11 『それは アナタを助ける誰か』
「なぁ嬢ちゃん。俺だってあの町の住民だ、あそこの浮浪孤児がどれだけ過酷な生活かくらいは想像がつく。そんな中で泥すすりながら生きてきた嬢ちゃんが、これまですげぇ苦労してきたってのも良くわかる。
だがよ、俺はそれでも聞きてぇんだ。そんな地べた這いずり回るような暮らしをしながら、少しでも楽に生きてえって思ってた嬢ちゃんは……。そんな嬢ちゃんは、これまで何をしてたんだ?」
「……えっ?」
「おっちゃんが居たせか……国は、ここより遥かに行き届いた国だった。どんな人間もある程度の暮らしが保障されてる、ここに比べりゃ夢みたいなトコだ。
でもな? そんな場所でも、生きる為に助けが必要なヤツは、自分で動かなきゃならねぇんだよ。自分はこれこれこういう理由で生きる事が苦しい、だから助けて欲しいですって……誰かに訴えなきゃ話が始まらないんだよ」
目と鼻の先にある少女の瞳から、一瞬たりと視線を外さずにギョクは続ける。
「確かに、誰かに助けを求めることすらままならないようなヤツも居る。だがそいつ等だって、助けて欲しけりゃどうにかして、自分の持ってる精一杯の手段で訴えるんだ。指ぃ咥えて待ってても、誰一人として助けちゃくれねぇんだよ」
「…………」
「なぁ、嬢ちゃん。おっちゃんもそこに居るアホ二人も、ちっとばかり変わったところはあるが、それでもタダの人間だ。正義の味方でもなけりゃ悪の手先でもねぇ、世の中の大半を占める普通の一般人だ。
そんな普通のヤツラがよ、ただ目に入っただけの見ず知らずのガキを、わざわざ自分から助けてやろうだなんて、動いてやると思うかい?」
「……思わ……ない」
「俺は助けるッスよ? 美女限定ですけど」
「黙って聞いてろ、このアホ」
「……ん。でだ、嬢ちゃん。そんな何の力もねぇ一般人だとしても、目の前で助けを乞われりゃあ、ちょっとくらいは手助けしてやろうって気になるモンなんだ。自分に向かって差し伸べられた手を、無残に振りほどけるようなヤツなんざ、そうそう居るもんじゃあねぇんだよ」
「でもっ! 私が辛い時っ、誰も助けてくれなかったっ。言ったもん、辛いって……助けてって! でも、誰も助けてなんかくれなかったっ!」
血を吐くような少女の慟哭に、ギョクはそれでも、肩に置いた手を離さない。
そして、そんな悲壮感漂う少女に対し、あっけらかんと言い放つ。
「そりゃあな、運がなかったんだ。もしくは、訴えた相手が悪かった。
誰だって、自分に余裕がない時にまで他人の世話を焼いたりはしねぇ。ちゃんと嬢ちゃんが助けを求めてて、それでも誰も何もしてくれなかったんなら……。そりゃ単に、これまで運が悪かっただけだ」
「う、運……? それだけ? たったそれだけで、私はずっと……?」
「そう。これまでの嬢ちゃんは、運がなさすぎた。もしくは、その不運をどうにかするだけの力がなかった」
少女は、目の前に叩きつけられた言葉の前に、身じろぎ一つとることは出来なかった。
そして、そんな少女に追い討ちをかけるがごとき状況が降りかかる。
「――ギョク。お前さんの話はまだ続くんだろうが、そろそろ時間切れだ。どうやらお客さんのようだぞ」
「ありゃりゃ。襲撃来るって予想が当たったのは良かったですけど、空気読んで欲しいッスねぇ」
「激しくお前が言うな。……仕方ねぇ。カガミ、ツルギ、警戒頼む。俺はコイツの安全を確保してから向かう」
「しょうがあるまい。……だが、別にお前を待たずに潰してしまってもかまわぬのだろう?」
「ツルギ先輩、それもフラグッス」
軽口を叩きつつ周囲の警戒に向かう二人。一方のギョクは、未だ呆然としている少女の腕を掴み、安全地帯である馬車へと連れて行く。
「私を……殺しに来たの?」
「だろうな。まぁ、もしかすっと浚うだけのつもりかも知れねぇが、どっちにしろ身の安全が保障されない事にゃ変わりねぇ」
「は、ははっ……はははっ。……貴女の言うとおりだね、やっぱり私は運がないんだ。だからこのまま、こんな森の中で殺されちゃうんだ」
「おもしれぇ事を言うガキんちょだな。そんなに死にてぇのか?」
「もうどうだって良いよ……。だって私は運が悪いんだもん。どうせこのまま生きてたって、ロクなことにならないんだ」
何時までも馬車に乗り込もうとしない少女に、ギョクは、
(……まじいな。ちいっと言い過ぎた)
ツインテールに結わえた頭をぼりぼりと掻く。そして少女の頬を挟むように手を伸ばし、半ば無理やり自分と視線を合わせさせた。
「あのなぁ。ガキのクセに、人生悟ったような戯言抜かしてんじゃねぇよ」
「だって貴女が言ったんじゃないっ! 私には運がないんでしょっ」
「ああ言った、言ったがな? これまで運がなかった事が、どうしてこれから先も不運に付きまとわれるって話になるんだよ。十回連続でハズレくじ引いたからって、この後も百回引き続けるって理由にゃならんだろうが」
「は……はぁ?」
「確かにこれまでの嬢ちゃんの人生にゃ、ツイてない事が多かったんだろうよ。どんだけ努力しても報われない、上手くいかない事ばっかりだったのかも知れねぇ。だがそれでも、今、こうして五体満足に生きてんじゃねぇか。全部投げ捨てるにゃ、いくらなんでも早すぎるだろうがよ」
「でも……だったら、これから先の私に幸運が舞い込むって? そんなの信じらんないよ!」
「確かに運は大事さ、最後の最後じゃソレがモノをいう。だが、ソレより先にやることがあるだろうが。アホみてぇに大口開けて待ってたって、幸運なんざ舞い込んじゃこねぇ。鳥畜生にフンでも落とされるのが関の山だ」
「ならどうすれば良いっ? こんな……こんな誰も助けてくれる人なんて居ない森の中でっ。私、どうしたら良いっ!?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、それでも目の前の冒険者に喚き散らす少女。
そしてギョクは、そんな少女の頬を伝う流れをそっとなでる。先ほどまでのどこか距離を置いた視線から、美少女の姿に相応しい、本当に優しげな笑顔を送った。
「居るだろ? ここに、助けを求める相手が。
……俺達を頼れ、嬢ちゃん。俺達は、嬢ちゃんが思ってるよかずっと強ぇ。嬢ちゃんの手助けするくらい、鼻くそほじりながらでも余裕でこなせるんだ」
「……て、くれるの?」
「そうしてくれって言われりゃな。俺達くらいになるとだ、嬢ちゃんの代わりに敵をぶっ飛ばすことだろうが、手に入れたいものを一緒に掴み取ることだろうが、それこそ朝飯前なんだ。その程度の余裕、こちとら有り余ってるんだからな」
そう言ってギョクは、さほど自分と変わらぬ背丈の少女の両脇に手を入れて抱え上げ、そのまま馬車の荷台に座らせる。
「言ってみな。……惨めにねだるんじゃねぇ、欲しいモンがありゃ叫んで掴み取るんだ。お前さんが何をどうしたいのか、遠くにいるクソッタレなヤツラにも聞こえるくらい、でっけぇ声で叫んでみな」
「私……。私は……」
そして、未だ名も知らぬ少女は……。
ぐずぐずになった顔面を両手で啜り、濁音交じりで叫ぶ。自らの望みを、自分の生きる意味を、咽喉が枯れんばかりに叫ぶのだった。
「――――――――っ!!!」
§§§§§
§§§
§
「待たせたな。……どうだ?」
「さっき偵察が来てましたけど、今は様子見ってトコですねぇ。そっちは落ち着いたんスか?」
「まぁな。まだぐずっちゃいたが、ひとまず大丈夫だろうよ」
「さいですか。……まったく、根が悪人のクセに、すぐお人好しのフリするんスから」
「言うか言うまいか迷ったんだがな? お前、風俗で飲まないの正解かもしれんぞ。酔ってキャバ嬢相手に説教始める、一番嫌われるタイプのオッサンになりかねん」
「んだとゴラァ!」
「俺も賛成ッスね、聞いてて背中かゆくなったッスもん。『ねだるな、勝ち取れ』って、アンタどこのボード乗りッスか」
「んなこと言ってねぇだろうが! それにどっちかって言えば『天は自らを助くる者を助く』だっつぅの!」
「子ども相手に偉そうに、説教かましとったことに変わりはなかろうよ」
「うっせぇ! ……ホレ、無駄口叩いてねぇでさっさと殲滅すんぞ。いつまでもあのガキほっぽっとくわけにゃいかねぇからな」
「はいはい、お仕事ッスからね。キッチリ後押しさせてもらいますよ。 ……それに、我等がお嬢様の望みを叶えてやりたいってのは、オレも一緒ッス」
「そうだな、何と言ったか……そう、袖振り合うもとか言うヤツだ。このオレ様も力になってやるとしよう」
「それで良いんだよ。……なにせ簡単だしな。俺達にとっちゃ、朝飯前以下のお仕事だ」
月明かりすら存在しない深い森の中。全てを飲み込む闇の中で、それでも光り輝く三人の美少女がいた。
グラマラスな体躯に軽鎧を纏い、両腕に嵌めた刃付きの鋼手甲を打ち付ける黒髪の美女。
緩く波打つ金綿毛のような髪を神官服の背中に流し、鎖で繋がる棘鉄球をささげ持つたおやかな乙女。
熟練の職人が生涯をかけて作り上げた白磁人形を思わせる、魔法の短筒を肩に担ぐ美少女。
方向性の異なる三つの美しき姿は、今、等しく獣じみた笑みを浮かべる。
「さぁ、嬢ちゃん初めてのリクエストだ。
……あの子を好き勝手に振り回すヤツラを、まとめて血まみれのクソ袋に変えてやるとしようやッ!」
そして少女はきっと言っただろう。……そこまでは求めてない、と。