07 『それは 沸き起こる何らかの衝動』
それぞれに理由はあれど、時間ギリギリになって街に入ろうとする者は少なくはない。
現にここハクトーの街門前にも、幾人かの旅人や商人、そして街の外での仕事を余儀なくされる者たちが列を成していた。
そんな列の最後尾に着いた一行の中に、今、いつもの神官乙女の姿はない。
この行列を前にすると、最悪、手続きが間に合わず町に入ることが出来ないかもしれない。それでも引きずり連れてきた犯罪者どもを衛兵に突き出すだけはしておこうと考え、一人先行して事情を伝えに行ったのであった。
しばらく後、カガミは幾人かの鎧を身につけた者たちと共に、一行の元まで戻ってきた。
ぐっすり眠ったのが良かったのか、それともカガミの神聖術が効果を発揮したのか。だんだんいつもの調子を取り戻しつつあるスズの前で、事務的なまでに淡々と犯罪者達の引渡しは行われた。
その後いくつかのやり取りを経て、犯罪者達は街門へと消えていく。さんざばら叩きのめされ、酷い尋問を受けた後、わずかな水と休憩だけで丸一日歩かされた男達。先ほどまで馬車の後部に結ばれていた荒縄に引き摺られ、誰もがヨロヨロふらつきながらの退場である。
(悪い人達だけど、ちょっとだけ可哀相かも……)
三人ほどは冷徹になりきれないスズがそんなこと思ってしまったのも、無理もない末路であった。
そして一人だけ残った、兜に房の付いている衛兵と話していたカガミが、軽く頭を下げながら仲間の元へと駆け寄ってきた。
いつもの穏やかな笑みを保ったまま、カガミは口を開く。
「すんません。なんか、軽い事情聴取がしたいらしいんスよ。オレ一人だとちょっとアレかもなんで、ツルギ先輩にも付き合ってもらって良いッスか?」
「それは構わぬが……オレ様で良いのか? そういうのは、ギョクの方が適任であろうに」
「いや、ギョク先輩じゃナメられそうなんで……。ここは見た目で脅しの効く、ツルギ先輩の方にお願いしたいッス」
暗にちびっ子であることを揶揄されたにもかかわらず、ギョクはカガミの発言に、真剣な眼差しで問いかけた。
「何かあったか?」
「何かってワケじゃ無いんスけど、衛兵の態度がちょっと引っかかりまして。アイツ等、オレが事情を説明したら、真っ先に『殺したのか?』って聞いてきたんスよ」
「ふむ……」
「なるほど、な」
「まぁ、オレの取り越し苦労だったらそれで良いんスけど、万が一に備えてってコトでお願いします」
片目をつぶり首を傾げる『乙女のお願い』ポーズを取りつつ、カガミは不穏な色を含んだ発言をするのであった。
§§§§§
§§§
§
残されたギョクとスズは、そのまま行列に並び続ける。しばらくすると、時間切れで締め出されることもなく、無事、門をくぐることが出来た。ギリギリで人が押しかけることに慣れている衛兵達の手続きが、スムーズに行われたのであろう。
そして二人は、何処の街でも似たような作りをしている街門前の広場に馬車を停め、未だ詰め所の中に居るであろう仲間の帰りを待つ。
茜色に染まった空の下。既に宿の客引きすら姿を消してしまった広場を、ぼんやりとギョクが眺めていると、ゴスロリドレスの袖が引かれるツンツンという感触があった。
「ん? どうした、スズ。疲れてんなら横になってても良いぞ。アイツ等戻って来るまで、もうしばらくかかるかもしんねぇからな」
「ううん、大丈夫だよ。ありがと。……じゃなくって、さっきカガミさんが言ってたこと。あれってどういう意味なの?」
「あぁ、あれか……。そうだな。正直なところ、衛兵の野郎が言ったっていう『殺したのか』って言葉の意味は、俺達にもわからねぇ。ただ、いつもは言われないようなコトを言われたってのが気になったんだ」
「えっと……それだけ?」
「それだけっちゃそれだけだ。だがな、スズ。いつもと違うってのは簡単に見過ごしちゃいけねぇ。いつもと違うコトには、必ず何かの理由がある。ソイツは実際、どうでも良いような些細なコトも多いが、たまにとんでもない大事件の前触れだったりもするんだ」
「大事件ッ!?」
「慌てんなって、今回のがそうとは限らねぇんだ。ただ、俺達みたいな家業ってのは、常に色んなトコにアンテナを張ってなきゃならねぇ。ソイツは金儲けに繋がる場合も多いが、厄介な事件に巻き込まれて、そのままアッサリ殺されるって話も珍しくはねぇんだ」
「そっか……。でも、もしそんな事に気がついたら、どうすれば良いのかな。どうすれば死なないように出来るの?」
スズの言葉に思わず目を細めるギョク。金儲けという部分に全く反応しなかっただけでなく、少女が口にした『死なないように』という単語に口角を上げたギョクは、少女の頭にぽんぽんと手をやりながら話を続けた。
「そうだな。一番は、スズももう知ってる事だ。異変に気付いたら一目散にその場から逃げる。そこでどんな大事が起こってようと、遠くへ離れちまえばなんとでもなるもんさ」
「じゃ、逃げられない時はどうするの?」
「今のスズなら隠れるってのも一つの手だが……それが無理なら、さっきカガミがツルギを連れてったやり方も一つの手だ。つまり、ナメられないようにするって事だな」
「……ナメる?」
「そう。何か企んでるかもしれないヤツラに、『コイツ等は関わらせない方が良いだろうな』って思わせる。その為に、あえてデカイ態度をとったり、口で言い負かしたりするんだ。何か起こってたとしても、蚊帳の外に居る限りは被害もないからな」
「むむむ……。イバってれば良いのかなぁ、ちょっと難しいかも」
「確かにちょいと難しいやり方だ。状況によっちゃ、逆に巻き込まれちまう危険もあるしな。ま、今のスズが無理にやろうとするこっちゃねぇよ。そのうちなんとなくわかるようになるさ」
「うん。私も頑張って、早くナメられないようにするねっ」
スズはそう言うとニッコリ笑い、何処かの姫騎士モドキがしているように、
「こんな感じかな?」
生意気にも両腕を組んで、胸を張るのであった。そんな少女を眺めながら、馬車に寄りかかる魔法少女も、我知らず暖かな笑みを零していた。
いやはや、なんとも微笑ましい光景である。どちらの様子が、とは、明言を避けさせていただくが。
(娘とかいたら、こんな感じだったのかも知れねぇなぁ……)
未だに脈々と流れる中年男の魂を、鉄製の熊手あたりでかき立てられているギョク。その背後に、いつの間にか戻ってきていたカガミの声がかけられた。
「先輩、舐め舐めプレイ仕込むのはちょっと早すぎッスよ。最初はやっぱり、軽いボディータッチからじゃないと……」
「黙って死ぬか、死んで黙るか。好きに選べ」
「ちょ! 流石に魔法はやばいッス!!」
両腰に下げた魔法の短筒に手を伸ばし、本気の殺意を出しかけるギョクである。
そのまま、じゃれあいと言うにはいささか過激すぎるやり取りが始まるも、遅れて戻ってきたツルギは、我関せずと馬車に戻る。
「えと……ツルギさん。ほっといて良いの?」
「かまわんかまわん。どうせいつものお遊びだ、オレ様たちまで付き合ってやることではない」
「そ、そうなんだ……」
二人を、若干引き気味に見ていたスズも、いつも通り平然としたツルギに続いて馬車へと戻っていく。そして、ポンと手を打っては、目の前にいる騎士少女へと問いかけた。
「それで、あっちの方はどうだったの? すぐに逃げなくって大丈夫?」
「逃げる……? あぁ、先ほどの事情聴取か。うむ、その心がけは大事だな。だが今回に限っては問題なかろうよ。あの阿呆どもも、キッチリ自分達が襲ったと話しておった。妙な事件に巻き込まれる心配はあるまい」
「それなら良かったね。……でも、少しだけ意外だったよ。あの人達、殺しちゃうんだろうなって思ってたから」
幼い少女の洩らした一言に、馬車の荷物を整理していた手を緩め、ツルギは興味深そうに訊ねる。
「ほぅ……。お嬢は、敵を殺すことに抵抗はないのか? あんなのでも一応はヒトだぞ?」
「スズですよ?」
「おっとスマン、スズ」
「……えっとね? 殺しちゃうのは、やっぱり嫌ではあるんだ。ヒトゴロシは悪い事だもの。でもこっちだって死にたくない。だから、どっちが良いことなのかは……」
「なるほどな。まぁアレだ、その問題に関しては、自分なりの答えを出すしかない。どれが正解だ、とは、迂闊に言えない話なのだ」
「そっか。ツルギさんも、まだ迷うの?」
「オレ様たちは、既に自分なりの答えを出しておる。滅多なことでは迷わんよ。だが今回の件に関しては、街の住民と認められている者を迂闊に始末すると、かえって罪と問われる状況があるから生かしておいただけだ。ただの野盗なら始末しとったな」
「なるほど。……いろいろあるんだねぇ」
「それはそれはイロイロよ。たとえば、過去にオレ様たちが行き会ったヤツラで言えばだな……」
そしてツルギは、自分達がこの世界にやってきた当初に遭遇した、様々なろくでもない事件について話し始める。そしてスズも、凛々しくも逞しい姫騎士が語る冒険の話に、目を輝かせながら相槌を打つのであった。
そして、
「ちょっと! ツルギ先輩、スズちゃん! 和んでないでこのヒト止めて下さいッス!!」
「大人しく目とか歯とか食いしばれや、カガミぃ。テメェみたいな腐れた大人は、一度きっちり修正してやる必要がある」
「これが若さか……って、そんなん要らないッスよっ! あぁ、でも、可愛いのにコンプレックスあって日頃から男らしくしようとしてる辺り、ちょっとギョク先輩と被ってるッス!!」
既に、軽い空中戦にまで発展しつつある攻防を続けるギョクとカガミ。
いやはや、ここが既に人気の無い場所で、本当に良かった。
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