表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イベント・チェンジャーズ   作者: ギリギリ男爵
39/39

新たなる旅立ち

 最終回です。

 時は世暦せいれき2032年――


 無人の荒野。

 かつては緑地だったとわれるゴブリ砂漠と、山頂に万年雪をたたえるコラルン山脈の境に、2人の男が立っていた。


 2人の男は、砂嵐の中で、何かを確認するように歩き出す。

 男達の目に映る景色は、ただ、一面の砂漠と砂嵐のみ。

 かつて、ここに存在したアボダの森は跡形も無く消え去り、コラルン山脈の一部は、大きく円球形に削られている。

 ゴブリ砂漠のオアシスも、今は無い。

 廃棄された無数の“ター”の残骸が、半ば砂に埋もれ、墓標の様に無言で佇んでいる。

 その中の、上半身を失ってなお、一際大きな残骸“”の前まで、2人は歩いてきた。

 ギターケースをかついだ、長髪長身の優男 滝が、短髪のガッシリとした体格の男に声をかける。

「先輩、大丈夫ですか?」


 短髪の男 吾妻が答える

「……目に砂が入った」


 今のゴブリ砂漠は、地形の変化が原因だろうか? あるいは、トータル6分23秒に及ぶ、2度の重力崩壊と次元断層の影響だろうか? 激しい砂嵐がひっきりなしに吹き荒れている。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ――半年前。魔者殲滅作戦の最終局面。

 クンバカルナの上半身が吹き飛んだあの時、アボダの森を覆う雲ドームの至近距離に発生した次元断層の裂け目から、青白い光の玉が飛び出し、クンバカルナの爆発に巻き込まれた吾妻に向かって、一直線に突っ込んで行った。


 あの強烈な熱量の爆発の爆芯にいた吾妻、塚元、マッドの3人は、普通ならその肉体は熔けて跡形も無く蒸発していても、不思議ではなかっだろう。


 防御結界をも無効化しかねない、重力崩壊の影響下での大爆発。3人が五体満足で生還出来たのは“奇跡”としか言いようがなかった。


 ・

 ・


 吾妻が意識を取り戻した時、すでに塚元と星宮の姿は無かった。

 塚元は、全滅に近いメギストシィ魔者殲滅部隊を速やかに撤退させるために、生死不明の総司令官ブライアン・ブラストンに代わり指揮を執り、星宮は、多数の負傷兵の治療に奔走した。


 ローグ共和国の大地下宮シャングリ・ラへの大規模転移も無事成功し、アボダの森とコラルン山脈の一部は、球形状にえぐられたように消滅していた。


 戦闘と大規模転移の余波で、凄まじい砂嵐と竜巻が発生している。

 滝が展開する球形の防御結界の中、ドーラは窮屈そうにその身を屈め、悟とヤトハが意識不明の吾妻の名を、必死に呼び続けていた。


 意識を取り戻した吾妻は、鉄の面影のあるヤトハの目元を確認して、戦闘のダメージでボロボロの腕を何とか動かし、ヤトハの頭を撫でながら

「ちゃんと正気に戻ったようだな。

 ……あまり、心配させるなよ?」

 と、一言。


 それに対してヤトハが

「それは、こっちのセリフですよ!」

 と、泣き笑いの笑顔で答える。


「2人とも、お互い様だぜ?」

 つっ込んだ悟の顔も、泣き笑いだった。


「起きましたか? 先輩。

 塚元っつぁんからの伝言です。

“俺の馴染みの店で、久しぶりに飲もう。おごってやる、日本で待ってるぜ”だそうです。

 塚元っつぁんの馴染みの店って、僕も卒業式の後に連れてって貰った、新宿の洒落たジャズ・バーですよね?

 それから、先輩の元カノさんは、特に何も言ってませんでしたが、別れ際に先輩の唇にキスしてましたよ。先輩、ようやくモテ期到来ですか?」


 滝が、そう言ってからかうと、吾妻は自分の唇を指で触れて、

「お前なぁ、失礼な事言うなよ?

 俺は昔からずっと、モテ続けていたぞ」

 そう言って抗議する。


 横にいた悟が「温子先生に、強力なライパル出現か……」とつぶやく。



******************

 


 今回のローグ共和国の大規模転移計画で、最後まで敵と応戦する役割の吾妻と滝は、シャングリ・ラには行かず、そのまま日本へ旅立つつもりで、コラルン山脈頂上の電波塔の下に、食料と旅の装備を隠しておいた。

 その装備の中に、シャングリ・ラに設置された転移ゲートと繋がる、対になる転移ゲートのコア・ユニットが入っている。

 吾妻と滝に課せられた、次なる任務。

 それは、日本へ行き、新たな転移ゲートを設置する事。ローグ共和国から戦闘員を日本に送り込む“日本奪還作戦”の最初の重要な役割。



 アボダ遺跡の地下迷宮の入り口は、大規模転移の影響で完全に塞がれ、物理的にシャングリ・ラに行く手段は無くなった。

 ヤトハ、悟、ドーラをここに置いて行くわけにも行かず、一緒に日本への旅に連れて行くしかない。

 想定外だが、何とかなるだろう。

 彼らは今まで、何とかしてきたのだ。

 これからも、何とかして、この世界を生き抜いていくのだ。



******************



 吾妻の、クンバカルナ戦での消耗は、予想以上に激しく、体力の回復に半年間を要した。

 その間、悟とヤトハは、ドーラを縮小させる術の開発に取り組んだ。

 生きるのに、大量の水を必要とするドーラに、砂漠の旅は無理があったのだ。

 吾妻と滝も協力し、転移ゲートの空間湾曲フィールドの技術を応用した、小型のカプセルの中に、ドーラを縮小して収容することに成功する。

 縮小されたドーラは、カプセルの中で快適な眠りに就くのだ。


 これが後の魔法アイテム“カプセル魔獣”の始まりだが、それはまた、別のお話。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ――半年後。

 吾妻の体力は回復し、旅立ちの準備も整った。


 クンバカルナの残骸の前で、安全を確認した吾妻と滝が合図を送ると、悟とヤトハが“舟”に乗って現れる。

 これは、砂をイベント・チェンジで固めて造った砂漠用のソリで、圧縮空気を推進力にして走行する。

 今の“エンジン”担当は悟だ。

 舟の中には、半年間で蓄えた水や食料が積んである。


 吾妻と滝が舟に乗り込むと「プルルルル」と吾妻のスマホが鳴った。

 メギストシィの通信妨害と電波傍受を警戒して、今まで通常の通信が出来なかったが、戸倉博士の開発していた量子通信が、ようやく開通したのだ。


「吾妻君か? ヤトハと悟はそっちにいるのか?」

 戸倉博士の声に

「おじいさ~ん!」

「戸倉博士~!」

 ヤトハと悟が同時に答える。


「2人とも無事じゃったか、元気そうで安心した。

 吾妻君、この通信は時間制限が有るので、手短に言う。

 芹田博士の人格再生・事象コンピューターは無事起動に成功した。

 君のスマホに、事象コンピューターとの直結アプリを送信しておいた。

 インストールすれば、芹田博士と直接会話できる。

 すまんが、通信用の回路がもう焼き切れる。

 また、当分こちらとの通話は出来なくなるじゃろう。

 後は、芹田博士に直接」

 そこで、通話は「ブツっ」と途切れた。

 吾妻が、送信されていたアプリをインストールすると、再び「プルルルル」とスマホが鳴る。


「吾妻君、半年ぶりだな!

 詳しい事は戸倉さんから聞いたよ。

 先ずは、日本に行くんだろ?

 私も、お供するよ。

 メギストシィの組織体系、上級会員の個人情報、各種施設の詳しい規模と場所、ノクトモンドの本体の居場所。

 Mr.ローレンスからねほりはほり聞いたからな、お役に立てると思うぞ。

 Mr.ローレンスは、ノクトモンドの消去を望んでいた。私はそれを叶えてやりたい。

 最終決戦は北米になるだろうが、

それには先ず、日本を奪還せねばな!

 ……ところで、慣れないコンピューターの筐体からだで、私が起きていられるのは今は1日30分程だ。

 私はもう寝る。何か聞きたいことが有ったら、起こしてくれ。それじゃ、おやすみ……プー、プー」


 戸倉博士も、芹田博士も、一方的に捲し立てて、吾妻が何か言う隙もなかったが、2人とも元気そうで、吾妻は安心した。

 それに、日本に行って転移ゲートを設置すれば、皆にはすぐに会える。

 舟は、快調に砂漠を進む。

 この調子で行けば、日本なんかすぐに着く。


「あ、海が見えてきましたよ!」

 滝が、遠くに見える海を指差す。


「え! 海!? ……イルカ、いるかなぁ?」

 ヤトハが興味津々といった感じで身を乗り出す。


「よし、悟。そろそろ交代しよう」

 吾妻が、悟と入れ換わりにエンジン・ルームに腰かける。


 その悟は、ヤトハの隣に行き

「知ってるか? 海は海水で、ショッパイんだぜ」

 などと、ヤトハに偉そうに説明して、眩しそうに遠くの海を見る。


 彼らの新たな旅は、まだ始まったばかり。

 これからも戦いは続くし、苦しく、つらい事もあるだろう。

 だが、今この一瞬ひととき、彼らは楽しかった。

 彼らの旅は、希望に満ちていた。







 ――おわり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ