかの宿で長期連泊するような形がほとんどだが、中には適当な賃貸を借り受けて、市民権すら獲得する者だって存在する。
そんな長いスパンで一つ所に住み着く冒険者達が、居を移した際に行うこと。それが、冒険者ギルドへの移動届けである。
これは別に、全ての冒険者に義務化されているわけではない。だが、ギルドからの指名依頼を振られることもある中級以上の冒険者なら、移動の際に欠かさずやるべきと推奨されている行動であった。
そして今、中級冒険者の資格を持ったギョクとツルギが、一行を代表して王都イズクモの冒険者ギルドを訪れているのも、以前に住んでいたヤーアトからの移動を申請する為であった。
これまで三人が見た中で、最も規模の大きな冒険者ギルドであるイズクモ支部。そこに足を一歩踏み入れれば、数えるのも面倒になるほどの冒険者達がひしめき合っていた。
入り口右には大きな掲示板があり、そこに張られる依頼の数々を、自分達の力量と懐事情で吟味する者たちがいる。逆側には幾つものテーブルが置かれ、依頼内容や仲間の勧誘を行う集団が場所をとっていた。
更にここからでは見えないが、二階に続く階段の先には幾つもの小部屋があり、人目を憚る相談事が交わされていることだろう。
そして、正面には複数のカウンターがあり、様々な理由でこの場所を訪れた人々が詰め掛ける。
その中の一つ、両側のブースとは仕切りによって隔たれたその場所で、小さな魔法少女が、誰が見ても不機嫌とわかる顔で座っていた。片足を膝の上に乗せ、えらそうにも肘を付いた姿勢で、木製カウンターの向こうに座るギルド職員を睨みつける。
やがて、サラサラと何事かを記入していたギルド職員の手が止まり、その、迫力のある切れ長の瞳でギョクに向き直った。
「それでは……以上でみなさんの所属は、ここイズクモ支部へと移動しました。今後はこちらを窓口に、依頼の授受を行ってください。それと、まだ移動して日も浅いでしょうから構いませんが、このままではこちらから連絡を差し上げる際に不都合が生じます。出来るだけ早く、定宿を決めていただけると助かりますね」
「……言われるまでもねぇ。どっか適当に見繕うつもりだ」
「なるほど。もしご希望であれば、ギルドが賃貸を紹介することも出来ますが?」
「余計なお世……あぁ、いや。もしかすっと頼むかもしれねぇ。そん時はまた、こっちから声かけさせてもらう」
「結構。いつでもお越しください。……さて、質問がなければ、以上で終了ですが」
トントンと書類をまとめるギルド職員は、肩口で揃えられた黒髪を揺らしながらギョクを見る。
なおも仏頂面を保ったままのギョクは、その、どこからどう見ても見覚えしかない女性ギルド職員に対し、唇を尖らせたまま不満を洩らした。
「質問? あぁ、あるね。あらいでかってヤツだ。……よぉねぇちゃん。なんでヤーアトにいるはずのアンタが、こんなトコに座ってやがるんだよ。こないだは、たまたまだなんだと抜かしてやがったが、まさかコイツまで偶然だって言い張るつもりじゃあねぇだろうな?」
「何か誤解を抱いているようですが、ギョクさん。私がココに座っているのに、何一つおかしな事はありませんよ。私は、元ヤーアト支部所属ギルド職員でしたが、現イズクモ支部職員ですので」
「はぁ?」
「お察しが悪いですね。移動した、という事ですよ。ハクトーの街でもお話したでしょう? 『ギルド内部の事情で移動している』と。つまり、私の所属がこちらに変更になったのです」
「マジかよ……。どういう偶然だ」
「私としてはありがたいですけれどね。これまでも何度か所属を変わる事はありましたが、イズクモ支部ほど大きな場所に移ったことはありませんでしたから。みなさんのように、運も実力も備えた実力派の冒険者が知己にいるというのは、私としては非常に心強いのですよ」
いきなり手放しで持ち上げられた元中年魔法少女は、
「お、おう?」
それまでの不機嫌な顔から一変して頬を掻く。
このギルド職員とは、決して短い付き合いとはいえない間柄だ。だが、今のように手放しで評価された事は、一度としてなかったのである。
微笑ましい少女の姿に、スッと目を伏せたこの女性職員は、少しだけ口の端を持ち上げる。そして、敷居の向こうに居るであろう他の職員には聞こえないよう、僅かに顔を寄せて話し出す。
「ここだけの話にしていただきたいのですが、本当にありがたいのですよ。ここイズクモのギルド職員の中で、地方から移動してきた者達に対する態度は、決して穏やかな春風ばかりとは限りません。半ば嫌がらせのように、難度の高い依頼を担当させられることもあると聞きます」
「うへぇ……。やっぱあんだな、そういうイジメっぽいヤツ」
「ですから、多少難易度の高い依頼であっても、問題なく完遂できる冒険者と繋ぎを持っているというのは、非常に心強いのです。それに、みなさんとは同じ女性同士という事もある。妙な難癖を付けられる心配は、限りなく低い」
「まぁオレ達だって、これまでアンタに世話にならなかったわけじゃねぇ。何でも言って来いとまでは言えねぇが、ちっと頼られる程度なら文句は言わねぇよ」
「助かります。……皆さんも、女性のみで組んでいるという事で、色々と面倒が起きる場合もあるでしょう。その際は、私の名前を出して頂いても構いません。出来る限り、不利にならないよう取り計らわせてもらいます」
「別に、てめぇのケツくらい自分で拭けらぁよ。……だが、まぁ。今の言葉は憶えておく」
「はい。お仲間のカガミさんにもよろしくお伝えください。それと、そちらで聞いているツルギさんも、憶えておいてくださいませ」
と、彼女は、ギョクの後ろに突っ立ったままあらぬ方向を向いているツルギに水を向ける。
他の女性達に比べれば随分マシになったとはいえ、それでも苦手な女性職員を前に、この姫騎士モドキはずっと他人のフリをし続けていたのだ。
だが、こうはっきりと名指しされてしまえば、応えぬわけにも行かない。
「お、応である。オレ様、憶エタ」
ギギギっと効果音が付きそうな仕草でこちらを向いたツルギが言う。そのまま、マルカジリとでも言い出しそうなほどの片言っぷりであった。
「そういえば、ハクトーの街で思い出しましたが……。その後、色々と大変だったようです。街の若者が、何故か次々に出頭してきては、これまでの罪を洗いざらい自供してきたそうでして。かと思えば、それらの犯罪行為の主犯と思しき次期領主の男が、湖で水死体となって発見されたそうです」
「ほぉ、そいつぁおっかねぇ事件だな。巻き込まれねぇで助かったぜ」
「領主様はすぐに養子を迎えられるということなので、跡継ぎに関しては問題は無いでしょうが、しばらくは混乱が続くでしょうね。全く、貴族の跡取りともあろうお方が酒に酔って溺れてしまうとは。言ってはなんですが、情けない話です」
「そうかもな。……ま、一介の冒険者に過ぎねぇ俺達には、関わりのねぇ話だ」
椅子の背に深く体を預け、天井を見つめたギョクが口にする。小さく頷いたギルド職員も、うっすらとした笑みを冷たく張り付かせたまま、小さく頷くのみであった。
そろそろ別行動をしているカガミとの待ち合わせが近づいたギョクたちは、それではと言って席を立つ。
「まぁアレだ。これから色々あるだろうが、一つ宜しく頼まぁよ。俺達がたまたま越してきた先にアンタも移動してきたなんて、偶然とは言え――ん? ちょっと待てよ……」
その瞬間。ギョクの脳裏に、自分達がこの街に移住してきた理由が思い出される。
ほんの一月ほど前、ちょっとした用事でヤーアトのギルドに立ち寄ったギョクを掴まえて、自分達の被保護者についてアレコレと訊ねられたことを思い出した。
(あん時、この姉ちゃんはなんて言った?)
スズの年齢を確認し、まるでその場で思いついたかのように言ってきた。
もしもギョクたちが少女の未来に責任を持つつもりなら、やはり教育は欠かすことの出来ない要素であると。そして何故かたまたまその場にあった、ここ王都イズクモの施設の資料を出し、その有用性について一席ぶちはじめたのだった。
よく考えれば、少年齢者への教育機関ならば、その他の街にもそれなりにあるというのに、だ。
「お前さん、まさか。自分が此処に移動が決まったから、俺達も同じトコに移住するようにって仕向けたんじゃあ……」
半ば睨むように自分を見つめる荒くれ者の魔法少女を前にして。
肯定も否定もしない百戦錬磨のギルド職員は、薄くにっこりと微笑むのだった。
§§§§§
§§§
§
二人の少女は割り振られた用事をようやく済ませ、今は冒険者ギルドに向かっている。
人ごみではぐれぬようにと手を繋いだまま、のんびりと歩いていた。
「ティンと来た! やっぱ、あの女はタヌキッス」
「どど、どうしたの、カガミさん。いきなりそんなこと言い出して」
「んにゃ……。なんだかわかんないけど、言わなきゃならない気がしたッス」
「そ、そうなんだ。……大変、だねぇ」
突然繰り出された謎発言に、スズはとっさの判断でそんな言葉を返す。
(みんなって、それぞれどこか不思議だけど……。カガミさんも大概ヘンな人だよねぇ……)
通りを歩く人ごみは、それぞれの目的で街を行く。誰もが自分だけの理由で、それでも一つの流れを作って歩いている。
仲間の奇行にすら空気を読んで見ないふりの少女は、そんな見知らぬ人々の海を……。
今日ものんびり、歩いていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
以上で、第二章は終了です。
もう一部、二章のまとめを近日中に投稿致します。
その後は数日お休みを挟んでから、
第三章を開始する予定です。
(それと、長すぎる気がしていた『あらすじ』をちょっといじりました)
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『
本作、及び今後私が投稿する全ての作品に関し、
外国語の翻訳は一切拒否申し上げます。
私に日本語以外の言語に対する一般以上の知識が無いため、
原文の文意に添った正確な翻訳の監修を行えないからです。
(もしも外国語版を出すとすれば、それこそお仕事としてでなければ無理でしょう)
ですので、一般の方からの外国語への翻訳は、全て却下させて頂くと共に、
当該の書き込みについてもお返事しないこと、ご了承くださいませ。
』
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※※完結済みシリーズ※※
つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~ (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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