05 『それは そんな私にもできること』
そしてスズは、その場の全員に聞こえる程の、大きな大きな叫び声を上げた。
「だれかーッ、助けてーーッ」
「声が小さいっ! もっと大きくだっ!」
「だれかーーッ! 助けてくださーーいッ!!」
その、鼓膜に叩きつけんばかりにあげられた大声に、意表を突かれた男達は思わずたじろぐ。そしてスズはもう一度大きく、絶叫とも言うべき大声をあげる。
「だれかーーッッ!!」
ギョクは言った。誰かに襲われた時、真っ先にやるのは大声を上げる事だと。それは叶うならば、襲撃者とある程度の距離がある、恐怖で体がすくんでしまう前が望ましい。
例えその声が、自分たち三人に直接届かなくてもかまわない。近くにいる誰かに届きさえすればそれで良いのだ。
「ホントは、防犯ブザーかなんかを持たせられりゃあ、一番なんだけどな」
「それはその内、オレ達で作っちゃえば良いと思うッス」
「スマンが二人に任せる。オレ様はどうも、その手の作業が苦手でな」
異世界人たちが口にする、聞きなれない単語に首を傾げるスズを余所に、ギョクは更に続けた。
助けを求めたとして、実際に誰かが駆けつけてきてくれるとは限らない。だが、それでもかまわないのだ。その場で何かが起こっている事、何か事件が発生した事を、不特定多数の人間に知らせることが重要なのだ、と。
「助けに来てくれなくても良いの?」
「お前さんも知ってるだろ? 世の中そこまで余裕のあるヤツばっかりじゃねぇ。誰かが助けを求めたとしても、手を掴んでやれねぇ奴の方が多いんだ。だが、スズが居なくなったり、何かに巻き込まれたとなれば、俺達は絶対に探す。助けに行く。その時に、手がかりとなるモノは多ければ多いほうが良い」
「スズちゃんが助けを叫んだ事を誰かが聞いてれば、その情報を頼りに捜すことが出来るッス。つまり、オレ達が助けに行くまでの時間が、それだけ短くなるって事ッスよ」
「そっか……。みんなが助けに来てくれるって知ってる私は、だからこそ、助けてもらいやすくなるようにしなきゃならないんだ……」
「そういう事だな。更に言えば、お嬢が大声を出すことで、目立つのを嫌う襲撃者の場合は攻撃を辞める可能性も有るのだ」
「だからスズだってば、ツルギさん。……でもわかった。声を出す、目立つ。それが大事なんだね」
数分前に交わしたそんなやり取りを思い出しながら、スズは腹の底から搾り出すように声を出し続ける。
そんな少女の姿を、三人の冒険者達は満足げに小さく頷きながら見守っていた。
だが、今回の襲撃者達は、少女のわずかばかりの抵抗に恐れを成すような者たちではない。定期的に息継ぎを挟みながら続く大声に眉をしかめつつも、それでも暴力の意思を緩めようとはしなかった。
「オィ、さっさとそのガキを黙らせろッ!」
『リエイのアニキ』と呼ばれていたリーダーは、スズの間近にいる男に目配せをし、この不愉快な騒音を止めさせようと口を開いた。
けれど、指示を受けた男が手を伸ばそうとするその前に、荷台の上に立ち尽くすギョクは次なる指示を出す。
「よぉし、上出来だスズ! んじゃ次は『死なない為の心得その二』だっ!」
その声を耳に入れたスズは、ガチン、と音が出るほどに歯を食いしばった。そして、自分に向かって伸ばされるであろう手から逃げ出すように、わき目もふらず走り出すのであった。
「クソッ、このガキっ」
慌てて掴みかかる男。だが初動の遅れはいかんともしがたく、すでに手の届かない場所までスズは逃げおおせている。
足を止める事無く走り回るスズに、ギョクから更なる声が飛ぶ。
「良いぞ、そのまま走り続けろっ!」
「テメェら、ぐずぐずしてんじゃねぇ。さっさと動けなくしてやれッ!」
だが男達も手をこまねいて見ているだけではない。リエイが声を上げれば、我先にと一行に襲い掛かった。別働隊の二人も、ギョクを引き摺り下ろそうと馬車に駆け寄る。
手にした刃物を頼りに、一見か弱くも見える冒険者達に牙をむく男たち。
ニヤリと口角を上げながらそれに対峙したツルギとカガミは、しかし、何故だか反撃もせず攻撃を避けることだけに専念する。襲い掛かる刃物や拳を、ゆっくりにも見える動きで捌くのだ。
そしてそのまま男達の中に割って入り、一瞬で混戦の模様を作り出した。
その気になれば、一瞬でねじ伏せることすら可能な相手を、ただ避け続けることで翻弄する。それによりこの広くもない空間に、絶えず人の居る場所と居ない場所とを生み出し続けている。
これこそが、コイツ等がスズに貸した第二の目標、襲ってくる相手から逃げ続けるという訓練を行う為、三人が作り上げた実践訓練場だった。
そんなものにつき合わされているなどとは知らない男達は、当然ながら本気で襲ってくる。それでもこの冒険者達は、自分達が庇護する少女に本番さながらの……というか、本番そのものの危険な状況を経験させることを選んだのであった。
人と刃物が入り乱れる空間を、スズは縦横無尽に駆け巡る。
隙あらば男達の包囲を抜け、安全圏へ脱出しようとはしているのだが、そう易々と逃がしてくれるほどこの野盗崩れたちも耄碌してはいなかった。刃物を手に、スズの行く手を塞ごうと立ちはだかる。
ギョクはその様子を上方から見守りつつ、なおも指示を飛ばしつづけている。先ほど自分を馬車から引き摺り下ろそうとしてきた二人組みだけは、スズの特訓に不要な為、既に魔法で撃退済みだ。
「そうだ、出来るだけ安全そうな方向に向かって走れ。立ち止まって考えるんじゃねぇぞ、直感でこっちと思った方向に迷わず走るんだ」
「前だけ見て走るんじゃねぇ。振り返る必要はねぇが、それでも出来るだけ広く周りを見ろ」
「真っ直ぐ走るなよ。時々左右にぶれて、相手が全力で走れないようにしてやれ。徒競走じゃねぇんだ、スピードはそんなに大事じゃねぇ」
断続的にかけられるその声を聞きながら、スズは幼い体を必至に動かし続ける。
彼女は自分の体を、常よりも遥かに良く動かせている気がしていた。
(体が軽い……こんな気持ちで動けるなんて、はじめて……)
もともと路地裏で逃げ隠れる暮らしをしていたスズなのだ、これまでも誰かから逃げるという行為をしないではなかった。だがそれでも、過去に経験したそれよりもよほど死が間近にあるはずの今の方が、ずっとずっと思い通りに動けている様に思う。
(もう、何も怖くないかも――みんなが側に居るから、なのかな……)
微妙に不安を感じさせる考えと共に、仲間達に感謝するスズであったが、生憎と三人の見解は違う。
刃物を持って殺意を向けられるという、大の男であっても身が竦んでしまう状況。それでも少女が十二分に動けている理由は、先ほどスズが、体がシビれるほどの大声を出したことにあると考えている。
「スズちゃん、ちゃんと走れてるみたいッスね」
「そうだな。やはり、さっきの声出しが効いたのであろう。緊張を振り切るに、アレほど効率的なものはない」
「そいや、こっち来てドンパチやらかすようになって思ったんスけど……。『うおぉー』とかって叫びながら殴ってるヤツ。あれって漫画とかアニメだけの世界ッスよねぇ。歯ぁ喰いしばんなきゃならない時に、大口開けて叫ぶなんてありえ無いッス」
「当たり前だ。雄叫びとは、己を奮い立たせる為に行う魂の叫び。動く前にやるものだ。そもそも、奥歯噛み締めながら力を入れて叫んだとして、出せる言葉は『んー』くらいのものだろうがよ」
「んーっ。……あ、確かに」
「テメェら! 余裕ぶっこいてんじゃねぇ!!」
などと。襲い来る刃物を右に左にと捌きながらも、のんきなやり取りを交わしていた。
そんな余裕すら見せる冒険者達とは違い、スズは必至の形相で走り続ける。
彼女の走りは徐々にではあるが、単に早く走るというものから、より『逃げる』という行為に適したモノへと変わっていく。
究極的には安全が保障されているとはいえ、やはり命の危険を感じざるを得ないこの状況が、少女に階段とばしの進化を促して居るのかもしれない。
それでも、この場に居る相手は、所詮十の小娘でしかないスズよりも遥かに体の大きい男達だ。
時には逃げ続けるスズに、後一歩のところまで迫る者も居る。だが、そんな男達の凶刃がスズに触れる前に、事前に察知したカガミやツルギによって邪魔をされた。
また、中には手にした刃物を投げつけて少女の足を止めようと試みる者も居たが、それもまた、高所から全体を見渡すギョクの魔法により、武器を振りかぶった時点で弾き飛ばされている。
少女が立たせかけていた妙なフラグは、片っ端からへし折られていた。
これほど過酷に見える試練を課していても、それでも三人は、スズにかすり傷一つ負わせるつもりはなかったのである。
厳しいのか甘いのか、イマイチ判断の付け辛い元中年達であった。
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