ティベルトの地下施設
「いや~、ここの階段は年寄りにはキツくてのぉ。
いずれはエレベーターを造らねば、と思うとります」
吾妻と滝は、この地下施設の充実ぶりに驚いてた。
一昔前の、各種工作機械から見馴れない大型装置、イベント・チェンジ関連の特殊器機が、ところせましと並んでいる。
これだけの設備が有れば、エレベーターは充分造れそうだ。
「……戸倉博士、ここは凄いですね」
吾妻が、地下施設を見回しながら感嘆の声を上げる。
「ほっほっほっ。わしと同じ、骨董品ばかりですがの」
謙遜しつつもドヤ顔な戸倉博士。
「興味がお有りでしたら、少し案内しますかの?」
案内する気満々である。
「ぜひ!」
吾妻も滝も、イベント・チェンジャーとして優秀な人材である。
誇りと矜持もあり、そのような人間は、得てして“オタク”気質であったりするものなのだ。
初期の事象変換技術開発の歴史博物館の様なこの場所に、興味を惹き付けられない訳が無かった。
「ここは、事変技術開発の最初期に掘られた、魔神石採掘場 兼 事変技術実験場でしてな。
まだ、事変技術が機密扱いだった頃に、日本とティベルトの共同開発で極秘に建造されましての」
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当時のティベルト自治区は、大国植民地からの独立を画策しており、日本の最先端技術である“事象変換システム”の開発に非常に協力的であった。
日本政府がティベルト国内に、秘密裏にこのような大規模施設を建造していると大国に知れたら、国際問題に発展しかねない危険性が有った。
この計画は最高機密とされ、関係書類は決して公にならぬよう、徹底的に隠匿された。
今現在、ここがTOTWOの魔者弾圧から逃れられているのは、ここの施設の資料がいっさい存在していないからである。
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「これは、20年程前に建造された
“大型力場発生装置”の試作一号機」
戸倉博士は、4階建てビルほどの大きな箱形の建造物を見上げた。
「おぉ~! 教科書でしか見たこと無いですよ。まさか、実物が現存していたとは!」
吾妻が珍しく興奮している。
「へぇ~。教科書の小さい白黒写真で見るのと、実物は随分印象が変わりますね……デカイなぁ」
滝も感心していた。
「こいつは電力を大量に喰うでな。
今は残念ながら稼働を止めておるが、ここに、もっとちゃんとした発電所でも有れば、周囲100km圏内に非常に強力な力場を発生させて、計画当初の事象変換システムを完全再現出来るんだがのぉ……」
戸倉博士は、ここに発電所が無い事が心底残念そうだ。
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“事象変換システム”
力場発生装置で創られた量子力場に、“思考重力波発振装置”で、思考を重力波に変換し干渉させ、パラレルな無限の可能性を内包した虚構世界の中から、任意の事象を選択し、現実世界に現出・固定・定着させる“量子的化学反応=事象変換術”を引き起こすための装置群の系である。
これを可能にしたのは、芹田博士が発見した稀少なウィルス結晶型の天然石石“魔神石”を原料として精製される特殊なクリスタル“マギライト”で、今は現存していない“オリハルコン”等と同様な“高純度の精神感応物質”である。
力場発生装置は、世代が進むごとに小型化と省エネ化が進み、現行の第6世代型だと、ボタン電池ほどの超小型になり、事象変換器に思考重力波発振装置とともに内蔵されている。
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戸倉博士は、大型試作一号機を撫でながら
「コイツの威力は強力での。
今の、小型化されてイベント・コンバーターと一体化された力場発生装置とは、出力するパワーの桁が違う!
芹田博士とわしの当初の計画では、コイツで地球環境の改造を考えていたんだがの………」
「人間がイベント・チェンジで地球環境を改造するなんて、可能なんですか?」
吾妻が尋ねる。
「理論上は可能じゃった。
だが、当時のわしらは技術不足での。
強力過ぎるコイツのパワーを、安定して出力させる事が出来んかった。
余りに危険と判断され、試作二号機からは小型化し、出力をかなり抑えた設計に切り替え、ようやく事象変換実験は軌道に乗った。
その結果、想定していた出力は得られず、環境改造は不可能になってしもてのぉ……
傲慢かもしれんが、せめて人間が原因の環境汚染くらいは元に戻したいと、当時のわしらは考えとったんだが……しかし、今のわしらの技術なら、コイツの出力を安定させられるかも知れん」
戸倉博士は、力強く大型試作一号機を見つめている。
この老人はまだ、事象変換術による地球環境改造を諦めてはいないようだ。
「……環境改造が可能なら、月や火星をテラフォーミングする事も、可能ですよね?」
滝が、突拍子もない事を言い出す。
「おい、滝。いくらなんでも、それは無理だろ?」
吾妻がたしなめる。
「……考えてもみんかったが、大型試作一号機規模の装置を、惑星全土を被うように埋設すれば、あるいは可能かもしれん。
……今度、芹田博士に聞いてみるかの?」
ほとんどつぶきのように、戸倉博士が口にしたその言葉を聞いて、吾妻はドキリとした。
戸倉博士は、自分の死期が近いと覚っているのか、それとも、まさか、アルツハイマーなんて事は……
吾妻が心配そうに見つめていると、それに気付いた戸倉博士があわてて
「ちがう、ちがう。ボケとらんし、死にもせん!安心せい。
先にあれを見せておくべきだったの。
芹田博士と話が出来る機械があるんじゃ」
「こっちじゃ」と言って戸倉博士が歩き出す。
吾妻が知る限り、死者と会話出来るなんてオカルトめいた術は、現代の事象変換術には存在しない。
それは、魂とか生命の根源をテーマとする、霊子学とか宗教の分野だ。
「これは、PRB量子事象コンピューター。
これで、芹田博士の人格や知識を再現出来る。
随分昔の話になるがの、実験中の事故で、芹田博士が意識不明の重体になった事が有ってな。
その事が切っ掛けで、もしもの時にそなえて、わしが長年研究して用意しとった」
[パーソナル・リプロデュース・バイオ量子事象コンピュータ]
個人の人格や知識を記憶し、再現可能な超技術。
吾妻も、その理論は聞いた事はあるが、開発に成功したと言う話は聞いた事がない。
吾妻は懐疑的だった。
(これが、果たして本当にそんな凄い代物なのか?)
「吾妻君が芹田博士に託されたあの“鍵”な、あれは記憶装置なんじや。
所有者のレム睡眠脳波を感知して、自動的に記憶を蓄え続けるよう、設定しておいた。
わしが、芹田博士に肌身離さず持っとくよう、渡しといたんじゃよ」
そう言いながら“鍵”をパズルの様に展開させると、カード型に変型した。
「この“芹田博士の記憶カード”を、この中にインストールすれば、芹田博士の人格が再現出来るんじゃが……
残念ながら、ここの非常用予備電源では電力が足りんで、量子事象コンピュータを起動できん」
「私が事変電撃術で……」
言いかけた吾妻を制して、戸倉博士が言う。
「無理な話じゃ。量子事象コンピュータ内の芹田博士のパーソナルデータと、記憶カードメモリのダウンロードと同期だけで、1ヶ月ほどかかる。
1ヶ月間連続で電撃を出し続ける事など、不可能じゃろ?」
「私と滝が交代でやれば?」
「できん事は無かろうが……まぁ、待ちなされ。
それを含めて、君らにお願いしたい事が有っての。
さっきまで関係者と打ち合わせをしとった」
「打ち合わせ、とは?」
「実は……この山の向こう側に大きな瀧があっての。今、それを利用した水力式発電施設と、風力発電施設を建設中なんじゃが……」
「いつ完成予定なんですか?」
「それが、建設機械を動かすための電力とバッテリーを、村の結界と遮蔽装置に使っとるもんで、人力だけではなかなか工事がはかどらんのじゃ」
この村の結界・遮蔽発生装置は、ダウジングとサイコメトリーを得意とする滝が、村の存在を捜し出すまで1ヶ月以上かかった優れものだ。
TOTWOの無人偵察ドローンが、世界中あちらこちらで飛び回る今の現状で、結界・遮蔽発生装置は、この村の生命線といえる。
「分かりました。喜んでお手伝いしましょう!」
「やった! 有り難い。礼ならするぞい。
ここには、各種 事象変換器が幾つか置いてある。
わしらには宝の持ち腐れじゃが、事象変換術士の君らなら、どれでも使いほうだいじゃろ?
好きなのを持っていって構わんよ」
事象変換技術関係の研究者や開発者は、必ずしも事変力は高くない。
事変力適性値の高い者は絶対数が少ないので、優先的にイベント・チェンジャーにさせられてしまっていたからだ。
「あそこの神棚に飾っとるのが、君らが探しとった“例の特殊装備”じゃ。
その隣に、ここに避難するとき持てるだけ持ってきた各種イベント・コンバーターを飾っとる。
どれでも、気に入ったのが有れば、持っていきなされ」
見ると、少し離れ薄暗くなった一画に神棚が在った。
その中央に、御神体のようにガラスケースに納まった鉄の特殊装備。
その両隣。ショーケースの中に綺麗に棚に列べられた、各種イベント・コンバーター。
滝が、
「あ、鉄先輩のいつも着てたヤツだ」
と言ってから、何かを見つけて、目の色が変わる。
「あぁ!? ギ、ギターが有る!!」
と叫んで、列べられた事象変換器の中から、楽器類が列んでいるコーナーに翔ぶようにダッシュした。
「あぁ……凄い、ギターだ!
ストラトキャスターだ! SGだ! レスポールだ! ……」
「ほっほっ。なにかお探しのモノは、見付かりましたかな?」
「フライングVは無いんですか?」
ギター型 事象変換器に見とれ、少しヨダレを滴ながら滝が尋ねる。
「そっちに置いてある[月刊 事変技術]にカタログが載ってたはずだのぉ……。
形やスペックのリクエストが有れば、わしらが造りますぞ」
それを聞いた滝は、接地瞬動で本棚のコーナーに移動し、[月刊 事変技術]とラベルの貼られたタブレットの中のバックナンバーから、カタログを片っ端から捜し始めた。
「あ、有った! ……こっちにも!
形はこれで、色は……」
5年前、魔者弾圧が始まった時に、お気に入りだったフライングVを破壊されて以来、ギターを弾けなかった滝は、無我夢中でカタログをググっている。
一方吾妻は、神棚の中央、円柱型のガラスケースの中に、恭しく飾られた、古めかしいレトロな番長スタイルの変型長ラン学生服と、丸天井型の学帽を見詰めている。
吾妻は、それを近付き
「【蛮殻】……」と呟いた。




