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イベント・チェンジャーズ   作者: ギリギリ男爵
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 それは、静かな泉だった。

 大きさは野球場くらいか?


 泉の周りに所々に生えている針葉樹は未だ若く、高い木は1本も見当たらない。


 向こう側に断崖が見えるので、ここは崖崩れかなにかで出来た比較的新しい窪地なのかもしれない。

 断崖で隔たれた彼方あちら此方こちらでは世界観が違う。


 どこか幻想的で、水辺にユニコーンがいたとしても違和感がない、そんな泉。

 微かに瀧のサーという音が聞こえて来る。


 ヤトハとマリモの話だとオクトパシアンの個体数は現在25体。

 もっとにぎやかなのかと思ったが、微風がそよそよ森の木々を揺らしている。だが、良く目を凝らせば泉の至る所で波紋が表れる。それは、オクトパシアンの幼生体が起こす波紋だそうだ。

 この泉は、オクトパシアンの幼生体成育場なのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 つくばテクノポリス・事変関連区画の研究員とその家族、88人がここに避難して来てから、住む家を造り、井戸を掘り、農地を開墾し……。


 最初のオクトパシアンであるマリモ、ケセラ、パサラの3体が培養液のカプセルから出た頃には、人々は新たな日常を取り戻していた。

 その頃のオクトパシアンは、まだ成体でも1m足らずの大きさしかなく、フォルムは人間の幼児に似て、ぬいぐるみの様な外見であった。

 結局、芹田博士が当初考えていた“事変力増幅装置”としての能力を発現させる事は出来なかったが、戸倉博士はヤトハと同じ様に3体をいつくしんだ。


 暫くは戸倉博士の家でヤトハと一緒に暮らしていたが、その年の冬 ケセラとパサラが相次いで亡くなった。

 原因は“風邪”

 人間にとっては在りきたりな病原だが、オクトパシアンにとっては致死の驚異となる。

 その事を知った戸倉博士は、マリモの遺伝子を再調整、免疫力と環境に対する耐性を強化した。

 その結果、現在の姿になり知能もさらに上がり筋肉と皮膚を震動させて発音する事で会話が可能になった。


 オクトパシアンは完全女系種で、培養槽の中から産まれるのは全てメスである。したがって、自然繁殖が出来ない。 遺伝子上の設計では、性決定はランダムに行われるはずなのだが、何故かオスは産まれない。

 戸倉博士が、人意的にオスのオクトパシアンを創ってみても育たない、すぐに死んでしまう。


 今、この泉の中にいる幼生体は全てマリモの卵細胞から戸倉博士が培養したクローンで、言わばマリモの子供達だ。

 自然環境下で自然育成したこの第二世代、さらに第三世代、第四世代……

世代を重ね、環境に適応させて変化した遺伝子を使えば、いずれは成体にまで育つオスのオクトパシアンを生み出せるかも?

 戸倉博士はそう考え、この泉の管理をマリモに託した。


 自然環境下で自然育成した場合 成体になるのに4~5年、マリモの様になるまで7~8年かかるが、泉の中の幼生体は創り出されてから3年目。

 体長も60cm~80cm程に成長し、何体かはすでに水中から出て陸上生活を始めているらしい。

なのに、泉の周辺にそれらしき存在は見当たらない……、


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……何等かの気配は感じますね」


「うむ、気配は感じるな……」


 滝と吾妻にヤトハが言う。

「えーと、あれですよ。アメレオですよ」


「?」


「オクトパシアンは、擬態が得意なんです。

 周囲の景色に同化して見えにくくなってるんです」


(景色に同化? あぁ、カメレオンの事か。

 ヤトハはこの村で育ったから、カメレオンをよく知らないのか……)


「ヤトハ〰、ヤトハ〰」

 何処いずこから 声はすれども、姿は見えず。

 しかし、ヤトハにはしっかり見えているようで

「あそこにいるのがマコにリコにモコ」


 吾妻と滝が、良く目を凝らして見れば、確かに何かいる。

 一行が近付くと、ヤトハの脚にキュッと抱き付いたオクトパシアンの子供が、ス~と姿を表した。

 それは、マリモをよりさらに小さくディフォルメした、体長60cm程の三頭身のゆるキャラのぬいぐるみの様で、色は乳白色に近い薄ピンク色。


「この子がマコ、そっちがリコにモコ」


 リコにモコはマコより大きく80cm近くある。

 2体はマリモの脚にしがみついて、吾妻と滝を見ていた。


 警戒しているのか?


 吾妻はしゃがんで、

「俺は吾妻虎清、よろしくな」

 それを見た滝も同じ様に

「僕は滝 俊、よろしくね」

 暫くして、

「トラキオ〰、タキシュ〰」

と言い出し、吾妻と滝に近付いて、

「ヨロシク〰、ヨロシク〰」


「この子達は2週間前に泉から上がったんですよ」


 まだ上手く歩けないらしく、マコはヤトハにしがみついたまま、リコは吾妻に、モコは滝にしがみついてきた。


「……」


 モコに読心をかけていた滝は、フっと諦め気味に微笑み、首を軽く振ってから立ち上がり

「仲良くしてね」

とマコ、リコ、モコに語りかけた。


******************


 泉のほとり長屋ながやがあり、そこがマリモの住居 兼 幼生体保育場 兼 泉の管理棟になっている。


 長屋の別の部屋には入り口に

“ティベルト・事象変換技術バイオ研究所”

と、手書きで書かれた看板が掲げられている。

 その室内には、オクトパシアンの培養槽が置かれ、椅子に座り脚を組んでコーヒーをすすっている女性がいた。

 髪を無造作に後で結わき、メガネを掛け色白で化粧っ気は無く、眉間にシワを寄せイライラと貧乏揺すりしている。

 彼女の名前は、平坂ひらさか夜美よみ

 戸倉博士からオクトパシアンのバイオ研究を引き継ぎ、ここに常駐している変わり者らしい。


「で?  何?」


「で、ですから、吾妻さんと滝さん。

 外の世界から来たんですよ?」


 ヤトハも、この女性は苦手にしている様子で、接する態度が恐る恐るしている。


「外の世界なんかに、興味は無いわよ……研究出来れば、あたしゃ満足なのよ」


 何にイラついているのか、頭をくしゃくゃっと掻き乱し


「あんた! 吾妻だっけ?

 今朝けさ、戸倉博士から聞いたわよ、昨日ヤトハとやりあったって?

 子供相手に、バカじゃないの?」


 学校の美人教師といい、この平坂夜美といい、吾妻はこの村の若い女性にはおおむね不評のようだ。


「マリモ! あんたが帰るの、待ってたのよ。

 ここんところが上手くいかないの。

 ちょっと手伝って!」


「ハイ」


 マリモは慣れたものらしく、テキパキと平坂の指示通り作業していく。

 マリモが波形モニターを見ながら、装置のスイッチをパチ、パチと手際良く切ったり入れたりしながら、ボリュームツマミを回していく。

 平坂は顕微鏡を覗き込みながら

「あーそうそう、そこでストップ!

よし! 上手く行った!

 やっぱ、マリモは頼りになるわ~

 あたしが男だったらほっとかないわよ~」


 急にご機嫌になり「ウヒヒウヒヒ」と笑っている。

 さっき迄の“ご機嫌斜め”は、実験が上手く行っていなかったかららしい。


「あー、上出来、上出来! マリモ、ありがとね」

と言ってから、今度は上機嫌でニッコニッコしながら

「んで? 何だっけ?

 あぁ、そうそう、今朝、戸倉博士から頼まれてた……」


 平坂の機嫌がなおってホっとしたのか、ヤトハは胸を撫で下ろしていた。


******************


「ほら ヤトハ、まんじゅう食べな?」


 さっきとはうって変わって“気の良いあねご”といった風にヤトハに自家製の蒸かし饅頭まんじゅうをすすめ、オレンジ・ジュースを差し出す。

 ヤトハは、機嫌の良い時の平坂は大丈夫な様で「いただきます」といつものヤトハに戻っていた。

 マリモに川蛭かわえびのカクテル、吾妻と滝にはコーヒーを出して、話を続ける


「……つまりね、の、ブラスターだっけ?あのロボの中身は、なんと! 遺伝子操作されたタコだったのよ!

 だけど、オクトパシアンの体組織とは全然違う。

 多分、戸倉博士が言ってた“オクトパレファント”ってヤツだと思うわ。

 あたしゃそれ、見た事無いけどね」



 芹田博士の遺品の鞄の中に、研究書類に混ざって不自然にえぐり取られた金属片が入っていた。

 それは、魔者弾圧で襲撃された芹田博士が応戦し“機動装甲歩兵 ブラスター”から、装甲の一部を抉り取った物だ。


 芹田博士や戸倉博士は、最初に事象変換研究を始めた中心メンバーだけあって、研究者としては比較的高い事変力を持っていた。


 芹田博士は、自分の死亡を確認した襲撃者達が去った後、最後の事変力をふり絞り、一時的に蘇生して抉り取ったそれを回収していたのだ。


 滝が平坂の説明を受け

「なるほど、先の戸倉博士の話と繋がりますね。

 無人兵器として運用していたオクトパレファントの制御がかなくなり、オクトパレファントを兵の生体バイオ部品パーツとして転用したんです。

 大きさ的にもブラスターシリーズは5m~6mです。

つまり多分、ブラスターはサイボーグ化されたオクトパレファントを、人間が操作してるんじゃないですかね?」


 滝の言葉に対して、吾妻が確認する。

「……ブラスターMB-AWTシリーズの開発の裏には、北米軍事局かブラストン教授、或いはその両方が関わっていたって事だな?」


「そうなりますね。

 僕が思うに、おそらく17年前、事変研でオクトパレファントの開発中に、ブラストン教授は事象変換システムについての情報も、北米軍事局に流していたんじゃないでしょうか?

 世界最高機構の対 イベント・チェンジ コーティングの正体は、坑事変術アンチ・スキル事変術消去キャンセリングじゃないですかね?」


「奴等もイベント・チェンジを使っているって事か?

 魔者弾圧は、自分達がイベント・チェンジ技術を独占したかったから、それを広めようとしていた我々が邪魔だったと?」


「う~ん、その辺は想像になりますが。

 今は我々の事を“魔者”とか言って弾圧してますが、いずれほとぼりがさめたら自分達が“神の奇跡”とか言って、イベント・チェンジを使うつもりなのかも?

 かつて、芹田博士が危惧した“イベント・チェンジによる世界支配”ですよ」


「敵もイベント・チェンジを使ってると仮定すれば、ブラスターに対して何か攻略法が有るかもしれんな。

 実際、ここに芹田博士が切断した装甲の一部がある。

 なにか有効な攻撃手段があるんだ……」

(芹田博士は、ブラスターMB-AWTの“対 事変コーティング”の正体が、我々と同じイベント・チェンジの力だと気付いた?

 だが、気付いた時にはすでに物理攻撃で致命傷を負わされていたのか……

 しかし、なぜ俺はこの5年間、それに気が付かなかった?

 何度もブラスターとやりあったのに……)


 考え始めた吾妻に向かって、平坂夜美が言う。

「あんた達、あのロボとやりあうつもりなの?

 敵の正体が分かったところで、あんなもんに人間がかなうはず無いでしょ!?

 ……バカじゃないの?」


(良く見りゃ可愛い顔してるのに……)

 スレンダーで色白は、滝の好みの女性タイプだが、この性格ではちょっと……

 真面目に、敵の攻略法を思案している吾妻の隣で、滝はそんな事を思った。

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