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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第一章  三匹の見た目詐欺 とある少女と出会う  の話
14/80

13  『それは 誰かが守りたかったもの』

8/27 誤字修正

 アウシーマの街、中央部。行政所に程近い場所に建てられたこの館は、街の創立よりその名を並べる名士、ツミワタ家の住居である。

 そして今、歴史ある名家に相応しいその豪奢な客間に、五十過ぎの男が居た。


 金のかかった衣装に身を包み、絞れば良く油が出そうな体つきの男は、先ほどからずっとツメを噛みながら室内を行ったり来たりしている。名をフォオリという男のその様子からは、耐えようの無い苛立ちが窺えた。

 部屋の隅に控える使用人たちも、普段は気さくな紳士で鳴らしているはずのフォオリから距離を取り、何時自分に降りかかってくるかわからぬ癇癪に怯えているようだった。



(クソッ……どうして未だに報告が来ないのだ、いくらなんでも遅すぎる)


 喉元まで出かかった悪態をすんでのところで堪え、それでも抑えきれぬ苛々を目の前の壁にぶつける。


(たかが子ども一人を始末するだけの仕事で、一体どれだけ待たせるというのだ。これだから冒険者というヤツラは……)


 なおも目の前の壁をガスガス蹴りつけているフォオリは、先日無くなった先代当主の息子、つまりは現ツミワタ家当主の弟である。そして、例の非常識三人組と行動を共にする少女を、害する依頼を出した張本人でもあった。




 男の描く未来図では、近い将来、ここツミワタ家を支配するのは自分達になるはずだった。


 頭の良さと反比例するがのごとく体が弱く、亡き別れた妻との間に子どもの居ない現当主ディリホは、そう遠からずして父の後を追うだろう。そうすれば、血筋の面から言っても、自分以外にツミワタ家を支配するに足る人物は居ない。

 兄とさほど年の変わらぬ自分が当主となるのは難しいだろうが、それでも直系である自分の息子辺りが次期当主となるのは当然の流れ。気の早い幾人かの取り巻きの中には、既に息子のことを「次期様」と呼ぶ者までいるほどなのだ。



 そんな折、亡くなった父の遺産調査の途中、隠し子などという強烈な爆弾が掘り起こされてしまう。成人男性でなかったという点には胸をなでおろしたが、それでも自分に次ぐ継承権を持つ人物が現れたのである。


 確かに、現在十やそこらだというその娘当人が、次期当主となるのは難しいだろう。いくら兄が引退するまでに猶予があり、今後の教育しだいでは立派に勤め上げられる人材となる可能性があるとはいえ、それでも、女性当主に眉をしかめる古参の者は少なからず居るのだ。

 だが、その娘がいずれ配偶者を得ることまで考えれば、胡坐をかいているわけにもいかなくなる。


 先代の孫にあたる自分の息子、そして先代の娘と配偶者との間に、血筋で明確な差が出来るとは考えにくい。それはつまり、自分の息子が次期当主の座に座るための優位性が無いという事でもある。男の系譜に、適当な年頃の男児でもいれば話は早いのだが、生憎と直系の男どもは全て妻帯しているのだ。まさか、直系の妹を妾に据えるわけにも行かない。


 結論として、血統の問題だけで考えた時、これまでの自分達に存在していた、ツミワタ家を支配する大義名分は無くなったという事なのだ。


(いずれ争いのタネになる……)


 それこそが、男が最も危惧していることだった。

 継承権争いを行ったとして、現時点で最有力である自分の陣営が敗れるとは考えにくい。だがそれでも、どこぞの分家が要らぬ野心を燃やさぬとも限らない。間違いなく家を割る争いが起こってしまうだろう。結果として、歴史あるツミワタ家の力が低下する事態になるのは目に見えている。



 だからこそ男は心を鬼にして、まだ見ぬ腹違いの妹を謀殺する計画を立てた。

 隠し子の確認報告を受けた兄が、件の少女を家に招き入れる指示を出した時。例え自分があの世で罰を受けることになろうとも、娘を生かしてはおけぬと決めたのだった。


 信頼できる腹心だけに内情を明かし、極秘裏に計画を進めた。どこで誰に感付かれるか判らぬ以上、家の金を動かすわけにもいかず、若い頃からこつこつ集めてきた秘蔵の絵画を売りさばいてまで金を作った。妻や息子にまで内密に冒険者ギルドに赴き、相場以上の額を出して冒険者の手配をした。

 そこまでのお膳立てをしてなお、未だ娘の息の根を止めたという報告が上がってこないのだ。男の苛立ちは、察するに余りあるといえよう。



 だから、控えめ過ぎるほどおずおずと自分の名を呼ぶ使用人に、思わず、


「なんだっ!?」


 強い語調で返してしまったのも、無理もない話なのであった。



「し、失礼しました! ……フォオリ様。御当主、ディリホ様がお呼びです」


「兄上が? まさか、例の娘が到着したのか!?」


「まさか? ……あ、いえ、左様でございます。先ほど、護衛の冒険者と共に到着されたとの知らせが」


 そして男は、ついつい洩らしてしまった失言に気付きもせず、自分の計画が失敗に終わったことを知る。自らが手配した冒険者の一行が、永遠に口の聞けない何かに変わってから、実に二日後の昼のことだった。




§§§§§


§§§


§




「――旦那様、間違いございません。あの街で私がお会いしたのは、こちらに居るお嬢様でございます」


 鋭く目を光らせ、長い時間をかけて少女の顔を確認していた男が、厳かに告げた。

 それぞれの理由からため息を洩らす一堂の前で、ツミワタ家使用人の男は二歩後ろに下がり、そのまま恭しく膝をつく。


「お嬢様、改めるような真似を差し上げたご無礼。どうぞお許しくださいませ」


「あっ……。いえ……」


 生まれて初めてお目にかかる、自分にかしずく大人という非現実的な光景を前に、少女は落ち着き無く答えた。ちょこちょこと後ろに控える三人に目配せをしているあたりからも、その緊張の度合いが推し量れるというものだ。


 そんな少女を前にした壮年の男は、もう一度軽く頭を下げると、そのまま上座に座る男の後ろへとまわる。使用人本来の定位置である主人の後方に控えた男の顔は、先ほどまでの厳しい顔つきから一変して、微笑ましいものを見守る柔らかな笑みを浮かべていた。



 行方知れずであった少女を探し当てた張本人であり、唯一彼女をその目で見ていた使用人の発言によって、ツミワタ家末娘の本人確認は終わった。


 現代日本の知識を持つ三人からすればいい加減極まる方法であるが、DNA鑑定どころか写真すら存在しない世界なのだ、面通し以上の確認手段はありえない。もとよりこちらでは、どこまでいっても不確かさを拭いきれない事実確認などより、当人達が本人と認めるかどうかが重要視されるのが常識である。



 そして。ここまで一連の動きを見守っていたこの家の当主は、大きなため息を一つついた後、姿勢を改めて口を開く。


「……よろしい。それでは、ツミワタ家当主ディリホの名のもとに、この少女こそ我が妹、トヨマフィーであることを認める」


 ツミワタ家の当主が認め、そこに異を唱えるものが居ない以上、少女はツミワタ家の親族であると確定する。たとえ、当主の隣に座るフォオリが苦々しげな表情を浮かべていようとも、表立って反論することが出来ない時点で、この流れを止めることなどできないのである。



 明確に親族であると公表されてしまえば、これまでのように表沙汰にせず事を済ますのは難しくなる。貴族に順ずるほどの名家の令嬢が頓死したとなれば、どうやったって世間の注目を集めてしまうのだ。


 もし今後この娘が、自分のあずかり知らぬところで病死でもしたとしても、口さがない輩はフォオリによる暗殺を噂するだろう。そうなれば、いずれにせよ次期当主の座を巡る争いは免れない。少女が身内であると確定してしまった時点で、騒乱は避け様の無い未来となってしまった。


(クソッ。だからこうなる前にケリを付けておくべきだったと言うにっ)


 フォオリは、この事態を招いた原因である父親と兄、そして無能な冒険者達を毒づく。この後に控えている、確実に起こるであろうツミワタ家を二分するお家騒動を思うと、彼はコメカミに鈍く響く痛みを意識せざるを得なかった。




 だがその未来は、ツミワタ家の誰もが思ってもいなかったところから破壊されることとなる。


「待って……ください……」


 その言葉の主に、全員の視線が集まる。緊張と恐怖を隠せぬ震えた声で言い放った少女は、自分の何倍も年上の男達の視線を正面から受け、それでもはっきりと続けた。


「私は……違います。この家の娘なんかじゃないです!」



「どういうことだね?」


 訝しげに訊ねた当主ディリホは、長年彼に仕えた信頼できる使用人に視線を送る。


「そんなはずは……。旦那様、私が見つけさせて頂いたトヨマフィー様は、確かにこの――」


「違いますっ。……いえ、その人が見つけたのは私だったのかもしれない。でも、私はトヨマフィーなんて名前じゃない。私はヤーアトの裏路地で生きてきた、ただの名も無い浮浪孤児です!」

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