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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第二章  四人になった少女愚連隊 新天地を求める  の話
33/80

14  『それは 一方的な救いの手』

 それからしばらく。夜の早いこの世界の住民では、誰しもが夢の中にいるであろう深夜。

 この宿の門前に、不穏な足音が近づいていた。



 それは、何かから身を隠すかのように抑えられた人々の動き。だがそれでもしっかりと存在する、二十人程の男達であった。

 カンテラの一つも持たないこの者たちでは、夜の闇に紛れ、その顔を窺うことすら叶わない。だがそれでも、男達の抑えきれぬ興奮が、小さく交わし続けられる囁きによって伝わってくる。

 熱狂と、殺気と。微かな恐れが入り混じった男達のざわめきは、夜の闇の中でも充分に存在を主張していた。


 男達は閉ざされた門の前にたどり着く。中の一人がそっと手を伸ばすと、堅牢なはずのその門が実にあっけなく口を開いた。そしてそのまま、男たちは闇の中を迷い無く進む。

 此処に来るまで交わされていたささやかな会話は、今は殺しきれない荒い呼吸へと変わっている。誰かが、額に浮かんだ汗を拭った。


 やがて一つの小屋の前に立ち並ぶ。軽く頷きあった男達は、懐から何かを取り出した。それは、プン、と質の悪い匂いのする、油が入った皮袋だ。

 そう。男達の目的は、目の前のこの小屋を中の人間ごと焼き尽くすことだった。


 その恐ろしい計画を目前に、覚悟はしてきたものの今だ緊張に震える誰かの手が、きつく締められた皮袋の口紐を緩められずにもたついている。


「チッ」


 見かねた別の男が、不甲斐ない仲間から、大事な仕掛けを奪い取ろうと手を伸ばす。だが、男の手が届くよりもなお早く、視界の外でパッと明かりがついた。

 一斉に男達は振り返り、そして驚愕で凍りつく。


 男達の視界に映ったのは、この場にいるはずのない少女の姿だったのだ。




 鎧姿の美少女は、驚き戸惑う男達に向かってにんまりと嗤う。

 いつの間にか付けられたかがり火に照らされ、逆光で表情など見えないはずなのに……それでも男達は、一纏めにした黒髪をなびかせる少女の暴力的な微笑を、確かにその目に焼き付けた。


「油は勘弁してやるが良い。明日になれば、また別の客がこの小屋を使うのだ。そんな臭い古油など撒いた日には、処理をするここの人間が難儀するだろう」


「テ、テメェ! どうしてそんなところに! なんでオレ達が――」


「来たのがわかったか……か? ド阿呆かキサマ等。夜襲しかけたいのなら、もそっと静かに来い。アレだけザワザワと騒いでおったら、例え寝た子でも起きるというものだ」


 半眼になって鼻で笑うツルギ。

 そして、声を返すことすら出来ない男達を放置し、後ろの闇に向かって語りかける。



「さて、オレ様の予想通り『今夜仕掛けてくる』で正解だったな」


「ッスねぇ。っかしいなぁ……絶対、明日街を出たトコロだと思ってたんスけど」


「まだまだ読みが浅いな、カガミ。とはいえ『何もしてこない』に賭けておったギョクよりはマシだろうよ」


「ギョク先輩。微妙に楽観的なトコありますからねぇ」


「というか甘いのよ、ヤツは。……なんにせよ、当てたのはオレ様だ。約束どおり好きにやらせてもらうぞ?」


「ほいほいッス。せいぜいフォローさせてもらいますよ」


 どこか投げやりにも聞こえるその声に、ツルギはようやく男達の方を向く。

 一歩。足を踏み出すと、同じだけの距離を男たちは後ずさった。



「しかしオヌシ等も情けない。オレ様が言うのはアレだが、マトの居場所がわかったなら、即座に攻め込むくらいの気概を見せんでどうする。ハラを決めるまでに一晩も費やすとは、それでもキン○マ付いとるのか?」


「う、うるせぇ! こっちにも事情があったんだッ」


「事情、なぁ。……まぁよかろう。こんな夜中に雁首揃えてやってきたのだ。当然、一人残らずぶちのめされる覚悟は出来ているのだろうな?」


 唇を歪めながら、なおもゆっくりと近づくツルギ。堂々と歩みを進める姫騎士の威風に、男たちは思わず距離を置いてしまっていた。

 だがそんな中、一人の男が声を荒げる。サッと後ろにいる仲間達に目をやると、


「こうなっちまえばしょうがねぇ。オイ、予定とは違うが、ここでやっちまうぞ」


「で、でもよ。アイツ等すげえ強かったじゃ――」


「バカヤロウ。だからって舐められたままで良いわきゃねぇだろうが! あの時は、こっちが油断してたからしくじっただけだ。しかも今は、あのうろちょろしてやがるガキもいねぇ。この人数で囲んじまえば、負けるわけがねぇだろうが!」


 弱音を吐く隣の男の頭をはたきつつ、仲間達を囃し立てた。


「良く見てみろ! 丸腰の小娘一人になんざ、ビビッてんじゃねぇぞ、テメェら」


 思わず息を飲む男たち。確かに男の言うとおり、今現在敵対しているのは、皮の軽鎧を着込んだ姫騎士風の少女が一人。しかも、両腕に鉄の手甲を付けてはいても、武器らしい武器を持ってはいなかった。

 例え相手が荒事を常とする冒険者であろうとも、刃物も持たない女一人に臆したというのでは、これから先どれだけバカにされ続けるかわかったものではない。


 そして、名も無き一人の男が口にした一言が、決定打となる。


「そ、そうだ。それにココで逃げたら……今度はいよいよ、リエイのアニキに殺されちまう」


 知らず顔を見合わせ、そして覚悟を決める。

 夜の闇に紛れるように暗い服を着込んだ男達は、それぞれのやり方で怯えを追い払い、用意していた武器を抜き放った。

 鉄の刃物が、かがり火に照らされ鈍い光を返す。それまで遠巻きに見ていた皆が、じりじりと歩を詰め、ただ一人の標的を取り囲む。


 四方から叩きつけられる明確な殺意を全身に浴びて、ツルギはそれでも、ニヤリ、と嗤った。凶悪な顔で自分を睨みつけてくる男達に対し、尚もこの美しい戦乙女は、上出来だと褒めるように口角を上げるのだった。


「よかろう。……そもそも、キサマ等の境遇には考えるモノがなくもなかったのだ。ココは一つ、このオレ様が胸を貸してやろうではないか」


「メてんじゃねぇぞッ! このクソアマがぁ!!」


「全力で手加減してやる。……殺す気でかかって来いッ!」


 その怒声を皮切りに、二十対一の戦闘が始まった。




「死ねやゴラァ!」


 手にした刃物を、大上段から振りかぶる男。相手の姫騎士の腕よりもなお太い鉄の塊を、男は渾身の力を込めて叩きつける。

 充分に躱せたであろう凶器に、少女は臆す事無く踏み込んだ。もっとも力が乗るであろうポイントを見極め、併せるように足を運ぶ。鋼鉄の手甲を嵌めた右腕を廻し、迫り来る刃を尺骨側で捌き受けた。


 ――カィン


 僅かな金属音と共に凶器の軌道をずらすと、そのまま踏み込んだ右足を軸に体を翻し、同時に右腕をくるりと廻す。

 流れるように体の側面に添わされた右腕は、逆側から来ていた横薙ぎの剣を弾き返した。一拍前とは比べ物にならぬ鈍く大きな音が鳴る。そして、


「踏み込みが甘いっ」


 最初の一太刀を受け流された男のわき腹に、痛烈な掌打を叩き込んだ。



 ゴリッ、と音を立てるほど男の体に食い込むツルギの左手。その手を引き抜くと同時に、姫騎士の体は後方へと飛び退る。予備動作も無しに跳躍を行うツルギに対し、男たちは当然、ついていけるはずもなかった。


「まずは一人。……さぁ、どんどんいくぞ?」


 不敵な少女の声を他所に、今夜はじめての攻撃を受けた男は、わき腹を抉り取られたような衝撃でその場に崩れ落ちる。だが、余りの激痛に気を失うことすら叶わない。



 その後もツルギは、男達の腹ばかりを狙って攻撃を加える。たまに腕や足をへし折られる者はいても、首から上に攻撃を食らったものは一人としていなかった。その為誰もが、意識を失うことすら出来ず、地面に転がり激痛に悶えている。

 ……そして同様の苦しみを、数分の内に、全員が味わうことになるのだった。




 ほんの二、三分の戦闘で、この場に立っている者は、少女の他には誰一人として居なくなる。だがツルギは、泡どころか血すら吐いているこの男達を前に、


「さて、頼んだぞ。カガミ」


 と、後方に向かって声をかける。

 すると程なくして、うずくまる男達を取り囲む、薄ぼんやりとした光が地面から立ち上がる。


「お、オイ……。なんだ、コレ」


「ウソだろ……?」


 驚愕を露にする男達。無理もない。その光に包まれた男たちは、体から痛みが取り除かれていくのである。気味の悪い方向に曲がっていた手足も、あっという間に元の状態を取り戻した。


 何がどうして、自分達の傷が癒えたのかわからない。わからないが、先ほどまで絶えず続いていた激痛から解放された男たちは、戸惑いながらも立ち上がろうとする。

 そしてそこに、美しい乙女の声がかけられた。


「よ~しよし。痛みはなくなったな? それでは、早速続きといこうではないか」



 つまりそれは、更なる地獄の到来を告げる声だった。


「そもそもキサマ等、若さゆえの衝動をぶつける先が無いから、街で暴れておったのであろう? ……いや、皆まで言うな。オレ様にも、似たような衝動で暴れていた時代があったのだ。気持ちは良くわかる。だがだからと言って、無関係の人達に狼藉を働いて良いという理由にはならん。そういう鬱憤は、ヒトサマに迷惑にならんように発散せんとなぁ」


 ツルギは、コイツとしては最大限の思いやりを込めて言葉を続ける。


「さぁ、どんどんかかって来い。なぁに、どれだけ怪我を負おうと、死なない限りはキッチリ治す手ハズだ。安心して、思いの限り暴れるが良い。そもそもこんな街中でおおっぴらに殺しをやるほど、オレ様たちは人生投げておらんからな」


 その狂気を孕んだ発言に、男達の足は自然と後ずさる。いや、後ずさろうとする。試みる。

 だが、男達を射抜く戦乙女の眼光は、逃げ出すことすら許さない。


「……おっと。逃げようだとか、無抵抗を貫こうなどとは思うなよ? キサマ等にはココで、存分に青春の滾りを発散してもらうのだからな。性根に染み込んだ膿が抜けきるまで、思う存分暴れてもらうぞ」


 そして男たちは理解する。

 たとえどれだけの苦しみを得ようと、この場から解放される事はない。目の前にいる理解できないナニかが満足するまで、意味の無い抵抗を続けるしかない。

 この、麗しき乙女の皮を被った化け物が納得するまで、殴られては癒されるという無限地獄を続けるより他にないのだと、遅まきながらも理解するのだった。




(生きて帰れたら……まじめに働こう……)


(これまで迷惑かけた人達に謝って、コイツ等とも縁を切ろう……)


 今さらながらの感傷を抱きながら、当たるはずの無い攻撃を繰り返す男達。そしてまた、誰かが地面に転がされ、血反吐を吐いては悶絶する。

 ……彼らの長い長い夜は、まだ始まったばかりだった。

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