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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第二章  四人になった少女愚連隊 新天地を求める  の話
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13  『それは 覚悟の必要な』

「ギョク! 大変だ、すぐに起きろっ!」


 翌朝。旅人としても、街で暮らす住民としても遅すぎる、既に日が登りきった時間にギョクは叩き起こされた。

 魔法少女が眠るベッドを揺らしながら叫ぶのは、日常用の皮の軽鎧に身を包んだツルギであった。


「んだよ朝っぱらから。こっちゃまだ、あんま寝れてねぇんだから騒ぐなって。……どうせ大したコトでもねぇんだろ?」


「バカを言うな。コレが一大事でなくてなんだというのだ」


「わかったわかった。良いからさっさと言え」


 生成りのシーツに身をくるみ、寝ぼけまなこを手の甲でぐじぐじやりながらギョクは促す。そんなあまりにもあざと可愛らしい少女モドキの両肩に手を置き、あくまで真剣な眼差しのツルギである。


「良いか。オレ様は今朝起きてすぐ、よんどころなき理由でここの色町に赴こうとした」


「正直に発情したって言えよ。朝っぱらから良くやるぜ」


「だが、なんとも恐るべきコトに。ここハクトーの街には……」


 ギョクの突っ込みすら無視し、姫騎士少女の真に迫る気迫は衰えない。

 ゴクリ――

 息を呑む音がやけに大きく聞こえ。決定的な一言を、ツルギは口にした。……言ってしまった。


「おネェちゃんの居る店が一軒も無かったのだッッ!!」


「死ぬほどどうでも良い」




 なおも、ありえないだの不自然すぎるだのと喚き散らすツルギを、ギョクは呆れた眼差しで見つめ続ける。そして、


「くちゅん」


 少しずつ寒さを増している秋の気配に、なんとも可愛らしいくしゃみを一つ。


 コイツの中身を知っている側からすれば、気持ち悪いとかおかしいなどというよりも、おぞましいと表現したほうが正鵠を得る仕草である。だが、夏も過ぎ去った昨今、この時間に肌寒さを感じてしまうのはしょうがない事かもしれない。



 再三述べているとおり、コイツ等元中年三人組は、この世界において一定の服装しか身につける事はできない。それはなにも人前に出るときに限らず、自室で一人寛いでいる時でも、やはり決まった趣意の服しか着られないのだ。

 と、言う事は。夜寝るときの服装も、それに準じた物になってしまうということである。


 野営ならば別に良い。夜中に何かあれば即座に行動に移らねばならない野宿では、すぐ戦闘に移れる服装で、無理やり体を休めるのが当然なのだから。だが、安全が確保されている街中でまで、寝苦しいゴテゴテした格好で居られるものか? いや、無理だ。もっとのんびり体を休めたい。


 ということで、この世界に来てしばらく過ごした三人は、寝間着問題をどうにかすることを考えた。



 最も楽なのはカガミである。コイツの神官服はゆったりとしたデザインの物が多く、宗教的意味を持つ装飾などを外してしまえば、充分に夜着としての用途に応えられる。

 次に割り切ったのはツルギだ。こいつは元より『寝るときは全裸』という主義の生活を送っていたため、面倒な具足を脱いでしまえばそれで良かった。流石に近頃では下着くらいは身に付けているが、これはツルギの余りにあけすけなナイトスタイルに閉口した、夜の女性達による説得の結果である。

 曰く、ボディーラインが崩れるようなマネは許せない、のだそうだ。


 そして問題のギョクである。こいつの縛りは、ふわりと体を締め付けすぎないデザインで、ある程度足や腕が露出している必要がある。その上、随所に一定以上のレースやフリル、リボンがあしらわれていなければ、コレもまた羽織っただけでゲロゲロ吐く。

 そんな基準を満たし、なおかつ夜着としての用途も満たす服装など……何故か立派に存在した。


 そんなわけで今のギョクのお召し物は、この世界の極々一部で愛用されている夜着である。それは、透け感のある薄手の生地が太もも辺りまでルーズに広がり、肩に吊るされたレース紐の付け根や胸元には、動きの邪魔にならない程度のリボンやフリルが装飾されている一着。

 何処かからツルギとカガミが調達してきた、元の世界の常識で言えばベビードールと呼ばれる、なんとも嗜好性の高い寝間着を身につけているのだった。


 そんな特殊な服で、薄い胸元を覆う元中年。こんな頭おかしい格好が、この上なく似合っている元三十台独身男性。……涙を……禁じえない。

 まぁ当の本人は、例えこんな格好でも、一年近く続けさせられていればそれなりに慣れが来るもの。最近では、スズの前でこの姿を晒すのにすら抵抗が無くなってきているのである。人とは、時に想像以上に逞しい生き物だ



「そんで? 何が無いって?」


 何時までも寝巻きのままではいられない。寝ぼける頭を振りつつ、スルスルと肌触りの良いベビードールを脱ぎ、ギョクはいつもの魔女っ子ドレスに着替える。

 十代中頃にしか見えない美少女の、生唾モノのお着替えシーンが展開されているわけなのだが、如何せん観客はツルギただ一人。なんの感慨も抱いてはいなかった。


「だから。色町だ、色町。お色気たっぷりのおネェちゃん達が待ち受ける、素敵な夢の国だ。それがこの街には何処を探しても無い、おかしいとは思わんか?」


「んなモン、無い所には無いだろうよ。どいつもこいつも、お前みてぇに女に飢えて生きてるってワケじゃねぇんだ」


「いや、おかしい。小さな宿場町というならいざ知らず、これだけ人の行き来が盛んな街で、風俗店の一つも存在しないというのは道理に合わん。……ギョク。これは……なにか、あるぞ?」


 急にシリアスな口調に変わりツルギは言う。いつも鋭いコイツの瞳が、言葉と共にキラリと光った。



「雰囲気出してんじゃねぇよ、ボケ。……あのなぁ、昨夜の話。ちゃんと聞いてなかったのか?」


 街に隠された陰謀を、このオレ様が暴いてやるぜとばかりに意気込むツルギ。しかしギョクは、心底呆れた顔で応える。


「この街は、ここ数年で大きくなった街だって言ってたろ? それまではずっと小さな宿場だったって」


「あっ……」


 頭を掻きながらギョクが出したヒントで、踊る男女の埴輪のごとき表情を見せるツルギ。


「つまり、色町は『無い』のではなく『まだ出来てない』だけ! そういう事だったのかッ!!」


「多分だけどな。……ったく、ちっと考えりゃわかるだろ。そんくらい」


 馬鹿を見る目で言い放つギョクであった。そして、いつまでもアホ顔を晒す旧来の友人の顔を眺め、思い出したように口を開く。


「そういや、カガミとスズはどこに行ったんだ? まさかアイツ等まで、オマエのくだらねぇ用事につき合わせたんじゃねぇだろうな」


「ん? ……っと、そんな事しとらんわっ。二人なら、今は買出しに行っておるはずだぞ。書置きが残っておった」


 ギョクの語った、街の秘密を暴く一言になおも何事かを考えつつ、ドレススカートのポケットから一枚のメモをヒラヒラさせるツルギであった。



§§§§§


§§§


§



 所変わってハクトーの街中。一行の泊まった宿に向かう道を、大きな荷物を抱えた二人の少女が歩いている。

 今しがたツルギの言葉にあった、買出しに向かっていたカガミとスズである。


 二人は、特に何もすることのない昼の時間を使い、今後の旅に必要なアレコレを買い求めに向かっていたのだった。



「スズちゃん。そんなに急いで歩いちゃ危ないッスよ」


「大丈夫だよ、カガミさん。なんかね、すっごい体が軽いの。こないだカガミさんに神聖術使ってもらったからかな? 今ならもっと早く、私、走れる気がするよ」


 数日分の食料や調味料の入った袋を抱えた少女は、スキップでもするかのように、跳ねながら道を進んでいく。そんな少女が持つには重過ぎる、水の入った皮袋やいくつかの酒のビンを背負うカガミは、今にも歌い出しそうなほどに上機嫌なスズの後ろを、温かみのある笑みを浮かべる。


(昨夜はちょっと心配だったけど……この様子なら大丈夫か)


 少女に対し複雑な感情を抱きながら、カガミは穏やかな秋空の下を歩いていた。



 またしばらく歩き、もう少しで皆の待つ宿にたどり着こうというその場所で、数歩先を歩いていたスズの足がぴたりと止まる。追いついたカガミが傍らの少女の目線を追ってみると、そこには、昨夜別れたっきりのマチネの姿があった。

 今、門を出たばかりであろう彼女は、カガミたちとは逆の方向へ歩いているようである。



(あっちは、街とは逆だが……?)


 マチネの行動が少しだけ気にかかったカガミの隣で、先ほどまでの朗らかな様子とは一変して、スズは呟くような声で話し出す。


「私ね。やっぱり、マチネさんを助けてあげたかったよ、カガミさん……」


「スズちゃん。その気持ちはわかるけど――」


「うぅん。みんなが話してたコトもわかるんだ。みんながどうして手を握ってあげられなかったのかも、ちゃんとわかってる。でも、やっぱり私は、マチネさんをどうにかしてあげたいって思う」


 少女の呟きを聞いていたカガミは、ため息をついて、少しだけ冷たい口調で言った。



「それで、どうするッスか? オレ達に、何とかしてあげるべきだって頼むッスか?」


「それはしないよ。だって、みんなが言ってたことも納得できるんだもん。前に言ってたよね、誰だって、自分に出来る範囲でなら誰かの助けになれるんだって。今回の事は、みんなにとって出来ない範囲だった。そういう事なんでしょ?」


「それは……。そうッスね」


「だから、みんなに何とかして欲しいってお願いするのは違う。だけど私は助けたいって思う。今も、多分これからもずっと思う。思い続ける」


「思うだけッスか?」


「それしか出来ないんだもん。今の私には、思うことしか出来ないの。……私、もっと強くなりたいな。強くなって、もっと沢山の手を掴んであげられるようになりたい」


 胸元に引き寄せた自分の手をぎゅっと握り締めながら、スズは、小さくなりゆくマチネの背を見続けていた。そんな少女を、カガミも、その宝石のような瞳で見続けるのだった。




 その後。結局その日は、それぞれのんびりと過ごして一日が終わった。

 なにやら良くわからない鍛錬に汗を流したり、寝たりないと惰眠をむさぼっていたり。スズもカガミに付き合い、翌日から新たに始める旅の準備に費やしたのだった。


 そして一行は宿自慢の夕食を平らげ、そのままいつものように、寝静る。

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もし宜しければ『なんて破廉恥な寝間着、許しませんよ!(建前)いいぞもっとやれ(本音)』

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 ※※完結済みシリーズ※※

つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)

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