06 『それは 鉄の匂いのする説得の形』
それでも盗賊たちも、意図的に行われている自分達を舐めきった行動に、好き勝手に翻弄されているばかりではない。
特に、多少なりと目端の利くリーダーは、
「テメェら、ちょろちょろしてやがるガキには構うな。それより、そっちの女どもを先に抑えろ!」
などと指示を飛ばし、体勢を立て直そうと足掻いている。
だが、マトモな訓練を受けているわけでもない盗賊程度が、目の前を走り抜ける少女に気を取られずにいられる訳もない。冒険者達に専念しようとも、ついついスズに注目を向けてしまうのだ。
そしてそれ以前に、例えこの場に居る全員がかりで襲い掛かったとしても、目の前の美しい乙女達には、指一本触れることなど叶わなかったであろう。
結論としてこの男達は、目を血走らせながら齢十歳の少女を追い回すだけのヘンタ……存在へと、成り下がっていたのであった。
そんな、ある種の鬼ごっこめいたやり取りではあるが、それでもやがて終わりは見えてくる。
全力で走り続けていたスズに、体力の限界が訪れたのだ。
気力を振り絞って走り続けていたスズ。その速度はだんだんと遅くなり……いく度目かの切り返しの最中、ついに足をもつれさせてバランスを崩す。
そのまま慣性に従い地面と強烈な接吻をしかけた少女を、けれども、すんでのところで支える腕があった。
「お嬢、特大ハナ丸満点だ。よくぞココまで走りきった」
「だから……スズ、だってば……。でも……ありが……と」
ヒューヒューと掠れた吐息を洩らしつつ、スズは自分を抱きとめてくれたツルギを見上げる。少女の視界には、愛すべき部下の勲等を称える聖騎士のような、凛々しくも穏やかな笑みが広がっていた。
だが、そんな少女達が織り成す芸術的な光景などに、なんら価値を見出せない野盗のリーダーは、
「い、今だッ! テメェら、やっちまえ!」
と、彼にしては当然の、空気を読まない号令を飛ばした。
……つまり、自分達に対する処刑の合図を出したのであった。
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ものの数分で、この暴力を拠り所としていた者たちはひとまとめに片付けられた。
武器すら使われずあっという間に叩きのめされ、ボロ雑巾のように重ねられる男達。ほんの数回の攻撃で、ほとんどの者達が、抵抗という概念を物理的にも精神的にも粉砕されたのであった。
「テメェら……。オレ達をこんな目に合わせて、ただで済むと思うなよ……?」
ただ一人、未だ気炎を吐き続けるリーダー格のリエイも、他の者たち同様、両手両足を拘束されて地べたに転がされていることに変わりはなかった。
「さて。そんじゃあ、質問タイムかね」
リエイが放つ、どす黒い憎悪を込めた視線を何処吹く風と、ギョクは仲間達に向かって問いかける。
「うぃっす。オレがやりますか?」
「いや、ここはオレ様とギョクに任せろ。カガミはスズの世話を頼む。しばらくは動けぬだろうからな」
今さらながら、見るからに禍々しい鎖鉄球を取り出してきたカガミに、自分の羽織っていたマントの上に横たわらせているスズを見ながらツルギは答える。その意見に仲間達も同意し、布地にくるまれた少女は馬車へと運ばれた。
柔らかい場所を選んでスズの体を下ろすと、カガミは少女の体に這わせるように手を動かしていく。
「カガミ……さん……?」
「ジッとしてるッス。……だんだん、暖かくなってきたっしょ?」
「あっ……。うん、気持ち良い……」
少女の名誉のために敢えて明言させて頂くが、コレは何も、如何わしげな事案的行為を働いているワケではない。カガミの手のひらが薄ぼんやりと光り、少女の体を癒しているのである。
「これって……神聖術?」
「そんなようなモノッス。一応、コレでも神官ですからねぇ。癒しの術はお手の物ッスよ」
「ありがとう。やっぱりみんなはすごいねぇ。私、神聖術なんてかけてもらったの初めてだよ」
「マトモに神聖術使える奴等は、出し渋るッスからねぇ」
そんな世間話を交えつつ、カガミは疲労と無理な動きで痛んだ少女の体を癒していく。そのままにしていたなら、酷使された筋肉から酷い痛みを生じていたであろうスズの体は、だんだんと健康な状態を取り戻していった。
カガミが使った癒しの術は、コイツがこの肉体に変化して身につけた超常の能力である。
この世界に存在する魔法のうち、自然現象を模した現象を引き起こす『魔術』と並び称される、怪我の回復や精神の安定をもたらす『神聖術』と呼ばれる力であった。
この世界に連れてこられ、なぜか最初から持っていた魔導具で魔術を使えるようになったギョク。そして神官乙女を自称するカガミは、この癒しの能力を身につけていたのだ。
そんなカガミが、今しがたスズから出された質問に、敢えて言葉を濁して答えたのには理由がある。コイツは、自分が使用しているこの不思議な力が、一般的な神聖術とは異なるナニカだと考えていたのである。
(いつか、スズちゃんにも教えてあげる日が来るのかね……)
そんなことを思いつつもカガミは、なおもスズの体を癒していく。そしてスズも、みるみる内に回復していく自分の体に興奮しつつ、頼れる神官少女へ感謝を繰り返すのだった。
一方その頃、馬車の外では、
「さて……そんじゃ、嬉し恥ずかし尋問のお時間にさせてもらうか。先ずは、他にも仲間はいるのか、からだな」
「別に黙っていたければそれでもかまわねぞ。ただその場合、キサマ等の足の指が一本ずつ潰れていくだけだがな」
獰猛なまでに美しい微笑を襲撃者達に向ける、二人の冒険者の姿がある。
「俺達は、尋問だとか拷問だとかってのが得意じゃねぇんだ。得意じゃねぇって事は、それだけ上手くやれねぇって事でもある」
「熟練の拷問吏のように、キサマ等が口を割るまで生かしておいてやることが出来んかもしれぬ。オレ様はどうも、細かい作業が苦手でなぁ」
「うっかり死んじまっても文句は言うなよ? テメェ等がちゃあんと喋ってりゃ、俺達がやりすぎちまうコトもないんだから」
交互に口を開き、肩や指を鳴らしながら近づくギョクとツルギ。
そんな少女達の暗黒の微笑みを前に、男達はようやく、自分がナニに牙を剥いてしまったのかを悟ったのであった。
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翌日の夕方。もうすぐ日も暮れようという頃。馬車は次の目的地である、ハクトーの町へとたどり着く。
基本的に何処の街も、日が暮れてから門を開けることはありえない。一行の目にハクトーの街が見えてきたのは、もうあと一時間ほどすれば門が締め切られてしまうという、そんなタイミングだった。
本来の予定であれば、この、最近作られたばかりにも見える真新しい街門への到着は、翌日の早朝以降になっていたはずだった。だが、野盗を撃退した後すぐに出発し、そのまま夜を徹して移動に当てた結果、半日以上の短縮が出来たのである。
ギョクとツルギによる『おはなしあい』の結果、この無頼漢達に別働隊や後続などはおらず、それどころか本拠地すら存在しないことが判明した。しかも、なんとも呆れたことに、コイツ等はこれから一行が向かおうとしていた、ハクトーの町の住民であるという。
「なるほどな。ただの野盗にしちゃあ、小奇麗な格好してると思ったんだよ」
「街中で暴れるだけでは物足りず、旅人を襲って金銭を巻き上げていた、ということか……」
街の人別帳にもキッチリその名が載っており、真面目に暮らすには何一つ不自由のないはずの男どもに、ギョクたちは思わずため息を洩らす。
一般的に野盗とは、食い詰めた農民などがやむを得ず身をおとすモノなのだ。まさかこのように自分本位な理由から行っているとは、
(なんとも、開いた口がふさがらねぇ……)
事態である。
だが、そうとなればこの者たちの行き先は一つ。このまま目的地の町まで連行し、衛兵に突き出してしまうのが一番だ。下手にこの場で殺してしまえば、逆に厄介ごとを招く恐れすらある。キッチリ出るところに出て、裁きを受けてもらうのが良いだろう。
ちなみにこれらの情報を引き出すまでに、幾人かが足の指を潰されている。実際には、最初の一人が小指を落とされた時点で口を割っていたのだが、情報の正確性を高める為、尚も苛烈な尋問が続けられたのであった。
ギョクたちの心情からすれば、相手は自分達を、考えただけで吐きそうな目にあわせようと目論んだ男達だ。ナニを切り落とされなかっただけ有り難いと思え、である。
そんなわけで、こんな気味の悪い欲求を向けてくるケダモノ達と一夜を共にするぐらいなら、ちょっとくらい無理して移動したほうがマシだという判断が下される。足先から血を流す男達に適当な治療を行い、馬車の後ろに繋いで一晩中歩かせた。
如何に神経にど太い鉄柱が刺さっているコイツ等であろうと、自分達を襲ってきた者たちと共に、のんびり野営を行う気になどならなかったのだ。
まぁ、ただでさえ歩くのに難儀するほどの怪我を負わされ、その上こんな強行軍に無理やり付き合わされた野盗達の側からすれば、たまったものではなかっただろうが。
そして一行は、後方から時折聞こえる呪詛の声があったとはいえ、その後は何事もなくハクトーの街にたどり着いたのであった。
ちなみに移動の最中、疲労の溜まったスズはぐっすりと眠っていた。歩く死体のような連中を側に熟睡できるとは、存外この少女も、太めの肝っ玉を抱えて居るようだ。
この三人の仲間になるくらいなのだから、言うまでもないことなのかもしれないが。
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※※完結済みシリーズ※※
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