01 『それは かなり頭の悪い二人』
8/22 一部改定
8/23 一部台詞改定
8/25 誤字修正
ヤーアトの街と呼ばれるそこは、古くから交通の要所として栄えていた。
そして現在は、近隣の大都市を繋ぐ中継点としての機能はそのままに、近郊に出没したモンスター蔓延るダンジョンと、そこに眠る数多の財宝を目指した冒険者によって栄える街として、その名を轟かせている。
そもそも刹那的な生活を好むのが冒険者であり、非合法な仕事に手を染めるのも珍しくはない。そんな彼らが集まるヤーアトは、自然の成り行きで、表の華やかな町並みと、より深みを増した路地裏の世界とが並存する街へと変わっていた。
大金を唸らせた豪商が、金糸で紡がれたマントを翻し、美女を傍ら高級ワインに口をつける頃。五十メートルも離れぬ裏路地では、血と埃にまみれた皮鎧に身を包んだ若者が、水で薄めたビールで無理やりに酔おうとしている。
そんな、人々の明暗が歪なマーブル模様を描くこの街に、一軒の宿屋兼酒場がある。
この街では珍しくもない、荒くれ者の代名詞。つまり冒険者を主な客とするこの店の二階を、このところ人の目を引く三人が定宿にしていることは、このあたりで最もホットな噂話であった。
誰もがその目を奪われる、タイプの違う三人の見目麗しい乙女達。そんな彼女達が借りているその部屋のドアの前に、今、一つの足音がたどり着く。
「ちょりーッス。不肖カガミ、帰りましたよんっと」
部屋を訪れたその者は、ノックもせずにドアを開けると、鈴を転がす上品な少女の声で言い放った。
「テメェ……。ノックぐらいしやがれって何度も言ってんだろうが、カガミ」
その清楚な佇まいからは想像もできぬほど無遠慮な入室をキメたこの少女。そして、自分の名を憎々しげに呼んだ愛らしい少女に対し、カガミは手に持った荷物を下ろしながら応える。
「良いじゃないッスかギョク先輩。別にセ○ズリこいてたってワケでもないんでしょ?」
「誰がンなことやるか、この色ボケ。人としてのマナーを守れってんだよ」
「はいはい、マナーマナー。……で? 先輩は何してたんスか?」
室内に居た少女を『先輩』と呼んではいるが、どこからどう見ても敬意の欠片も感じられぬ対応のカガミである。その反応に、
「……チッ」
舌打ちだけで返事をしつつ。ギョクと呼ばれた少女は手にしていた書類を放り投げ、腰掛けていたベッドの上に転がった。
たまたま足元に転がってきた書類の一枚に目をやったカガミは、ため息交じりに口を開く。
「コレ、こないだの遺跡で見つけた戦利品ッスよね? ってことは、今回も手がかり無しッスか」
「あぁ。今度の遺跡は難易度も高かったから、ちったぁ期待してたんだけどなぁ。……フタを開けてみりゃ中身は単なる歴史書、異世界の『い』の字も出てきやしねぇよ」
「なかなか見つかんないッスねぇ。元の世界に帰る手がかり」
カガミの口調はあくまでも軽い。だがそれでも、なんとも言えない色を含んだその言葉に、ギョクはただ、安宿の天井を見つめ続けていた。
「オレ達がこの世界に来て、もうすぐ一年ッスね。そろそろ諦めるってのも手かもしれないッスよ?」
「まぁたテメェはンなこと言ってやがんのか。諦め切れるわけねぇだろうが」
「そんなに嫌です? この身体」
「嫌に決まってる。俺が今年でいくつになったと思ってんだ?」
「オレの一つ上だから……三十二ッスねぇ。ってか考えても見てくださいよ。三十過ぎの中年が、こんな美少女の身体を好き放題に出来るんスよ? 男の夢じゃないッスか」
「好きに出来るの意味が違うわっ! だいたい何が悲しゅうて俺みたいなオッサンが、こんなフリフリの魔法少女なんぞやらにゃならんのだ」
寝そべっていたベッドから跳ね起きたギョクは、余人の目には愛らしいとしか形容できない、黒を基調としたフリル満載のドレスの裾を引っ張りながら、乱暴に言い放つ。
「またまた~。それにそんなこと言って、ギョク先輩だって喜んで着てるじゃ無いッスか。そのゴスロリ服」
「これしか着られねぇんだからしょうがないだろうが! ってか、お前だって知ってんだろ」
ベッドの上ではしたなく胡坐をかきつつ、声だけは見目に似つかわしいハイトーンで悪態をつくギョク。黙ってきちんと座っていれば、ビスクドールのごとき美少女にしか見えないコイツだが、その言動はチンピラのソレであった。
三十路を超えた中年の身でありながら、美しい少女の姿になってしまったこの者たち。だが、その不幸は姿だけには留まらなかった。
ここに居る二人と、更にもう一人を加えた三人が、この世界に降り立った時に着ていた服装。それと同じか近い意趣の服装だけしか、彼らは身に付ける事ができなかったのである。
つまり……ギョクならば、随所にフリルをあしらったドレス風の少女服。カガミは緩やかなラインで足首までを覆う女神官服。そしてこの場には居ないもう一人の仲間は、高貴な女騎士を髣髴とさせる女性用軽鎧。それだけがこの者たちに許される服装であり、今や三人のトレードマークともなりつつある装いであった。
いやはや、前世でどれほどの悪行を重ねればこれだけの因果を押し付けられるものなのか、まったく見当もつかぬほど数奇な運命である。
「ホントなんなんだよコレ。別の服着ようとしたら吐き気が止まらないとか、マジで呪いの類としか思えねぇ」
「そもそもオレ達がここに来たのだって、なんかの呪いの影響って線が濃厚なんでしょ? それの副産物じゃないッスか?」
「……相変わらずマイペースだね、お前は」
「自分に正直に生きてるだけッスよ」
中年男性が身に纏うものとしては、あまりに尖りすぎたセンスの服装しか許されないというのに、カガミはあっけらかんと言い放つ。
そんな一つ下の後輩への呆れた顔はそのままに、ギョクは手元に散らばった書類を束ねながら聞いた。
「そいやお前、今までどこ行ってたんだ? 朝から姿見えなかったけど」
「お二人が起きる前に出ちゃいましたからねぇ。……礼拝ですよ、礼拝。ホラ、これでもオレって敬虔な神のシモベですから」
「信心ゼロのなんちゃって神官だろうが」
「なんてこと言うんスか、この街きっての美人神官って言われるこのオレに対して」
「その噂のどこに、テメェの信仰が関係してんだよ。見た目の問題だけじゃねぇか」
「この美しくも清楚な佇まいこそが、深い信仰心の表れってヤツですよ。ほら、語らずとも滲み出るってヤツ?」
「しのぶれどってタマじゃねぇだろうが。……まぁ早起きして教会行く辺りは、意外と真面目にやってんのかもしんねぇけどな」
「早起きは得意ッス。それに、お祈りしたいこともありましたからねぇ」
「ほほぅ。俺達が一日でも早く元の世界に戻れますように……ってか?」
「違うッス。前から言ってるとおり、オレは別にあっちに戻りたいとは思ってないですもん。冒険者やってんのも、先輩方に付き合ってるのが面白いからってだけですから」
突然連れてこられた、この中世さながらの異世界。剣と魔法が幅を利かすファンタジーなこの世界を、カガミはことのほか気に入っていたのである。
(こんな凄い体験してしまったら、今さら元のサラリーマンになんか戻れない)
三人の中で最も年下のこの男は常日頃からそんなふうに考えていたし、ほかの二人の前でも憚る事無く公言していたのである。
そしてそんな、自分の望みと相反するような言葉を口にする付き合いの長い後輩であるカガミを、ギョクもあえて否定することなく行動を共にしていた。自分とは相容れない意見の持ち主であっても、である。
「そんじゃ何しに行ってたんだよ。朝っぱらからお祈りしなきゃならんことなんぞ、他にあったか?」
少しだけ変わりかけた空気を誤魔化すように、ギョクは軽い口調で訊ねる。
するとカガミは、突如大仰にも見える素振りで立ち上がり、所々に穴の開いた安宿の床に躊躇いもなく膝をついた。
胸の前で組んだ両手に軽く額を当てるようにして、膝立ちの姿勢をとる。窓から差し込む光がカガミの姿を照らした。
それはまるで、美しくも儚げな神の子が純真無垢な祈りを捧げる一振りの宗教画のような……ある種、神秘的なまでの光景だった。
思わずツバを飲み込んでしまったギョクの耳に、最上の賛美歌を紡ぐかの如き祈りの声が届く。
「嗚呼、主よ。天におわします我らが神よ。御身の偉大なるお慈悲にて、この私のささやかなる願いをかなえたまえ……。
願わくばこの私の心のチ○コを、そのお力で具現化させたまえ……」
「死ねよ」
「イヤイヤ。だってあった方が嬉しいっしょ? 別にこの姿に文句は無いッスけど、それでも○ンコが無いんじゃねぇ」
「もぅやだコイツ……。あぁ、早くもとの身体に戻りたい。そして今度こそ真面目に婚活して、綺麗な嫁さんと暖かい家庭を作るんだ……」
「それ、別に戻んなくったって、チン○あれば解決じゃないッスか?」
「いいからさっさと死ねよ」