09 『それは 嫌いじゃないけど好きでもない』
本日、二度目の更新です。
ご注意くださいませ。
馬車から降ろしていた手回りの荷物を部屋に置いた後は、なにはともあれ夕食にすることにした。
せっかくなので広々とした母屋のリビングで食事を取ろうと、一行は先ほど話をしていた場所まで戻ってくる。受付に腰掛けている、先ほどのマチネとは違う従業員に訊ねると、快く食事のテーブルへと案内してくれる。
「へぇ。それじゃ、さっき話したマチネさんってのが、実質的なここの経営者なのか」
「そうなんだよお嬢ちゃん。今の店主は病気がちな方で、一昨年寝込んでしまってからなかなか床を離れられなくってな。一時はオレ達も不安に思ったけど、マチネさんがしっかりやってくれるから、今じゃみんな頼りにしているのさ」
「なるほどね。いや、若い娘さんの身で大したモンだ」
道すがら、案内の従業員と話すギョクである。
当然だが、この二十歳そこそこと思しき男の従業員は、ゴスロリ少女のオッサン臭い口調に違和しか感じていない。それでも正面から文句の一つも言わない辺りは、曲がりなりにも宿泊施設の従業員というところであろう。全体的にフレンドリーな口調の店員ばかりのようだが、それでも最後の一線は越えないようである。
まぁ、自分の上司をして『若い娘』と評する言葉には、思わず口の端をひくひくさせているのだが。
一行が案内されたテーブルに着くと、程なくして今日の夕食が運ばれてくる。
適当にお任せにした料理は、耳の長い草食動物の肉を大振りに切り落とした白色の煮込みや、癖のある香草を色とりどりの野菜と軽く炒めた温サラダなど、その土地のものと思われる食材が並んでいる。
その中に、親指大にぶつ切りにされた何かの揚げ物がある。行儀悪くも丸ままかじりついてみると、衣に染み込んだワインの香りが鼻を抜け、白身魚のような中身からジュワっと油が染み出て心地よい。
「なんだろうな、コレ。どっかで喰ったことある気がする」
「どれどれ。……ふむ、確かにオレ様にも記憶があるな」
淡白ながらもしっかりとした食べ応えのある肉感。そして、ほんの少しの泥臭さをも隠し切る、ソースの熟れきった果実のような芳醇な香り。濃厚な脂身も相まる圧倒的な満足感は、決して華やかな一皿とは言えない盛り付けにもかかわらず、これが本日のメインであることを雄弁に語っていた。
たまらず一つ、もう一つと、ギョクとツルギが手を伸ばしていると、皿の上に山と詰まれた料理はあっという間に量を減らしていく。
「ホラ、スズちゃん。遠慮しないで食べなきゃダメよ? あの肉食獣二匹の前でうかうかしてたら、それこそ根こそぎ持っていかれてしまうわ」
「う、うん。おっきくなるには、ちゃんと食べなきゃだもんね」
余所行きの声で話すカガミは、そんな二人に気圧されているスズの皿に、どんどんと料理を運んでいる。自分は小食な分、余裕があるのだろう。
なおも暴食の極みを発揮し続ける二人。そしてそこへ、
「しっかし……コレ、ホントなんだったけな。絶対知ってる魚のはずなんだが」
「それはこの地域の名産、アンギーの揚げ煮でしょう。見たことありませんか? こう、細長い蛇のような魚なのですが」
「そうだそうだ。どっかで喰ったと思えば、コレ、ウナギに似てんだよ。……って、アンタっ!」
どこかで聞いた、落ち着いた女性のものと思われる声に、思わず一行は振り返る。
「数日振りですね、皆さん。お元気そうで何よりです。……それより、食事中に席を立つのははしたないですよ? ギョクさん」
ナプキンで口の端を拭きながら答える彼女は、三人もよく知る、ヤーアトの冒険者ギルドの女性職員。その人であった。
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「――で? ちゃあんと説明してもらおうか。ヤーアトのギルドじゃ結構上の地位に居るはずのアンタが、なんだってこんなトコまで出張ってんだよ」
「別に、皆さんに報告しなければならない何かがあったわけではありませんよ。私も仕事の都合でこちらの方面に用事があり、たまたま皆さんと同じこの宿をとった。ただそれだけですね」
「たまたま、だぁ? そんな偶然があるものかよ。オゥ姉ちゃん。俺達に妙な隠し立てしてっと、ロクな目にあわねぇぞ、ゴラ」
「相変わらず口が汚いですね、ギョクさん。別に私に対して敬語を使えとは言いませんが、その辺りもう少しきちんとするべきだと再三忠告しているでしょう?」
「答えになっていませんわね。貴女が此処に居る理由を、きちんと説明して頂きたいものです。それに、確かにギョク先輩は稀にみる鄙の育ちではありますが、それでも一応は文明人ですわ」
食事の終わった一行は、今は、見知ったギルド職員と同じテーブルを囲んでいた。
落ち着いた素振りで食後のお茶に口をつける女性に対し、ギョクは椅子に足を乗せ、フリルの付いたスカートの裾も露に、腕まくりまでして問い詰める。
カガミはカガミで、この狐目の職員が、またもなにやら暗躍しているのかと疑っているようだ。一片の乱れも無い神官乙女の風貌はそのまま、余所行きの丁寧口調も変わらぬが、何処となく棘のある目線と話し方である。
「ねぇねぇ、ツルギさん。鄙の育ちって?」
「む? 何であったかな。……たしか、田舎モノとかそういう意味だったと」
そんな騒ぎに関わりたくないツルギは、こっそりとスズを連れ、隣のテーブルへと避難している。
ギョクやカガミは言うまでもなく、このギルド職員も冷たい刃を思わせる整った顔立ちの女性なのだ。そんな美しい女性達が、声音も大きく言い争いをしているとあらば、嫌でも周囲の注目を集める。
どうせあの場にいても役には立たないのだし、衆人の目から逃げ出そうと企んだとてツルギが責められる理由はないだろう。むしろ、スズも連れて避難しているのだから上出来だ。
常日頃から荒事家業の冒険者達を口先一つでやり込めているギルド職員ではあるが、それでも今の、マジ目立ち二千パーセントな状況には閉口してしまう。ため息をついて、ギョクとツルギを落ち着かせた。
「判りました。ギルドの規定に触らぬ範囲でお答えしましょう。それでも、本当に大した理由ではないんですよ?」
「それを判断するのは私達です。どうぞ、続きを」
「先ほども申し上げたとおり、私は仕事の都合上ここにいます。とはいっても、今も移動の最中なのですよ。私は三日も前からこの宿に泊まり、皆さん同様、あの橋の修復で足を止められているところなのです」
「三日前から、だぁ?」
「えぇ。その辺りは、宿帳でも確認して頂ければすぐにわかるでしょう。皆さんが今日この街に入ったことも、先ほど小耳に挟んで驚いたくらいです。どうです。たまたま、でしょう?」
「その仕事の内容は、教えてはいただけませんの?」
「依頼がらみではありませんから、お答えすることは出来ません。……まぁ、ギルド内部の事情ですよ。一般の冒険者さんたちにお話しする内容ではありませんね」
「なるほど。依頼は一切関係ない、と」
「はい。皆さんに限らず、どの冒険者の依頼にも関係ありません」
少し納得したように、カガミは頷いていた。
……だが、
「そんじゃ、本ッ当に、たまたまだって言うのかよ」
「えぇ。何度も言っておりますが、たまたま貴女方と同じ街に居て、たまたま同じ宿に泊まっているだけ。むしろ私からすれば、皆さんの方が後から来ているのですよ?」
「……たまたま、ねぇ」
「はい。たまたまです」
ギルド職員の言葉にも、ギョクはなおも訝しげな視線を緩めない。そして視線の先の女性は、そんな下からねめつけるような魔法少女の視線をも、涼しくやり過ごしているのだった。
一方のカガミは、バチバチと火花が飛び交うテーブルから、いつの間にかツルギ達の方へと移動してきていた。
「む? もう良いのか?」
「はいッス。あの人、ほんとに腹の中じゃ何考えてっか判らないくらいの腹黒ッスけど、それでもオレ達冒険者に不都合な事はしないッス。これまでも敢えて黙っていられた事は多いけど、それでも嘘はつかれませんでしたからね。今回のも、本当に偶然だと思うッス」
「なるほどな。まぁ、おぬしがそう判断したなら間違いはなかろう。……で、さっきから鼻頭抑えとるのは、何でだ?」
「いや、だって見てくださいよ。ウチのギョク先輩も大概美少女なのに、あの職員さんもかなりのクールビューティーっしょ?」
「お、おう?」
「そんなんが、さっきから『たまたま』連呼してんスよ? いやぁ、なんというか。グッとくるッス」
「人のこと言えた義理ではないが……カガミ。お前、ホントにブレないな……」
とっさにスズの耳を塞いで、ツルギはため息混じりに長年の付き合いがある後輩を見つめる。若干以上に白いモノが混じっている騎士少女の視線だが、責任はまるままカガミの方にあるだろう。いよいよもって、度し難い。
なんにせよ。その後我を取り直したカガミの仲裁で、ギョクとギルド職員の冷たい視線のやり取りも終焉を迎えた。
思わぬところで知人との再会を果たした一行は、良い機会だからと、そのままギルド職員と共に旅先の一夜を楽しむことにする。
なんだかんだと口煩い相手ではあるが、それでも、嫌いなヤツというワケではない。妙な思惑がからんでいなければ、一緒に軽くお茶と世間話を楽しむくらいは出来る相手なのだ。
何よりこの女性は、スズの学校行きを勧めてくれた相手でもある。無碍にするのは気が引けた。
まぁ、この手の女性を深層心理で苦手としているツルギだけは、油の切れた機械のようにぎこちない素振りを続けていたのではあったが。
お読み頂きありがとうございました。
次話より、物語は転がっていきます。
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※※完結済みシリーズ※※
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