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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第一章  三匹の見た目詐欺 とある少女と出会う  の話
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第一章 エピローグ  ~それぞれの見るせかい~

 ヤーアトの街を拠点とする冒険者達の総本山。冒険者ギルドの一室で、二人の女性が向かい合っている。


 一人はこのギルドの職員。身につけた制服はボタン一つの着崩しさえも許さずに、氷塊を思わせる目元と共に冷徹な威圧を相手に与える。

 もう一人は女性神官。清廉な佇まいの中に柔らかな空気をその身に纏い、なだらかな曲線のみで構成されたその様は、癒しという概念を体現する。




「――以上が、今回の依頼の一部始終ですわ。途中障害もありましたが、最終的には依頼人様のご希望通りの結末になったかと」


 最後に口角をあげつつ、美しい女性冒険者は依頼の顛末を語る。アルカイックな微笑を浮かべる神官乙女だが、不思議とその目は笑っているように見えなかった。


「ご報告ありがとうございます、カガミさん。こちらからも特に問題はありませんので、以上で本依頼を閉じさせていただきます」


 妙な威圧感すら感じさせる美少女神官を前に、それでもこのギルド職員は氷点下の態度を崩さない。一瞬の睨みあいの後、カガミは微かに鼻で笑う。

 そして、改めて笑顔を作り直しては口を開いた。



「その前に、少しだけ質問をしても?」


「……なんでしょう?」


「今回の一件、私達からギルドへの『貸し』と思っても宜しいのでしょうか?」


「仰る意味がわかりかねますが」


「まぁ、自明の理を説明しろと?」


「生憎、貴女と私では、自明の寄る辺が異なる場合もありますので」


「……では質問を変えますわ。私達に粛清部隊のような働きをさせたのには、ギルドから然るべき報酬をいただけるのでしょうか?」


「…………」


「私達と立場を逆にした方々、随分と素行の宜しくない冒険者でしたわ。そちらは、それをわかった上で私達にぶつけたのでしょう?」


「やはり、何の事だかわかりませんね」


「あくまでそう言い張るつも――」


「ですが。……ですが、今回皆さんが依頼内容でかち合ってしまった冒険者。彼らの一部が、ある種の問題行動を日常的に行っているという事実は、我々も認識しておりました。既に今期に入って二件ほど、似たような内容の苦情が入っておりましたので」


「そうですか……。認識はしていた、と」


「その点は事実です。ですが、今回そのような冒険者達が皆さんと相対する依頼に集中してしまったのは、偶然の産物だと捉えております」


「たまたま、そういう方達に依頼がいった?」


「その通り。あちらの依頼への人選に関し、私達ギルドは一切の介入を行っておりません。一般に募集をかけ、たまたま彼らが集まった。これも、間違いなく真実であると申し上げます」


「なるほど。あちらへは、干渉していなかったわけですか」


「私達が行ったのは、あくまでも皆さんへの依頼に関してのみです。そしてこれも、事前にご納得(・・・・・・)頂いたとおり(・・・・・・)、依頼人の提示した条件を満たしていたのが、たまたまカガミさん達だったというだけです」


 平然と言い切るギルド職員に、カガミは思わず下唇を噛みかける。


(この冷血女……。よくもまぁ、しゃあしゃあと……)


 だが、未必の故意を咎めるだけの材料をカガミが有していないことも、やはり動かしようの無い事実だった。

 この依頼を受ける前。最初に行われたブリーフィングにおいて、カガミは自分達が選ばれた理由を耳にしていた。そして一度それを受け入れてしまっていた以上、今さら別の思惑があったはずだと訴えても後の祭りなのだ。



 結果として、自分達はギルドに上手いこと利用されてしまったのである。


 『盾の裏』すら無視する連中が、自分たち三人のような見た目だけは若く美しい娘を見れば、獣欲に突き動かされた暴挙に出るのはそれこそ目に見えている。そしてそんな、考えただけでチキン肌待ったナシの暴行を、自分達が甘んじて受け入れるはずが無い。

 血の気の多い三人のこと、返り討ちなんて生易しい言葉では済まないほどの反撃を、道を外れた冒険者達に叩き返すのはわかりきった事実だ。


 そんな当たり前の顛末を、ギルドもきっと想定していたはず。なにせ相手は、全ての冒険者の大まかな力量まで把握している組織なのだ。自分たち三人の戦力としての上限までは見抜かれていないまでも、あんなゴロツキ崩れに不覚を取るはずが無いのは、充分予想済みだったのだろう。

 それに、もしも自分達が破れ、森の奥深くで人知れず花を散らしたとしても、ギルドからすれば一組の期待ハズレな冒険者達を登録リストから削るだけ。ビタいち懐は痛まない。



(ったく忌々しい。依頼人に裏があるって事までは、オレやギョク先輩も読めてたけど、ギルドに思惑があったとまでは予想できなかったぜ)


 わざわざ念を入れて口にした以上、たまたまあの者たちが一つの依頼に集中したという話は事実だと考えるべき。だが、これ幸いと不良債権達を処分する方向に持って行ったのは、間違いなくギルドの暗躍だ。しかも、契約外労働に危険手当と残業代を上乗せして請求したくても、身にかかった火の粉を自主的に払っただけとみなされる材料をあらかじめ積まれていた。

 結局自分達は、わざわざギルドのお荷物を通り切り捨てるボランティアをさせられてしまったようなものなのだ。


(天秤の例えを出してきた時点で、襲ってくる連中が一般的な戦力しか持ってないってのはわかってた。だから危険は少ないと判断したんだが、そこで考えを止めちまったのがこっちの敗因か……)


 事前説明で、ことさらギルドが中立であることを強調してきたのも、後になって自分達が難癖をつけてくることを予想しての布石だったのだろう。いやはや、いくら実入りの良過ぎる依頼だったとはいえ、まったく割に合わないことこの上ない。


 目の前の変温動物を思わせるギルド職員に対し、それでもにこやかな神の乙女の笑顔を保ったまま、声に出さずにあらん限りの罵詈雑言をぶつけるカガミであった。




「そういえば……。相手方の冒険者達についてですが……」


 心の声を文字起こしすれば、即刻有害図書扱いされること間違いナシの罵倒を思い浮かべていたカガミに、ギルド職員は平時の口調で続ける。


「唯一の生き残りでしたあの冒険者。彼に関しては、特にお咎めナシという結論になりました」


「ん? ……あぁ、あの気を失っていた彼のことですわね。お体は大事ありませんでしたのでしょうか?」


「大事も何も、単に転んだ拍子に頭を打って、しばらく気絶していただけという話ではありませんか。背中の傷も、背負った武器が盾になってほとんどかすり傷との報告ですし……。といいますか、この報告をアウーシマの支部に上げたのも貴女方でしょう?」


「私たちは怪我をしたあの方を目的地まで運んだだけ、その先どうなったのかまでは知りませんでしたもの。あの無頼漢達に巻き込まれただけのあの方が、これ以上不幸な目にあわずに済んでほっといたしましたわ」


「そうですね。仰るとおり、彼は不幸にも依頼途中に自責では無い怪我を負いました。ついては、我がギルドは彼の労力を充分に評価し、彼の怪我が治るまでの一切を負担することに致しました」


「あら。ギルドが保障いたしますの?」


 珍しいこともあるものだ。そんな感情を言外に込めたカガミに、ギルド職員はほんの少しだけ相貌を崩す。


「えぇ、彼が十二分に冒険者として復帰できるだけの金額。銀貨五十枚を見舞金として負担することに致しました」


「銀貨五十、ですか……」


 薄笑いと共に提示された額に、意図的なものを感じる。


(銀貨五十枚と言えば、オレ達の成功報酬の……。チッ、そういうことかよ)


 そしてカガミは、音を立てずに舌打ちをした。



 冒険者達が『盾の裏』で談合を行う際、依頼を成功する側が相手に支払う金額は、おおよそ成功報酬の十分の一が相場である。今回の件で言えば、もしあの若い冒険者が失敗を引き受ける代わりの金銭を要求してきたとすれば、三人は銀貨五十枚を支払う必要があった。


 そして、ぴったり丁度のその額を、ギルドは件の冒険者に支払うというのである。しかも普段ならば決して行わない、依頼途中の怪我に対する見舞金として、だ。


(『盾の裏』を代わりに払うことで、利用された事実を飲み込めって言いたいんだろうな。銀貨五十なんざ、額としちゃ大したこと無い。無いが、とはいえ……)


 確かに、中級冒険者六人を血祭りに上げる報酬としては、銀貨五十枚では安すぎる。だが『盾の裏』をギルドに立て替えさせたとなれば、それは三人に冒険者としての箔が付いたと言うことになる。

 『盾の裏』を負担されるほど、ギルドから信頼を置かれた冒険者。この、決して金では買えない評価を与えることを報酬にするつもり。カガミはそう判断した。


(しゃあねぇ、それで手を打つっきゃねぇか。まぁ今回は、スズちゃんって思わぬ拾いモノもあったことだしな)


 そうと決めたカガミは、それまでとまったく変わらぬ……それでも見る者が見ればはっきりと違いの判る、一瞬前とは質の違う笑顔を浮かべる。


「そうですか、ギルドがあの方を援助されると言うのであれば心強いですわね。彼もこれまで以上に、ギルドに対し有益な冒険者たらんと考えることでしょう。……私たち三人と同様に」


 そして、違いの判るギルド職員もやはり、一見これまでと変わらずに見える表情で答えるのであった。


「えぇ。我々冒険者ギルドは、常に貴女方のような、優秀な冒険者を信頼しておりますので」




 かくして、狐と狸の化かし合いは幕を降ろす。


 利用する者、される者。そこに利益を作る者。

 それぞれの絵の具で好き勝手に線を描いた結果、この世界で実にありふれた一つの依頼は、こんな形で終了の文字を綴ったのであった。



§§§§§


§§§


§



 丁度その頃。冒険者ギルドの入り口では、一人の戦乙女が幼い少女と立ち話をしている。


「――ところでツルギさん。なんで私たちは待ってるだけなの?」


「むっ? どうしたのだいきなり、疲れでもしたか?」


「それは大丈夫だけど……。馬車を返しに行ったギョクさんは、ツルギさんとカガミさんにギルドへの報告を頼んでたでしょ? なのに、なんでカガミさんだけで行かせちゃったのかなぁって……」


「ふむ。……良いか、お嬢」


「スズだよ?」


「だったな、スマン。……でだ、スズよ。あのギルド職員とカガミの間になんぞ、誰が好き好んで挟まれに行くというのだ。オレ様が何か言えば、二人とも虫ケラでも見るような目でこっち見るのだぞ?」


「黙って聞いてれば良いじゃない」


「黙ってたら黙ってたでネチネチ言ってくるのだ、アイツ等は! だからオレ様は、ここでスズを守るという男らしい任務に従事しておるのだ。決して、あの二人が怖いからではないのだ」


「…………」


「どうしたスズ。オレ様の益荒男振りの前に、とうとう口も聞けなくなったか? ま、仕方の無いことではあるがなぁ、ガッハッハッ」


「……ツルギお姉ちゃんって……ちょっと残念なヒトだったんだねぇ」


 どの部分が、とまでは口にしない少女の優しさが、透き通る秋空にとけてゆく。

 流れる雲は遥かに高く。今日も街は、平和であった。

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