工事現場
「僕が思うに、先輩が対 事変コーティングの正体に気が付かなかったのは、僕らの事象変換術とは、違うモノだったからじゃないでしょうか?」
「どういう事だ?」
「敵は“独自のイベント・チェンジ”を開発したのでは?
17年前、事変研に出入りしていたブラストン教授や北米のスパイが事象変換技術の情報を盗み出していたとして、それはほんの一部だったのかも。
考えてみれば、当時、事象変換技術は日本政府の国家プロジェクトで、情報のセキュリティは万全でした。
もし、全ての情報が流出していたら隕石群衝突で北米は壊滅しなかったんじゃないですかね?
北米の国力なら、3年有れば数百人規模のイベント・チェンジャーは育成出来ていた筈です」
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当時、事象変換技術を日本の主要産業として、海外に売り込む計画は存在していた。
だが、その前に隕石群衝突が起こり、日本政府は急遽、人道支援の名のもと、事象変換技術の無料配布に踏み切った。
海外に派遣されたイベント・チェンジャーズにより、現地で事変力の簡単な適性検査が行われ、わずかでも適性が有りそうな人間に、海外向けのスマホが手渡された。
それは、少しでも事象変換技術を、復興に役立てて欲しい善意の思いからだった。
配布用海外向け無料スマホには、悪用防止のため、使用者の対人攻撃の意思を感知するとロックがかかるよう安全装置が組み込まれ、力場発生装置も低出力の物が使用された。
また、技術漏洩防止のため、分解やスキャンに対しても対策が施され、それを感知すると回路が焼き切れるよう設計されていた。
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「つまり、僕らが世界中に配り歩いた無料スマホから、技術を盗む事も不可能です。
だから彼らは、事変研から盗み出した僅かな情報をもとに、彼らなりに“独自のイベント・チェンジ”を創り出したんじゃないでしょうか?」
「独自の……」
暫く考えていた吾妻がふいに
「マリモはイベント・チェンジを使えるのか?」と聞いた。
「ワタシハ、ツカエマセン、ヨ」
「マリモ達オクトパシアンは思考系が人間と違うからね。人間の思考を前提に作られてるイベント・コンバーターは使えないわよ」
フォローした平坂に、吾妻が尋ねる
「オクトパシアンの思考系に対応したイベント・コンバーターが有れば、マリモ達がイベント・チェンジを使う事は出来る?」
「そりゃ、もしそんなモノが有って、事変力が有れば可能だけど、オクトパシアンの複雑な思考系を、人間が完全に理解するのは不可能じゃないかしら?」
「では、もっと単純に……
オクトパシアンほど複雑で無く、ある程度の知能を持った生物に抗事変術や事変術無効のみの、限定された事象変換現象を発動させる事は?」
「え、つまりどういうことよ?」
「先輩はつまり、イベント・チェンジを行使しているのは人間では無く、生体部品として使われているオクトパレファントだと?」
「オクトパレファントは遺伝子事変操作で産み出された、事変力で遺伝子改造された生物だ。
イベント・チェンジとの相性は良いんじゃないか?
それに、オクトパシアンほどではないにしろ、かなり高度な知能を持っていたとしても、不思議じゃないだろ?」
「う~ん、なんとも言えないわね~。
そもそも、オクトパレファントにどの程度知性が有るのか分からないけど、脳を直接 いじるとか、防衛本能に装置を直結させるとかして、それで仮に事変力が有れば、反応系くらいは可能かしら?」
「ブラスターの攻撃手段は、銃や重火器やレーザー、ミサイルといった物理攻撃だ。
おそらく、イベント・チェンジ自体は防御系の反射的な対 事変コーティングにしか使っていないのだろう。
芹田博士がどうやってブラスターの装甲を切断したかのは分からないが、取り合えずはイベント・チェンジを使わないで、物理で攻撃すれば対処出来るんじゃないか?
我々は今までイベント・チェンジに頼り過ぎていたかもしれない」
(とは言っても、各地の反抗ゲリラやテロ組織の爆弾やグレネード・ランチャー、対戦車ライフルではあまり効果は無かったな。
ブラスターの動きは速く、装甲は硬い。
4m以上の、武装した高速機動装甲歩兵相手に有効な手段など、後は落とし穴か 死角からの岩石落とし位しか思い付かんが……
芹田博士は、どうやってあの装甲を切断したんだろうか?
やはりなにか、イベント・チェンジでの対抗手段があるのか?)
[考える人]状態の吾妻をよそに、平坂夜美が突然
「……そういえば思い出した!
私、つくばから逃げて来るときチラッと見たけど、番長のコスプレした人が、2mくらいのバールのようなモノでロボぶん殴ってたわ」
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「有益な情報、ありがとうございました」
吾妻達一行が、平坂夜美の研究所を後にして少し歩くと
「吾妻さん、ちょっと、忘れ物!」
平坂が呼び止めた。
「先、行っててくれ」
吾妻が戻ると、平坂は吾妻の耳元で
「ヤトハには……
意図的にデザインされた遺伝子操作の痕跡があるのよ」
「……!」
吾妻がその言葉に驚いて、平坂のメガネの奥を見つめる。
「大丈夫! 痕跡が有るだけで、あの子は普通の人間だから安心して。
避難当時、最初にあの子の世話をしたのは、今 学校の先生をやってる熱本温子よ。
詳しくは彼女から話を聞いて」
そう言って、吾妻にアイ・コンタクトしてから、饅頭の入った手提げ袋を押し付けた。
そして、取って付けたような大声で
「ほらよ! 電力が安定すれば私の仕事も助かるんだから、工事の手伝い頑張ってね!」
パン! と吾妻の背中を叩く。
「いや、わざわざどうも。ありがとうございます」
頭を下げて、ヤトハ、滝、マリモの元へ戻る。
そのヤトハが、
「お饅頭、いただいたんですか?」
邪気の無い目で聞いてくる。
「あぁ、後で皆で食べよう」
滝が念声で吾妻に語りかける
『すでに、読心済みです。
ヤトハの心理に、怪しいところは有りません。
先に言っておきますが、僕は丁重にお断りします。
先輩、あの美人先生との対面は、お一人でどうぞ』
(滝!? てめっ……この薄情者!)
美人教師から喰らったキビシイ説教を思い出し、吾妻は戦慄していた。
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「……なんやかやと寄り道してたら、遅くなっちゃいましたね」
滝が暢気にそんな事を言う。
吾妻は、つい恨みがましくなりそうな目をぐっと堪えて、
「まぁ、あれだ。今日は色々勉強になった。
今日のところは様子見で、工事の本格始動は明日からだな」
暫く川沿いを歩くと、瀧が見えてきた。
(なるほど、これは見事な瀧だ)
瀧の周辺に、大型の水車や風車、発電コイル、モジュール等が置かれ、休憩所で土木作業員風の男達15人ほどが休んでいた。
その中の、日焼けした白髪頭の年長者が一行に気付き
「おー、マリモ。今日は、戸倉さんに呼ばれとったんだろ?
もう、用は済んだのか?」
「ハイ、オヤカタ。スケットヲ、オツレシマシタ」
マリモから“親方”と呼ばれた年長者にヤトハが
「吾妻さんと滝さんです」
と、2人を紹介する。
「ヤトハも来たのか? 悟が喜ぶな」
「喜ばねぇよ! クソじじい!!」
ヤトハと同じ年くらいだろうか?
悟と呼ばれた少年が、吾妻の前に仁王立ちし睨み付けてきた。
まこの少年もやはり[村の若い女性の会]と同じく、吾妻がヤトハとバトルした事に、抗議の念を懐いているに違いない。
吾妻は意を決し
「あー、少年よ。
男には……いや、ヤトハは女だが。
引くに引けない、負けると分かっていてもやらねばならん時というものがあってだな、俺はその心意気に感じ入って、その~、なんだ……」
しどろもどろに言い訳をしていると
「うるせー! 男がグダグダ言ってんじゃねー!!」
吾妻の脛目掛けて、低空のドロップ・キックを放ち、
「バカヤロー!!」
と、絶叫しながら走って行ってしまった。
「コラ、悟~! 待たんか~!」
親方がドエライ剣幕で悟を追い掛けて行く。
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「……あのガキ、逃げ足だけはいっちょ前で」
ゼェゼェ、ハァハァ言いながら
「すみません、吾妻さん。
孫が大変な失礼を……」
「いぇ、私も今朝からご婦人方にコッテリ絞られ、反省している次第でして……」
片や息切れしつつ、片や脛を擦りつつ、お互い挨拶をする。
「戸倉さんから、話は聞いとりますよ。
私は、ここの発電施設建設現場の監督をしとります、大山昇です」
「私は吾妻虎清。そっちの無駄に背の高いのが滝です」
「……2人共、大丈夫ですか?」
無駄に背の高い滝が、心配して声をかける。
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結局、その日は発電施設の設計図と、建設現場の見取り図を確認して、作業は修了となった。
平坂夜美自家製の饅頭を土産に受け取り、作業員達は帰って行った。
吾妻達は、残って親方の話を聞いている。
「今日は、デッカイ岩を退かそうと思ってな、村の若い衆と学校行っとる男の子達に手伝って貰ったが、退かんかった……」
「スミマセン……」
「いや、マリモは戸倉さんに呼ばれとったからな。しかし、マリモがいたとてアレは退かんな……」
「魔法術ではどうですか?」
ヤトハが尋ねる。
「悟と武と敦にやらせてみたが、ダメだったな」
悟は11歳、武と敦は12歳。
この村の男の子3人衆は、大人達より事変力が高いそうだ。
3人の中でも、悟が一番 事変力適性値が高い。
それでも、3人がかりでヤトハには勝てないそうだが……
吾妻が提案する
「今からでも、私が試しにやってみましょうか?」
「いや、それは……作業員は、皆帰ってしまったし」
「取り合えず、試してみましょう。
ダメだったら、また明日、対策を考えるという事で」
大山に案内されたのは、休憩所から30mほど離れた、瀧の横のこんもりと地面が盛り上がった場所だった。
地形的にも、瀧に近い拓けた場所はここしかない。
結構深く周りが掘られ、スコップやツルハシ、ロープの類いが脇に一まとめに置かれている。
今日一日、色々試したのだろう。
「ここに、水車と発電ユニットを設置するための施設を建てたいんだが、地盤が硬くてな。
調べたら幅20mの岩が埋まっとった。
深さはどれ程有るか分からん」
「地中ですか、確かに厄介ですね……
深さは、どれほど必要なんですか?」
「基礎と地下室で、6mは欲しい」
吾妻が【鬼面】を装着し、掌に“力”を集中させる。
ググググっと圧力を収束させ、ゆっくり掌を足元の地面に圧しあてていく。
……? 奇妙な感覚。
事変力を強めれば強める程、力を込めれば込める程、岩は硬くなっていく。
(……これは!?
俺は、これと同じモノを知っている?)
それは、鉄の【蛮殻】にも使われている、事変力に反応して超硬質化する精神感応合成クリスタル“マギライト・β”!?
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――休憩所に戻り、結果方向。
「マギライト・βですか?
でもアレは、稀少なマギライトを人工的に創ろうとして、偶発的に出来た合成物質でしょ?
なんでこんなところに?」
滝の質問に、吾妻が答える。
「過去に誰かが埋めたか、マギライト・βに似た性質の物質が、天然で存在していたかだな」
そのやり取りを見て、大山が言う。
「とにかく、今日はもう遅い。
ヤトハも明日は学校行くだろ?
早く帰ってやらんと、戸倉さんが心配する」
辺りは、すっかり暗くなっていた。
「わしは、今日は宿直当番でな。このままここに泊まる」
吾妻は頭を下げ
「それでは、我々は失礼します。
今日はお役に立てなくて、すみません」
「なぁに、気にせんで良いよ。
正体が分かっただけでめっけもんだ、対策が立てられる」
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泉の畔でマリモと別れ、吾妻、滝、ヤトハの3人が、坑道の抜け穴に向かっていると、
「へへ、吾妻さんよ、あんた とんだ評判倒れだな。
俺は“凄ぇ助っ人”が来るって聞いてたぜ?」
悟が現れた。
何処かで隠れて、吾妻が失敗するのを見ていた様だ。
「今日のところは様子見だよ?」
「へ、強がんじゃねぇよ。結局失敗だろ?」
「悟! あんただって失敗したんでしょ!?
吾妻さんに失礼だよ! 謝りなよ!」
ヤトハが怒る。
「あぁ、そうさ。俺は失敗した。
けどな、このオッサンも失敗したぜ。だったら、俺とこのオッサンは相子って事だろ!?」
「……確かに君の言う通りだな。
じゃあ、どちらが先にあの岩を退かすか、競争しないか?」
「あの岩を退かす?
そんなの無理に決まってんだろ!?」
「では、俺の勝ちだな。
俺は諦めない、君は勝負を降りた。
俺の不戦勝だ」
「ふざけんな! やってやる!!」
「悟! いい加減にしなよ!!」
ま吾妻、悟、ヤトハのやり取りを見ながら滝は、
(あ~ぁ、また先輩の悪い癖が出たよ……、
この人、みどころ有りそうな人間見ると すぐ勝負仕掛けたくなるんだよなぁ。
冷静沈着に見えて、実は熱血だし)
そんな事を考えていた。
 




