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中年独男のオレ達が、何の因果か美少女冒険者  作者: 明智 治
第一章  三匹の見た目詐欺 とある少女と出会う  の話
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09  『それは きっと幸せな一夜』

 いくらこの三人が、一般的な冒険者達の行う野営とかけ離れた何かを行っているとはいえ、それでも欠かせぬ共通の行動というものはある。その中の一つが、いわゆる寝ずの番だった。


 コイツ等の場合、夕食を取ったらすぐに一人が眠り、頃合を見て目覚めては起きていた一人と交代をするという、二交代での見張りをたてる。最後の一人は寝るも起きるも自由だが、その代わり次の日は最初に眠り、夜中に起こされる係になる……というローテーションで行っていた。



 その夜。護衛対象と言う立場上、見張りのローテから外されていた少女がそっと肩を揺られて起こされる。最初に不眠番を行っていたツルギが次の当番であるギョクに交代して、しばらくたってからの事だった。




「……お前等、起きろ。悪ぃが嬢ちゃんも起きてくれ」


 ギョクの発した声は、それ自体は小さくとも、緊張感を伴う声色からはただ事でない様子が窺える。


 すぐさま眠気を振り払った少女は、自分の居る此処が丈夫な外壁に守られた人の領域でないことを思い出した。たとえ近くで火を焚いていたとしても、馬車の中に守られていても……それでもこの場所は、魔物の跋扈する闇の世界なのだ。



「恐らく四ツ足の狼モドキ。数は判らんが、距離は八十から百。……ホレ、四十秒で支度しな」


「どこのオバさんッスか」


「そもそもアレ、物理的に可能なのか? 移動だけで時間切れだろうに」


 どうでも良いことをぼやきつつ、それでもちゃちゃっと準備を終えると、物音一つ立てずに馬車を出るツルギとカガミ。

 そんな二人を見送ったギョクが、馬車の隅でうずくまり、ガタガタと震えている少女を目にした。


「どうした、嬢ちゃん。……怖いのか?」


 当たり前である。



 確かに少女は、数年前に母親を亡くしてから、猥雑な街の裏路地で生きていた。それは普通の町民が生きる街の暮らしとは比べるまでもなく、死と隣り合わせの生活だ。


 空腹をもてあましついつい手を伸ばしてしまった残飯のせいで、丸一日下痢と嘔吐に苦しんだ事もある。浮浪孤児を犯罪に利用しようとする組織から身を隠し、一晩中暗い下水の中で息を潜めたこともある。

 実際のところ、この年まで五体満足で生きていられただけでも、充分な幸運と器量の持ち主なのだ。


 それでも、所詮は戦闘能力の無い十歳の女の子にすぎない。降りかかる暴力から身を守る術を持たない一般人では、それが死を伴う恐怖であろうとも、ただ身を小さくしてやり過ごすしかないのである。



 今、彼女の脳裏には、生前の母と共に旅をした日々が浮かんでいた。一緒に行動をしていた旅人の一団と共に夜襲を受け、昼間仲良くしてくれていた商人が朝には無残な肉の塊に変えられていた記憶がよみがえる。

 街中で恐ろしいのは確かに人だ。だがそれでも、街の外で襲い掛かる魔物の恐怖とは、物理的な『死』そのものと言えるのだった。


 自分も、あんな恐ろしい目にあうのかもしれない……。




 ギュッと身を縮込めたまま硬く目をつぶる少女。ギョクは少しだけ迷い、できるだけ衝撃を与えないよう苦心しつつ、彼女の頭に手を載せた。


「安心しな。俺達三人は、こう見えてかなり強ぇ。念のため嬢ちゃんにも起きてもらったが、四本足程度のクソザコナメクジ……ぶっちゃけ束になって向かってこようと、物の数じゃあねぇんだ」


 そう言ってもう、ポンと頭を叩く。そして、両腰に下げていた魔法の発動体である短筒を抜き去ると、わずかな光が差し込む馬車の入り口に仁王立ちになる。

 少女に背を向けたまま、一度だけ肩越しに少女を見やり、


「嬢ちゃんは、安心してそこで待ってな」


 と、言い放つ。

 愛くるしい美少女のものとは思えない、猛禽類の微笑みを浮かべるギョク。

 薄赤い炎に照らされ、闇夜の中でも一際目立つ銀髪にドレスを纏った美少女は、マント代わりにスカートの裾をひらつかせながら暗闇の中に消えていくのだった。




 馬車に残された少女は、去っていくギョクの背中に言いようの無いほどの安堵を覚えた。


 ……そして思う。

 いくら冒険者とは言えど、自分と変わらぬ年の頃であろう少女が、自ら危険の中にその身を投じる。それに比べて、今の私はただ震えているだけだ。

 未だ馬車の片隅でうずくまる少女は、そんな自分を情けなく思い、そしてそれでも動けぬ自分自身を恥じた。


 出会って一日も経っていない三人の冒険者。美しく、可憐で、気を抜けば一挙手一投足にすら見とれてしまいかねない三人の美少女達。

 そんな三人に守られるだけの価値が、自分にあるとは思えなかった。それでも、今の自分には何も出来ない。何をしたら良いのかさえわからない。


 運命に流されるまま生きていた少女は、目前に迫る物理的な生命の危機を前にしても、ただひたすらに膝を抱えて時が過ぎるのを待つより他になかったのである。



 ――しばらくの時が過ぎる。

 声高に存在を主張する自分の鼓動だけを耳にしていた少女の元に、突如、闇をつんざく獣の遠吠えが届く。


 アオォオォォォォオオーーン


 それは原初の恐怖を呼び起こす声。お前は喰われる立場、腹を満たす獲物でしかないのだと突きつけてくる獣の声に、少女は思わず両耳を塞ぐのであった。



§§§§§


§§§


§



 少女の取ったその行動は、多分、とっても幸せなことだった。

 必至で自分の耳を塞ぎ、馬車の外の物音を完全にシャットアウトしたことにより、その後の全ては彼女の元に届くことがなかったのだから。



「うぉら、どうしたぁ! 踊れ踊れぇ!」


「グゥワハハハァ。気合がはいっとらんぞケモノどもぉ」


「はい、次そっちぃ! 頭潰されるのと、四肢から順番に潰されるの。どちらがお好みかなァ?」


「ツルギ! あっちから回り込め、一匹も生かして帰すんじゃねぇぞ!」


「わかっとるわい。ほぅれ、敵前逃亡は士道不覚悟。大人しく臓物ぶちまけるが良いッ!」


「おやおやァ? お腹なんか見せて、もしかして降参のつもりかなァ? 良いですねぇ……そういうのを潰すのが、オレは一番好きなんですよ!」


「く~けけけけッ。動いてるヤツは敵だァ! 動かないヤツは良く訓練された敵だァ!!」


「キサマ等ぁ、大将はどうしたぁ!? 大将首はどこじゃあぁ!」


「あっちでバラバラになってたヤツじゃ無いッスか? ツルギ先輩、自分で殺ったのくらい覚えときましょうよ」


「ガッハハハ、手ごたえが無さすぎるのが悪いのだ」


「この程度じゃしょうがないッスけどねぇ。……っと、生き残り発見~。さ、プチプチしましょうねぇ」


見・敵・必・殺サーチ・アンド・デストロイィイ。ヒィィイヤッハァァアアア!」


「イィィィイイヤッ、フゥゥゥウウッッ!!」


「死んで、死んで、そして死ねぇぇえッ!」



 可憐な声色から発される、残虐極まりない発言の数々。

 断続的に聞こえる……何かが切れたり、燃えたり、折れたり、裂けたり、爆ぜたり、潰れたり、砕けたり、蒸発したり、絞められたりする音。


 そして獣達の恐ろしげな唸り声が、徐々にキャンキャンと言う声に変わり……何時しか哀れみすら感じさせる鳴き声に変わるその様子が、馬車の中に居る少女の耳には届かなかったのだ。


 そんなとてもこの世のものとは思えない残酷な有様を、欠片も耳に入れる事無くやり過ごせた少女は、きっととても幸せだったに違いない。




§


§§§


§§§§§



 自分でも気づかぬうちに、何時しか眠ってしまっていた少女が次に目を開けた時。既に夜は開け、彼女の頬に柔らかな朝の光が差し込んでいた。


(そうだっ! 魔物っ!!)


 被っていた毛布を慌てて跳ね飛ばし、馬車から身を躍らせた彼女の見たものは、昨夜と何も変わらない穏やかな景色だった。



「あら、意外と早起きさんですわね。もう少しで朝食の用意も出来ますから、今のうちに顔を洗ってらっしゃい」


「えっ? あっ、うん……」


 朝の日差しを浴びて、いつも以上に神聖な雰囲気をかもし出すカガミからは、夜中に魔物の襲撃があったなど微塵も感じられない。


(昨夜のアレは……、もしかして夢だった?)


 思わずそんなことを考えてしまった少女に、背後から声がかかる。



「おっ。起こされる前に目を覚ますったぁ、ちっこいのに感心なこった」


 まるで泊まりにきた親戚の子どもにでもかけるような、大人ぶった物言いをするギョクである。いや、実際中身はオッサンなので、当然と言えば当然の発言なのだが。

 ちなみにこの二人、背の小ささで言えばほとんどどっこいどっこいである。



「あの……、魔物……」


「あぁ。昨夜は悪かったなぁ、あんな程度で起こしちまってよ。次からもなんかありゃ一応は起こすけど、よっぽどでもなきゃ楽にしといてかまわねぇぞ。やばい時にはちゃんと抱えて逃げっから、まぁ安心しときな」


「えっと……うん。わかり、ました……」


 相変わらず、妙に男前な物言いをする目の前の美少女冒険者に、少女は何も問いただすことは出来なかった。



(やっぱり魔物は来たんだ……。でも、こんななんでもない様子ってことは、魔物の子どもとかだったのかな……?)


 未だ寝続けるツルギを起こすため、自分と入れ違いに馬車に乗り込むギョクを横目に、少女は一人考える。


(……うん、きっとそう。こんな綺麗なお姉さん達なんだもん、もしも怖い魔物が出たんなら、こんな平気にしているわけがないわ)


 そう無言のうちに納得すると、改めて顔を洗いにいく少女であった。




 ――彼女は気づかない。自分の寝ていた枕元に、昨夜は存在しなかった布袋があったことを。その中に、軽く五十を越す数の、死んだ魔物が残すという魔石が入っていることを。

 そして、肉屋の店主すら思わず吐き気を覚えるほど凄惨な惨劇の痕跡を、昨夜のうちに三人が焼却処理していたことを。彼女は最後まで気付かなかったのである。


 だからやっぱりこの少女は、幸せな一夜を過ごしたと言えたのだった。

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