08 『それは 思わぬところで足踏みを』
本日はもう一話、投稿いたします。
その後、人目についていたなら通報案件だったのではないかという、ギョクとカガミの殴り哀・戦士にもようやく幕が降り。一行は、町外れのとある宿を訪れていた。
最初に訪れた外門すぐの宿泊所では、大型の馬車を預かってもらえなかったのだが、そこの主人が、自分の店より広く充実した施設があるからと紹介してくれたのだった。
中心街より少し離れた場所にあるこの宿は、歴史の深そうな大仰な門扉こそ設えてあれど、その奥の家屋は、とてもではないが多くの部屋数を必要とする宿を営んでいるとは思えなかった。併設してある厩舎は確かに自分達の大型馬車でも余裕を持って預かれそうなほど立派であったし、ココから見える敷地も、かなりの広さを持っているようではあるのだが……。
「ここ……で、良いんスよねぇ?」
「多分。俺達はあのオヤジの言うとおりに来たはずだ。っても、此処ホントに宿か? 平屋の宿なんて、こっちじゃ見たことねぇんだがなぁ」
不信感も露にそんなやり取りをしているところに、店の中から一人の女性が姿を現した。清潔感のある淡い色のワンピースに真っ白なエプロンをつけた彼女は、一つ結びにした長い髪を振りながら客商売向けの朗らかな笑顔を送ってきた。
「いらっしゃいませ。えと……お客さん、で良いのよね?」
「えぇ、その予定ですわ。こちらは、大型の馬車でも管理して頂けるお宿だと聞いて参ったのですが、間違いありませんでしょうか?」
瞬時にエサのいらない猫を被りながら、カガミがニッコリと笑顔を送り返す。三人の暴力的やり取りには随分と慣れてきたスズも、未だにコイツの変貌ッぷりにはたじろいでしまっている。
そんな少女の様子にチラリとだけ視線を送り。更に、一行がうら若き美しい女性のみであることをサッと確認したこの女性は、両手を広げて歓迎の意を見せるのだった。
「えぇ。ウチの厩舎なら、どんな大きな馬車だって大丈夫よ。それに歴史ある我が宿は、女性のみのお客様でも安心して旅の疲れを癒して頂けるって評判なの。ハクトーの街で一番古く、一番素敵な時間をご提供する『ラビリアの宿』へ、ようこそいらっしゃいました」
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「――なるほど。そりゃちょっと面白い形態だな」
その後、勧められるまま馬車を預けた三人の冒険者とその被保護者。宿の母屋らしき建物に招かれ、広々とした部屋にいくつか設置されたテーブルに着いては、宿のシステムについて説明を受けていた。
「でしょ? ウチはこの、広大な敷地が自慢の宿。その利点を最大限に生かして、まるで実家のように寛いでいただくってのが特色よ。きっと気に入ってもらえると思うわ」
「よそ様のお宿のように高さのないこの建物も、そういった理由からでしたのね」
「えぇ。ここは受付と、メインの食堂として利用しているだけ。それ以外の施設は、全てお客様一組ずつに泊っていただく個別の建物に用意しているわ。もちろん希望があれば、そっちで食事を取ことも出来るわよ」
砕けた口調で宿の特色を話す従業員に、うんうんと頷きながら関心するギョクとカガミ。人見知りを発揮していたスズも、二人につられて頭を振っていた。残りの一人に関しては言わずもがなである。
三人の元日本人達の認識で言うと、この宿は、要は貸しコテージのような宿泊形態をとっている宿だった。
広い敷地のあちこちに建てられた小屋を宿泊客それぞれに占有させ、そこの使用料という形で宿泊費を取る。四~五人ならば十分にくつろげるリビングや、簡素な入浴施設まで備えてあるその小屋の中で、客達は存分に自分達だけの時間を楽しむことができると言う。
一棟いくらの宿泊費とは違い、自慢の料理を頼むには、一人毎の料金が別途で徴収される。だがそれを合わせても、ちょっと高めの宿に泊まる程度の予算で収まるのも魅力的であった。
「確かに、女性客に人気と言うのも頷けますわね。こういった形態なら、他人に絡まれることも少ないでしょうし」
「もちろんよ。特にウチでは、どのお客様が何処の小屋に泊まっているかって情報が、絶対ヨソに洩れたりはしない様にしてるもの。全部この私が、責任持って管理させてもらっているわ。だから、お客さん達のように美人ぞろいの方々でも安心して過ごせるわよ」
「あぁ。確かに変なのが、しょっちゅうタカって来るからなぁ。こっちゃ好き好んでこんなナリしてるわけじゃねぇってのに、迷惑なもんだぜ」
「あらあら、それは未だに独り身の私に対するあてつけ? とはいえ、お客様間のトラブルが少ないのもウチの特色。みなさんみたいに美人さんぞろいなら、ウチ以上に良いところはこの街に無いってモノよ」
ギョクの口にした、自身のメンタル的な部分での不平に対し、微妙にポイントを外した冗談を交えながら女性は言う。とはいえ、常識的判断からならば決して間違いではない。間違ってるのはコイツ等の存在なのだ。
そして、彼女のそんな機転の良さも気に入った二人は、
「それでは、マチネさんでしたわね。今晩一晩、お世話になりますわ」
「明日には王都に向けて出発するつもりだが、よろしく頼む」
と、宿泊の意志を告げるのだった。
……だが。そんな二人の台詞に、宿の店員、マチネが顔色を変える。
「お客さんたち、王都方向に向かうつもりだったの? それじゃあ明日すぐの出発は無理よ。少なくとも、明後日まで待たなきゃって話らしいわ」
驚く一行を前に、マチネは宿泊手続きの書類にペンを走らせながら話した。
数日前までヤーアトの街に篭っていた一行は知らぬ事だったが、実は先月、この一帯を酷い大雨が襲ったらしい。幸いにも街の住民に大した損害は無かったのだが、一点だけ、非常に甚大な被害が起こった。
この街から王都方向へと伸びる街道。その途中にあるコーチ川の水が氾濫し、架かっていた橋が流されてしまったのである。幸い、急ピッチで修復工事は進み、あと数日で馬車の行き来も可能となるのだそうだが、それでも明日の出発は見合わせなければならない。
「王都との行き来が出来ないとなると、この街もすぐに干上がりそうなもんだが……。大丈夫だったのか?」
「一応、上流を回れば迂回路もあるから、しばらくはそっちを使っていたの。まぁ、不便には変わりないけどね」
「あっ! それじゃ、私達もその道を使えば良いんじゃないの?」
それまで黙って聞いていたスズが、思いついたとばかりに口を開く。この短時間でギョクたちが打ち解けているのを見て、スズの警戒心も少し和らいだようである。
「それはそうなんだけどね、お嬢ちゃん。もし遠回りしたとしても、結局丸一日くらいは時間がかかっちゃうのよ。わざわざそんな苦労をするくらいなら、どこかのんびり過ごせる場所で待っている方をおススメするわよ?」
そんなスズに視線を合わせ、ダイレクトマーケティングに宿泊の延長を勧めてくるマチネ。子どもから切り崩そうとしてくる辺り、なかなかの商魂逞しさである。
予定的にも予算的にも、この街で二日ほど過ごしたところで問題は無い。スズの体力を考えても、ここで少し休養をとるのは悪いことではないだろう。
だが、愛嬌たっぷりに片目をつぶる女性従業員の言葉に同意したいのは山々ではあるが、冒険者達には一つだけ引っかかるものが存在した。
なおもスズに、この宿で出す食事のすばらしさについて語るマチネには聞こえないよう、小声で相談を始めるギョクとカガミ。
「どう思う? 突き出したヤツラのコト考えりゃ、さっさとこの街を離れた方が良いのは間違いねぇが……」
「安全だけを考えるなら、明日一番にこの街を出るのが正解だとは思うッス。とはいえ、真っ直ぐ進めば数時間の場所を、わざわざ丸一日かけて遠回りってのはバカらしいッスよねぇ」
「確かにな。明日一日ココでのんびりしてたとしても、先に進めるのは同じくらいのタイミングだってのが更にアホくさい。それに、スズを少し休ませてやりたくもあるんだよな」
「オレのアレは、怪我なんかはキッチリ治しますけど、疲労まで取り除いてはやれ無いッスからねぇ。ちゃんと喰って休ませないと、完全には戻らないッスよ」
「……最悪の場合考えて、アイツ等の身内が敵討ちに来たとする。この街中で襲われるのと、外で襲われるの。どっちで来ると思う?」
「そりゃ街の外じゃ無いッスか? 流石に街中で襲っては来ないでしょうし、気をつけるなら街を出たところの待ち伏せってパターンでしょ。つまり、明日出発するも明後日出発するも同じコトッス。……まぁ、結局さっきの事情聴取でもおかしな事は無かったッスから、心配し過ぎな気もしますけどねぇ」
「なるほどな。……じゃ、今日を含めて二泊。明後日の橋の修復を待って街を出るってコトにしちまうか」
「ういッス。ツルギ先輩も、問題ないで…………なさそうッスね」
相も変わらず、あさっての方向を見たまま硬直しているツルギに目をやりつつ、二人は結論を出した。
そもそも、昨晩の強行軍で予定は早まっているのだ、少しぐらいのんびりするのも悪くは無い。
先ほど衛兵に突き出したならず者達のことが気にはなるが、どうせ今頃ヤツラは檻の中。衛兵と直接やり取りしたカガミとツルギの話からしても、面倒な事態にはならないだろう。
第一、もしももう一度襲われたとしても、返り討ちにするのは容易い話なのだ。スズを一人にしないよう気を配ってさえいればそれで良い。
先ほどスズに話した、不審に思ったらすぐにその場を離れるべきという言葉と矛盾するのは気に入らないが、今後のことを考えれば、少女をゆっくり休ませてやるほうが先決だ。
最終的にはそんな考えによって、一行はこの街で二泊することを決めたのであった。
お読み頂きありがとうございました。
少し動きの少ない回が続きますので、
次話も本日中に投稿します。
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※※完結済みシリーズ※※
つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~ (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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