14 『それは 一方的な救いの手』
それからしばらく。夜の早いこの世界の住民では、誰しもが夢の中にいるであろう深夜。
この宿の門前に、不穏な足音が近づいていた。
それは、何かから身を隠すかのように抑えられた人々の動き。だがそれでもしっかりと存在する、二十人程の男達であった。
カンテラの一つも持たないこの者たちでは、夜の闇に紛れ、その顔を窺うことすら叶わない。だがそれでも、男達の抑えきれぬ興奮が、小さく交わし続けられる囁きによって伝わってくる。
熱狂と、殺気と。微かな恐れが入り混じった男達のざわめきは、夜の闇の中でも充分に存在を主張していた。
男達は閉ざされた門の前にたどり着く。中の一人がそっと手を伸ばすと、堅牢なはずのその門が実にあっけなく口を開いた。そしてそのまま、男たちは闇の中を迷い無く進む。
此処に来るまで交わされていたささやかな会話は、今は殺しきれない荒い呼吸へと変わっている。誰かが、額に浮かんだ汗を拭った。
やがて一つの小屋の前に立ち並ぶ。軽く頷きあった男達は、懐から何かを取り出した。それは、プン、と質の悪い匂いのする、油が入った皮袋だ。
そう。男達の目的は、目の前のこの小屋を中の人間ごと焼き尽くすことだった。
その恐ろしい計画を目前に、覚悟はしてきたものの今だ緊張に震える誰かの手が、きつく締められた皮袋の口紐を緩められずにもたついている。
「チッ」
見かねた別の男が、不甲斐ない仲間から、大事な仕掛けを奪い取ろうと手を伸ばす。だが、男の手が届くよりもなお早く、視界の外でパッと明かりがついた。
一斉に男達は振り返り、そして驚愕で凍りつく。
男達の視界に映ったのは、この場にいるはずのない少女の姿だったのだ。
鎧姿の美少女は、驚き戸惑う男達に向かってにんまりと嗤う。
いつの間にか付けられたかがり火に照らされ、逆光で表情など見えないはずなのに……それでも男達は、一纏めにした黒髪をなびかせる少女の暴力的な微笑を、確かにその目に焼き付けた。
「油は勘弁してやるが良い。明日になれば、また別の客がこの小屋を使うのだ。そんな臭い古油など撒いた日には、処理をするここの人間が難儀するだろう」
「テ、テメェ! どうしてそんなところに! なんでオレ達が――」
「来たのがわかったか……か? ド阿呆かキサマ等。夜襲しかけたいのなら、もそっと静かに来い。アレだけザワザワと騒いでおったら、例え寝た子でも起きるというものだ」
半眼になって鼻で笑うツルギ。
そして、声を返すことすら出来ない男達を放置し、後ろの闇に向かって語りかける。
「さて、オレ様の予想通り『今夜仕掛けてくる』で正解だったな」
「ッスねぇ。っかしいなぁ……絶対、明日街を出たトコロだと思ってたんスけど」
「まだまだ読みが浅いな、カガミ。とはいえ『何もしてこない』に賭けておったギョクよりはマシだろうよ」
「ギョク先輩。微妙に楽観的なトコありますからねぇ」
「というか甘いのよ、ヤツは。……なんにせよ、当てたのはオレ様だ。約束どおり好きにやらせてもらうぞ?」
「ほいほいッス。せいぜいフォローさせてもらいますよ」
どこか投げやりにも聞こえるその声に、ツルギはようやく男達の方を向く。
一歩。足を踏み出すと、同じだけの距離を男たちは後ずさった。
「しかしオヌシ等も情けない。オレ様が言うのはアレだが、マトの居場所がわかったなら、即座に攻め込むくらいの気概を見せんでどうする。ハラを決めるまでに一晩も費やすとは、それでもキン○マ付いとるのか?」
「う、うるせぇ! こっちにも事情があったんだッ」
「事情、なぁ。……まぁよかろう。こんな夜中に雁首揃えてやってきたのだ。当然、一人残らずぶちのめされる覚悟は出来ているのだろうな?」
唇を歪めながら、なおもゆっくりと近づくツルギ。堂々と歩みを進める姫騎士の威風に、男たちは思わず距離を置いてしまっていた。
だがそんな中、一人の男が声を荒げる。サッと後ろにいる仲間達に目をやると、
「こうなっちまえばしょうがねぇ。オイ、予定とは違うが、ここでやっちまうぞ」
「で、でもよ。アイツ等すげえ強かったじゃ――」
「バカヤロウ。だからって舐められたままで良いわきゃねぇだろうが! あの時は、こっちが油断してたからしくじっただけだ。しかも今は、あのうろちょろしてやがるガキもいねぇ。この人数で囲んじまえば、負けるわけがねぇだろうが!」
弱音を吐く隣の男の頭をはたきつつ、仲間達を囃し立てた。
「良く見てみろ! 丸腰の小娘一人になんざ、ビビッてんじゃねぇぞ、テメェら」
思わず息を飲む男たち。確かに男の言うとおり、今現在敵対しているのは、皮の軽鎧を着込んだ姫騎士風の少女が一人。しかも、両腕に鉄の手甲を付けてはいても、武器らしい武器を持ってはいなかった。
例え相手が荒事を常とする冒険者であろうとも、刃物も持たない女一人に臆したというのでは、これから先どれだけバカにされ続けるかわかったものではない。
そして、名も無き一人の男が口にした一言が、決定打となる。
「そ、そうだ。それにココで逃げたら……今度はいよいよ、リエイのアニキに殺されちまう」
知らず顔を見合わせ、そして覚悟を決める。
夜の闇に紛れるように暗い服を着込んだ男達は、それぞれのやり方で怯えを追い払い、用意していた武器を抜き放った。
鉄の刃物が、かがり火に照らされ鈍い光を返す。それまで遠巻きに見ていた皆が、じりじりと歩を詰め、ただ一人の標的を取り囲む。
四方から叩きつけられる明確な殺意を全身に浴びて、ツルギはそれでも、ニヤリ、と嗤った。凶悪な顔で自分を睨みつけてくる男達に対し、尚もこの美しい戦乙女は、上出来だと褒めるように口角を上げるのだった。
「よかろう。……そもそも、キサマ等の境遇には考えるモノがなくもなかったのだ。ココは一つ、このオレ様が胸を貸してやろうではないか」
「メてんじゃねぇぞッ! このクソアマがぁ!!」
「全力で手加減してやる。……殺す気でかかって来いッ!」
その怒声を皮切りに、二十対一の戦闘が始まった。
「死ねやゴラァ!」
手にした刃物を、大上段から振りかぶる男。相手の姫騎士の腕よりもなお太い鉄の塊を、男は渾身の力を込めて叩きつける。
充分に躱せたであろう凶器に、少女は臆す事無く踏み込んだ。もっとも力が乗るであろうポイントを見極め、併せるように足を運ぶ。鋼鉄の手甲を嵌めた右腕を廻し、迫り来る刃を尺骨側で捌き受けた。
――カィン
僅かな金属音と共に凶器の軌道をずらすと、そのまま踏み込んだ右足を軸に体を翻し、同時に右腕をくるりと廻す。
流れるように体の側面に添わされた右腕は、逆側から来ていた横薙ぎの剣を弾き返した。一拍前とは比べ物にならぬ鈍く大きな音が鳴る。そして、
「踏み込みが甘いっ」
最初の一太刀を受け流された男のわき腹に、痛烈な掌打を叩き込んだ。
ゴリッ、と音を立てるほど男の体に食い込むツルギの左手。その手を引き抜くと同時に、姫騎士の体は後方へと飛び退る。予備動作も無しに跳躍を行うツルギに対し、男たちは当然、ついていけるはずもなかった。
「まずは一人。……さぁ、どんどんいくぞ?」
不敵な少女の声を他所に、今夜はじめての攻撃を受けた男は、わき腹を抉り取られたような衝撃でその場に崩れ落ちる。だが、余りの激痛に気を失うことすら叶わない。
その後もツルギは、男達の腹ばかりを狙って攻撃を加える。たまに腕や足をへし折られる者はいても、首から上に攻撃を食らったものは一人としていなかった。その為誰もが、意識を失うことすら出来ず、地面に転がり激痛に悶えている。
……そして同様の苦しみを、数分の内に、全員が味わうことになるのだった。
ほんの二、三分の戦闘で、この場に立っている者は、少女の他には誰一人として居なくなる。だがツルギは、泡どころか血すら吐いているこの男達を前に、
「さて、頼んだぞ。カガミ」
と、後方に向かって声をかける。
すると程なくして、うずくまる男達を取り囲む、薄ぼんやりとした光が地面から立ち上がる。
「お、オイ……。なんだ、コレ」
「ウソだろ……?」
驚愕を露にする男達。無理もない。その光に包まれた男たちは、体から痛みが取り除かれていくのである。気味の悪い方向に曲がっていた手足も、あっという間に元の状態を取り戻した。
何がどうして、自分達の傷が癒えたのかわからない。わからないが、先ほどまで絶えず続いていた激痛から解放された男たちは、戸惑いながらも立ち上がろうとする。
そしてそこに、美しい乙女の声がかけられた。
「よ~しよし。痛みはなくなったな? それでは、早速続きといこうではないか」
つまりそれは、更なる地獄の到来を告げる声だった。
「そもそもキサマ等、若さゆえの衝動をぶつける先が無いから、街で暴れておったのであろう? ……いや、皆まで言うな。オレ様にも、似たような衝動で暴れていた時代があったのだ。気持ちは良くわかる。だがだからと言って、無関係の人達に狼藉を働いて良いという理由にはならん。そういう鬱憤は、ヒトサマに迷惑にならんように発散せんとなぁ」
ツルギは、コイツとしては最大限の思いやりを込めて言葉を続ける。
「さぁ、どんどんかかって来い。なぁに、どれだけ怪我を負おうと、死なない限りはキッチリ治す手ハズだ。安心して、思いの限り暴れるが良い。そもそもこんな街中でおおっぴらに殺しをやるほど、オレ様たちは人生投げておらんからな」
その狂気を孕んだ発言に、男達の足は自然と後ずさる。いや、後ずさろうとする。試みる。
だが、男達を射抜く戦乙女の眼光は、逃げ出すことすら許さない。
「……おっと。逃げようだとか、無抵抗を貫こうなどとは思うなよ? キサマ等にはココで、存分に青春の滾りを発散してもらうのだからな。性根に染み込んだ膿が抜けきるまで、思う存分暴れてもらうぞ」
そして男たちは理解する。
たとえどれだけの苦しみを得ようと、この場から解放される事はない。目の前にいる理解できないナニかが満足するまで、意味の無い抵抗を続けるしかない。
この、麗しき乙女の皮を被った化け物が納得するまで、殴られては癒されるという無限地獄を続けるより他にないのだと、遅まきながらも理解するのだった。
(生きて帰れたら……まじめに働こう……)
(これまで迷惑かけた人達に謝って、コイツ等とも縁を切ろう……)
今さらながらの感傷を抱きながら、当たるはずの無い攻撃を繰り返す男達。そしてまた、誰かが地面に転がされ、血反吐を吐いては悶絶する。
……彼らの長い長い夜は、まだ始まったばかりだった。
お読み頂きありがとうございました。
お気に召しましたら、ブックマーク等いただけると嬉しいです。
皆様の一票に、この作品は支えられております。
もし宜しければ『我々の業界ではご褒美です』
だけでも結構ですので、
ご意見、ご感想いただけると嬉しいです。
↓↓宜しければこちらもどうぞ↓↓
※※完結済みシリーズ※※
つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~ (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
http://ncode.syosetu.com/n2278df/